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4.子育て支援の枠組みでの家族支援

永田 雅子
(名古屋大学 発達心理精神科教育センター 准教授)

辻井●では、次は永田先生、お願いします。

永田●子どもの発達についての不安を何となく感じられている方はとても多いのですが、 親は自分の子どもに対して問題意識を持ちにくく、また何らかの不安を持ちながらそれを 拒否したい、否定したい気持ちが強く働きます。そこが、支援につなげることの難しさに なるのではないか思っています。

早期発見・早期介入がいわれるようになり、いろいろな現場で気になるお子さんとして 把握されることが多くなってきている一方で、“様子を見ましょう”と経過観察になってし まうことが多いのが現状ではないかと思います。

“様子を見ましょう”というのは、本来は“クローズド・オブザべーション”といって、 しっかりと観察し、注意深く丁寧に発達をみていく必要があるということなのですが、日 本において“様子を見ましょう”と言われている場合、“何となく気になるのだけれども…” にとどまり、具体的にどうすればいいのかとか、対応についての具体的なアドバイについ ては何も支援がないまま、放置されてしまうというのが現状況ではないでしょうか。

発達障害の特徴をもつお子さんお母さん、特に自閉症スペクトラムなどやり取りの難し さを抱えるお子さんのご家族と関わることが多いのですが、多くの親ごさんが、とても小 さい時期から、何か他の子とは違うという感覚を持っていらっしゃいます。現在は、自閉 症スペクトラムを疑われる方の早期兆候としていくつかのの特徴が明らかになってきてい ます。一方で、親からの心配として、言葉の遅れや始歩の遅れとかがあがってくることは 多いのですが、指さしをしないとか、そういうことはあまりお母さんが意識していらっし ゃいません。そうしたお子さんをおもちのお母さんがよく話されることで印象に残るのは、 “子どもが自分を母親だとわかっている感じがない”、“子どもに必要とされている感じが しない”と言われることです。何か自分がこの子の母親として実感が持ちにくいというこ とはよく言われる気がしています。また、他の子と比べて、寝てばかりいてとても手がか からないと感じられていたり、逆に、睡眠リズムが一定しなくて、なかなか眠れなかった とおっしゃられる方もいます。

多くの親は、目の前の子どもとどうかかわっていいのかよくわからないまま、試行錯誤 の中で育児されているのだと思います。お母さん、お父さんが「この子、もしかしたら発 達障害かもしれない、では一度きちんと専門機関に診てもらおう」とはっきりと思うまで は、日々試行錯誤しながら子どもと向き合っているということだと思います。どこか専門 機関を受診し、診断がつかないと支援ができないのかというと、そういうわけではありま せん。診断名というのは共通理解の基盤のためのものです。つまり診断名がつくことでこ ういった子にはこういった対応をしたほうがいいということより具体的になるということ です。診断がつかなくても、子どもの特徴をきちんととらえることができれば、十分、具 体的な支援を行うことは可能ですし、親が試行錯誤をしている時期に、いかに支援をして いくことができるかが、とても大事になってくるのではないでしょうか。

そこで、診断がつく前のお子さんをお持ちのお母さん、特に1~2 歳の早期にはどんな状 態で育児に取り組んでいるのだろうかということについて、この研究班で調査をさせてい ただきました。

後でもお話しますが、ある市では、自閉症スペクトラムの疑われるお子さんを対象とし た育児支援の教室を開いています。1 歳半児健診、3 歳児健診、また子育て総合支援センタ ーの遊び広場ですとか、いろいろなところから、子どもさんの育てにくさを感じていらっ しゃるお母さんが参加となってくる育児支援教室です。

ここの支援教育に参加された後に診断される方もとても多いですし、特徴的には参加し てくるのは子どもたちの多くは自閉症スペクトラムの疑われるお子さんです。ただ、この 時点では診断はついていませんので、疑われると紹介させていただきます。

その育児支援教室に参加してくるお母さんに、教室に参加してくる前に調査をお願いし ました。協力をおねがいしたのは31 名のお母さんです。また同じ時期に、同じ地域に住む 同年代のお子さんを持つ親御さん190 名に調査をお願いしました。1 歳半児健診、3 歳児健 診を受診したときに保健婦さんからアンケートをお渡しして、郵送で回収しました。あと でお話をさせていただくように、この質問紙は100 項目くらいのとても膨大なアンケート 用紙になっています。そのことも関係してか、3 歳児健診を受診された方の回収率は比較的 よかったのですが、1 歳半児健診を受診された方は、回収率が低くなっています。そのため 健診とは別に、2 歳児対象の親子教室に参加された方にも調査協力をお願いしています。最 終的に、教室参加者31 名と、統制群として190 名のお母さん方を対象として調査を行いま した。

