「リハ協カフェシンポジウム」第1弾 登壇報告

日本視覚障害者団体連合
田畑 美智子

8月26日の「リハ協カフェシンポジウム」第1弾に参加し、障害分野の国際活動に関わるようになった経緯等をお話ししました。

先天性の弱視で、一般の学校に通うなど選択肢になかった当時の私の場合、自宅と盲学校の間の行き来以外は親戚を訪れる程度の狭い範囲での幼少期でした。広い世界への憧れがあり、PTAの会報のインタビューには、英語を何も学ばないうちから夢は通訳と答えていたほどです。なので、中学で英語の授業が始まるとすぐに飛びつきました。ちょうど英米のポップスにも夢中になり、英語漬けの日々を過ごしました。理療が就職先のメインだった時代、英語で民間に行きたいと主張し、米国の盲学校に留学、帰国後も大学の英文科に進学することができました。

大学生時代、深刻な東アフリカの飢餓への支援に、各国のミュージシャンが展開したチャリティ活動を目の当たりにし、南北問題に関心を持つようになりました。また、ベルリンの壁崩壊に象徴される冷戦の終焉、天安門事件、湾岸危機などの世界の激動を目の当たりにし、自ずと国際問題全般に関心が深まりました。フェアトレードに職場の人たちを巻き込んだり、人権問題キャンペーンの翻訳や運営の手伝いをするようになりました。

2002年に大阪でアジア太平洋の視覚障害リーダーが集うブラインドサミットが開催されましたが、ここで通訳をしたことがきっかけとなり、世界盲人連合という視覚障害分野の世界的なNGOに関わるようになりました。丁度ジェンダー配慮への動きが始まったところで、視覚障害コミュニティのご理解をいただき、東アジアでは数少ない女性の当事者の国際組織での役員となりました。

障害分野の国際活動に取り組むようになった理由はいくつかあります。

じぶんが経験していることや解決方法が知見として活かされること。どうしたら視覚障害起因の問題の解決につなげられるか、社会でどんなステレオタイプが残っているか、何があると役に立つかなど、実体験として持っているので、すぐに役立てることができると考えました。

識字率でも就学率でも就職率でも文化活動への参加でも、大体の指標で障害のある人たちの数値は健常の人たちより低いこと。少し前に伺った話では、タイで視覚障害者の就業率が10%になったと好感されましたが、10人中9人は仕事がないということです。ベトナムでの就学率がUNESCOの活動の後でも健常児の半分とのこと。伺う統計は押し並べて視覚障害者の数字の方がまだまだ取り組みが必要なことを示しています。

そして、何より、今各地の当事者が経験している悔しさや悲しみが、自分の生活やこれまでの人生と照らし合わせると、とても他人事ではないこと。学校に行きたくても親が行かせないとか、経済的に自立したくても仕事に就けないとか、スキルを身につけようと思っても障害を理由に拒否されるとか、ちょっと想像するだけで本当に悔しいです。そんな思いを少しでも世界から減らしたいと今でも思います。

後半では、世界盲人連合を簡単にご紹介しました。

視覚障害当事者と支援者が180カ国以上から集まる国連NGOで、障害者の権利条約素案作りに積極的に関わったり、出版物のアクセシビリティを進めるためのマラケシュ条約作成に中心的な役割を担ったり、インクルーシブな地域社会作りの指針であるWHOのCBRガイドラインの策定に関与したり、と国連レベルでの政策提言に様々な場面で参画し、以て加盟国での政策に視覚障害者のNEEDSを届ける活動が柱の一つです。また、加盟組織の強化や、雇用や女性のエンパワメントなど個人レベルでの能力開発への支援を実施しています。

そんな組織のアジア太平洋地域協議会で4期、役員として関わりました。英文科卒で民間企業勤務の私には狭義の障害分野での専門がなく、何で貢献できるか悩みましたが、たくさんコミュニケーションを取ったり、組織や人々のネットワーキングを後押ししたりすることで、今まで国際社会の手が届かなかった国や地域の加盟を推進したり、新たな組織とのコラボを進めたりする貴重な経験をさせていただきました。特に、会長の2期、当初から連絡を取り合っていた人たちとの繋がりで、国連開発計画アジア太平洋事務所と地域内のマラケシュ条約推進プロジェクトができたこと、北朝鮮の障害者支援を進めていたドイツのNGOと6年間模索した結果として、地域総会に陪席してもらうことができ、最終的には世界盲人連合への加盟が実現したことは、個人的にもよい思い出です。また、デンマーク政府開発援助資金の能力開発プロジェクトや、民間企業の視覚障害支援基金など、リソースがいくつか利用でき、雇用前研修や次世代育成研修を実施したり、途上国の地方部を訪問する機会をいただいたりしました。時には自費で安価な航空券を見つけた時は、加盟国の全国大会にお邪魔して、ふだんの会議では会う機会がない地元の皆さんの中に飛び込むこともありました。

オンラインの参加者からは、興味深い質問をいくつかいただきました。

情報格差への取組みについては、印刷物の利用促進につながるマラケシュ条約の推進がひとつの事例となっています。既に英語圏の録音図書は条約批准国間で貸し借りが進んでいると聞いていますし、途上国での教育や雇用に向けた訓練でも、批准国では教材のアクセシビリティが少しでも進んでくれればと願ってやみません。

聴覚障害のある方々は手話の取得や国を超えた意思疎通は比較的早いと、日本に来る研修生を拝見していると感じているのですが、母語の取得に壁があるという指摘にははっとしました。この障壁が、例えば国際組織への加盟申請に必要な書類の準備にも影響があるとのこと。私は聴覚障害の方々の言語習得は専門ではないので、直接のコメントはできませんでしたが、加盟申請の書類作業などは、各方面の支援で少しでもスムーズに進むよう応援していただきたいと思いました。

海外の当事者と接することで学んだことや自分が変わったことを質問される参加者がおられました。

自分が変わったかどうかわからないのですが、途上国の中には日本よりはるかに活発に活動している当事者団体があるというのは大きな学びでした。一般のマスコミを巻き込む手法など、日本の視覚障害コミュニティとしても彼らから学ぶことは結構あるのではないかと考えています。

組織の縮小に悩む組織も多いと伺いました。

世界盲人連合でも、例えば米国の経済制裁で会費のドル送金ができない加盟組織がいくつもあったり、財政状況が厳しく減免を訴える組織があったりで、恐らく悩みは同様だと思います。私が役員の間にアジア太平洋で新たに加盟する組織がいくつかありましたが、アウトリーチの成果というより、今まで手が届いていなかった所に、さまざまな関係者との連携で手が届いた、と解釈するのが妥当だと思います。

オンラインではやり取りのコントロールに限界があり、やはり早く対面で若年層の皆さんのダイレクトな空気を感じられるようになればと願うばかりです。

障害当事者としては、やはり障害分野の国際活動にひとりでも多くの方が関心を持っていただければ嬉しいと思います。とは言え、日本にも世界にも様々な支援を必要としている人、社会を変える必要性があるのも事実です。若い世代の人たちには、障害分野に限らず、様々な社会課題に関心を持っていただき、あまり躊躇しないで前に一歩踏み出していただきたいと思います。そんな人たちの背中を押すためにも、同様の企画を今後も積極的に開催いただければと切望いたします。

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