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平成22年度厚生労働科学研究費補助金
障害者対策総合研究推進事業(身体・知的等障害分野)報告書

成人の注意欠陥多動性障害に対する認知行動療法の実情調査

高貝 就
浜松医科大学医学部附属病院精神科神経科

1.はじめに

私は、このたび財団法人日本障害者リハビリテーション協会の障害者対策総合研究推進事業・日本人研究者派遣事業として平成22年6月1日から同年11月26日にかけて、カナダのブリティッシュコロンビア大学(The University of British Columbia;以下UBC)教育学部教育カウンセリング心理学科を拠点として調査研究を行った。

今回の研究目的は成人の注意欠陥多動性障害(Attention-Deficit Hyperactivity Disorder; 以下ADHD)に対する認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy;以下CBT)の実情の調査であった。

ADHDは、不注意、多動性・衝動性などの症状が学業や仕事などの活動において著しい障害を呈する精神障害である。この障害は通常、幼児期、小児期または青年期に初めて診断され、治療的介入が開始される。しかし、ADHDの診断と治療を受ける機会を逸し、治療を受ける機会を持たぬまま成人期に至っている患者が、成人人口の1-4%存在することが明らかになっている(Adler&chua,2002)。現在、児童・思春期のADHD患者に対しては有効な薬物療法や心理療法が確立されている。しかし、成人のADHDに対する治療資源は児童・思春期症例と比較して非常に乏しい。また、成人例では特に不安、抑うつ、絶望などの症状を二次的に合併することが多い(Biedermanら、2000,Ingramら、1999)。また、成人例では失業や離婚などのリスクが高いと言われている(Wilensら、2004)。以上のように、成人ADHD患者の苦悩は計り知れぬものがあり、社会的な損失も多大である。

CBTは心理療法の一つであり、不安障害やうつ病などの精神障害に有効性が確立している。近年、欧米では成人期ADHDに対してCBTが導入されており、その有効性が確認されている(Safrenら、2005,Rostain&Ramsey,2006,Young&Bramham,2007,Bramhamら、2009)。しかし、わが国では現在のところ成人ADHDの治療技術を提供できる医療機関がほとんどないために、成人ADHD患者がCBTの治療を受けることが困難である。

このため、欧米において先進的なCBTの技法と治療者の養成システムの実情を精査し、わが国への速やかな導入と整備を図ることが急務である。このためには欧米で先進的な心理療法を実践している機関で第一線の専門家による指導を受けることが望ましいと考え、研修先を検討した。

UBCの石山一舟博士は、北米において心理療法の第一線で活躍中の研究者であり、CBTを始めとした心理療法に精通している。また、石山博士は日本人であり、長年に亘りわが国の研究者との交流も積極的に継続している。このことから、本邦の精神医療の現状にも造形が深い。このため、石山博士のもとで研修を行うことにより、欧米における成人ADHDに対するCBTの手法を始めとした心理療法の実際の習得が可能であるだけでなく、国情に即した技術移転についても的確な指導を受けることが可能であった。今回は、石山博士のご高配により、UBCより客員助教として招聘を受け研究を行うことができた。

2.施設調査

今回視察調査については、まずUBCおよびバンクーバー近郊の大学、カレッジのカウンセリングサービス部門を対象とした。これは、成人期ADHD患者が幼児期や学童期に未治療・未介入のまま経過し、大学入学後に対人関係や学業への不適応といった問題が顕在化し精神医学的介入が必要となった場合の医療機関との連携や、疾患についての啓蒙を行う部署としてカウンセリングサービス部門が重要な役割を持つと考えたためである。また、CBTに習熟した臨床心理士による支援体制の実情を調査したいと考えた。

また、成人期、特に青年期のADHD患者に対する社会資源としての家族療法センター、またバンクーバー近郊の精神医療の施設として司法精神病院、被虐待者へのケア施設の見学も行った。

まず、カナダはブリティッシュコロンビア州における医療システムについて概説する。

カナダではわが国と異なり家庭医(General Practitioner;GP)のシステムが徹底している。もし病気やけがをした場合、緊急時を除きまず自分のGPを受診し、GPがより専門的な診断と治療を要すると判断した場合に専門医に紹介される。

GPは予約制であり、受診までに時間を要する場合が多い。このため、軽いけがや病気の時には、予約が不要であるドロップインクリニックを受診し、そこの医師が受診内容を患者のGPに報告する仕組みとなっている。ドロップインクリニックの医師から、専門医に直接紹介することはできない。

急性の精神病状態などの場合には総合病院の救急外来を受診し、そこから精神科に紹介され精神科専門医が急性期治療を行う。急性期を脱し治療方針が明確になったら地域の精神保健センターあるいはGPのもとで治療を継続する。地域の精神保健センターでは、精神科医、ソーシャルワーカー、臨床心理士、看護師などのCommunity Mental Health Teamが、在宅の統合失調症や躁うつ病、薬物依存症などの精神疾患を抱えた患者の医療と福祉のサポートを行っている。GPによる治療を続ける場合は、数カ月に一度の頻度で精神科医を受診し、その結果に基づき精神科医がGPに薬物療法の助言を行う。

シャワーを浴びたり廉価で食事を取ったりすることができる。ドロップインセンターでは、住環境についての専門のソーシャルワーカーから、アパート紹介などの生活支援を受けることができる。また、アートセラピーや遠足などの作業療法やレクリエーションプログラムも受けることができる。大学のカウンセリングサービス部門は、成人期ADHD患者を始めとした精神疾患の患者に対し、医療のルートに乗せる支援を行う部署としての役割を担っている。特に、バンクーバーやその近郊では中国やアジア、中東からの留学生も多数学んでいる。言葉や文化の壁が精神医療を受けるにあたっての障害となっていることも多いという。

UBCカウンセリングサービス

UBCのおける学生の健康サービスに関わる組織体制は、「ハイブリッド・モデル」という、学生担当副学長の権限下に中央化されているものと、部局ベースのものと、双方向からのサポート体制が採用されている。また、カウンセリングサービスについての情報は、学生の健康全般にわたるサービスの一部門として位置づけられている。