調査内容は、別の先生方からもお話がありましたが、一つはベック式抑うつ尺度、BDI と いうお母さんの抑うつを計る尺度、これが21 項目になります。もう一つは、アメリカで開 発された尺度で、日本でも標準化されているものなのですがPSI、育児ストレス尺度、78 項目からなる質問紙です。

教室参加者の方からは29 名から回答をいただきました。回収率93.5%となっています。 実は2 名の方が「すみません」と断れました。その2 名の方はとても不安が高くて、おそ らく抑うつ陽性だろうと思われる方です。たぶん、実際に抑うつの尺度をつける、育児ス トレス尺度をつけるということ自体がかなり負担だったのではないかと感じています。

教室参加群29 名のお母さんの平均年齢33.04 歳、子どもの平均年齢は2 歳5 か月となり した。統制群の方からは、51 名の回答をいただきました。回収率は26.0%となっています。 統制群は、お母さんの平均年齢が33.14 歳、子どもの平均年齢は2 歳1 か月で、t検定の 結果、両群の間に有意差は認められませんでした。

これがお母さんの抑うつ得点の比較です。平均得点は、教室参加群10.82 点、統制群9.27 点と若干教室参加群のお母さんのほうが高かったのですが、有意差は認められませんでし た。ただ、このグラフを見ていただくとわかるように、得点が高い方のほうに、教室参加 群の方がとても多かったです。軽症うつの14 点以上の方が、教室参加群は43.0%に比べて、 統制群は22.4%。倍近いお母さんが軽症うつということになりました。

また、中等症以上、20 点以上とされているのは教室参加群が18%、統制群の方は4.1% でした。この統制群の4.1%なのですが、そのうちの一人が育児教室に通われていたお母さ んで、この後育児支援の教室に入ってくるという形になったお母さんです。統制群のお子 さんについてはきちんと確認をしていないので、わからないところはあるのですが、統制 群のお母さんのほうが陽性者はかなり低く、自閉症スペクトラムが疑われるお母さんたち のほうが、子どもの小さい段階から抑うつが高いことがわかるかと思います。

もう一つの調査をしました。育児ストレス、PSI の比較です。これはパーセンタイル順位 で示したグラフになります。教室参加群と統制群、教室参加群を青で、統制群を赤で示し ました。高いほど育児ストレスが高いという結果になります。それぞれ、子どもの側面、 親の側面、それをあわせたPSI 総点になります。その結果、それぞれ1%水準、また5%水 準で、教室参加群のお母さんのほうが育児ストレスが高いという結果を得ることができま した。

これが子どもの側面の育児ストレスの下位項目の比較です。こちらを見ていただいても、 全体的に教室参加群のお母さんのほうが育児ストレスが高いということが見てわかるかと 思います。特にどんな項目が高かったかというと、“子どもの機嫌が悪い”だったり、“子 どもに問題があるような気がする”という項目が1%水準で教室参加群のほうが高いという 結果でした。また、“子どもが期待通りにいかない”は1%水準、また、“親を喜ばせる反 応が少ない”、“気が散りやすい”、“多動”、“神経過敏”といった項目では5%水準の有意差 が認められました。

これらは親の側面の育児ストレスの比較です。見ていただいてわかるように、“愛着の感 じにくさ”ということに関しては、ほぼ同値だったのですが、“親としての有能さ”という 項目がかなり高いのが見てとれるかと思います。育児ストレスの中でも自分が親として自 信が持てないということが、教室参加群のお母さんにとっても強いらしいということがわ かりました。また、“抑うつ”、“罪悪感”や“自身の健康状態”に関しても、統制群のお母 さんに比べて教室参加群のお母さんのほうが、罪悪感を強く感じていたり、健康状態もあ まりよくないという回答が多くなっていました

ここでは自閉症スペクトラムの疑いのお子さんということになるのですが、今回の調査 の結果、やり取りができにくい、かかわりにくい子どもさんを育てるお母さんというのは、 とても精神的不安定さが強いということがわかりました。同年代の子どもを持つお母さん に比べて、抑うつ状態を呈している人が多い。また、育児ストレス、特に親としての有能 さの得点が低くて、育児に自信を持てていないということがわかってきました。

先ほど辻井先生や、井上生からもお話がありましたように、子どもの発達を促す、子ど もができるだけ適応的に育っていくように支援するという子ども側のアプローチは必要な のは言うまでもありませんが、親御さんが自信を持ってわが子の子育てをしていけるよう に、いかに支援することができるのか、ということがとても早期の段階から必要というこ とが、この結果から改めて示された、と感じています。

