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C. 条約の原則

障害者権利条約第3条では、一連の包括的な基本原則を確認している。これらは、すべての領域にわたる条約全体の解釈と実施の指針を示すものである。そして、障害のある人の権利の理解と解釈の出発点であり、それぞれの権利を評価する際のベンチマークを提供する。

一般原則(第3条)
固有の尊厳、個人の自律(自ら選択する自由を含む)及び人の自立に対する尊重
非差別〔無差別〕
社会への完全かつ効果的な参加及びインクルージョン
差異の尊重、並びに人間の多様性の一環及び人類の一員としての障害のある人の受容
機会の平等〔均等〕
アクセシビリティ
男女の平等
障害のある子どもの発達しつつある能力の尊重、及び障害のある子どもがそのアイデンティティを保持する権利の尊重

これらの原則は何を意味するのか?
「固有の尊厳」とは、個々の人間の価値をいう。障害のある人の尊厳が尊重されるということは、その経験と意見が重んじられるとともに、身体的、心理的あるいは情緒的危害を恐れることなく、それらが形成されるということである。尊厳の尊重が否定されるのは、たとえば、視覚障害のある労働者が、「目がみえません」という言葉が背中に印刷されたシャツを着ることを、雇用主から強制される場合があげられる。3

インドの障害のある女性は、尊厳の権利に対する侵害について以下のように報告した。 「これらすべてに加え、人々の態度、特に一人で出かけなければならないときや、道を渡らなければならないときに、男の人たちが示す態度があげられます。私を助けに来てくれる人たちは、それを親切心からしてくれるわけではなく、いつも、体の別の所に触れたり、あらん限りの方法で失礼なことをしたりしてくるのです。私にとってはこれは避けられないことです。道を渡るには誰かの手を借りなければならないのですから。相手にとっては、いくらでも下品なふるまいができるチャンスであり、私にできることは何ひとつありません。一人で道を出歩くときには、誰かの助けなしにはやっていけないのですから。この種の経験には、これまで何度も直面せざるを得ませんでした。一度や二度ではありません。」

出典:『障害のある人の人権のモニタリング-カントリーレポート:インド アンドラプラデシ(Monitoring the human rights of people with disabilities-country report: Andhra Pradesh, India)』(DRPI 2009年)(www.yorku.ca/drpiで入手可能)

「個人の自律」とは、自分自身の人生に責任を持ち、自ら選択する自由を持つという意味である。障害のある人の個人の自律に対する尊重とは、このような人が、他の者との平等を基礎として、必要に応じて適切な支援を受けながら、人生において妥当な選択をし、私生活に対する干渉を最小限にとどめ、自己決定をすることができるということである。この原則は障害者権利条約全体に浸透しており、同意にもとづかない医学的介入からの自由など、同条約が明確に認めている多くの自由と、十分な説明にもとづく自由な同意にもとづく医療の提供という義務を支えている。この視点から見ると、たとえば精神障害のある人には、心理療法、カウンセリング、ピアサポートおよび薬物治療など、精神医療ケアの幅広い選択肢を提供するべきであり、また、個人の嗜好にもとづき、有意義な選択を行う自由を与えなければならないということになる。同様に、地雷の生存者で身体的な機能障害〔インペアメント〕のある人には、自力での移動を容易にする装具を提供し、できるだけ自立できるようにしなければならない。

「非差別〔無差別〕」の原則は、あらゆる権利が、障害や人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、出身国あるいは社会的出身、財産、出生、年齢、その他の地位にもとづく区別、排除、あるいは制約なしに、すべての人に保障されるということを意味する。障害にもとづく差別とは、障害のある人による、他の者との平等を基礎とした、すべての人権および基本的自由の認識、享有あるいは行使を侵害し、あるいは無効にすることを目的とし、もしくはその効果をもたらすあらゆる区別、排除、または制約を意味し、それには合理的配慮の否定も含まれる。差別が生じるのは、たとえば、女性が障害のためにお金の管理ができないという理由で銀行口座を開くことが許可されない場合があげられる。(4) 差別はまた、面接を経て就職した男性が、視覚的な機能障害〔インペアメント〕があり、本を目のすぐ近くまで近づけて持たなければ読めないということをあとになって知った雇用主から、家に戻って人事担当からの確認書が届くのを待つように言われるが、そのような手紙は決して届くことはなく、男性が仕事を得ることはない、というときにも生じている。 (5) さらに障害のある人は、何重もの差別を経験する場合もある。たとえば障害のある女性は、障害だけでなく性による差別も経験するであろう。第3条で非差別〔無差別〕の原則を認めることによって、あらゆる形態による差別を検討することの重要性が明確に示されている。