インテークでは質問紙を用いた半構造化面接を行い、緊急性の高いものを選別している。

カウンセリングサービスでは、個人カウンセリングのほかに、うつや不安、摂食障害のグループ、心理教育のグループも主催している。CBTの技法を用いたアプローチに習熟した臨床心理士が関わっている。成人期ADHDに対する集団精神療法は行っていないが、個人に対してはCBTも行っている。

支援対象となる学生を現在のマンパワーでは継続的にフォローアップすることが困難であるため、外部機関に紹介が可能な学生はUBCと契約を結んでいる民間カウンセリング機関に紹介を行い、カウンセリングを継続するようにすすめているとのことであった。

また、早期介入システムとして、学生指導担当教員に対し講義に出てこなくなった学生など、どのような学生に注意が必要か、そのような学生をどの部署にどのように紹介したらよいのかについての説明会や、そのような学生に対する行動介入の仕方についての訓練も行っているとのことである。

また、ブリティッシュコロンビア州公認の心理士の養成システムについての情報を得ることができた。大学院修士レベルと博士レベルに区別されている。修士レベルについては大学院修士課程を修了した後に試験があり、さらに200時間の臨床経験が必要である。さらに博士レベルに認定されるためには、博士の学位に加えて1,600時間の臨床経験が必要であるという。臨床実習を行う施設の募集が多くはないため、実習先を探すことが困難とのことであった。

修士レベルと博士レベルの違いの一つとして診療報酬の格差があげられる。修士レベルが100-135カナダドル/回(50-60分)であるのに対し、博士レベルでは135-150カナダドル/回(50-60分)である。また、ブリティッシュコロンビア州では公的保険があるが、カウンセリングに支払われる上限は年間500カナダドルに過ぎず、超過分は自己負担となる。日本の精神科通院医療に対する公費負担制度について話したところ、カナダに比べ日本の患者は幸福だろうが、治療者の報酬がその分低く抑えられているのではないか?等の感想をいただいた。ブリティッシュコロンビア州の公認心理士の資格認定は書類申請のみであり、大学での指定されたコースについての成績証明、インターンとして働いた時間数の証明等が必要となる。認定されると、協会から開業のためのオフィスの賃貸物件一覧等が送られてくるとのことである。バンクーバー市の電話帳を見ると心理士オフィスの広告を多数見かけた。当地では臨床心理士の開業はそれ程難しいとは考えられていないとのことであった。

バンクーバー・コミュニティ・カレッジ(Vancouver Community College;VCC)

VCCはブリティッシュコロンビア州立のコミュニティーカレッジであり、留学生も多数受け入ている。ここ数年、留学生に対し長期プログラム中心のカリキュラムを導入した結果、学校経営にも大きなメリットがあったとのことである。その反面、短期プログラムが中心だった頃は、多くの学生はカナダに到着直後の、まだカナダのよいところしか見えていないいわゆる「ハネムーン」期間の間にカリキュラムが終了して帰国していたのだが、プログラム改革後は、滞在が長期化することによって、カナダ社会への適応の問題が出てきた。学生のメンタル面での問題が表面化することも多くなり、教職員は、一時的なカルチャーショックと、メンタル面での持続的な問題とを見分ける力を養う必要が出てきた。

VCCでは、新入生へのオリエンテーション時に、アドバイザー制度、ホームステイなどさまざまな学校サービスについて説明を行っている。アドバイザーは、主に、入管手続きや滞在中のビザ関係、学業面や社会活動の面についてのアドバイスを行うが、カルチャーショックやカウンセリングの知識も持っている。留学生アドバイザーやクラス担任の教師は、学生の長期欠席など学生のメンタル面での問題徴候に気づくと、マネージャーに伝える仕組みとなっている。少人数クラスでの授業が特徴であるコミュニティ・カレッジでは、教師は必ず出席を取るので、普段の様子と違う学生に気づきやすいとのことである。マネージャーが学生と面談し、メンタル面での問題があることがわかったら、カウンセリングサービスを受けるように学生に勧める。メンタルヘルスに関することはでカウンセリングサービスが当初の窓口として一本化されている。カレッジには、全科を網羅して診てくれる校医(GP)がおり、カウンセリングサービスと緊密な連携体制をとっている。

ダグラス・カレッジ

バンクーバーから約30km東にあるニューウェストミンスター市にキャンパスを持つカレッジであり、中国や日本などアジア諸国からの留学生も多数受け入れている。学生サービスのカウンセラーは5人いるが、需要がとても高いため、全ての学生が必要とするカウンセリングを提供することはできず、長期的なカウンセリングと要する多くのケースは、地域の社会サービス、開業カウンセリング機関、医療機関、性的被害者のためのサービスなどに紹介を行っているとのことであった。ただ、留学生の場合は、言語の問題や、社会サービスがカナダ人のみを対象とする場合もあり、同じような問題を抱えたカナダ人学生と比較して長くカウンセリング関係を続けなければならない場合もある。精神科医に診てもらうことが必要な場合、GPを通じて地域の精神科医に診てもらうまでに、およそ2ヶ月間を要することが一般的である。大学に精神科医は常駐していないためは、まずはGPを受診することになる。留学生に関しては、学生の母国語で診察してもらえる医師を探すのがとても難しい。またADHD等の発達障害や精神疾患の既往を持つ学生が、母国よりも自らの障害/疾患に対するサポートが受けやすいと思って留学してくる場合もあるとのことである。しかし、実際のところはカナダ人の同様に障害を持つ学生も精神科医の診察を受けるまで長期間待機している状況である。

