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平成17年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

歩行時および静止立位時の身体重心加速度動揺特性
および両者の関連性:加齢に伴う変化

阿部 匡樹
国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所


Abstract:

The purpose of this study were 1) to examine the effect of aging on fluctuations of center of body mass (COM) accelerations in walking and standing and 2) to examine whether the characteristics of the fluctuations of COM acceleration in walking was related to that in standing. Elderly healthy subjects (elderly group, N=20) and young healthy subjects (young group, N=24) were asked to walk on a treadmill equipped with two force platforms at their comfortable speed and to stand quietly on a force platform. During these tasks, ground reaction forces were recorded to calculate the acceleration of COM. For these acceleration data, the amplitudes of the fluctuation in horizontal plane (ACC) were evaluated. The results showed that the ACCs of the elderly group were significantly larger than those of the young group in both walking and standing. Furthermore, there was a significant positive correlation between the ACCs in walking and standing. This suggests that 1) aging effect causes instabilities of the COM while walking as well as standing and that 2) “dynamic” postural control of COM while walking is related to the “quasi-static” postural control of COM while standing.

Keywords:

Balance control, Walking, Standing, Center of body mass, Acceleration

緒言

 歩行中の転倒事故は加齢に伴い増大し、高齢者の寝たきりを引き起こす大きな要因の1つとなっている。高齢社会を迎えた我が国において、歩行を安定的に維持するための直立姿勢維持能の適切な評価、特に加齢に伴う変化の抽出は、転倒予防に関連する重要な研究課題の一つに挙げられる。
これまで、歩行安定性の評価においては、歩行周期など下肢動作の安定性に関する指標が多く用いられてきた。最近では、一歩毎の歩幅や時間間隔における分散が加齢の影響や転倒の危険性を抽出するのに有用であることが知られている 1, 2。しかしながら、全身の安定性指標となる身体重心動揺に関する検討は、その計測の困難さもあり十分には展開されていない。特に、通常歩行の形態に近い一定時間以上の連続歩行の変動に関しては、体幹部の加速度変化による代替的な評価しかなされていない 3, 4。したがって、歩行時の身体重心がどのように制御され、加齢によりどのように変化するのかはほとんど明らかにされていない。
また、直立姿勢維持能の指標としては一般に静止立位時の身体動揺特性が用いられており、足圧中心位置の微分値の標準偏差等が加齢の影響を抽出する指標として有用であることが報告されている 5。しかしながら、このような静的な立位時の動揺特性が動的な歩行時の動揺特性とどの程度関連しているのかは明らかにされていない。静止立位および歩行時の姿勢維持能の関連性を異なるパラメータによって比較した研究は幾つか展開されているものの 6, 7、同じ重心動揺特性に関して直接的な比較を行ったものはほとんど見当たらない。
本研究では、長時間に渡り歩行時の床反力を連続的に測定することが可能な床反力計内蔵トレッドミルを用いて歩行時の身体重心加速度を算出し、静止立位時も併せて身体重心動揺における加齢の影響を明らかにすることを1つめの目的とした。また、歩行時および静止立位時における身体重心加速度動揺の関連性を明らかにすることを2つめの目的とした。

方法

【被検者】

 60-80才の健常高齢被検者20名(男9女11、平均67.3±4.2才:±後の数値は以降全て標準偏差とする)、22-35才の健常若年被検者24名(男12女12、平均27.5±4.4才)が実験に参加した。被検者には事前に実験に関する説明を行い、その内容に関して同意を得た後に実験を施行した。なお、本実験内容は所属施設の倫理委員会に諮り、実験実施の承諾を得た。

【実験内容】

 立位試技と歩行試技の2種類の試技を実施した。立位試技では、床反力計(9281B、Kistler)の上で90秒間の開眼静止立位維持課題を5回行った。歩行試技では、床反力計付きトレッドミル(ADAL3D, TECHMACHINE)の上で各自の至適速度、至適歩調による歩行課題を10分間行った。歩行試技に関しては事前に5分程度練習を行い、被検者が十分トレッドミル歩行に慣れた後に計測を行った。また、転倒事故を回避するため、トレッドミル両側面に支持棒を配置するとともに、免荷装置に接続したベストを被検者に着用させた。