それでは、どんな支援ができるのかという一つの取り組みについてご紹介させていただ きます。

たぶん、先ほど健診から療育へという流れがありましたが、子育て支援という枠組みで 見たときには、たぶん二つのパターンがあるのだろうと思います。子どもは発達上の問題 があまり大きくはなくて、例えば遊び広場、親子広場だとか、こういうふうに育児をして いくといいですよ、という形を親に伝える形で乗り切っていける力のある親という組み合 わせで、そうした場合には、おそらく地域での支え合いということをきちんと整えること で支援ができるだろうと思っています。

一方で、子ども自身の育てにくさ、かかわりにくさがあって、お母さん自身が不安定さ をもっている場合、やりとりに介入するという必要性が生じてきて、そういった場合には 専門家を含めた親子の支援などの提供ということを考えていかなければならないと感じて います。

愛知県の知多市では、子育て総合支援センターでフォローアップ教室を開催しました。 見ていただいてわかるように、保健センターで行われているくじらの会、らっこの会とい うのが健診の事後フォローグループです。の健診事後フォローグループを通ってフォロー アップ教室に参加される方もいます。また別に、親子教室が開かれています。これが比較 的の力のあるお母さんたちで、やりとりや育児の方法についていくつか提供するという親 子教室になります。じらの会、らっこの会、親子教室、親子広場から紹介されてきた方が このフォローアップ教室に繋がってくるという流れになっています。

教室は、一つは育児不安が強いという方を対象とした“ぱんだ教室”と、子ども自身の 要因が強い方を対象とした“こあら教室”の二つです。ぱんだ教室は、育児不安の強い方 が対象なのですが、参加された方と教室を通してかかわっていると、ほとんどの場合、子 どもさん自身に育てにくさをもともともっているだろうということが疑われます。ただ、 お母さん自身がまだ子どもときちんと向き合うということがなかなか難しくて、まずは教 室に来てもらう、参加するということをまずは大切にしていこうというのが“ぱんだ教室” になります。その次の“こあら教室”というものは、お母さん自身が、何か具体的なその 子に対しての子育てについての支援を求めていらっしゃるという場合の教室になっていき ます。そういった意味では、教室の目的はお母さんに子どもの特徴をつかんでもらうとい うこと。また、親子のやりとりの支援を中心に行っていくのが“こあら教室”になります。

特に“こあら教室”は、まずお母さんに一番の理解者に、発達支援者になってもらうこ とを目的としています。ペアレントクリーニングのところでお話があったかと思いますが、 まず子どものことをよくわかってもらう、ということが一つの大きな目的になります。ま た、育児支援の教室という場を通して、子どもに合ったかかわり方、声のかけ方のコツを つかんでもらうということ。また、この教室に通うのは診断前のお子さん、お母さんたち ですので、必要なときに必要な支援を得ることができる力をつけてもらうということを大 きな目的としてプログラムが構成されています。必ず参加前のオリエンテーションや面接 で、今こういったところにこの子は難しさがあって、こういったところをお母さんと一緒 にやっていきましょうということの目標を共有します。通常、療育等など、子どもへの発 達支援ということがメインだと、スタッフから子どもさんへの声かけが行われると思うの ですが、ここは育児支援の教室なので、スタッフがお母さんを通して子どもに伝えるとい う形で、できるだけお母さんに声かけをしてもらうということをメインにしています。

また、先ほど井上先生のところでも2回連続で同じプログラムをすると効果があるとい うお話がありましたが、ここの教室も2クール制で、同じプログラムを2回体験してもら うということと、またその中に継続参加者と新規参加者が半分に分け合うということで、 ピアサポートの機能を持たせています。

子どもがわかりやすいプログラムを構成しているので、子どもが徐々に落ち着いていけ るということになりますし、日常の中で応用可能な遊びを設定しています。また、親に対 して目標と振り返りをしてもらったり、実際この子が伸びてきているということを確認・ 共有するための生活かかわりチェック表なども利用しています。

これはこの教室でやっている、各回の目標と設定遊びの内容です。お母さんのほうにま ずは一緒にやってみようというところから、また最終的には子どもに合ったかかわり方を 考え、意識してやってみようということを、スタッフと一緒に考えながら、一つ一つ意識 してかかわってもらうというプログラムになっています。