カモサン・カレッジ

ブリティッシュコロンビア州で初めての留学生カウンセラーを採用したのがカモサン・カレッジである。キャンパスはブリティッシュコロンビア州の州都であるビクトリアにある。留学生セクションには、留学生カウンセラーの他に、ビザなどの世話をするアドミッション・アドバイザー、履修を担当するアカデミック・アドバイザー、ホームステイ・ファシリテイターがいる。留学生は600人と数は少ないが、専門のカウンセラーを置いて手厚くしているのには、カナダ政府が、将来の有益な移住者やビジネスパートナーとしての留学生の問題について、とても注目しているからという理由もある。大きな問題が発生する前に、それを防ぐ手立てを考えておく方がよいので、留学生専門のカウンセラーを置くことは、学生と大学双方にとって、有益である。

ビクトリアでは、精神科医に予約を取ってから、実際に受診できるまでに、6カ月~1年もかかるが、留学生カウンセラーに相談することで、少し便宜を図れる場合もある。カウンセラーから直接精神科医へ紹介することはできず、まずはGPにリファーすることになる。しかし、精神科専門医の数がとても少ないため、正確な診断が下されないまま、GPから抗不安薬や抗うつ薬を処方され漫然と服薬している場合も多いとのことである。大学生の6割くらいが、在学中に何らかの精神的な薬を服用しているとのことであった。

学内で、急性精神病状態になるなど、緊急に介入を要する事態が起こった場合には、Local Health Authorityに属しているMobile Crisis Teamに出動を要請する。このチームは、精神科医、心理学者、ソーシャルワーカー、看護士、警察の多職種チームである。出動時は私服で訪問するため目立たない。必要な援助機関に紹介する機能を有する。

以上の学生相談部門の視察から、特に青年期に至るまで未治療で経過したADHD患者に対して、社会活動上の問題が顕在化しがちである高等教育機関での治療的介入の窓口が有効であることが窺われた。特に未治療例に対しては本人のみならず家族への心理教育や、一般学生への懈もう活動も重要であると考えられる。また、特に留学生の場合は、異文化や言語の問題から不適応が著明となる場合が多いため、独自のサポートが必要であることが示唆された。現在わが国では、外国人留学生を多数受け入れる施策を取っているが、来日する留学生の中には未治療のADHDの人々が含まれている可能性がある。このため、大学等の高等教育機関で留学生の相談窓口にADHDに対するCBT等の治療技術を有する心理職が常駐し、精神科医と連携するシステムを構築することが望ましいと考えられた。また、家族機能の観点からの介入も重要であり、成人期ADHDに対する介入については複数のルートを構築することで未治療例に対するアプローチの可能性がより大きくなると思われた。

South Vancouver Youth Centre(SVYC)

SVYCは、家族機能に問題がある家庭に介入し、青少年を保護する目的の施設である。家族機能の問題には、家庭内暴力、虐待、経済的困窮等が含まれる。このセンターではこれらの家族にまつわる問題について包括的に取り組むことを目的としている。当センターでは5人のスタッフが家庭訪問を行い危機介入に関わっている。スタッフの中にはブリティッシュコロンビア州の認定臨床心理士の資格を有しているメンバーもいる。また、他の治療・社会資源との連携、協同も重要な役割となっている。また、不登校となったりした青少年は、センターで通常の学校教育との代替の教育を受けることが可能であり、就労の支援も受けることができる。このセンターでは利用対象となる青少年の65-80%がADHDや行為障害等の診断を満たしているという。このセンターのスタッフの中に臨床心理士の有資格者がいるため、家族機能の改善のためCBTの手法を用いたアプローチが可能であるとのことである。また、これらの症状のために入院した場合は、入院から退院までを通じ、ケア会議にスタッフが参加するとのことであった。

また同センターではインターネットのためのパソコン、教室、カウンセリングルームが備わっていた。利用者のコスト負担はなく、すべて国費で賄われている。

このセンターの運営は会社組織であり、定期的な市の入札で運営の権利を獲得するシステムとなっている。この点は、日本における介護サービス事業への民間資本の参入と類似している状況が窺われた。

Forensic Psychiatry Hospital

州立の司法精神病院であり、日本における医療観察法の治療病棟に相当する施設である。本施設の見学をアレンジして下さった高野嘉之先生は家庭内暴力の加害者に対するCBTの第一人者である。この施設は元々農場の用地を譲り受け建設されたもので、正面のゲートには’Colony Park’と銘打ってあり名残が偲ばれた。見学に当たっては、同院のバリー・クーパー博士が説明と案内をしてくれた。同院の入所者数は190名、そのうち170名が男性であり、医療スタッフは精神科医が10名、General Practitionerが3名、心理士が3名、Case Managerが8名、看護師がおよそ300名等となっていた。Case Managerとは、日本における社会復帰調整官に相当する職業である。入院患者の診断名は多様だが、統合失調症が多いとのことであった。しかし治療対象となる疾患は多様であり、例えば摂食障害の治療についてチームを結成し取り組むこともあるとのことだった。また、ADHDを始めとした発達障害圏のケースも少なくないとのことであった。また、身体合併症については院内で対応しきれないケースは他院に転送するが、受け入れ先に苦労するとのことだった。転送先としては精神科スタッフが充実している、隣接したサリー市の総合病院に依頼することが多いとのことだった。また日本では、医療観察法の治療対象となる罪状は刑法に規定されている殺人、放火などの6罪種と規定されているが、カナダではこのような規定はなく、例えば窃盗などの罪を犯しただけの人も収容されている。また、司法機関で2年以上入院が必要と判断されたケースがこちらの病院での受け入れ対象になるとのことだった。入院中は司法機関への定期的な病状報告、多職種チームによる治療と退院後の地域生活と治療継続のための準備などが行われるとのことであった。これらの体制は、いわば日本の医療観察法に先んじたシステムと考えて良いと思われる。また、カナダでも一般の精神科病棟に司法精神病棟が併設されている病院も複数あるとのことだったが、司法精神病院として独立しているのはブリティッシュコロンビア州ではここだけとのことだった。年齢層は19歳から70代、最も多いのが30代であった。病棟内は、収容者の状態に応じてセキュリティが軽度・中等度・重度の三段階に区分されていた。重度のゾーンに入るにはいくつものセキュリティが科せられた扉をくぐる必要があった。患者はGPSで居場所を管理できるための器具の装着が求められていた。軽度の場合は自由度が上がり、散歩のための外出が許可されるケースもあるとのことだった。また、退院前に家族と宿泊訓練をするコテージも数軒あった。病棟内には体育館やフィトネスジム、作業療法室、デイルームや売店なども整備されていた。院内は全面禁煙あった。禁煙ができない患者には医師による禁煙指導が行われるとのことであった。ちなみに、今回この治療施設を案内してくれたクーパー博士は、詐病の検査が専門であり、assessment measureとしては、MMPIの他に、VIP(Validity Indication Profile),TOMM(Test of Memory Malingering)等を用いることが多いとのことだった。また、検査結果だけではなく、病棟での様子、特に看護師の観察に基づく情報が重要であると力説していた。この施設では、概ね年間6例程度詐病と考えられるケースがあるとのことだった。彼は、詐病の検査や研究を目的とした会社も運営しているとのことだった。日本で公的機関に常勤している人が、別に会社を持っているというケースは耳にしたことがなかったので驚いた。病院内は、セキュリティが厳格で、フェンスも4mくらいの高さで張り巡らされていましたが、清潔で中庭の芝生の手入れも良く、人に慣れたウサギが跳ねており殺伐とした雰囲気とは無縁だった。帰途に、近くにある州立精神病院(Riverview Hospital)の敷地を訪ねた。山肌に沿って開かれた広大な土地にバス路線が横切り、数十もの病棟が立っていた。一つ一つの建物は100ないし200名の患者が収納可能な規模であった。しかしその殆どは閉鎖されており、中にはガラスが割れ、荒れ朽ちた建物も目立った。高野先生によれば、以前は数千人レベルの入院者数があったようだが、バンクーバー方式として知られる地域移行を目指した精神医療政策の結果、どんどん病棟を縮小しているとのことでした。人の姿もまばらで、空き地にコヨーテがうろついていた。