【データ解析】

 両試技中に設置された床反力計から、左右、前後、および鉛直方向の床反力データを1000Hzで記録し、100Hzに変換後4次のバタワースフィルタにより高周波数域のノイズを除去した(カットオフ周波数10Hz)。左右・前後方向の床反力データを以下の式により各方向の身体重心加速度に変換した。

(1)の式 ・・・(1)

Ax, Ayは左右・前後方向の身体重心加速度(m/sec2)、Fx,Fyは左右・前後方向の床反力(N)、mは体重(kg)、tは時間である。図1に歩行試技(上)および立位試技(下)における水平面上の身体重心加速度動揺の典型例を示す。この図に見られるように、歩行データは一歩毎の周期的な成分を含んでおり、そのまま動揺量を計算すると周期的軌道まわりの小さい変動が適切に評価されない可能性がある。また、この周期成分の大きさは歩行速度にも依存するが、本研究において歩行試技の至適速度は被検者間の差が大きく(1.8?5.0km/h)、そのままの値で評価を行うと被験者群間の差異も歩行速度の差(高齢者群:3.2±0.7km/h、若年者群:3.8±0.3km/h)に影響されうる。これらの問題を克服するため、歩行データに関しては周期成分や歩行速度の影響を除去する手続きを以下のように行った。

1) 鉛直方向の床反力から右足着地時間を算出し、データを一周期毎に分割する。
2) 分割データから歩行一周期における平均軌道を算出し、各周期における平均軌道からの逸脱変動を算出する。
3) 歩行速度による影響を除去するため、得られた逸脱変動の値は平均軌道の振幅(uta)により規格化する。

 さらに、前後・左右方向の動揺を統合的に評価するため、2方向のデータは以下の式により水平面上の動揺量(ACC)に要約された。

(2)の式 ・・・(2)

nは全データ数である。ACCは、その値が大きいほど水平面上の身体重心加速度動揺量(歩行の場合平均周期軌道に対する逸脱動揺量)が大きいことを意味する。この動揺量に関して、被検者群間の比較を対応のないstudent-t検定により行った。また、立位データと歩行データの関連を調べるため、両試技のACC値に関する相関分析を行った。これらの統計分析における有意水準を5%に設定した。

Figure 1

Figure 1. The typical examples of the fluctuations of COM acceleration in walking (top) and standing (bottom).

結果

 図2は歩行試技(上)および立位試技(下)におけるACCの結果を示している。歩行時のACC値は高齢者群において0.465±0.206、若年者群において0.274±0.071であり、高齢者群において有意に大きかった(p<0.001)。また、立位時の身体重心加速度動揺量は高齢者群において0.0115±0.002、若年者群において0.0082±0.002であり、歩行時と同様高齢者群において有意な増大が認められた(p<0.001)。
図3は両試技におけるACCの相関関係を示している。横軸が立位試技の結果、縦軸が歩行試技の結果である。歩行試技と立位試技のACC値の間には、高齢者群(r=0.445, p<0.05)、若年者群(r=0.658, p<0.001)、および全体(r=0.632, p<0.0001)において有意な正の相関が認められた。

Figure 2

Figure 2. Mean values of ACC for elderly group (gray) and young group (white). The top and bottom figures show the results of walking and standing, respectively. A unit “ata” in vertical axis of the walking result means average trajectory amplitude. Error bars in this figure show the standard deviation.

Figure 3

Figure 3. The relationship between ACC in walking (vertical axis) and standing (horizontal axis). The white and gray circles show the results of young and elderly group, respectively.