「平等」とは、差異を尊重し、不利益を解消し、すべての男女および少年少女が平等に完全参加できる社会状況を創造することを意味する。障害のある少女が両親によって学校を辞めさせられた場合、平等は否定される。好成績にもかかわらず、両親は娘の障害を理由に、教育にお金をかけても無駄だと決めつけたわけである。 (6)平等の達成には、ときに、精神障害や知的障害のある人が他の者との平等を基礎として意思決定をし、法的能力を行使するための支援の提供のように、追加手段を必要とする場合がある。

合理的配慮(第2条)

「合理的配慮」とは、障害のある人が他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を享有し又は行使することを確保するための必要かつ適切な変更及び調整であって、特定の場合に必要とされるものであり、かつ、不釣合いな又は過重な負担を課さないものをいう。(第2条) 「配慮」とは、障害のある人の特別なニーズに配慮するための、規則、慣習、状況、または必要条件の調整であり、このような人が完全かつ平等に参加できるようにすることを目的としている。職場における配慮には、視覚的な機能障害〔インペアメント〕のある従業員のためのソフトウェアおよびキーボードの確保や改良、研修、あるいは課題をこなすための時間の延長などがある。教育においては、合理的配慮として、必要な課程を修了するための代替手段、個別指導による支援、または支援技術〔支援機器〕の提供が必要となる場合がある。

雇用主、教育機関、サービス提供者などは、合理的配慮を提供する法的義務を負う。企業や学校が、障害のある従業員や生徒に配慮するために必要な手段をすべて講じたかどうかを判断するには、「不釣合いな又は過重な負担」という概念が鍵となる。配慮の義務を合法的に免除してもらうためには、雇用主あるいは学校は、健康、安全、あるいは費用などの要素を検討し、個人のニーズに配慮した結果、過重な負担や不釣り合いな負担を組織に課すことになると証明しなければならない。

「完全かつ効果的な参加及びインクルージョン」および「アクセシビリティ」の概念は、公私両方の社会を、すべての人が完全参加できるように整えることを意味する。社会に完全に参加するとは、障害のある人が同等な参加者として認識され、尊重されるということである。障害のある人のニーズが、「特別」なものではなく、社会経済的秩序に不可欠なものとして理解される。完全なインクルージョンの達成には、アクセシブルでバリアフリーな物理的社会的環境が必要となる。たとえば、完全かつ効果的な参加とインクルージョンでは、政治選挙のプロセスにおいて障害のある人を排除せず、選挙会場をアクセシブルにし、選挙の手続きと資料を、理解しやすく、使用しやすい複数のフォーマットで利用できるようにすることが例としてあげられる。参加とインクルージョンの概念に関連しているのがユニバーサルデザインの考え方で、これは障害者権利条約では、「調整又は特別な設計を必要とすることなしに、可能な最大限の範囲内で、すべての人が使用することのできる製品、環境、計画及びサービスの設計をいう」(第2条)と定義されている。つまり、あとになって特別な調整が必要ないように、設計の段階で、社会のすべての構成員のニーズを考慮しなければならないということだ。

「差異の尊重」とは、相互理解により他者を受容することである。これには、障害を人間の多様性および人間性の一部として受容することも入る。目に見える明らかな差異があっても、すべての人は同じ権利と尊厳をもっている。したがって、たとえばバスの運転手は、身体障害のある少年が待合所のベンチから立ちあがり、バスに乗って席に着くまで、十分に時間をとってから、停留所をあとにするだろう。バスの運転手がすべての利用者に、質の高く、安全な交通手段を確保しているだけでなく、バスの時刻表でも、障害のある人やその他の公共交通機関利用者のニーズを含むさまざまな要素に配慮しているのだ。重要なのは、障害者権利条約では障害の予防を模索しているのではなく(これは医学的アプローチである)、むしろ障害にもとづく差別を予防しようとしているということだ。事故を予防し、安全な出産と母性保護を促進するキャンペーンは、治安や公衆衛生とかかわりがある。しかし、そのようなキャンペーンを障害のある人に関して推進する場合は、障害が否定的にとられ、人権にもとづくモデルを重視した、差異と多様性の尊重や差別との闘いから関心がそれてしまう。

これらの一般原則は、障害者権利条約の中核をなし、障害のある人の権利をモニタリングする際に中心となる。