3.自閉症スペクトラムの児童に対する行動療法の実際

今回、成人期ADHDに対するCBTの導入を検討するにあたり、児童期のADHDを始めとした自閉症スペクトラムに対する行動療法の実際を視察することが必要であると考えた。

今回、バンクーバー郊外のリッチモンド市で自閉症レインボーアイランド主宰の餌取千佳氏のご好意により自閉症児童に対する行動療法を見学する機会を得た。ADHDは自閉症スペクトラムに含まれる。また、自閉症スペクトラムに対する心理療法としては狭義のCBT以外の行動療法が用いられている。今回見学できたのはそのうちのApplied Behavioral Analysis(ABA)、応用行動分析である。日本では、自閉症児童に対する療育プログラムとしてはTEACCHが有名である。北米では現在ABAが主流となっている。簡単に言うと、ABAは行動として目で見えるものを評価、分析していくことに主眼を置く治療法である。

A君は、訪問時まもなく6歳となる男児である。両親と姉と4人暮らし。彼は平日週5日、午前9時半から約2時間、家庭でBehavioral Interventionist(以下BI)による行動療法を受けている。A君の課題は、自分の感情が高ぶった時にどのようにコントロールするかということと、数唱・季節/時間の概念・表情・男女の区別など日常生活のスキルについての詳細な項目について学ぶことが中心になっていた。

前者については感情が高ぶり、興奮しそうになった時に深呼吸し、物に当たらない訓練を行う。

後者については、例えばアルファベットで同じ数字のカード合わせをしたり、喜怒哀楽の表情の写真を見せて児に「この人はどのような気持ちかな?」等と尋ねたりし、正解したらBIがはっきりと肯定的なフィードバックを行う。また、児の混乱を避けるためにもし回答が間違っていたとしても訂正したり、間違いを言葉で指摘したりしないことがポイントである。児が間違えたらBIはそれを「無視」し、まるで何事もなかったかのように次の課題に移るようにすることがトレーニングを行うにあたり大切である。また、児が正答に迷っている時にBIが児の手を取り正しいカードに導くアプローチを行う。このアプローチを“prompt”と呼ぶ。また、BIは同じ課題を3回繰り返した後、児の一回注意をそらせた後にもう一度同じ課題を与え、児の記憶の定着を確認する。

見学中、A君はセッションの途中で部屋の壁のしみが気になり、次の課題に移れないことがあった。しかし、BIは“Oh, you cleaned the wall, good! Now, how about these cards?”等と声をかけてさらりと気持ちの切り替えを促していた。また総計2時間のセッションの途中で児は2回程いらいらの感情を表現した。しかし、BIはその時に児に対して深呼吸と膝を両手で押さえるように働きかけていた。その結果、児はおよそ30秒以内に感情の高ぶりを鎮めることができていた。またBIは、児の集中力を維持させるため、ゲームやおやつなどの報酬を適宜入れつつトレーニングをすすめていた。また休憩時間の提示も、児が時間を理解しやすいように、円グラフのように残り時間が表示される時計を使用していた。

BIはこのようなトレーニングを児に対して毎日行い、目標課題について綿密な記録をつけ達成度を確認していく。また、BIはコンサルタントのスーパ-バイズを3週間毎に受け、指導内容の確認を受けている。

A君の家庭には、政府から療育のために月間1,850カナダドル(本日のレートが1$CAN=82JPY,15万円くらい)の給付があり、private clinicに所属するコンサルタントが一旦その給付金を預かり、BIのマネージメントや治療計画を立案するシステムになっているようです。BIのトレーニングを誰に委託するか、どのような時間割を組むかは家庭毎に委ねられており自由度が大きい。今回訪問した家庭では、BIを謝金の安いUBCの大学院生に依頼することで、同じ予算で多くのセッションを受けられる形を選択していた。給付金の受け取り方も、月割り以外の方法も保護者の希望で選択可能とのことだった。

ちなみに、$1,850のうち$1,050はコンサルタントへ支払い、残額がBIへの謝金や、消耗品など療育に必要な物品購入に充当される。例えばパソコン等の高価な物品については、必要性についてコンサルタントを通じ政府の承認を得て購入する仕組みとなっている。

