音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

平成17年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

【レスリー・アイリーン・チェノウエス博士招へい事業報告】
入所施設の地域移行と障害者本人支援の在り方
及び地域生活支援システムに関する研究協議

河東田 博
立教大学コミュニティ福祉学部

1.招へい理由

 レスリー・アイリーン・チェノウエス(Lesley Irene Chenoweth)博士(1970年オーストラリア・クイーンズランド大学ソーシャルワーク学科を卒業後、障害者分野でソーシャルワーカーとして活躍。博士号取得後の1998年6月よりオーストラリア・クイーンズランド大学で上級講師として教育・研究に従事。今日に至る)は、現在、障害者の脱施設化・コミュニティケアや障害児の家族に対する支援をはじめ、障害者福祉の政策について研究している。また、州政府の障害者福祉政策委員会のメンバーで、政策立案の面でも多大な貢献をしてきている。
私たちはこれまで、スウェーデンを始めとする福祉先進国の施設閉鎖に伴う地域移行時の障害者本人への支援や地域生活支援システムを拠り所に、我が国で初めて「解体宣言」を行ったA施設における地域移行計画の検証を行い、同施設解体宣言に息吹を与えたB施設の地域移行プロセスと障害者本人への支援の在り方、地域生活支援システム構築とを比較してきた。さらには、国立施設として初めて大幅な地域移行画を打ち出したC施設における地域移行計画に対する障害者本人、親族、職員の地域移行に対する思いを拠り所に、地域移行時の障害者本人支援や社会的能力獲得方法、地域移行後の地域生活支援システム構築の要件なども検討してきた。また、これら3施設職員の地域移行に関する意識調査や地域移行に関する全国調査なども実施してきた。これら一連の調査研究を専門的な立場から客観的に評価できる方として、チェノウエス博士を招へいし、地域移行先進国オーストラリアの障害者本人支援と地域生活支援システムを学び、我が国の地域移行に伴う障害者本人支援や社会的能力獲得方法、地域移行後の地域生活支援システム構築の要件などに対してアドバイスを得たいと考えた。招へい期間は、2005年10月30日から2005年11月12日までの14日間であった。

2.研究協議概要

 第1回目の研究協議(埼玉福祉セミナー)は、11月2日(水)社会福祉法人わらじの会(越谷)で行われ、50名の参加者があった。埼玉県下の障害者団体との交流の後、障害者福祉に関する意見交換が行われた。日中活動のあり方、グループホーム居住のあり方、結婚生活のあり方が話題になった。充実した日中活動を送るにはどうしたらよいのか、日本のグループホームではなぜ男女混住が認められないのか、なぜ個室の占有空間が狭いのか、なぜ多くの規則が設定されているのか、なぜ支援者の考え方によって結婚生活支援のあり方に違いが見られているのかなど、日常生活の中に人間の尊厳を損なう障害者に対する差別や偏見が潜んでいることが指摘されていた。
第2回目の研究協議(国際フォーラム及び立教大学特別シンポジュウム)は、11月3日(木)、立教大学池袋キャンパスで行われた。国際フォーラムは、厚生労働科学研究・障害保健福祉総合研究成果発表会(財団法人日本障害者リハビリテーション協会所管事業)も兼ねて行われ、250名の参加者があった。記念講演1、分科会、合同分科会、記念講演2という流れで行い、チェノウエス博士には、脱施設化関連の分科会にシンポジストとして参加していただいた。また、国際フォーラム後行われた立教大学特別シンポジュウム(100名の参加者)にもシンポジストとして参加していただいた。国際フォーラムでは、地域移行のあり方や地域生活支援のあり方だけでなく、障害者本人がエンパワメントを獲得するためにはどうしたらよいか、その際支援者はどう支援していったらよいのかが論議の的になった。
第3回目の研究協議(伊達セミナー)は、11月5日 (土)、北海道伊達市生活支援センターで行われ、50名の参加者があった。障害者団体との交流の後、脱施設化と地域生活に関する意見交換が行われた。入所施設のあり方、今後の地域移行のあり方、地域生活支援のあり方などに関するやりとりがなされた。とりわけ、管理的な入所施設での関わりを取り除くためにはどうしたらよいのか、グループホームをミニ施設化しないようにするためにはどうしたらよいのか、などが論議の的になっていた。
第4回目の研究協議(札幌セミナ)は、11月6日(日)、北海道教育会館(札幌)で行われ、150名の参加者があった。暮らす場所が入所施設から地域のグループホームや住宅に変わるなど生活の形が大きく変わろうとしている。その中で障害者の人としての尊厳は本当に守られているのか、地域の生活の質が高まるように社会的に支援するためにはどのようにしたらよいのか、などが話し合われた。
第5回目の研究協議(大阪セミナ)は、11月8日(火)、社会福祉法人創思苑(東大阪)で行われ、50名の参加者があった。大阪府下の障害者団体との交流の後、障害者福祉に関する意見交換が行われた。障害者の日中活動や地域生活をどう支援していったらよいのか、障害者主体の支援のあり方をするにはどうしたらよいのか、などが活発に論議された。
最終の研究協議は、11月11日(金)、立教大学池袋キャンパスで行われた。参加者は、河東田研究グループの研究員10名であった。河東田研究グループの研究結果へのアドバイスをいただき、今後の共同研究のあり方について話し合った。

