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国連総会が障害者の権利条約と選択議定書を採択

国連障害者の権利条約採択

長瀬修
東京大学/(社福)全日本手をつなぐ育成会

項目 内容
報告日 2006年12月13日

NGOの登録受付デスクの掲示「障害者の権利条約採択」と国連総会場への入場許可証

 本日(2006年12月13日)、第61回国連総会は、障害者の権利条約と同選択議定書を採択した。女性として3人目の総会議長を務めるバーレーンのハヤ・ラシード・アル・ハリーファ氏が10時20分に開会を宣言し、コフィ・アナン事務総長からのメッセージが代読された。翌14日に事務総長の交代を控えていたためか、アナン事務総長自身の登壇がなかったのは残念だった。

 議長は、採択のための投票前の説明を求める国に発言を許可した。

 アラブ諸国を代表したイラクは、第12条[法律の前における平等の承認]に関して、第8回特別委員会が再開された12月5日にイラクが提出した文書の内容に注意を喚起した。同文書は、第12条第2項の「法的能力」が各国の法律に従って、行為能力ではなく、権利能力を意味するという趣旨である。

 ジャマイカのフロイド・モリス国務大臣は自らの視覚障害に触れながら、短期間で採択にこぎつけたことに感謝した。

 マーシャル諸島は、第25条[健康](a)の「性と生殖に関する保健の分野における保健及び保健計画」が中絶を意味しないことと、同25条(f〉が障害者の生命への否定的な影響を防止することを確認した。

シリアも第12条第2項の「法的能力」が「権利能力」のみを意味することを確認する発言を行った。

 ここで議長は条約案と選択議定書案の採択を総会に求め、異議を唱える加盟国はなく、コンセンサスで採択された。米国東部時間10時50分だった。

 次に自国の投票に関する説明を求める国に発言が許可された。

 エジプトは第25条(a)の性と生殖に関する部分で、中絶の是認を意味しないという理解のもとにコンセンサスに加わったことを説明した。

 ペルーも同様に第25条(a)に関して、中絶の是認ではないという理解を強調した。

 イランは、第12条に関して、法的能力は権利能力を意味するとした。また、第25条(a)は中絶是認を意味しないとした。

 ホンジュラスとニカラグアも第25条(a)に関して中絶是認を意味しないという解釈を記録に残すことを求めた。リビアは、第25条(a)について、イラクと同様の解釈であるとした。

 米国も、第25条(a)が中絶是認を意味しないとしたほか、前文uの「外国による占領下」への言及に反対の立場を繰り返した。また、武力紛争と同様に、国際人道法の範疇に入るべきものであるとした。

 次に議長は、採択後の発言を求めた。

 ニュージーランド(ドン・マッケイ大使)は理論的には、新たな条約は不要だったが、新条約を必要とする現実があった点を指摘し、条約策定過程への市民社会の貢献の大きさと、障害者自身の経験がこの条約に反映されている点への注意を喚起した。

メキシコは各国内での実施の重要性を強調した。
  EUを代表してフィンランドは、第12条第2項の「法的能力」に関する解釈はすべての国連公用語で共通である点を強調した。マッケイ議長がよく語った「全部に関する合意があるまでは、一つとして合意はなされていない」(Nothing is agreed until everything is agreed)を引用して、今は「全部に関する合意がある」(Everything is agreed〉とした。

 ブラジルは南部共同市場を代表し発言した。クロアチアは東欧グループを代表して発言した。コスタリカは、本条約はメキシコによる提唱があったほか、エクアドルが当初、議長を務めるなど、ラテンアメリカによるイニシャティブである点を指摘した。また、国連を提唱した米国のフランクリン・デラノ・ルーズヴェルト大統領が障害者だった点にも言及した。南アフリカは、個人通報制度が条約本体に入ることを希望していたとし、条約と選択議定書両方に加わるための準備を既に開始していると報告し、選択的議定書の重要性について言及した。

 中国は第12条の法的能力は「権利能力」という解釈であるとした。ウガンダは第25条(a)が中絶を含まない点を確認した。アルゼンチンはラテンアメリカ地域での取り組みについて発言した。フィリピンは、(1)当初の条約名の精神は現在も残っていると解釈する、(2)ホリスティックアプローチの精神は前文と第32条の国際協力に残っている。(3)、障害者の権利が制限される場合にもセーフガードを設けたとし、(4)比の憲法では、第12条第2項は「行為能力である」という解釈を取る。チリはブラジルの発言を支持とした。インドネシアは第32条の国際協力についてパートナーシップが重要であるとした。エクアドルは同国で、副大統領に車椅子を使っていた人が選出されたとした。イスラエルは「外国による占領下」という文言に反対の立場を繰り返した。条約草案の最終的な取りまとめに大きな貢献をしたリヒテンシュタインも発言した。コロンビアは第24条のスペイン語の翻訳に関する確認を求めた。カナダは実質的平等の確保のために合理的配慮の提供が肝要であるとしたほか、「行為能力」に関する差別があってはならないとした。また、国際的モニタリングについて従来型のモニタリングに反対の立場を繰り返した。

