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平成23年度厚生労働科学研究費補助金
障害者対策総合研究推進事業(感覚器障害分野)報告書

ウイリアム・キンバリング博士 招へい報告

宇佐美 真一
信州大学医学部耳鼻咽喉科

1.招へい理由

難聴はコミュニケーションの大きな障害となるだけでなく、日常生活や社会生活の質(QOL)の低下を引き起こすため、適切な医学的介入が非常に重要である。近年、高音急墜型の聴力像を示す難聴患者に対する新しい治療法として開発された「残存聴力活用型人工内耳」は本邦でも当施設で高度医療として承認を得て有用性に関する研究が行われている。

「残存聴力活用型人工内耳」は高音障害急墜型および高音障害漸傾型の感音難聴を対象としているが、難聴の進行により低音部の残存聴力が低下してしまう可能性があるため、予め遺伝子解析により難聴の進行の程度を予測する事が出来れば、人工内耳機器を使い分けるなどのオーダーメイド医療の基盤を確立することが可能である。現在、本課題を克服する事を目的に「新しい人工内耳(残存聴力活用型人工内耳)に関する基礎的、臨床的研究(H23-感覚-一般-001)」を展開している。

ウイリアム・キンバリング先生(ボーイズタウン・リサーチホスピタル・シニアサイエンティスト兼アイオワ大学メディカルセンター耳鼻咽喉科・教授)は、感音難聴の遺伝子解析において世界トップレベルの実績を有する研究者であり、特に高音障害型の聴力像を呈する感音難聴とUsher症候群の2つの疾患の原因遺伝子であるCDH23遺伝子の解析に関して非常に卓越した技術と実績を有している。

そこで、ウイリアム・キンバリング先生に来日いただき、遺伝子解析の方法論・患者の選定手法・解析の実際に関して指導を受けるとともに、海外での最新の情報に関する講演会などを実施することで、研究課題の推進を目指した。また、ウイリアム・キンバリング先生のような世界的な研究者と打ち合わせできる機会は少なく、若手研究者の育成にも非常に有意義であると考えられる。

2.受け入れ期間の活動

平成23年11月22日~12月2日までの招へい期間に行った活動はⅠ.高音障害急墜型および高音障害漸傾型の聴力像を呈する難聴の遺伝子解析に関する講演会およびⅡ.高音障害急墜型および高音障害漸傾型の聴力像を呈する難聴およびUsher症候群の原因遺伝子であるCDH23遺伝子およびその他Usher症候群の遺伝子解析に関する海外の先進事例に関する講演会を実施するとともに、Ⅲ.高音障害急墜型および高音障害漸傾型の聴力像を呈する難聴の遺伝子解析に関する研究打ち合わせを行った。

Ⅰ.難聴の遺伝子解析に関する講演会

11月24日から11月26日までの間は、沖縄コンベンションセンターにおいて実施された第21回日本耳科学会総会学術講演会に参加いただき、遺伝子解析に関する講演と共同研究に関する打合会に参加いただき研究推進に関するアドバイスをいただいた。24日には海外の研究者による最先端の研究内容に関するレクチャーを受け、今後の研究につなげることを目的に開催されているインストラクションコースの講師として「Importance of DNA analysis for the Diagnosis and Treatment of Hearing Loss」というタイトルで、難聴の遺伝子解析の方法論とその臨床的意義に関してご講演いただいた。講演の中では、次世代シークエンサーを用いた難聴の原因遺伝子解析の目的、原理、方法論にといった最先端のトピックに関しても、実例を交えてレクチャーいただき非常に有意義な内容であった。講演の後は質疑応答を行い、参加者より実際に研究を遂行する上での留意点などに関する質問など活発な意見交換が行なわれた。

写真1

Ⅱ.難聴およびUsher症候群の原因遺伝子解析に関する講演会

また、26日には遺伝子解析に関する共同研究施設を中心に実施した、難聴の遺伝子解析と臨床応用に関する共同研究に関する打合会にご参加いただき、海外における遺伝子解析と治療に関する最先端の事例として、高音障害急墜型および高音障害漸傾型の聴力像を呈する難聴の原因遺伝子であり、Usher症候群の原因遺伝子でもあるCDH23遺伝子、MYO7A遺伝子等の遺伝子解析に関する海外の状況をご紹介いただく講演会を実施した。講演会ではアメリカでフェーズ1の臨床試験が開始されたばかりのMYO7A遺伝子の遺伝子治療に関する内容もご紹介いただき、診断~治療までの一連の流れを含めた最新の情報に関してご紹介いただき、非常に有意義であった。講演の後は質疑応答を行い、研究協力者より質問など活発な意見交換が行なわれた。

