音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

5.医療ケアにおける診断と告知をめぐって

宮地 泰士
(浜松医科大学 子どものこころの発達研究センター 助教)

辻井●それでは引き続きまして、宮地さん、お願いいたします。

宮地●それでは最後のテーマになりますがよろしくお願いします。お手元の資料では3 ページ目、「家族(親)の診断受容」というところがテーマになります。今日はお手元の資料 以外のデータもお見せしながら話を進めていきたいと思っております。

まず本日の話には二つのテーマがあります。一つは「家族(親)の診断受容」、もう一つは 「発達障害児本人への診断説明」です。

それでは「家族(親)の診断受容」に関するテーマから話をしていきたいと思います。

今回の研究目的としましては現在わが国、日本での親の最初の気づき、親御さんが子ど もの発達の問題にいつ気づくのか、その最初の時期。それからその後専門機関や相談機関 に相談に行き、診断を受けるという一連の経緯を通られるわけですが、それぞれがどのよ うな状況なのかを調査して、親の診断受容を円滑に進めるための診断説明のあり方を検討 するということと早期発見早期支援に関する知見を得るということです。

参考資料には親の最初の気づきから診断に至るまでの期間ということで図が載っており ますが、これは広汎性発達障害児をもつ親御さん120 人の結果のまとめになります。今回 スライドに映しておりますのは、その中でも高機能群、すなわち知的障害のない広汎性発 達障害の方、アスペルガー障害であるとか高機能自閉症とかですね、そういったお子さん の親御さん103 人のデータになります。

まず親の最初の気づき。親御さんが最初に何かちょっと違うのかな、何か発達の問題が あるのではないかと最初に疑いをもった時の子どもの平均月齢になりますが27.8 か月でし た。およそ2 歳前後ということになります。そして何らかの相談機関に相談に行かれるの がさらに2年ほど後になります。実際の診断が確定された時期というのはさらにその後で 平均80.5 か月、およそ6歳前後になります。資料の補足事項に載せておりますけれども高 機能自閉症あるいはアスペルガー障害の方は特に子どもの診断時期が遅れる傾向があると いう結果でした。さらにアスペルガー障害はご存知の通り明らかな言語発達の遅れのない タイプのお子さんですが、高機能自閉症など他の診断の方よりも有意差をもって診断が遅 れる。実際には、最初の気づきからすべての時期が他のどの診断よりも遅れるという結果 になりました。

実際に親御さんが最初に気づいた時期の詳細を調べた結果を次に示します。アスペルガ ー障害、それから広汎性発達障害または特定不能の広汎性発達障害、そして高機能自閉症 と診断された方で色分けをしておりますけれども、70%以上の親が子どもが3歳未満の時 期から既に何らかの理由をもって子どもさんの発達に何か問題があるのではないかと疑っ ていたという結果になっています。その中でも高機能自閉症と診断された子どもへの気づ きについては、全員が3歳未満のところで既に何かしらの気づきがあったということにな ります。また約20%の親御さんが子どもが1歳になる前から、既に何かしらの気づきがあ ったと回答していました。

具体的な気づきの内容についてはそれぞれの年代ごとに吹き出しで囲ってあります。特 に1歳半未満の時期では運動面の問題、これはなかなか動かない、じっとしているとかあ るいは手を使わない、不器用ということを挙げられている方が多くおみえになりました。 それから歩き始めが遅いといった運動発達にかかわる問題を挙げている方が多い様子でし た。それから抱きづらさ。これはよく聞かれることですが、抱くと嫌がる、あるいはのけ ぞって抱きづらいといったことですね。それから視点が合いづらい、表情が乏しいといっ たことが続きました。

