音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

平成18年度厚生労働科学研究
障害保健福祉総合研究成果発表会報告書

当日資料 近藤氏資料

支援技術導入の効果を科学する

失語症向け言語訓練システム評価を通じて
近藤 武夫
東京大学先端科学技術研究センター

はじめに

脳梗塞や脳内出血などの脳血管障害や、交通事故などによる頭部外傷から脳の一部が損傷を受けてしまうと、その脳部位の担う機能が障害を受ける。失語症とは、言語を司る脳部位に損傷を受けること生じる高次脳機能障害の一つで、声帯などの発声器官や鼓膜などの聴覚器官に障害がないのに、言語を使用・理解することが難しく(またはできなく)なる障害の総称である。

失語症には、言葉の理解は比較的保たれるが、流ちょうに言葉を紡ぐことが難しくなる運動性の言語障害や、発話の流ちょう性は保たれても、錯語が多く意味不明な言葉の羅列(jargon)になり、また言葉を聞いて理解することが難しくなる感覚性言語障害等がある。いずれにせよ、コミュニケーションに必要な語彙を適切に喚起できなくなる障害(喚語困難)が含まれている。

失語症のリハビリテーションは、高次脳機能障害のリハビリの中でも比較的長い歴史を持っており、様々な訓練法が開発されている。我々も、失語症で生じる喚語困難を対象に、回復・代償両方のリハビリに使用可能な機器をトッパン・フォームズ株式会社と共同で開発している(Fig. 1)。この機器は、身の回りにあるものであれば何でも、「RFID(Radio Frequency Identification)」チップを封入した薄いシールを貼り付け、そこに物品の名称や関連する動詞や形容詞、または文章など、望みの言葉を自由に登録しておくことができる(Fig. 2)。タグ情報の読み取り機能を持つウェアラブル型のリーダを付けてタグに触れるだけで、そこに登録された言葉が音声で読み上げられたり、視覚的に提示されたりする(Fig. 3)。触れれば言葉を教えてくれる代償的認知リハの側面と、言語の再獲得に役立てるという回復的認知リハとしての側面があり、代償と回復両方の利用可能性のあるシステムと言える。

特に、訓練の側面に関して言えば、このシステムの利用により、病院などの施設はもちろん、自宅であっても、独力による訓練ができるという利点がある。また絵カードなどのシンボルを使用するわけではなく、普段実際に使用している物品にタグを貼り付けることで、日常生活の文脈で、手で触れて、使用してみるという自然な訓練を行うことが出来るという利点がある。

Fig 1.システム構成図
図 システム構成図

Fig 2.音声情報登録画面
図 音声情報登録画面

Fig 3.文字提示画面
図 文字提示画面

機器の訓練効果の査定

本節では、この機器の特性である「実際に物品に触れて、それを使用しながら、喚語訓練を行うことが出来る」ことが、発話における流ちょう性や、学習した語彙の事後再生成績に実際にどのような効果を持つかを検討した。検討は2つの実験を通じて行った。実験1では、言語流ちょう性課題(Verbal Fluency Task, VFT)の遂行成績に与える、実際に手で触れて使用することが持つ影響を、そして実験2では、物品に与えられる新規な言語ラベルの事後再生成績に、実際に手で触れて使用することが与える影響を調べた。

実験1

被験者・手続き6名の健常被験者が、刺激としてペン、携帯電話、カップを提示され、その物品に関わる動詞を発話するというVFTを行った。ただし、独立変数として刺激の種類が異なっており、被験者は物品のシンボルを見ながらVFTを行うときと、物品の音声(i.e.,「カップ」という音声)を聞きながら、または文字で物品名が提示されるとき、そして実際の物品に能動的に触れて動作を行いながら、という4つの条件が存在した。従属変数は、それぞれの物品について発話された動詞の数とした。

結果と考察Fig. 4に、各条件でのVFTで得られた動詞の種類を示した。文字と音声の条件では動詞の種類は少なかったが、シンボルと実物については同程度の種類が再生された。すなわち、VFTで喚起される動詞の数に反映される流ちょう性については、シンボルを手がかりとして与えられるときと、実物を手がかりとして与えられるときでは差がないことがわかった。

Fig 4.VFTでの各条件において再生された動詞の種類数を被験者ごとに平均した値
図 グラフ

実験2

被験者・手続き12名の健常被験者は、ペン、カップ、携帯電話、ホッチキスなど7つの物品(実際の物品)に、カタカナ2文字からなる無意味な語彙を当てはめ、何度も繰り返して覚えた。但しその際、物品をただ観察して覚える条件と、その物品の使用に関わる動作を被験者が行いながら覚える条件があった。物品と無意味後のその際の、完全に学習されるまでにかかった試行回数を計測した。

結果・考察Fig. 5に完全学習までの試行回数の結果を示した。物品の使用を実演しながら記憶した条件では、完全に学習するまでにかかった試行数が、観察のみの条件よりも有意に少なかった(実演 4.27回、観察のみ6.55; t = 2.583, df = 10, p < .05)。

Fig. 5実演または物品観察のみの両条件で無意味綴りの完全学習にかかった試行数
図 グラフ

完全学習以降、翌日および2週間後に、記憶痕跡がどの程度残っているのかを調べるための実験に参加してもらった。被験者には、翌日と2週間後に、物品について記憶した無意味な語彙を思い出すことを求めた。また回答があったものについては、その回答の確信度も調べた。Fig. 6に、翌日および2週間後の、回答の確からしさに対して自ら行った確信度評定の結果を示した。またFig. 7に、翌日および2週間後で、被験者が再生した語彙の正答率を示した。2要因の分散分析の結果、両要因の交互作用が有意であった。正答率は、翌日の段階では実演よりも観察のみの条件の方が高かったが、2週間後には実演の方が正答率が高くなるという結果が得られた。確信度については、時間遅延の増加に伴って、実演・観察とは無関係に低下した。この結果から、実演は観察だけより、比較的長い遅延にも記憶痕跡を定着させる効果があることが推測された。興味深いことに、確信度に反映される主観的な印象に反して、実演で成績がよいという結果であった。

Fig. 6 回答に対する被験者の確信度の平均値
図 グラフ

Fig. 7 両条件(実演・観察のみ)での平均正答率
図 グラフ

結語

本研究結果から、実際に何らかの物品に関して、その物品使用に関する動作を実演することは、その物品へ関連づけることを目的として与えられた言語的なラベルを記憶に定着される上で有効であることが示された。よって、同様の訓練が可能な、冒頭に紹介した機器による訓練は、ある物品に関連する名詞や動詞など、なんらかの言語ラベルの獲得を促進することが示唆された。この結果は、物品等に関して適切な語彙を喚起することが難しい失語症患者の言語訓練に対し、RFIDタグを利用した本訓練機器が有効となる可能性が示唆された。

(以上)