第6章 取り組み事例「KUINA」
第2節 各ケースの記録
(1)各ケースの属性
ケースA | ケースB | ケースC | ケースD | ケースE | |
---|---|---|---|---|---|
属性 | 男性 40歳代 精神障害 陰性症状主体 |
男性 60歳代 精神障害 アルコール依存 |
女性 20歳代 精神障害 重複あり 統合失調症 |
男性 60歳代 精神障害 統合失調症 |
男性 50歳代 精神障害 統合失調症 |
生活歴 |
|
|
|
|
|
家庭環境 |
|
|
|
|
|
経済環境 |
|
|
|
|
|
接点開始 利用開始 |
|
|
|
|
|
利用終了後 |
|
|
|
|
|
(2)各ケースの支援経過
以下、各ケースの支援経過を記載する。なお、内容は支援をしていく中で大きな変化があったポイントを記載している。矢印はその変化にもとづいた継続的な支援をさしている。
図表6-5-1 ケースAの支援経過
図表6-5-2 ケースBの支援経過
図表6-5-3 ケースCの支援経過
図表6-5-4 ケースDの支援経過
図表6-5-5 ケースEの支援経過
(3)各ケースの支援のポイント
ここでは、各ケースの支援の特徴を示す。特に、支援を実施することで、生じた利用者の行動変容に着目してそのポイントを示す。
①Aケース
本ケースの生活課題は服薬管理以外にも、食生活や体調(体重)管理、対人関係の構築などあげられる。当初はこれらの課題全てを一気に解決するのではなく、まずは、本人が改善したいと考えている「服薬管理」に絞った支援を行っている。「服薬管理」に関連して、「生活リズム」の工夫を行うことにより、引きこもりがちの生活調整を行うとともに、支援機関との関係づくりのための「地域生活・社会参加」との関係づけも実施した。
最初の1年は短期間(約3か月)ごとにモニタリングと支援方法の見直しを行い、本ケースと話し合いを通じた信頼関係の構築を図りながら、試行錯誤を行った。本ケースは他人に干渉されるとあからさまに不機嫌になったりするため、特定のスタッフに転移状態とならないように、複数の支援者で対?できるような支援体制とし、本ケースとの信頼関係の構築を重視し、適度な距離を保って関わりをもつようにする。とにかく、薄くても継続的な(切れない)支援を実施していくことを基本方針とした。
★インシデントポイント:支援していく上でのターニングポイント
利用期間が1年を経過した第4回目のプラン見直しのための合同カンファレンス(利用者も交えた会議)時である。支援プランを見直ししながらもなかなか実行できずに1年が経過しようとしたとき、本人から「訪問時に夕方の薬を届けてくれれば、夕方は自分で飲みますよ」と提案があった。これまで、干渉されすぎることやネガティブな評価を受けることを嫌うことから、本人のやる気を引き出すため褒める関わりをしつつ、一定の距離をたもった支援を行ってきたことが本人との信頼関係構築につながり、このような発言につながったといえる。
これを契機にそれまで、職員が担っていた服薬管理が徐々に自己管理へと移行していくこととなった。
②Bケース
本ケースでは、通所時の「送迎」がポイントとなっている。通所時に送迎することにより、本人の定期的な訪問につながり、当初の目的であった「居場所の確保」が実現できたといえる。通所時は「菓子作り」や「軽作業」をしていた。対人交流はあまり活発な方ではないが、軽作業を一緒に行う本人が接しやすいと感じている利用者がいたことも一因であると考えられる。居場所や活動の確保を行えたことで、アルコールへ依存する機会の減?をはかることができたと考えられる。
★インシデントポイント:支援していく上でのターニングポイント
母が寝たきりになってからは、事業所に来られないことがあったが、本人が電話連絡しているため、時々訪問するようにしサポートするようにした。
③Cケース
利用開始当初、昼夜逆転の生活を送っており、送迎車の待ち合わせの時間に間に合わないことが多々あった。また、他人と一緒の空間にいると行動が不安定になり集団での活動が難しくなるため、他の利用者が乗り入れている送迎車を利用できなかったことから、本ケース利用者のみを個別に送迎していた。本人にとって無理のない時間である13時ころに、本人が慣れている職員が迎えに行くようにしていた。並行して利用しているデイケアにも乗り場まで行くことができないため、本事業所が送迎していた。なお、送迎時には、車内で本人の意向を聞くようにしていた。
来所時は自分から自由に何かをするということが難しかったため、パソコン教室への参加(3人くらい)や本のカバー作りの作業をしてもらった。利用開始1年ぐらいは、過去に本人と関わりを持ってある程度慣れている職員ではない他の職員が対応するようにし、他者との交流を図れるように申し合わせて本人との関わりを持つようにした。
利用開始から1年半はこのような状態が継続し、その後、個別の送迎から、他の利用者も利用する送迎車に乗るようにした。また、デイケアへの送迎もデイケア用の送迎車でいけるようになった。
このような変化が生じた原因としては、利用開始時から、本人が慣れている職員が関われるように工夫すると共に、時間、自動車、前回話をした内容に至るまで、本人を取り巻く環境を完全な枠にはめ込み、安心を提供する事に徹底したことがあげられる。この職員と一緒にいる事で、また、この環境で自分が過ごす事で、怖いことや不安なこと、嫌なことが無く、信頼して大丈夫だと言う思いを持つことができたため、その得た信頼関係が提案する次の環境を本人が受け入れることに繋がったと思われる。