写真2

Ⅲ.高音障害急墜型および高音障害漸傾型の聴力像を呈する難聴の遺伝子解析に関する研究打ち合わせ

11月27日~12月2日の期間は、現在受け入れ研究者が実施している、「新しい人工内耳(残存聴力活用型人工内耳)に関する基礎的、臨床的研究」(特に高音障害急墜型および高音障害漸傾型の聴力像を呈する難聴の遺伝子解析)に関して、意見交換および研究内容・方針に関して論議を行うことを目的に、信州大学医学部耳鼻咽喉科の研究者を交えて研究の進行状況に関するプレゼンテーションと研究推進に関する情報交換を行った。

研究のディスカッションでは、日本人難聴患者における高音障害急墜型および高音障害漸傾型難聴の原因候補遺伝子の変異スペクトラムと臨床像に関する検討(特にCDH23遺伝子、KCNQ4遺伝子変異の解析結果をふまえて)を行い、遺伝子変異の種類ごとに臨床像のとりまとめを行い、適切な介入手法に関する情報交換を行った。

また、新規難聴原因遺伝子の解析手法および臨床像との相関解析に関する詳細な打ち合わせを行なった。特に、新規難聴原因遺伝子の新しい解析手法として、次世代シークエンサーを用いた大規模解析による効率的に遺伝子解析手法に関する話合いを行い、候補遺伝子の絞込みを行なうための手法に関する詳細なディスカッションを行うとともに、聴力データベースを用いた新しい候補遺伝子解析の手法などをご紹介いただいた。また、ウイリアム・キンバリング先生が来日される前にあらかじめ遺伝子型の解析を行っておいた数家系に関して臨床像との相関解析を行った。また、信州大学耳鼻咽喉科研究室において実施されている各遺伝子解析プロジェクトに関するディスカッションが行われた。

また、11月27日は信州大学医学部耳鼻咽喉科においてセミナーを開催し、ウイリアム・キンバリング先生より、次世代シークエンサーを用いた難聴の原因遺伝子解析の目的、原理、方法論に関する講演およびMYO7Aの遺伝子治療プロジェクトに関する講演を受けた後で、アメリカにおける難聴遺伝子解析プロジェクトに関して実例を交えてレクチャーいただいた。講演の後は質疑応答を行い、耳鼻咽喉科および先端よ某医療センターの各研究者より実際に研究を遂行する上での留意点などに関する質問など活発な意見交換が行なわれた。

また、11月30日には、信州大学医学部耳鼻咽喉科学教室で実施している難聴の遺伝子解析研究および先進医療として実施している「先天性難聴の遺伝子診断」に関する研究室見学および研究打ち合わせを行うとともに、今後の共同研究に関する情報交換を行った。

3.事業の成果と今後の計画

外国人研究者であるウイリアム・キンバリング先生を招へいしたことによって、研究代表者の推進する「新しい人工内耳(残存聴力活用型人工内耳)に関する基礎的、臨床的研究」(特に高音障害急墜型および高音障害漸傾型の聴力像を呈する難聴の遺伝子解析)の領域において、日本人における遺伝子変異のスペクトラムを確立するとともに、遺伝子変異のタイプに応じた臨床像の集積および確立の重要性が改めて明らかになった。

特に、遺伝子変異の種類により、非症候群性の難聴と、Usher症候群と臨床像が異なるCDH23遺伝子やMYO7A遺伝子などでは、遺伝子診断に基づいた疾患の早期診断の重要性が改めて明らかとなってきたことは大きな成果である。また、今後の遺伝子解析を行う新しい解析手法として次世代シークエンサーの有用性と問題点に関するディスカッションを行った。また、CDH23遺伝子、KCNQ4遺伝子の遺伝子解析に関するディスカッションを行ない、今後の研究推進のための有用なアドバイスが得られた。これらのアドバイスは今後の研究推進の上で非常に有用な情報ばかりであり、今回の招へいの成果により、今後の研究のさらなる発展が期待される

4.謝辞

ウイリアム・キンバリング先生の招へいを実現していただいた公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会に感謝いたします。