次にそれぞれの親御さんに、現在の子どもに対する気持ちはどうなのかということを調 査しました。これは母親の子どもに対する受容状況を調査するということで自己評価をし ていただいております。受容といってもいろいろな側面がありますので今回は5つの側面 に分けて評価をしております。まず一つ目が発達障害の理解ということで、自分の子ども の言動、もしくは反応というものがいわゆる発達障害という特性からくるものだというこ とを自分が理解していると思うかどうかということです。それから二番目、感情的な受け 入れ。これはその子どもの言動、反応に対し自分は感情的にも受け止めていると思うかど うかということです。三番目に発達障害に関する知識習得ということで、発達障害とは何 か、あるいはご自分のお子さんの持っている発達障害、発達特性についての知識を自分は もっていると思うか。そして実際にそれを踏まえて子どもに対して適切な対応を自分は実 践していると思うかどうか。最後に発達障害というのはそのお子さんの一側面でしかあり ませんので、子ども全体を自分は受け止めているか、受容していると思うかどうかです。 いずれも「できていると思う」から「できていないと思う」までの5段階に分けて評価を してもらっております。

そうしますと他の項目に比べて「感情的な受け入れ」、それから「適切な対応の実践」、 この2点においては統計的有意差をもって他の項目より自己評価が低いという結果になり ました。すなわち親御さんにとっては、「理解はしている。知識もある。だけど、実際に目 の前に子どもがいて関わっていく中で、感情的に受け入れているかというと自信がない。 あるいは自分が子どもに対して適切な対応をしているかどうかに関しては自信がない。」と お答えになる方が少なからずおみえになるということになります。

対象となっている親御さんは当事者団体の親御さんでありますので、十分な情報共有と いったことを経験されている親御さんになります。そういった当事者団体に所属されてい ない親御さんになりますとこれらの評価は変わってくる可能性がありますけれども、子ど もに対して積極的にかかわっていこう、いろいろなことを学んで関わっていこうという親 御さんでも、やはり感情的な側面や実践という点においてはなかなか思うようにいかない という実状が見えてきます。

それからもう一つ興味深い結果が出てまいりました。それは先ほどの親の最初の気づき の時期、それから最初に相談に行った時期というのがありましたけれども、実は最初の気 づきから最初の相談までの期間が短すぎますと、この感情的な受け入れの自己評価は下が る、自信がなくなってしまう。そういう結果が出てまいりました。

これはどういうことかと考えました。まず親御さんの障害受容の過程をたどってみると、 実際に最初に子どもと付き合って養育していく中での葛藤時期、つまり「なかなかこの子 は思うようにいかないな、自分がイメージしているのと違うな。」と子育てに試行錯誤して いる時期があると思います。そして何らかの疑いを持つ時期というのもあるだろうと思わ れます。その後相談をする。そして最終的には診断を受けるといった流れになると思うの ですが、この葛藤の時期が長すぎますといろいろと親子関係や問題がこじれていく、ある いは他の先生方が報告されていますように、親御さんにとっても精神的な負担がかかって 親自身の問題が発生する可能性が高くなりますが、一方ではあまりこの時期が短すぎてあ る意味唐突に診断を受けるというような状態になりますと、親御さんの受容としては先ほ どもありましたように、知識的な受け入れはスムーズでも感情的な受け入れという点にお いては課題が残るという結果になるのではないかと思われるわけです。

そういったところからこの葛藤の時期、試行錯誤の時期というのはもちろん長くてはい けないけれども、この時期はその後の受容において実は非常に重要な意味を持っているの だろうと思われます。先ほど辻井先生あるいは永田先生が発表されている内容とかぶると ころでありますが、診断がつく前から親御さんの子育て支援を充実させていくというのは、 実は診断後の受容においても重要なことなのだろうと推測できます。

今回の調査では発達障害の診断、自分のお子さんの発達障害の診断というのはいつがも っとも適切であると思うかという質問をしておりますが、多くの方が3歳以下の時期にわ かりたい、知りたいというご意見でありました。先ほど言いましたように、診断時期は基 本的にはやはり早いほうがいい、その分いろいろな試みができますし新たな問題を発現す ることも防げますので早い時期からの対応がとても大事だということはご承知の通りです が、一方でどういった過程でどのタイミングで理解を進めていくのがよいのか、その点に ついては今後もさらに適性時期の条件を詳細に分析する必要があると思われます。

