障害者権利条約 日本の初の審査と総括所見について

日本障害者リハビリテーション協会
原田 潔

障害者権利条約の実施状況に関する、日本の初めての審査が、2022年8月22~23日に、スイス・ジュネーブの国連本部における、障害者権利委員会第27会期で開かれた。新型コロナウイルスの影響による2年の延期を経ての開催である。政府各省庁からなる代表団が参加するとともに、当協会が所属し事務局を務める日本障害フォーラム(JDF)や、日本弁護士連合会を含む複数の市民社会組織から100名を超える人が参加し、意見陳述などを行った。そして審査の最終見解である「総括所見」が会期末に公表された。

この経緯は広く報道されるとともに、JDFが9月20日に開いたオンライン報告会には、約1,000人の参加があるなど、関係者の高い関心を集めている。

1.条約に基づく審査とは

審査は条約第36条に基づいて、締約国から提出される定期報告について行われる。委員と締約国代表団との質疑の形で行われるセッションは、「建設的対話」とも呼ばれている。今回審査されたのは、日本が2017年に提出した「第1回政府報告」である。

審査に先立っては、政府報告と並行する形で、障害者団体を含む市民社会組織が、独自のパラレルレポート(代替報告)を提出するとともに、委員へのプライベートブリーフィング等を通じて、それぞれの立場から情報提供を行った。

このような審査を経て公表されたのが日本への総括所見である。

(1)プライベートブリーフィングとは

建設的対話に先立って、市民社会組織からの意見を委員が直接聴取するものである。政府報告だけでは分かりづらい、当事者目線の実情が掴めるとして、パラレルレポートと並んで重視されている。審査の公式なプログラムであるが、内容は非公開とされる。

今回の審査では、8月19日と22日の2回に分けて行われ、上述のJDF、日弁連ほか全8団体が参加した。8団体はJDFの呼びかけによりジュネーブ渡航前に顔合わせを行い、限られた時間を有効に使えるよう、発言順や時間などを申し合わせた。19日の1回目では、団体からの発言のあと委員からの質問が行われた。質問については取り急ぎ各団体で回答をまとめ、その回答順も申し合わせたうえで、22日のブリーフィングで口頭発表したほか、同じ内容を文書でも提出する対応が行われた。なおブリーフィングとは別に、各団体が委員との非公式の意見交換も行っている。

(2)建設的対話

22日と23日の両日に、各3時間ずつ行われた。日本政府代表団は、外務省、内閣府、総務省、法務省、文科省、厚労省、国交省、ならびに在ジュネーブ国際機関日本政府代表部から構成された。建設的対話は、条約の第1~10条、11~20条、21~33条の3つのクラスターに分けて、委員からの質問に政府代表団が回答する形で進められる。委員からは、市民社会が提起した課題を的確に捉えた鋭い質問が出された。政府からは、通訳と情報保障を考慮してゆっくりした口調で回答がなされたが、現時点で実施されている関連の施策を説明することが基本であった。条約の内容に即した個別具体的な委員の質問に対し、一般的な制度施策の説明では回答としてかみ合わないという場面も見られた。なお時間が限られているため、質問の一部には政府が後日文書回答することとなった。2日目最後のキム・ミヨン副委員長(韓国)による閉会の辞は、「人生を通じて人権と自由のために身を捧げてきた障害者とその団体および家族と、締約国である日本は引き続き意思疎通をはかり協働していくことを推奨する(一部抄訳)」という内容で、涙ながらの発言に拍手が鳴りやまなかった。

(3)総括所見

日本への総括所見は会期末の9月9日に「先行未編集版」が、10月7日に確定版が公表された。A4判19ページに及び、序文、肯定的側面、懸念と勧告、フォローアップ(今後の手続き等)から成る。肯定的側面としては、障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法、改正障害者差別解消法、電話リレーサービス法、旧優生保護法一時金支給法、改正バリアフリー法、ユニバーサル社会推進法、障害者文化芸術活動推進法、改正障害者雇用促進法のほか、いくつかの行政指針や計画が挙げられている。

総括所見の主要部分は、第1条~33条について述べられる、懸念と勧告事項である。内容は多岐に渡るが、特にインクルーシブ教育に関する課題、非自発的入院や長期入院を含む精神科医療に関する課題、施設入所と地域移行に関する課題、障害のある女性に関する複合的・交差的差別の課題などが詳述されている。詳しい分析と評価は今後進められるが、市民社会からの情報を広く反映した内容と言える。

フォローアップの項目では、日本に対し次回の報告(第2~4回の定期報告をまとめた内容)を2028年2月までに提出するよう求めており、その1年前までに、委員会からの事前質問事項が出されるスケジュールが示されている。

