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平成23年度厚生労働科学研究費補助金
障害者対策総合研究推進事業(感覚器障害分野)報告書

視覚障害の疾病負担に関する研究

川島 素子
国立病院機構東京医療センター・臨床研究センター

1.研究要旨

視覚障害の疾病負担を評価するための多施設共同研究のプロトコールを立案し、臨床研究を開始した。対象は、日本の身体障害者福祉法の視覚障害の基準、米国またはWHOの視覚障害の基準の3つのいずれかに該当する者に片眼のみの視覚障害のある者を加えた形とした。評価項目として、視覚関連QOL調査票であるVFQ-25、効用値測定法として時間得失法(TTO)とEQ-5D、運動機能関連調査票としてロコモティブを選択した。視機能と効用値との関係を本邦のデータとして示すことは、眼検診プログラムの臨床疫学、医療経済学的評価において有用な基本情報となるとともに、現行の視覚障害の認定基準の整合性、問題点を患者の視点や日常生活機能の面から評価できる点で有意義であると考えられた。

2.研究目的

視覚障害は生命予後への直接的影響は少ないが、日常生活機能やquality of life(QOL)に与える影響は大きい。視覚障害が日常生活機能に与える影響について、欧米諸国では視覚障害全般について、あるいは疾患別に評価した報告がいくつかある。しかし、これらの研究では視覚障害の基準としてWHOや米国の基準が用いられており、本邦で用いられている身体障害者福祉法による認定基準を用いて検討した報告は少ない。

日本の視覚障害の総数と年齢別、性別、原因疾患別の疫学を集計した先行研究の結果では、本邦には約164万人の視覚障害者(米国基準)がいると推定されている。一方、身体障害児・者実態調査による視覚障害認定者数は31万人であり、両者の数には乖離がある。日本の身体障害者福祉法による視覚障害の基準と国際的に用いられている米国の基準、WHOの基準が異なること、本邦には認定を受けていない視覚障害者が多数存在することなどがその要因と考えられた。

日本の身体障害者福祉法による視覚障害の基準は両眼の視力の和に視野損失率を加味する独特の基準を用いているが、世界的には良い方の眼の視力を基にしたWHOまたは米国の基準が用いられている。このうちどの基準が視覚障害者の日常生活機能と整合性がとれているかどうかは検討されていない。また、片眼の視覚障害は社会生活に重大な支障がないものとされ、通常は視覚障害に含まれないが、片眼の視覚障害は両眼視機能の損失を伴うので、日常生活機能やquality of life(QOL)にある程度の影響を与えている可能性がある。立体映像技術などが社会に普及しつつある現在、片眼の視覚障害の疾病負担も評価がなされるべきと考えられる。

これまでの視覚障害の基準は基本的に視力や視野などの視機能検査所見に基づいているが、日常生活機能や効用値といった患者側の視点、患者側の疾病負担とどのくらい整合性があるかの評価が重要と考えられる。今年度は、前年度立案した視覚障害の疾病負担を評価するための多施設共同研究のプロトコールを確定し、参加施設の倫理委員会での承認を得て、症例登録を開始した。

3.研究方法

研究計画の立案にあたっては、研究デザイン、研究の対象の選択基準、除外基準、評価項目、目標症例数、症例の基本情報、眼検査所見の収集項目、症例の登録方法、医療面接の方法、症例への説明と同意取得の方法について検討した。

本研究計画は、基幹施設となる国立病院機構東京医療センター倫理委員会、研究参加施設の倫理委員会に申請し、承認を得た。担当医師は、症例の選定にあたり、人権保護の観点、選択基準に基づき、研究参加の適否について慎重に検討し、文書により同意を得ることとした。

4.結果

研究デザインは対照のない観察研究とし、対象は、研究参加施設を受診した視覚障害を有する症例とし、日本の身体障害者法の視覚障害の基準、米国またはWHOの視覚障害の基準の3つのいずれかに該当する者はすべて含まれており、これに片眼の視覚障害を加えた形とした。本研究での選択基準および除外基準は、下記の通りとした。

1.1.選択基準

本研究の参加に文書による同意が得られ、次の基準を満たすものを対象とする。

1)本研究で用いる視覚障害の基準を満たすもの:いずれか1つ以上

a)片眼の視力障害があるもの(片眼の矯正視力が0.6以下のもの)
b)両眼の視力障害があるもの(良い方の眼の矯正視力が0.6以下のもの)
c)両眼の視野障害があるもの(両眼による視野の2分の1以上が欠けているもの)