★インシデントポイント:支援していく上でのターニングポイント
送迎方法を個別送迎からルート送迎へ変更することが出来た点があげられる。
まず、お互いの信頼関係を構築する事に焦点を当て、達成し、その状況が安定したので、安心できる環境から卒業して、信頼できる人と、「新しい環境」へ一歩踏み出し、希望に近づくことにした。それが、送迎方法の変更にあたる。
④Dケース
本ケースは電子音が常時聞こえるなどの幻聴があるが、本人には、病識が無く、勿論幻聴という自覚がない。そのため、調子が悪くなると近所の誰かに「悪戯されている」という被害的な妄想となり、喧嘩やトラブルの要因ともなっている。電子音の幻聴はずっと続いており、防犯カメラを調べたり、耳の手術をして埋め込みを調べたりした経験がある。常に不安が強く、確認行動が多いため、コミュニケーションに問題がないものの、治療方針や処方内容について医師を信用することができず、医療機関を転々としている。ただし、薬は、自己管理で、本人が納得できた薬のみを処方してもらい、服薬している。
幻聴がひどくなるとトラブルの要因となりやすいことから、そうなる前に事業所に対しSOSを発してもらえるような関係構築、維持を第一の目標とした。そのために、週1回と必要時に自宅に訪問するという支援を継続した。訪問時には、「幻聴などで緊迫した時は事業所に連絡するように」と毎回確認し、連絡を入れてもらえるような信頼関係構築が必要であると考えている。信頼関係を築くに至るまでには、機嫌を損ね、怒りをかうことも度々あった。そのたびに謝罪と約束をし、本人の了解を得ることで関係修復を繰り返し、信頼関係を築いてきた。何よりも、切れない関係を続けていくことが、本人の地域生活の継続を支えることになると考え、そのような支援を続けてきた。
なお、電子音の幻聴や妄想は、本人の人生のヒストリーともつながっており、大学時代からある宗教を信仰していて、そこを脱退してから、この音が聞こえるようになった。そのことを警察に話したら、その宗教団体は力があり、警察も巻き込んで私に嫌がらせをしている、という考え方に起因している。
通所時は、レクリエーションにはあまり参加しないものの、クッキー製造は、本人が調理師資格を持っていることもあり、他の利用者と黙々と作業を続けている。給食作業も、自分の得意分野であることから、率先して活動していた。
★インシデントポイント:支援していく上でのターニングポイント
特定の時期ということはないが、本人と職員とが信頼関係を築き上げていくプロセスそのものととらえることができる。結果として、どう変化したかというところまでは見出しにくい。本人に病識がなく、主治医は、もう少し本人に必要な服薬量がある、と思っているが、本人が処方に過敏なため、関係性を保持するために、最低量の処方を継続している。幻覚、幻聴妄想により、警察を絡めて近隣の住民とケンカをし、大家さんから追い出されて住居を転々としているため、KUINAとしては、そうなる前に一緒に考え、一緒に対処を行うという役割を担い、本人の幻覚、幻聴妄想を否定しないで、関係を保ち、生活に伴走することに徹している。本人の幻覚、幻聴妄想を否定しないで、関係を保ち、生活に伴走することに徹している。本事業所が関わることで、本人の不安、不満のかけ口と近所付き合いの仲介役が見つかり、近隣とのトラブルがなくなり、地域での生活を続けることできている。また、定期的通所には至らないが、本人の価値観に合致した当事者会や、得意分野を活かせる調理関係で、手伝いを要請された作業には参加することができるようになった。
⑤Eケース
本人は退院し、援護寮での2年間の生活を経て、地域での1人暮らしを公営住宅で始めたばかりである。何かを身に付けるというよりも最低限の服薬・睡眠・金銭管理といった基本的な部分を維持し、「生活リズム」を整えるために日中活動の場として、当事業所を利用することとなった。近隣との関係づくりの必要性もあったため、訪問による支援も実施した。
★インシデントポイント:支援していく上でのターニングポイント
利用開始後1年を経過したところで、自宅で倒れているところを発見され、以前から、訪問をして、本事業所が関わっていることを近所の方々が知っていたので、救急車を呼ぶと同時に、本事業所にも知らせてくれた。緊急受診し、数日間入院することとなった。本事業所も受診医療機関に駆けつけ、担当医から説明を受け一緒に退院した。退院後、そのまま、かかりつけの精神科を受診し、緊急受診した経緯を伝えて、治療(点滴)を受け、数時間後に迎えに行き、本人と一緒に帰宅した。これまで本人の言葉から自分で服薬管理ができていると判断していたが、本人は、精神科で処方されたいつもの薬の説明をせずに、整形外科にかかり、処方された薬を服薬した。その内容に禁忌な薬が入っていたことが原因であった。
また、訪問した際に居室が煩雑であることも確認でき、従来の訪問回数を変更し、頻度を増やし居室の整理整頓などの支援を行った。その上で、これまで通りの週5日の通所は継続し、服薬管理を通所時に、基本的に1日分ずつ渡す(休みの日は休みの日分だけ)という支援を行い、現在も続いている。