考察

 身体重心加速度の振幅を表わすACCは、歩行時、立位時ともに高齢者群において有意に大きな値を示した。身体重心加速度は立位・歩行両者において身体重心制御を反映する重要な姿勢維持能力指標であり8、脳卒中患者や高齢者の動揺変化の抽出に有効な指標であるCOP-COM(足圧中心位置と身体重心位置の差)とも比例することが知られている9, 10。すなわち、ACCが大きいことは身体重心変動における不安定性を意味するものと考えられる。したがって、本研究の結果は、歩行・立位両者において身体重心変動の安定性が加齢とともに減少することを示唆する。
興味深いことに、歩行時および立位時のACC値には有意な正の相関があった。この結果は、一見静的に見える立位時の身体重心制御が、何らかの形で動的な歩行時の身体重心制御と関連していることを示唆する。一般に、歩行時の身体重心制御のストラテジーは歩行時と大きく異なると考えられており10、立位時と歩行時の姿勢維持能を別のパラメータで評価した先行研究も、この2者には関連がないことを示唆している6, 7。しかしながら、一方で立位および歩行を司る神経機構は相互に密接に関連しており、立位の姿勢制御を司る神経機能の障害は歩行にも著しい障害をもたらすことが報告されている11, 12。身体重心加速度という同一の指標を評価することにより示された本研究の相関関係は、このような立位・歩行両者に関連する姿勢制御系の影響を反映しているのかもしれない。
また、この相関の結果は、より安全で容易な歩行安定性評価法への応用可能性を秘めていると考えられる。これまで、転倒しやすい高齢者等の被検者群に対して歩行計測を行うことは常に危険を伴い、被検者の負担も大きいという欠点があった。これに対し、今回示された歩行時および立位時の身体重心動揺特性における相関関係を応用すれば、将来的には短時間の立位計測により歩行安定性をある程度評価することが可能になるかもしれない。この点に関しては、歩行および立位における相関関係の信頼性や転倒危険性との関連についてのより詳細な検討が今後の課題となろう。

要約

 本研究では歩行時および立位時の身体重心加速度変動を調べ、以下の2点を明らかにした。1)歩行時および立位時の身体重心加速度動揺量は、高齢者群において有意に大きかった。2)歩行時および立位時の動揺量の間には、有意な正の相関が認められた。これらの結果は、歩行時の身体重心加速度動揺量が加齢とともに増大すること、またこの増大が静止立位時の身体重心加速度動揺量の増大と関連していることを示唆した。

文献

1) Maki BE: Gait changes in older adults: predictors of falls or indicators of fear. J Am Geriatr Soc 45: 313-20, 1997.
2) Hausdorff JM, Rios DA et al.: Gait variability and fall risk in community-living older adults: a 1-year prospective study. Arch Phys Med Rehabil 82: 1050-6, 2001.
3) Menz HB, Lord SR et al.: Acceleration patterns of the head and pelvis when walking on level and irregular surfaces. Gait Posture 18: 35-46, 2003.
4) Dingwell JB, Cusumano JP: Nonlinear time series analysis of normal and pathological human walking. Chaos 10: 848-863, 2000.
5) Prieto TE, Myklebust JB et al.: Measures of postural steadiness: differences between healthy young and elderly adults. IEEE Trans Biomed Eng 43: 956-66, 1996.
6) Shimada H, Obuchi S et al.: Relationship with dynamic balance function during standing and walking. Am J Phys Med Rehabil 82: 511-6, 2003.
7) Cromwell RL, Newton RA: Relationship between balance and gait stability in healthy older adults. J Aging Phys Act 12: 90-100, 2004.
8) Moe-Nilssen R: A new method for evaluating motor control in gait under real-life environmental conditions. Part 2: Gait analysis. Clin Biomech (Bristol, Avon) 13: 328-335, 1998.
9) Corriveau H, Hebert R et al.: Evaluation of postural stability in the elderly with stroke. Arch Phys Med Rehabil 85: 1095-101, 2004.
10) Winter DA: Human Balancing and Posture Control During Standing and Walking. Gait and Posture 3: 193-214, 1995.
11) Morton SM, Bastian AJ: Relative contributions of balance and voluntary leg-coordination deficits to cerebellar gait ataxia. J Neurophysiol 89: 1844-56, 2003.
12) Morton SM, Bastian AJ: Cerebellar control of balance and locomotion. Neuroscientist 10: 247-59, 2004.