現在の問題点のひとつは、児が6歳に達すると助成金が3分の1にまで減額されてしまうことである。このため、6歳になった後はBIのトレーニングの回数を減らすか、家庭の自己負担を増やすか、あるいは家族がBIとしての技術移転を受け、児童へセラピーを継続するかの選択が必要となる。今回訪問した家庭では、母親がセラピストとしての技術移転を受ける選択をし、毎回のセッションに同席し、BIからのアドバイスを受けながらセラピストの訓練も受けていた。母親は、ABAについて記録のつけ方等は習熟に時間を要するが、たとえば児が時に怒りの感情をコントロールできないときに叱りつけるのではなく、冷静に対応する方法を学ぶことができ非常に参考になっていると述べていました。しかし、技術移転の方法を選んだのは経済的な事情によるところが大きいとも話していた。

また、トレーニングの必要な領域は児によって多様である。A君は行動面の問題の改善のためにBIによるトレーニングが主体でしたが、それぞれのニーズによって作業療法士や言語療法士によるトレーニングを選択する児もいる。

A君は今年の2月には、数字を数えることが覚束なかったが、半年の間11まで数えることができるようになり、季節の変化の概念が理解できるようになったことがBIにより詳細に記録されていた。

以上、ABAの実際について見学した。成人期ADHD症例に対して適応を検討する際には相応の工夫が必要と思われる。例えば発育過程の段階と異なり、すでに成年に達している段階では日常生活の常識や社会概念の教育は不要である。また、指導者がマンツーマンで家庭訪問するようなきめ細やかな体制は学童期でなければ難しいであろう。しかし、集中力を持続させるBIの働きかけの技術や成果の数量的な評価については援用可能であると考えられた。

9/24、バンクーバー近郊のリッチモンドで開催された日加ヘルスケア協会主催のワークショップ「みんなと違うけど大丈夫・バンクーバー日本人社会における自閉症とその他の発達障害~家族のために~」に出席した。

自閉症その他の発達障害者に対する特に日本からカナダへ移り住んだ家庭では、本人の英語力不足が原因でカナダの社会・学校に馴染めないのではないかと家族自身が間違って理解し、未診断のまま苦しいカナダ生活を送っている事例がある。また、育児の発達が遅いのは英語と日本語で育てられているのが原因と捉えられ診断が遅れることも多い。今回のワークショップはカナダにおいてこのような問題を抱えている日本人家庭が社会資源の利用法を学び、また連携をとるきっかけとなることを目的に初めて開催された。二部構成で、第一部では4名の講師が講演し、第二部では質疑応答や意見交換が行われた。

最初に、「自閉症と他の発達障害児をお持ちの家庭について」というテーマで餌取氏千佳の講演があり、自閉症の早期診断と介入は児のこだわりをわがままではなく障がいと受け止めるためにも大切だと思うと、当事者家族の立場での考えを述べていた。これは成人期ADHDの当事者家族に対する心理教育にも共通する事項であると考えられた。また、BC州公認心理士の原田直子氏による、「自閉症と他の発達障害者のためのカウンセリングとトレーニングの方法」というテーマでの講演では原田氏は特に、発達障害について未診断のまま成人したと思われる人が、二次障害で苦しみ、またカナダへの留学をきっかけに対人交流の摩擦等で発達障害をベースにしたコミュニケーションの問題が顕在化し、心理療法のサポートを必要とする事例について紹介していた。原田氏とは講演後に意見交換を行い、今後も成人期ADHDを含めた発達障害の成人例に対するCBTを始めとした心理療法についての情報交換や交流についてすすめていくことを確認した。

三番目の話は、「カナダで適切な医療専門家に診てもらう方法について」と言うテーマで日加ヘルスケア協会理事長である田中朝絵医師による講演だった。田中医師は8歳時に日本からカナダに移住し、家庭医として日系カナダ人や在カナダ日本人のヘルスケアに尽力されている。田中医師は家庭医の見つけ方や政府から得られるサポートについて説明していた。カナダでは家庭医が児の定期検診を行うことになっており、そこで言葉や行動面での問題への介入につながることが期待されている。ただし、心配な点については、親の側から医師に積極的に情報を提供しないと問題視してもらえないことが多いそうである。田中医師は、日本人は控えめな傾向があるが遠慮せずどんどん気になることは医師にアピールする方が良いと助言していた。また、英語と日本語の二カ国語環境で育児を行っているケースではそのこと自体の影響と捉えられがちで、自閉症スペクトラムの問題に気づくことが遅れがちになると指摘していた。カナダでは児がサポートを受けるため通常は家庭医から小児科を紹介してもらい、そこからさらに発達障害専門医に紹介してもらい診断をもらう必要がある。バンクーバーとその近郊には専門医の診断施設が4か所ある。小児科を通さず家庭医から直接専門医に紹介する経路をとることも可能だが、専門医の診察までの待機期間の目安は自閉症については3歳以下なら6か月以内、3歳から5歳までの場合は8~10か月、6歳児の場合は1年以内、他の発達障害については1年以内が目安とのことだった。待機期間が非常に長いという印象を受けた。最後の講演は「自閉症について、自閉症児のセラピーにおける応用行動分析と実証的な行動科学の重要さについて」というテーマで、BC州公認行動コンサルタントである田中桜子氏が話をされた。田中氏は前述のABAの専門家である。田中氏自身の13歳になるご子息が自閉症と診断されたことがきっかけに自ら行動分析の勉強を始め学位を取得し、コンサルタントとして活躍されているとのことである。自閉症の療育について、保護者が技術を習得して日々の関わりのなかでサポートを継続して行くことが大切であるとの考えを提唱していた。技術移転のツールとして、例えばアメリカの、”RethinkAutism”という月額68米ドル程度の利用料で家族が行動療法を学べるウェブサイトを紹介していた。保護者あるいは家族が技術移転を受け、家庭で治療者としての機能も担うと言う方法は治療資源へのアクセスやコストの観点からもメリットが多いと思われ、わが国で成人期のADHD対するCBTの導入においても選択肢となりうるかもしれない。しかし、家族の一員と治療者の役割を兼務することは容易ではないことが予想される。例えば、治療成果について「他者の眼で」客観的な評価を行うことには自ら限界があるのではないかと思われた。また、このワークショップの第二部では、日本の医療現場での自閉症スペクトラム障害に対する治療について高貝が発言の機会をいただいた。浜松医科大学精神神経医学講座および子どものこころの発達研究センターにおける研究の概要について紹介した。また、わが国での発達障害支援法施行後の社会資源の整備の状況の概要についても説明した。ワークショップ終了後も、複数のご家族から質問をいただき、日本の現状への関心の大きさが窺われた。

