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平成17年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

【ケビン・ロジャース氏 招へい報告】


諏訪 基
国立身体障害者リハビリテーションセンター

1.招へい理由

 近年、障害保健福祉研究における当事者参加の重要性が認識されつつある。当事者が客観的な視点から、自らを含む当事者集団を分析することで、新たな障害者施策への有効な指針を示すことが可能となる。今回の招へい事業においては、福祉先進国の一つであるカナダから障害当事者(高位頸髄損傷)であるケビン・ロジャース氏を招へいし、日本の障害者の現状を、カナダの障害者の状況と比較することで明らかにし、今後の障害保健福祉施策の企画・立案に資する情報として整理することを目的とする。そのために、日本の障害者コミュニティーとディスカッションを行うことで、日本の障害者の生活状況、生活上の問題やその解決方法に関する特徴を明らかにする。
 Kevin Rogers氏は、カナダ対マヒ者協会にて、肢体不自由者の生活に関する支援業務を行っており、その件数は年間1200件にのぼる。また、Rogers氏は自ら高位頸髄損傷の障害を有し、自らの経験と、支援業務により培った客観的な視点の両面から、カナダの障害者の現状について、実践的に把握し、その知識は豊富である。
 また、カナダオンタリオ州の障害者支援は、州政府の施策に加えて様々な基金の活用や、Rogers氏の所属する対マヒ者協会などが積極的に活動を行うことで、バランスのとれた支援体制が構築されている。Rogers氏の協会でも、収入を確保するために、車いすマラソンを企画するなど、行政のみに頼る以外の方策も模索している。これらは今後期待される、当事者自らの支援活動への参加に向けて、大いに参考になるものである。
 今回の招へいにおいて、Kevin Rogers氏には、以下の内容により、日本の障害当事者とのディスカッションの機会を設け、それぞれの現状について議論を行い、理解を深める試みを行った。

2.ディスカッション開催概要

科学技術振興調整費
国際シンポジウム「オーファン・プロダクツの開発」(ISDOP 2006)
会期:2006年2月1日(水)~2日(木)
会場:東京国際交流館(東京都江東区青海)
主催:国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所

  独立行政法人 産業技術総合研究所、全国頸髄損傷者連絡会、文部科学省

後援:厚生労働省、経済産業省
協賛:日本リハビリテーション工学協会
参加者:障害当事者、研究・開発者等、159名

  ロジャース氏は、セッション1「福祉機器の福祉機器の有効性と課題」にて発表、パネルディスカッションにもパネリストとして参加
当事者との討論の写真
当事者との討論

東京頸損連絡会・春の勉強会『カナダ・トロントにおける重度障害者の自立生活』
会期:2006年2月4日(土)
会場:新宿区障害者センター
主催:東京頸髄損傷者連絡会
参加者:頸損当事者、同伴者、ボランティア等、40名

講演風景の写真
講演風景
会場の様子の写真
会場の様子

大阪頸損連絡会・国際交流学習会『カナダの四肢麻痺障害者の自立生活』
会期:2006年2月5日(日)
会場:大阪市長居障害者スポーツセンター
主催:大阪頸髄損傷者連絡会
参加者:頸損当事者、同伴者、ボランティア等、45名

講演風景の写真
講演風景
参加者との写真
参加者と

3.発表・ディスカッション内容

 ロジャース氏のプレゼンテーションでは、カナダ・トロントにおける四肢マヒ者の生活について多くの写真を交えて紹介があった。発表内容は、住居、移動手段、就労環境、レクレーションと多岐にわたり、福祉用具を活用して社会参加を実現する障害者の生活を端的に表すものであった。移動手段では、トロントの誇るスペシャル・トランスポートシステムであるトランスウィールの紹介があり、さらにそれに加えて公共交通機関においても低床バスなどのバリアフリーが進みつつあるとのお話しもあり、両面からのサポートが充実していることが示された。就労環境は、段差の解消等の車いす対応や、ドアの電動化等といった工夫により、四肢マヒ者にやさしい環境作りの事例が紹介された。また、スタンドアップ車いすを有効に活用し、復職した調理師の仕事場面や、トラクターへの乗降装置を活用して、農業を営む脊髄損傷者の事例のビデオによる紹介もあった。
 レクレーションに関する発表は、スキューバ・ダイビング、セイリング、グライダー、ロッククライミングなど、日本の四肢マヒ者ではなかなか体験できないことの紹介がビデオで行われ、聴衆は目を見はっていた。これらの活動は、基金や寄付により支えられている事業であり、日本との違いを感じる点であった。印象的なディスカッションの一つは、ロジャース氏自身ダイビングで受傷し、水への抵抗をぬぐえない状態を経験しつつも、スキューバ・ダイビングに挑戦することでそれを克服したという話しに対して、同じような境遇の日本の障害者から、自分も挑戦してみたいという意見が出されたことである。四肢マヒ者のもついろいろな拘束や束縛を克服し、さらに自由を獲得したいという障害当事者が共有できる話題が、国を超えて共鳴していたように感じた。グライダー事業のFreedom’s wing(自由の翼)という名前も、それを表している。

4.日本とカナダの比較

 日本の障害者にとって、多くの参加者が海外の頸髄損傷者の講演を初めて聞くたいへん有意義な機会となった。カナダと日本の重度障害者を取り巻く状況について、共通点、相違点について以下のような点を見い出すことができた。

1) 福祉先進国であるカナダでも重度障害者が生活していくことは決して楽ではなく、アクセシブルなアパート等の住居の不足、就労率の低さなど日本と変わりのない状況である。
2) 一方、レジャーでは、重度障害者がグライダー、セイリグ、スキューバ・ダイビング、ハイキング、スキーなどを楽しんでいる様子が紹介され驚かされた。彼らの可能性を追求していこうとする姿勢に強く感銘を受けると共に、それを支援する環境が整っていることに日本との相違を感じた。

 以上の相違点に考察を加えると、日本とカナダでは障害者が“生活する”という言葉の意味が異なる点に気づく。日本では、日々の暮らしをおくること、衣食住が確保されることが“生活する”こととらえられる。しかしカナダでは、衣食住に加えてレジャーやレクレーションという、日本では余裕と考えられる部分も、“生活する”という意味に含まれているように思う。公的資金でカバーする範囲やバリアフリーの環境整備はさほど違いが見られないが、カナダでは基金や寄付などにより、障害者の“生活する”を支援する制度が整備されている点が大きな相違点である。また、障害当事者の考え方についても、ふつうにいろいろなことができることがあたりまえというノーマライゼーションの考え方が、カナダでは根付いている。これは、当事者のみの問題ではなく、社会全体としての考え方が影響しており、その点でカナダの方が進んでいることが浮き彫りとなった。
 日本では、自立支援法の施行が目前に迫っている。この法律の理念は、障害当事者の自立を促進することにあり、さらなるノーマライゼーション実現に向けて有効な法律である。しかし、今回の調査で明らかになったように、ノーマライゼーションは障害当事者のみの問題では無く、社会全体として考える問題である。障害者施策の枠を超えて、包括的な行政の取り組みが要求される。