 日本は条約と選択議定書の交渉に積極的に参加してきたとし、市民社会と障害者自身の貢献を評価した。(1)障害者の定義は広範な定義が盛り込まれたとし、各国は独自に定義を行える、(2)第12条は柔軟な解釈が求められている、(3)、国際モニタリングに関して、障害者の権利に関する委員会の設置(第34条)は現実の課題であるとした。国連の資源は無限ではない(日本は12月11日の予算に関する第5委員会で障害者の権利条約に関する予算は国連の既存の予算でまかなわれるべきだと発言している。なお、2008年からの2ヵ年で1003万ドル=約12億円が条約関係のために必要とされている。
http://www.un.org/News/Press/docs/2006/gaab3779.doc.htm)とし、条約体の改革との関連を指摘した。日本は条約が採択されたので、署名、批准のために最善の努力を行うとした。

 韓国は第6条の女性障害者に関する条文を提案した経緯に触れたほか、2007年9月のDPI世界会議の韓国での開催についても言及した。アルジェリアも発言した。エルサルバドルは第25条(a)が中絶を含まない点を記録に残すように求めた。サン・マリノはEU発言を支持するとした。バチカン市国(法王庁)は第10条の「生命の権利」がこの条約の根本であるとし、第25条(a)が障害者の中絶を推進する役割を果たさないように求めた。そして、第25条(a)の問題のために、同国は署名することができないとした。 (本条約に加わらない意思表明は第2回特別委員会での米国に続くものである。)

 議長は、この時点(12時55分)で休会を宣言するとともに、各国代表に席にとどまるように求めた。総会議場で正規には認められていないNGOの発言を許可するための便法である。この方法は、1992年の「国連障害者の10年」の終結のための国連総会でも採用されている。

 国際障害コーカス(IDC)を代表して、世界精神医療ユーザーサバイバーネットワーク(WNUSP)のティナ・ミンコウィッツ(米国・精神障害者)と国際リハビリテーション協会(RI)のマリア・ヴェロニカ・レイナ(アルゼンチン・車いす利用者)が壇上に上がり、IDCの声明を前半と後半に分けてそれぞれが読み上げた。議長以外で壇上から発言を行ったのは、IDC代表の2名だけである。他の政府代表の発言はすべて、会議場の自席から行われた。

 1987年と1989年の条約提案が実現していたら、精神障害者と知的障害者の実質的な参画はなかっただろう。2000年代にこの条約ができたメリットの一つは、精神障害者と知的障害者の参画にある。その意味で精神障害者が障害コミュニティを代表して発言を行ったことは象徴的だった。

 なお、NGO代表は約100名が登録を行い出席した。特に目立ったのは15名の韓国のNGO代表団だった。傍聴は4階のバルコニーで許可された。車いす利用者は、アクセス上の問題から、総会議場で傍聴を行った。総会はセキュリティが厳しく、開会中の写真撮影も禁止されている。

 IDCの発言は、条約の採択に貢献したすべての関係者に感謝の意を表し、この条約の実施が重要であるとし、第12条の脚注の削除を評価した。この条約の策定過程での政府と市民社会の協力が、モニタリングをはじめとする条約の実施過程でも重要だとし、Nothing about us without us (私たち抜きで、私たちに関することは決めないで) で締めくくった。

採択を祝うために集った障害NGOの代表

 第1回特別委員会の初日、2002年の7月29日の「本当に今回こそ、障害者の権利条約ができるのか」というあの張り詰めた緊張感を思い起こすと、よくこの比較的短期間に採択できたと思う。しかし、2006年12月13日の今日がまさに新たな人権の時代の初日であること、そして、障害が国連すなわち国際社会が抱える無数の課題の一つに過ぎないことを思うと、私たちの課題は限りなく大きい。しかし、少なくとも、何を目指すのかは明らかになった。今は、ゴールに向かって、それぞれの場所で努力するだけである。

*本報告はあくまで速報であることをご理解ください。