4.学会参加

バンクーバー地方会でのADHDの治療ガイドラインについての報告

CHADD学会参報告

11月11日から13日にかけて、米国ジョージア州アトランタにて開催された,22nd Annual International Conference on Attention-Deficit Hyperactivity Disorderに出席した。同学会はChildren and Adults with Attention-Deficit Hyperactivity Disorder(CHADD)の主催によるものである。CHADDはその名の通り、児童ならびに成人期のADHDの当事者並びに家族の自助組織であり、米国を中心として組織化されている。

この学会では、ADHDの治療や社会資源の導入に関する多様な知見が集積しており、大変有意義であった。特に成人期ADHDに対するCBTについて最新の知見を提供していた、以下の題目の教育講演について報告する。

1) Assessment and psychological treatment of adult ADHD

ニューヨーク州立大学のマーフィー博士により、成人期ADHDの症例の半数は薬物療法に治療抵抗性であり、CBTを始めとした心理社会的治療が重要であることを報告していた。ADHD患者の80%が少なくとも1つの、約半数が2つの、約三分の一が3つ以上の他の精神障害を合併しており、それらの治療を要することと、ADHDそのものについては疾患教育が糖尿病のような生活習慣病と同様に必要であることを述べていた。マーフィー博士は、特にCBTを行うに当たり、患者は一般に学校や社会生活でのつまずきから自己評価が低くなりがちであるため、この点に着眼することが治療者にとって必要な要素であることを強調していた。具体的なCBTの手法として、大きな仕事を細分化することで対処を容易とさせるような関わりや、インタ-ネット等の近年の情報技術を媒介した形態も望ましいとのことであった。また、CBTは結婚相談、グループカウンセリング、コーチング、自助組織など多様な治療資源の一つとして捉えられ、またそれぞれが別個ではなく関連性を維持していることを明示していた。

成人期ADHDに対するCBTの施行に当たっては、まず正確な診断が前提となることを強調していた。幼児期の記録、学童期の教師による行動の記録などの活用が重要であることや、“An ADULT ADHD INTERVIEW(生活史、障害領域、併存疾患の存在)”,“BARKLEY’S QUICK-CHECK FOR ADULT ADHD DIAGNOSIS(幼児期と現在のADHD症候と障害されている領域を明らかにするための18個の質問)”といった構造化面接が紹介されていた。

自己評価尺度は確定診断には十分ではないが、スクリーニングとして有用である。この講演では、わが国でも知られている“CONNERS ADULT ATTENTION DEFICIT RATING SCALE(CAARS)”や”ADULT ADHD SELF REPORT SCALE(ASRS)”に加え“BARKLEY’S ADULT ADHD QUICK SCREEN(これまでの生涯と現在の主だったADHDの症候と障害について近年の研究に基づいた13項目の質問紙)”,“BROWN ATTENTION DEFICIT DISORDER SCALE(BADDS)(自己および確実な他者による同じフォームを用いた記録であり、ADHDの症候や多様な高次脳機能の欠陥を測定する尺度)”が紹介されていた。

また、診断の材料としては以上の情報に加えて、中枢刺激効果を有する向精神薬の投与効果が確定要素になると述べていた。現在わが国ではメチルフェニデートは成人期ADHDへの保険適応はまだ認められておらす、治験の段階である。もし今後、上市となった場合には、CBTと併用するケースが生じることも予想される。

2) Beyond medications: A review of adjunctive treatments for adult ADHD / Change strategies used in CBT for adult ADHD

ペンシルヴァニア大学のラムゼイ博士によるこの2題では、成人期ADHDにはうつ病、双極性障害、不安障害、薬物依存、反社会性人格障害の合併がありこれらの精神障害に対するCBTの必要性と効果についての報告があった。成人期のADHD患者のうち治療を受けているのはその32%程度に過ぎず、さらにADHDに対して特別の治療を受けているのはさらにその半分であるとのことであった。ラムゼイ博士が強調していたことは、ADHDに対してCBT単独ではなく、薬物療法の併用によって治療効果が期待できると言うことであった。なお、同じ発達障害圏であるアスペルガー障害の患者に対しては、習得した事柄の汎化が苦手であるため、ADHDの患者と比較してCBTの効果は少ないであろうと述べていた。また、北米の大学生の2~9%がADHDであり、就学上の問題への対処が現実的な問題となっているとのことであった。これは、先述したカナダにおける学生相談室が成人期(青年期)ADHD例に対する早期介入の窓口としての役割を担っている状況に相応するものと思われた。

成人期ADHDに対するCBTを行うに当たり、ラムゼイ博士は以下の点を強調していた。第一に彼らの感情、認知、およびセッションの構造を理解することが持続性を維持するために必要であること、第二に情報を提供した上で意思決定を求めること、第三に治療同盟の構築に努めること、第四に認知および行動の変容を図ること、第五に心理教育・外的環境・対人関係の「足場」を作ること、最後に治療効率を上げるためには比喩の活用・明確な治療計画・環境調整・記憶の補助が重要であること、以上五点であった。

