我が国のバリアフリー環境整備における当事者参加の現状と課題

日本女子大学家政学部住居学科 教授 佐藤克志

1.はじめに

我が国のバリアフリー(以下、BF)・ユニバーサルデザイン(以下、UD)の物的環境整備は世界的に見てもトップレベルにあると思っています。しかし、今なお多くの障がい者からは、当事者参加の推進が不十分であるとの指摘が強いことも事実です。そこで本稿では、2022年4月22日(金)に開催された「第11回リハ協カフェ」での講演内容に基づき、現在、我が国で実践されているBF環境整備における当事者参加の現状を概観し、今後に向けての私見を整理してみたいと思います。

2.日本のバリアフリー環境推進の政策的枠組みと当事者参加

図1は今の日本のBF環境推進の政策的な枠組みです。正確には用語表現が異なっていたり、取り上げていない事業等があったりしていますが、「大枠をわかりやすく」を優先したものですのでご容赦ください。

現行のBF法(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)の対象は、建物、公園、歩道、バス、タクシー、駐車場、公共交通機関、鉄道駅、鉄道等で、その対象は、新しく建てられるもの/導入されるもの(図中①-1)と既に建てられているもの・使われているもの(図中①-2)の2種類に分けて考えられています。

新しい建物や道路、公園、車両などは、BF法によって提供される義務基準(移動等円滑化基準)と推奨基準(移動等円滑化誘導基準)によって整備され(図中②)、既存の建物や道路は、地方自治体が作成する基本構想や重点整備地区、特定事業計画(図中③)に基づいて改善することができるようになっています。

BF法はオールジャパンに適用されますが、それだけでは地域の特性に対応したきめ細やかな対応は難しいこともあります。そのため、地方自治体は「BF条例」や「福祉のまちづくり条例」「福祉のまちづくり推進計画」を制定/策定することができるようになっています(図中④)。条例を制定することによって、国が求めている以上のBF環境整備を自治体の権限によって「地域密着型」で進めることができます。

図1

図1:日本のバリアフリー環境推進の政策的枠組み

この政策的枠組みにおける当事者参加としては、義務基準、推奨基準の改定(図中⑤)、福祉のまちづくり条例、福祉のまちづくり推進計画の制定・改定(図中⑥)などに障がい当事者(主に障がい者団体の代表/推薦者)が参加しています。また、BF基本構想は地方自治体が組織する協議会によって検討されますが、その協議会には高齢者・障害者を含む住民代表が参加することが求められます(図中⑦)。基本構想策定/改定の際には、その協議会メンバーが中心になり重点的にBF整備をしようとする地区内の生活関連施設やその施設間の移動経路上のBF点検を行うことが一般的になっています。

3.施設整備における当事者参加の事例

(1)国立競技場

国立競技場の整備事業では「世界最高のUDを導入したスタジアムを目指す」ことが強調されました。そのため、検討プロセスも「世界最高」であるために、高齢者、障がい者団体、子育てグループ等の参画によるユニバーサルデザイン・ワークショップ(UDWS)が組織され、2016年2月から2019年9月まで、基本設計段階:5回、実施設計段階:7回、施工段階:9回、計21回開催されました(写真1)。具体的には、車椅子使用者用観客席、クールダウン・カームダウン室、車椅子使用者用トイレや案内サインなどについて、設計図や実物大模型、サンプルなどを用いて細部にわたる確認と検証が行われました。そのUDWSの様子や検討結果報告書はJSC(日本スポーツ振興センター)のホームページで閲覧可能となっています。

国立競技場プロジェクトでは業務要求水準書で「設計から施工までのプロセスにおいて当事者参加型のWS実施」が条件づけられていましたので丁寧な当事者参加が行われています。参加した人は大きな成果であると評価していますが、同様な方法を他の公共事業で行うためには運用段階を含めた検証が不可欠と考えています。

https://www.youtube.com/watch?v=6yHbEWrvyyIより
写真1

写真2

写真3写真4写真5

写真6
写真1:UD・WSでのモックアップ検証の様子

(2)成田空港

東京オリンピック・パラリンピックに向け、成田空港では当事者参加によるUD推進委員会を2017年に組織し、検討テーマによって分科会も設置し検討を継続的に行っています。検討テーマとしては、わかりやすい空間デザインの基本ルール、トイレのUD化(機能分散)、オールジェンダートイレの整備、案内サイン、視覚障がい者の誘導方法(人的対応を前提とした誘導用ブロックの敷設方法)、知的・精神・発達障害への対応(カームダウン・クールダウンスペースの確保)など、様々な視点からの議論が展開されています。

その成果として「当事者参加のプロセスを実現し、適格なニーズ把握が出来ていること」「ハード・ソフトの様々な取り組み(使いやすさ向上)が実現されていること」「空港としてノウハウが蓄積され、それを継承するベースができつつあること」があげられています。これらの活動を「オリンピック・パラリンピック時の一過性のものとせず、継続することが重要」との認識は空港管理者も持っていて、現在もその活動は続いています。

(3)地方自治体による公共施設整備

地方自治体が整備している一般的な公共施設整備における当事者参加の状況について、国土交通省が2021年に実施した調査によると「高齢者・障害者等からの意見取り入れ制度や仕組み(意見徴収制度)」があるのは15の地方自治体でした。約1,700の自治体がありますので、非常に少ないと言わざるをえません。

数少ない自治体の中では東京の練馬区が頑張っていますが、「施設見学参加者(当事者)の属性(障害、性別等)が偏らないようにするための人選が難しい」「意見聴取は努力義務であり、所管課や設計担当課へ趣旨が伝わりづらい」「予算や所管課要望等の調整が必要」「多くの制約の中でできることが限られるため、出された意見全てに対応することは難しい」などの苦労点があげられています。

4. BF・UD環境整備における当事者参加の課題

我が国のBF・UDの物的環境整備における当事者参加は確実に進展していると思っていますが、課題が多いことも事実です。その課題としては「計画・設計から運用/使用の各段階における当事者参加が希薄」「指摘したこと、意見等が反映されない」「過去の経験が継承されていない」等があると思っています。

その課題解決のために、大規模プロジェクトではBF・UDを重要案件として位置づけ、設計から施工・運用までのプロセス全体に渡り当事者参加型で進めることを条件とすること。そのための時間的、予算的措置を講じることが重要になります。但し、その方法を一般の公共施設に適用するのは、時間的資源、人的資源から見て難しいとも思っています。その問題を少しでも緩和するために、過去の参加型プロジェクトでの実績を「設計参考情報/教訓集」として共有することが重要です。当事者参加型で進められた大規模プロジェクトの経験継承となり、同じ間違い、同じ議論を繰り返さない「スパイラルアップ」が実践できると強く思っています。いずれにしても、計画・設計段階からの障害当事者のプロセス参加は施設整備者と対等な立場で議論できる格好の機会です。それを有意義なものとするために参加者は図面資料を読み、問題指摘ができる素養が求められます。それによって施設管理者、整備者との間に信頼関係ができ、また新たな機会創出につながります。「参加」が目的化してしまうことは避けなければならないと考えています

いずれにしても、計画・設計段階からの障害当事者のプロセス参加は施設整備者と対等な立場で議論できる格好の機会です。それを有意義なものとするために参加者は図面資料を読み、問題指摘ができる素養が求められます。それによって施設管理者、整備者との間に信頼関係ができ、また新たな機会創出につながります。「参加」が目的化してしまうことは避けなければならないと考えています。

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