3.招へい者提言概要

 チェノウエス博士は、「オーストラリアの脱施設化の経験から、利用者が施設から地域に移行することにより、社会的スキルや自立生活能力のみならず、生活の質や、生活満足感、適応行動にもプラスな効果が見られた。現在、多くの障害者が地域にある普通の住宅で生活しているが、障害者が地域住民と関係をつくり、地域社会と関われるように、どのように支援すればいいのかをさらに検討を進める必要がある。また、地域に移住した障害者に対して適切なサポートがなければ、“再施設化”になる可能性がある」と指摘した上で、地域移行・障害者本人支援・地域生活支援に不可欠な要素として、次の6点をあげ、論点を整理してくれた。

本人中心の支援計画とサービスを提供すること。
家族が移行のプロセスに積極的に参加できるようにすること。
施設サービスと地域サービスにおける資源のバランスを維持すること。施設入所者が地域に移住するに伴い、予算などの資源も地域サービスに移るが、施設に残った人にも適切なケアを受けられるように資源を確保すること。
地域を基盤としたサービスの開発、または地域住民の障害者に対する意識を変革すること。
障害者の住居を施設から地域に移すだけではなく、利用者が地域に参加できるように支援すること。
施設で働いてきた職員が地域支援を担当する場合、地域生活支援に関する適切な職員研修を提供すること。


4.まとめ

 チェノウエス博士の招へい期間中に6回の研究協議を持ったが、いずれも中身の濃い豊かな論議ができたように思う。これらの研究協議の中から学んだことをまとめ、報告としたい。
脱施設化が進んでいるどの福祉先進国を見ても、施設を出た一人ひとりの生活という点で見れば、生活の場がグループホームなどに変わっただけで、施設的な伝統とか考え方、培ってきたものは依然として残り続けている。それは、施設のコンセプトを地域に持ち込み、施設時代と同じことをやっているからである。地域に移り住んだ後も、居住者を管理したり、自己決定を阻害するなど、まだまだ問題は多い。しかし、こうした伝統は、時間がたてばひとりでに薄れていくというものではなく、障害者たちが行動を起こさない限り、私たちは気づかず、永遠に続いていく。残念ながら、施設的な伝統は、私たち自身の中にもある。つまり、私たち自身を含め、長いこと施設で働いた経験をもつ人たち、施設で生活してきた人たちは、施設モデルを強く持ち続けているのである。施設は百年以上存在してきたので、施設モデルをなくすためには百年以上かかるかもしれない。しかし、諦めてはいけない。私たちは地域移行を促進させ、地域に私たちと同様の新しいタイプの快適な住まいを造りあげ、共に生きる隣人として地域に居住していく必要がある。そして一日も早く、誰もが地域であたり前の生活を送ることができるようにしたいものである。私たちはそうした認識に立ち、地域移行の問題を考え、障害者本人支援のあり方を考え、一日も早く地域生活支援システムを構築していく必要がある。