いずれにしても診断後の療育、あるいは支援体制の整備は非常に多くの親御さんが求め ているところであり、このような点についても充実させていく必要があると考えます。

次に示しますのは親御さんの相談機関、あるいは実際の診断説明に対する評価です。40% 弱から50%くらいの方が比較的満足、あるいはやや満足という評価をされていますが、一 方では不満、やや不満という評価をされている方もいらっしゃいました。それぞれの方か らどのような点が満足だったのか、あるいはどのような点が不満足だったのか、これから 発達障害の相談応対をする、あるいは診断を説明するに当たってどういう対応が望ましい かご意見を求めました。

代表的な部分だけ挙げさせていただきます。例えば「あいまいな表現は避けたほうがい い」と、説明ははっきりわかりやすくしてほしいという意見。それから「時間と回数を重 ねてじっくり説明してほしい」ということ。そして診断説明後の親の支援やサポートにつ いてはもちろん、すべての親御さんが「是非それについてこれからも発展させてほしい。」 というご意見でした。そして親への対応に際しては親の訴えを否定したり、あるいはそれ までの子育てを最初から批判するというようなことがありますと信頼関係も築けませんし、 親御さんの思いや親のニーズについてしっかりと見据えながら対応していくことが大変重 要であると言えます。また子どもの短所あるいはできないところだけではなく、いいとこ ろも含めてバランスよく子どもについての理解を進めていくことももちろん重要ですし、 見通しを立てた説明、あるいは具体的にこれからどうしたらいいかということをきちんと 説明することは多くの親御さんが指摘している重要なポイントです。

一方支援者側、専門家側の意見も調査しました。全国の発達障害臨床に携わる小児科医、 精神科医のドクター653 名を対象として親への診断説明についての状況調査を行いました。 264 名の方からご回答をいただきまして有効回答が125 ですが、その一部をご紹介させてい ただきます。

多くの先生方がさまざまな工夫をこらしながら親御さんへの診断説明に日々ご尽力され ている様子がよくわかったのですが、その一方親御さんにわかりやすく話すのに実は苦労 しているという方が、「全くそのように思う」、「ある程度そのように思う」の二つを合わせ て過半数という結果でした。また発達障害への偏見を軽減させることについてもいろいろ 苦心している姿がうかがえました。

家族への診断受容状況調査のまとめになりますが、特に高機能タイプの広汎性発達障害 への診断はどうしても遅れがちになっているが、親の気づきというのは実は乳幼児期から 既に認められているということ。それから親の受容を考えるうえでも、先ほどもありまし た子育て初期の葛藤時期の支援は非常に重要ですし、もちろん診断説明以後もできるだけ 細やかな継続的な親へのサポートも重要です。診断時期に関しては早ければもちろんいい のですが、ただステレオタイプに早ければよいと考えるのではなく、もっとも良いタイミ ングや条件というものをこれからも探っていく必要があるかと思われます。最後に親御さ んからのさまざまな貴重なご意見をいただきましたので、そういったことを踏まえて、親 あるいは家族に対する診断説明のガイドブックのようなものを求める声も専門家の中から 聞かれました。

さて実は親御さんの診断説明の調査を行っている際にもう一つ別の課題が見つかりまし た。それは本人、発達障害児ご本人に対する診断説明の問題です。実は本人が初めて自分 の発達特性について相談する相手というのは親御さんであるというケースが多いことがわ かってきました。ある意味で言うとこれは当然のことであり、子どもからすれば一番最初 に身近にいる相手、自分に関する素朴な疑問をまず投げかけやすい相手は当然親ですから、 自分は何なのだろう、自分は何か障害なのか、病気なのかといったことを最初に相談する のはやはり家族であるわけです。そして家族や親が子どもの発達障害という特性をどう理 解しているのか、どう受け止めているのかというのが実は本人に対するこの時の対応や説 明に大きく影響するわけですから、結果的には本人への診断説明についての支援というの は家族支援としても実は重要な意味をもっているということができます。