2)視覚障害の原因が慢性的であり、手術などによる治療によっても著明な回復が見込めないもの。視覚障害の原因(疾病、外傷、先天異常など)は問わない。

3)全身的に重篤な疾患、機能障害を有さない症例。

高血圧、糖尿病、心筋梗塞、リウマチなど治療中の全身疾患があってもよい。ただし、認知症や精神病、四肢の欠損、高度の機能障害(完全片麻痺や脊髄損傷による完全下半身麻痺など)のある症例は除外する。

4)年齢:20歳以上

5)性別:不問

1.2.除外基準

1)視力低下の原因となる眼疾患に対して視機能回復のための手術治療が計画されている症例
2)四肢の欠損や全身の高度の機能障害(完全片麻痺や脊髄損傷による完全下半身麻痺など)のある症例
3)認知症、精神病などの理由により質問表の記入ができないと考えられる症例
4)その他担当医師が本研究の対象として不適格であると判断した症例

目標症例数は、1施設あたり最低50例、最高150例程度、総数600例の症例に設定した。

2.症例の基本情報、眼検査所見の収集

同意取得時に、症例の臨床所見を診療録の調査などにより下記の項目を確認することとした。

1) 性別
2) 年齢
3) 文書同意取得日
4) 視力(裸眼と矯正)
5) 屈折(球面等価度数)
6) 視覚障害の主因となる疾患名
7) 眼合併症の有無と程度
8) 視野障害の有無と程度
9) 全身疾患の有無と程度
10) 視覚障害者認定基準の該当の有無と等級

3.症例の登録

担当医師は、症例が選択基準に適合すること、及び同意が文書で得られたことを確認し、症例の登録を行うこととした。症例登録センターは東京医療センター臨床研究センター内に設置することとした。

4.症例への質問票の配布と回収、医療面接

10.1.評価項目としては、視覚関連QOLと効用値とし、その測定、評価を行うための方法、調査票を下記の通り決定した。別に日本整形外科学会が開発した運動機能関連調査票であるロコモティブを加えることとした。症例登録を行ってから面接を行い、質問票を実施することした。

1)VFQ-25日本語版:視覚関連QOLに関する質問票
2)EQ-5D日本語版:QOLに関する質問票(効用値に変換可能)
3)time trade-off method(TTO)に関する質問票
4)ロコモティブ:日常生活機能、特に運動機能に関する質問票

その他、対象への説明文書、同意文書、症例登録票など必要な書類を整備した。本研究は研究計画書を固定し、基幹施設となる国立病院機構東京医療センター倫理審査委員会に提出した。その後、参加施設の倫理委員会での承認を得て、症例登録を開始した。

5.考察

視覚障害によってQOLの低下がみられることはこれまでにも数多くの報告がなされているが、医療経済学的評価のためには効用値という単一スケールで疾病負担を表す方法がよく用いられている。効用値は最高の健康状態を1、最悪で死亡と同等の健康状態を0として、その間の数字で健康状態を表現するものである。欧米では視覚関連でも効用値による評価が盛んに行われているが、本邦では白内障とその手術患者、斜視など限られた疾患でしか報告されていない。

欧米では効用値は良い方の眼の視力と良く相関するとされ、米国やWHOの視覚障害の基準も良い方の眼の視力が基本になっている。一方、我が国の身体障害者法による視覚障害の基準は、両眼の視力の和が基本になり、これに視野損失率を加味した独特の基準である。視覚障害の等級は1級から6級まで定められているが、この等級が視覚障害者のQOLや効用値とどのように相関するのかは検討されていない。

本研究では、様々な疾患により視力や視野が損なわれた対象のQOLと効用値の評価を行う。症例登録を既に開始しており、集計や解析は来年度以降に行われるが、視機能と効用値との関係を本邦のデータとして示すことができる。これまでの視覚障害の基準は基本的に視力や視野などの視機能検査所見に基づいているが、日常生活機能や効用値といった患者側の視点、患者側の疾病負担とどのくらい整合性があるかを評価していく予定である。

6.結論

本研究本年度は、視覚障害の疾病負担を評価するための多施設共同研究のプロトコールを確定した。基幹施設となる国立病院機構東京医療センター倫理審査委員会での承認を得た後、各参加施設の倫理委員会での承認を得て、症例登録を開始した。視機能と効用値との関係を本邦のデータとして示すことは、眼検診プログラムの臨床疫学、医療経済学的評価において有用な基本情報となるとともに、現行の視覚障害の認定基準の整合性、問題点を患者の視点から評価できる点で有意義であると考えられる。