これらのポイントは、治療者がADHD、特に成人期のケースに関する障害構造への十分に理解しCBTの施行に当たり特質に合わせた工夫を行うことであることを示していると考えられた。また、治療行為、心理面接の基本については他の治療(薬物療法や支持的精神療法等CBT以外の精神療法)と大きく異なる訳ではないこと、また単にCBTの技法にとどまらず類縁疾患との差異や活用可能な社会資源との連携について知識を有していることが重要であることが示唆された。

成人期ADHDにおいて作業記憶についての欠陥が知られている。作業記憶は自己制御に関連する非常に重要な高次脳機能であり、問題解決や知能に関連するものである。また、作業記憶トレーニングが前頭前野および頭頂部皮質のドーパミン受容体密度の亢進と関連するとの報告がある(McNabら、2009)。

ラムゼイ博士は自身の予備研究で1回当たり30~40分の作業記憶トレーニングのセッションを週5回、5週間にわたり行った予備研究で作業記憶の有意な改善があったと報告していた。作業記憶トレーニングの有効性は、今後成人期ADHDに対するCBTの治療構造を検討するに当たり興味深い内容である。今後の知見の集積に注目したい。

ADHDの学生に対する具体的な支援内容として、試験時間を一般の50~100%延長する、小グループでのテストを行う、休憩時間の追加、ラップトップコンピューター・計算機の支給、講義録のコピーの提供、卒業期限の延長などが既に導入されているとのことであり、わが国の現状との相違の大きさを認識した。

また障害の特性に配慮した就労カウンセリングも行われているとのことであった。

5.UBC教育学部教育カウンセリング心理学科における大学院講義への参加

今回、石山先生のご高配によりUBC教育学部教育カウンセリング心理学科博士課程の講義の聴講、国際森田療法セミナーへの参加、および同学科での公開講義の聴講の機会を得た。特に大学院講義の聴講はCBTによる治療の担い手となる心理士のトレーニング方法を学ぶに当たり有益であった。また、森田療法は日本で生まれた、行動本位を主眼とした不安障害や軽度のうつ病に治療効果がある心理療法である。認知の修正にとらわれることを抑え、行動様式の変容を促すと言う点では狭義のCBTとは治療的アプローチが異なるが、認知と行動の修正を働きかけ症状の改善を図ると言う点では広義のCBTと言うことができる。石山博士は欧米においてプロセスを重視した外来カウンセリングの中で森田療法を応用したアクティブ・カウンセリングという心理面接を開発しさらなる発展を図っている。また、国際森田療法セミナーでは大学院生や心理士に対してアクティブ・カウンセリングの治療技術を教育している。また、カナダやアメリカでは、移民を受け入れて来た歴史を背景として、多文化間カウンセリングの分野の研究が進んでいる。石山博士は森田療法のみならず多文化間カウンセリングの専門家でもあり、UBCでも当該領域の教育を担当している。多文化間カウンセリングは、元々の文化や現在のカナダ社会での位置づけ等によりアプローチの方法は様々であるが、CBTの技術の習得が前提となっている。森田療法やアクティブ・カウンセリングの詳細は成書に譲るとし、この報告書では石山博士が行っている教授法の特色について述べたい。

石山博士の講義のスタイルは以下のようであった。

石山博士が指導している博士課程の大学院生は10名程度である。大学院生はコミュニティカレッジや総合病院等で実習生としてカウンセリングの症例を受け持っている。

日中は実習活動が主体となるため、講義の開始時刻は16時30分からの設定となっている。講義時間は3時間連続して設定されている。

まず、講義予定表に基づき、事前に予習しておく論文集が配布される。さらに、追加の論文がEメールの添付ファイルの形式で事前に送付される。

講義の最初に、学生毎に実習で受け持っているクライアントについて抱えている問題点について順番にプレゼンテーションを行う。そして、その中から次回石山博士と模擬面接を行い、スーパーバイズを受ける学生を決定する。

その次に、講義のテーマについて小グループごとに分かれて、15分程度ディスカッションする。その後にグループ毎にディスカッションの結果について3分程度でプレゼンテーションを行い、全員で検討を行う。

10分程度の休憩を挟み、石山博士が実際にカウンセリングを行っているビデオクリップを上映し、逐語録を追いながらキーポイントについて確認を行う。例えば、「自らの悩み事が、plunger(配水管用掃除道具)のように引っかかっている」と述べているクライアントに対して、その比喩について自身の洞察を深めるように促す部分について、石山博士はカウンセラーのどのようは言葉の処方や間の取り方が認知の修正に適切だったかを考えさせるように配慮していた。これは、成人期ADHDに限らないが、CBTの技法の習得に非常に効果的な教授法であると思われた。

さらに、前回の講義で模擬面接を担当することになっていた学生が、石山博士とともに模擬面接を15分間程度にわたり提示し、その後に全員で評価を行う。石山博士は、批判的な言辞よりも、学生の達成度を肯定的に評価し、今後の課題について建設的な意見が交わされるように配慮していた。

最後に、本日のセッションの感想を全ての学生に述べてもらい、質疑応答を行う。次回の講義に必要な準備に関するアナウンスの後に終了となる。

以上が講義進行の概要である。3時間にわたり、集中力を維持することは困難な作業である。石山博士の講義では講師と生徒の双方向性のやりとり、小グループディスカッションによる意見の発信、ビデオクリップによる視聴覚的な理解、以上を巧みに組み合わせることで学生のモチベーションを引き出し持続させる工夫が行われていた。また、実習で生じた問題点についても対応していることから、座学と実習の連続性が講義の聴講により保たれていると感じられた。

毎週ごとに予習を求められる文献は1講義当たり6から10編とかなり多量である。大学院入学に当たり、学習能力の選考は受けていることを考えてもかなり厳しい要求である。しかし、講義では、学生同士で論文の内容を前提とした議論が交わされており、皆十分に予習を行っていたことが窺われた。