そこで先ほどと同様に120 人の広汎性発達障害児の親御さんに調査をしたところ、既に 本人に診断説明をしていると答えられた方は37 名いらっしゃいました。実際に説明をした ことについての評価として親にとってどうだったかという質問をしたところ、「隠し事がな くて本人と相談しやすくなった。」「あるいはいろいろな相談機関に行きやすくなった。」「子 どもに対していろいろなアドバイスをすると子どもが素直に聞いてくれるようになった。」 などさまざまな理由で「本人も知ってよかった。」という方が44%いらっしゃいました。し かし一方では、「もっと計画的に説明したかった。」、あるいは「説明するタイミングがよく なかった。」、「子どもがあまりよい反応をしなかった。」などの理由で「反省・後悔が残っ た。」という方が26.8%おみえになりました。

一方子どもにとってはどうだったろうかということを調べましたところ、「よかった。」 と答えた方は48.8%おみえになったのですが、やはり「反省・後悔が残った。」と回答され る方が29.3%おみえになりました。

実は日本に限らずですが、発達障害児ご本人に対する診断説明というのは意外とまとま った調査研究、たとえば実態調査だとかどのような対応がよいのかという研究が少ないの ですね。それぞれの専門家がそれぞれのやり方でやっているというのが現状で、ガイドラ インなどもありませんし、そのような報告も文献等を調べてもほとんどないのが現状です。 今回の調査で本人に診断説明をしたことについて「反省・後悔」という方が約30%くらい みえたのは、こうした本人への診断説明や自己理解支援についてのガイドラインのような ものがないことも原因なのかもしれません。今後ご本人に対する診断説明の在り方につい ても、親御さんが後悔・反省の念をもつことなく家族としてのかかわりを進めていくため にも考えなければならない重要な課題なのだろうと思います。

今回の調査では本人に対する診断説明において大切だと思うことについても、さまざま なご意見をいただきました。

また先ほどと同じですが全国の専門家、ドクターを対象に本人への診断説明について調 査したところ、最初から診療計画に入れ本人への診断説明を計画的に行っていると答えら れた方が50%。残り半分は予定はしていなかったけれども、やらざるを得ない状況になっ て本人に説明したというような現状が浮かび上がってきました。

まとめになりますが、本人への診断説明もやはり家族支援の重要なテーマの一つとして 今後も検討を深めていく必要があるということです。それから親御さんからのご意見をま とめますと、本人への診断説明については子どもの自己肯定感を損なわないような工夫を することに非常に多くの方が触れておりますし、また専門家と親が協力して段階的に継続 的に自己理解支援を進めていきたいというご意見も多く寄せられました。しかしながら実 際には現状として、まだ計画的な、あるいはガイドラインに沿った診断説明というのが十 分行われているわけではありませんので、今後こういうことを確立していく必要があると 思われます。最後ですけれども、本人の自己理解を支援していくためにはご家族、ご本人、 専門家のみならず、社会全体の発達障害に対する認識のしかた、発達障害とは何かという ことについての答えを社会全体が認識し共有していく必要があるだろうと思われることを 付け加えておきます。

最後のスライドですがこれまでの調査結果、あるいは親御さんや専門家の方々の貴重な ご意見をいただきましたので、そういったことを含めながら実際に親御さんに最初に診断 説明をするときにどのように説明するといいだろうか、どのような言い方で発達障害とい うものをご理解いただければいいだろうか、そういったことをまとめたガイドブックのよ うなものを作成したいということで、こちらのプロジェクトを進めております。

ガイドブックの項目として発達障害とは何か、それからこれは広汎性発達障害を対象に していますが、最近の脳科学的な知見、長所短所を含めた具体的な特徴、そして具体的な 支援の方向性について、最後に社会資源としてどのような支援サービスを受けていくこと ができるのか、このようなことをガイドブックによって示すことで親御さんの発達障害に 関する正しい理解を支援していきたいと考えております。

非常に多くの内容を駆け足でお話ししてしまいましたが、今後もこのような調査を進め ていきながら発達障害児家族へのよりよい支援のあり方を模索していきたいと思っており ます。ご清聴ありがとうございました。