高次脳機能障害者に対する諸外国の支援事情

神奈川工科大学 小川 喜道

1.はじめに

先進諸国における高次脳機能障害への取り組みは、1980年代以降に発展してきたと思われますが、筆者がかつて勤務していた身体障害者更生施設(障害者総合支援法でいう自立訓練)の1985年から1990年代にかけては訓練効果も十分見られずに試行錯誤が続いていました。それは、脳の損傷による後遺症状が複雑で、例えば、記憶障害、注意障害、意欲・発動性の低下、抑制力の低下、見当識障害、遂行機能障害などを呈することから社会生活に向けた支援が思うように組み立てられなかったことも一因だと思われます。

2.アメリカの支援事情

そこで、1990年にアメリカでの高次脳機能障害に対するリハビリテーションを見聞する機会をいただきました。アメリカでは、いわゆる認知リハがすでに系統的に行われていたことと高次脳機能障害を専門に対応するケースマネジメントが展開されていました。当時日本では、この障害に特化したプログラムはまだ十分に開発されていたとは言えず、2001年から国内でのモデル事業開始という段階でした。アメリカの特徴として、大きく2点を示すことができます。それは当事者・家族の組織化、啓発活動が進んでいることです。アメリカでは、1980年に数組の当事者家族と専門家が組織化に向けた話し合いを行い、アメリカ脳損傷協会(Brain Injury Association of America、当初はNational Head Injury Foundationと呼称)が発足しています。活動の一つとしては脳損傷スペシャリスト(Brain Injury Specialist)としての研修を行い、修了証を発行したり、障害予防の啓発活動をするなど、積極的な活動を今日まで続けています。もう一つの特徴は法整備です。アメリカには、外傷性脳損傷法(Traumatic Brain Injury Act)があり、その目的として、外傷性脳損傷の原因を減らすこと、予防、治療、リハビリテーションに関する調査の推進、リハビリテーションと関連するサービスへの利用改善、などが掲げられています。ちなみに法律は、1996年に成立後、2000年、2008年、2014年と改正されています。

アメリカは人口約3億2,700万人ですが、外傷性脳損傷による年間死亡者数56,800人、288,000人が入院という状況であり、交通事故、犯罪などに巻き込まれる例が多いため、その対策は急務であり、また、リハの開発も進んでいる要因と言えます。

3.オーストラリアの支援事情

オーストラリアは、日本よりも8倍ぐらいの面積がありながら、人口は2,500万人程度(2020, 豪州統計局)です。大半が都市部に住んでおり、地方で交通事故に遭うと救命救急が遅れることも考えられます。後天性脳損傷の数はやや古い統計になりますが、432,700人(2004)と言われています。1986年に全豪脳損傷協会(Brain Injury Australia)が立ち上がり、また、クィーンズランド脳損傷協会(Brain Injury Association of Queensland、現在Synapse Inc.と呼称)では「ライフスタイル・サポート・サービス」と称して、自立に向けた身の回りの援助や家事、地域とのつながりを訪問型で支援し成果をあげています。オーストラリアでは、障害者支援法(Disability Care Australia 2013)が施行され、援助の原則は「本人中心」、一人一人の生き方を尊重する「ライフスタイル」が挙げられています。そして、障害者サービスとして、居住及びコミュニティケア・プログラム、セルフ・アセスメントの申請書からスタート(やりたいこと、趣味、強みなどを記入)するようになっています。特に高次脳機能障害には、上記にも示した、ライフスタイル・サポートワーカーの存在、脳損傷アウトリーチサービスや移行型グループホームなど、当事者のニーズに応えるメニューが存在します。とりわけ、グループホームからさらに独立した生活に移行するプログラムが行われていることは幅広い選択肢を用意した支援と言えます。