なお、10/24には、UBCの大学院生等を対象とした国際森田療法セミナーに出席した。石山博士は欧米における森田療法に関する研究論文を多数著されており、日本と文化背景の異なる欧米においても森田療法は有効な治療法であること、しかしながら個人主義を背景とした欧米の患者の治療者に対するスタンスは日本のそれと比べ異なるため指示的な対応や不問の技法をそのまま応用することは危険であること、患者との治療関係を構築するプロセスを重視することが必要であること、カウンセリングの期間を主観期、客観期、活動期の3つのピリオドに区分しそれぞれの段階で望ましいアプローチを行うことが大切であることを提言されていた。また、石山博士が自ら生前のヴィクトール・フランクルに行ったインタビューのビデオクリップを紹介し、フランクルが「現実を見ろ、感情をつつきまわすな」と述べ、また「なすべきことをせよ。さらば汝がいかなる人間か知ることができるであろう」と言うゲーテの言葉も引用した。また、フランクル自身が自ら創案したロゴセラピーと森田療法での行動本位の考えの共通点に言及していたことが印象的であった。

治療関係を構築するプロセスを重視した森田療法は、成人期ADHDを対象としたCBTの一技法として有用であると思われた。また、森田療法が日本で生まれた治療法であること、浜松医科大学医学部附属病院では森田療法の臨床実績が豊富でありADHDを始めとした自閉症スペクトラムの専門家も多数擁していること、また今後も石山博士と技術交流ができること、以上から成人期ADHDに対する修正型の森田療法の導入が可能であると思われる。

また、アボリジニーの「癒しのプラクティス」等、ユニークな講義に参加することもできた。

わが国の神事とも類似するところがあり、動植物を素材とした道具を用いた視聴覚に響く興味深い内容であった。欧米由来のカウンセリング技法のみならず、森田療法の外来カウンセリングへの応用や今回のアボリジニーの伝統的な癒しの方法等貴重な内容を学習することができた。

6.まとめ

今回、欧米における成人期ADHDに対するCBTの実情について調査を行った。調査に当たり、カナダのバンクーバーおよびその近郊における精神科治療やカウンセリングのリソースについての情報を収集し、精神保健福祉の基盤の特色とわが国の現状との差異を確認した。特に、成人期ADHDに対する治療介入の糸口として大学(カレッジ)の学生相談窓口の役割が大きいことが印象的であった。視察を振り返り、わが国でも成人期ADHDへの早期介入や啓蒙活動の充実、およびCBTの適切な適応を図るためには、学生相談室へ精神科医師や臨床心理士といった人的資源の重点的に割り当てることが望ましいのではないかと考えた。

また、CBTの主たる担い手となる臨床心理士の養成の実際について、UBCでの大学院講義を通じその実際を知ることができた。臨床心理士の資格化がまだ行われていないわが国でも大学院修士課程で臨床心理士の養成が行われている。しかし、カナダでは週毎に臨床心理士の認定制度が確立しており、特に博士課程において綿密に構造化されたトレーニングが行われている。CBTの治療技術を導入するためには、治療者自身の身分安定や保険診療報酬の体系との整合が大切であることが確認できた。わが国においては臨床心理士制度の国家資格化が急務であると考える。

さらに、上記の調査研究を踏まえた上で、米国においてADHDに関する最大級規模の学術総会に参加し、成人期ADHDに対するCBTの適応、具体的手法に関する最先端の情報を入手することができた。CBTは薬物療法と併用することが基本であること、また併存する他の精神障害の治療(例えば二次障害としてのうつ病)を焦点とすることで患者の病状の緩和や社会参加に有益となるといった知見を得ることができた。

謝辞

今回の調査研究にあたりご支援をいただきました財団法人日本障害者リハビリテーション協会様に厚く御礼申し上げます。

また、在外研究の受け入れや視察施設の斡旋に当たってはUBC教育学部カウンセリング心理学科のビル・ボーゲン学科長、石山一舟博士、南昌廣氏、高野嘉之氏には格段のご配慮を賜りました。視察先の施設スタッフの皆様(シェリル・ウオッシュバーン氏、キャサリン・ビューモント氏、メイヤ・ウィルク氏、ヘザー・チャン氏、伊藤洋子氏、ブライアン・ヘロン氏、アイリス・トムソン-グレン氏、アンナ・スタイン氏、カーク・ベック氏、マリアナ・マルチネズ氏、安田雪子氏、マーチン・ダットン氏)からはブリティッシュコロンビア州ならびにバンクーバー市の精神医療およびカウンセリングサービスの実情について懇切丁寧なご説明とご指導をいただきました。心より感謝申し上げます。なお、今回の派遣期間中には東京大学より出張でバンクーバーに滞在されていた同大学留学生相談室の山内浩美講師と施設見学やUBCでの講義の聴講をご一緒する機会に恵まれました。山内先生には臨床心理学および多文化間カウンセリングの専門家としての立場から、学生相談室の機能について示唆に富んだ多くの助言をいただくことができました。また、兵庫教育大学の海野千畝子准教授には、石山博士との共同研究の一環でバンクーバーにいらした際に、ご専門の被虐待児の心のケアについてご講義をいただく機会に恵まれました。ADHD児は、周囲が行動上の問題に理解がないことから虐待やいじめの対象となり、その心的外傷が成人後も影を落とすことが少なくないと言われています。図らずもカナダにて海野先生のお話を伺うことができ、成人期ADHDにCBTを適用するに当たってもその視点を念頭に置くべきであることを認識させていただくことができました。またレインボーアイランド主宰の餌取千佳様、岩瀬まゆみ様、メイディー順子様にはカナダBC州におけるADHDを始めとした自閉症スペクトラムの療育や社会資源の実情につきましてご家族の立場から貴重な御意見を伺うことができました。日加ヘルスケア協会の九十九様初め皆様にはワークショップ参加の機会をいただきました。皆様に深く御礼を申し上げます。

最後に、今回の研究機会を与えていただいた浜松医科大学精神神経医学講座の森則夫教授、中村和彦准教授に感謝申し上げます。

今後も皆様各位のご厚意を忘れず、日本およびカナダにおける精神科的リハビリテーションの発展のために微力ながら貢献してまいりたいと存じます。