これは1 回ごとにやっていただく、感想記入用紙です。ここには、1 回目と5 回目が書い てあるのですが、例えば今日の目標は「一緒にやってみよう」というものです。お母さん の姿を見ていてあげることで、こんなふうにするんだなと子どもは理解します。子どもに 声をかけながら、お母さんにもお子さんと一緒にやってみましょう、ということをその回 の始まりの自由遊びのときにお母さんにお伝えして、教室が終わって帰る前に感想を書い ていただくという形をとっています。

またこれは、「生活かかわりチェック表」で、教室の中でできることと、お母さんが意識 して声をかけるだとか、褒めることができたとか、という少しかかわりを振り返ってもら う項目も、中には書いてあります。これ1クール目の最初、1クール目が終わったとき、 2クール目が終わったときの3回つけていただく形をとっています。

この教室を平成17 年からしているのですが、先ほどありましたように、ここに参加した 方に先ほど言ったPSI やBDI をとっていただきました。参加前の状況です。こうした教室 に通っていただいていることが、本当にお母さんの、例えばうつだとかストレスといった ことにどれほど効果があるのか、ということの検討を今、し始めているところです。まだ 人数が少ないので統計的に有意などということはまだ言えない段階なのですが、最後に皆 さんに少し紹介させていただこうと思います。

対象になったのは、20 年8月から21 年3 月まで参加した、2 クールきちんと継続してく ださった6 組です。1 歳11 か月から2 歳11 か月までのお子さんです。これがBDI 得点の参 加前後の変化です。ほとんど得点的には動きなどはなかったのですが、中等症以上の人が3 名から2 名となり、1 名、軽症域に入ってきたということになっています。統計の有意さは 出ませんが、若干参加者のほうの得点が下がったという結果を得ることができました。

これは、育児ストレス尺度の変化です。親の側面に関しては5%水準で有意差が出てきま した。参加前に比べて参加後の育児ストレスが全体的に下がっています。これは、子ども の側面の育児ストレスの変化です。親を喜ばせる反応が少ないという項目が、参加前に比 べて参加後のほうが有意に下がっていました。

これは親の育児ストレスの側面のストレスの変化です。全体的に下がっているのですが、 先ほど、親としての有能さの育児ストレスがとても参加群のほうが高いというお話をしま した。ここでは有意差は出ていないのですが、見ていただくとわかるように、親としての 有能さがとても低くなっているのがわかっていただけるのではないかと思います。

今後、このプログラムの効果ということをもう少し検討していかなければならないので すが、お母さんの育児支援ということをメインにしたプログラムは、どうもお母さん自身 の育児に対する有能感というものを高めるらしい、また抑うつに関しても少し軽減するこ とができるらしい、ということがわかりました。この時期は子どもの発達も変わってきま す。そういった意味では、親御さんの感想を聞いていると、子どもができるようになると いうことは大きな支えになるようです。あるお母さんが三段活用だとおっしゃっていまし た。全然できないと思っていた子が、「できるの?」、「できるんだ!」と変わっていったと お話ししてくださいました。子どもが変わってくれば、親御さん自身も「ああ、いいんだ」 という安心感を覚えるところもあるのかなと思いますし、子ども自身のかかわりという意 味では親御さんにかかわり方のコツをつかんでもらうという意味では、とても介入の効果 の生まれやすいのがこの時期かな、と感じています。

この子たちが、とてもかかわりにくいお子さんたちだったからこそ、関係の部分、かか わりの部分を育ててあげたいなと感じています。その中には、やはり誰か特定の他者、こ のお母さんでなければだめ、というのがあるのかないのかというのはとても大きいような 気がしています。そのためにも、お母さんに、子どものことは一番自分がよくわかってい るという感覚を身につけてもらうということはとても大事なことだと感じています。実際 に教室の中ではお母さんのやりとりに「こうすべきかもしれない」と言ったり、「お母さん、 こうかもしれない」という形ではなく、お母さんの気づきにたいして「ああ、そうだよき っと」という形でお母さん自身のよいかかわりを強化するような心がけをできるだけして います。できるだけ子どもに合った対応をお母さんに身につけてもらうということが、お そらくとても大事なことだろうと感じています。

ただ、どういったタイプのお母さんとどういったタイプのお子さんの場合にはどういっ た支援が必要で、どういった支援をしていけばいいのかということについては、これから 具体的に支援のパッケージを考えていかなければならないと感じています。そういう意味 では、親子のニーズに応じた支援パッケージの構築と支援グループの検討が今後の課題だ と感じています。

今後もっとより幅広い形で地域で取り組むことのできる支援パッケージの構築をしてい きたいと思っています。ご清聴ありがとうございました。