4.イギリスの支援事情

イギリスの人口は、6,680万人(2016年)(イングランド 5,526万人)であり、後天性脳損傷者患者数(2016年度)は348,453人(内訳: 外傷性脳損傷155,919人、脳卒中132,199人)で、2005年度に比して、10%増と言われています。重度の外傷性脳損傷者数は、毎年、1~2万人と推計されており、受傷危険率が高いのは、15~24歳、及び75歳以上と言われています。また、リハビリテーション医学会の報告では、軽度の外傷性脳損傷(MTBI)の20%は、頭痛・めまい・疲労・集中力の欠如・記憶の低下・刺激過敏・気分のむらなどを呈しているとされています。

なお、脳損傷の救命救急医療から社会復帰へのプロセスの中で、地域リハビリテーションが位置づけられており、高次脳機能障害も対象に退院後のフォローがされています。そして、各地域において地域リハチーム(Community Rehabilitation Team(CRT))が活動しています。ただし、その組織の整備状況は地域ごとに異なっていますので、一律全国に同等のチームが存在するわけではありません。

また、退院後の進路は、①専門職による継続的ヘルスケア、②保健とコミュニティケア(福祉サービス)のジョイント・パッケージ、③コミュニティケア・パッケージ(福祉サービスを中心に受ける)に大きく分かれます。そして、ケア及びサポート・サービス(福祉サービス)の原則(ケア法2014)は、オーストラリアと似ていて、「本人中心のサービス」(Person-centred)、「望むアウトカム」(Desired Outcomes)、「テイラーメイド」(Tailor Made)などが挙げられています。特に、介護に当たる家族がアセスメントを受ける権利を持っており、もし困難を抱えていた場合には、それに対応したサービスを受けることができます。

イギリスの脳損傷ネットワークの大きなものは次の2つがあります。英国後天性脳損傷団体UKABIF(The United Kingdom Acquired Brain Injury Forum)、当事者家族は会費無料、専門職は25ポンドとなっています。もう一つは、脳損傷ソーシャルワーカー協会BISWG(The Brain Injury Social Work Group)で、加入者はソーシャルワーカー、ケースマネジャー、医療専門職、弁護士などとなっています。こうして、各種脳損傷団体が、それぞれのニーズに応じて、横の連携を作っています。日本においても高次脳機能障害支援コーディネーターを核にして多様な領域の人たちを巻き込んだネットワークを創出して、将来あるべき支援システムを構築する必要があると思われます。

イギリスでは1980年に当事者家族、ケアラー、専門職が参加したヘッドウェイ(Headway)が福祉団体として登録されています。この団体は、各地にヘッドウェイ・ハウスを運営し、重い脳損傷者の長期リハ及びケアを行っています。

国際動向をみると、国際脳損傷協会(International Brain Injury Associationは2年ごとに世界会議を開催していますが、2019年第13回世界会議(カナダ・トロント)では約1,400名が参加、主として専門職であるリハ医、神経科医、精神科医、臨床心理士、言語聴覚士、作業療法士、理学療法士、ソーシャルワーク、看護師など多職種です。セッション分野は、疫学、急性期医療、リハ、工学的支援、生活など多岐に渡っています。職種別にみれば、後天性脳損傷に対するソーシャルワーカー国際ネットワーク(International Network for Social Workers in Acquired Brain Injury)があり、イギリス、アイルランド、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、インド、スウェーデンなどが情報交換を行っています。

そして、これからの取り組みのキーワードとして「ピアサポート(peer support)」「ピア・ツー・ピア(peer to peer)」が挙げられます。これらは、各国の脳損傷団体の活動の重要な用語となってきており、障害の共通性、多様さなどを他者と共有し、力を高めています。当事者が葛藤を力に変え、互いにそれを分かち持つこと、このことは、専門職に求められる支援に必要な視点と思われます。

参考サイト

1) アメリカ脳損傷協会: http://www.biausa.org/
2) オーストラリア脳損傷協会: https://www.braininjuryaustralia.org.au/
3) イギリス・ヘッドウェイ: https://www.headway.org.uk/
4) 国際脳損傷協会: http://www.internationalbrain.org/
5) イギリス脳損傷ソーシャルワーク・グループ: http://www.biswg.co.uk/
6) ヘッドウェイ・イースト・ロンドン: http://headwayeastlondon.org/
7) クィーンズランド脳損傷協会: http://synapse.org.au/

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