(4)パラレルレポート

市民社会からのパラレルレポートは、次の2種類が提出されることが一般的である

①事前質問事項用パラレルレポート

締約国からの報告のあと、障害者権利委員会は、審査に向けた「事前質問事項」を締約国に提示するが、その質問のための情報を提供するのがこのレポートである。各国の複数の団体から提出されることが多いが、多様な障害種別や領域の団体が共同で提出する包括的なレポートが特に重視される。全国13の団体から成るJDFでは、政府報告が提出された2017年にパラレルレポート準備会を、翌18年にパラレルレポート特別委員会を立ち上げ、月1回のペースで話し合いを続けながらレポートを作成し、2019年7月に提出している。日本への事前質問事項は、同年9月に開催された障害者権利委員会第12会期事前作業部会で作成されたが、この際も、JDFや他の市民社会組織が参加しブリーフィングを行っている。結果、市民社会から提供された多くの情報が盛り込まれた。

②総括所見用パラレルレポート

続いて総括所見作成のための情報を提供するのがこのレポートである。同じくJDFでは頻繁な話し合いを重ねてレポートを作成し、2021年3月に提出した。総括所見の形式を模して、懸念と勧告をセットとして各条項について示す形となっている。

その後、事前質問事項への政府回答が2022年5月に国連に提出されたが、JDFではこれに対する意見書を、総括所見用レポートの付属書として2022年7月に提出している。

2.審査に至る障害者団体の参加の経緯

これら一連の審査の過程に、多くの市民社会組織がこれだけ熱意をもって参加した背景として、これまで条約策定に至る国連での交渉過程や、国内での批准に向けた制度改革に、障害者団体が主体的に関与してきたことが挙げられる。このことを振り返っておきたい。

(1)条約の採択に向けた国連での交渉

2001年の第56回国連総会で、障害者権利条約について検討する「特別委員会」の設置が決議され、同委員会は2002~2006年まで8回にわたって開催された。同委員会には、各国の政府代表団のみならず、多くの障害者団体を含む市民社会組織が参加し、Nothing About Us Without Us(私たち抜きに私たちのことを決めないで)を合言葉に重要な発言を行った。

日本からは、政府代表団に障害のある専門家が顧問として参加するとともに、幅広い障害者関係団体が傍聴団を結成して、第8回までに延べ約200名が参加した。国内でも障害者団体が政府各省庁と定期的な意見交換をもつなどのパートナシップを組み、さらには超党派による国連障害者の権利条約推進議員連盟が2005年に結成されている。このように条約交渉のプロセスそのものが、障害者団体同士や、国との間の連携を形作ることにつながっている。

特別委員会の議論を経て、条約は2006年12月13日に国連総会で採択された。

(2)条約の批准に向けた障害者制度改革

条約採択後、日本政府は2007年9月にこの条約に署名したあと、2009年に条約批准の方針を打ち出したが、十分な国内法制度の整備ができていないことを理由に、JDFが反対を表明し、批准が見送られた。

その後2009年から国の障害者制度改革が開始され、障害者制度改革推進会議が設置された。同会議は過半数が障害者とその家族で構成され、進行上運営上のさまざまな配慮を行いながら審議が進められたが、この結果、「障害者権利条約の締結に必要な国内法の整備を始めとする我が国の障害者に係る制度の集中的な改革の推進を図る」とされる改革の基本方針に基づいて、障害者基本法の改正(2011年)、障害者総合支援法の成立(2012年)、障害者差別解消法の制定(2013年)がなされた。そして日本は2014年12月に条約の批准書を国連に寄託し、締約国となった。

このように、これまで条約の採択、批准、実施の過程には、障害者団体の実質的な参加が行われてきた事実があり、それが今回の審査を巡る動きにもつながっている。

なお2002年以来の条約推進の取り組みには、(公財)助成財団センターのコーディネートにより、企業助成財団からJDFに対し継続的かつ多大な共同助成があったことを感謝とともに指摘しておきたい。

3.今後の取り組み

総括所見の勧告を生かし、引き続き政府や議員連盟とも連携しながら、いかに条約の実施を推進し、条約の目指す誰もが住みやすい社会を実現していくかが課題となる。

国内の条約実施の促進・監視は、障害者政策委員会において障害者基本計画を通じて行われるとされるが、今後は同計画が及ばない・及びづらい、司法、立法分野、また地方公共団体における実施促進も課題となる。選択議定書の批准や、国内人権機関の創設についても、他の人権分野と共通した課題である。審査を巡る大きな注目と盛り上がりを、今後の活動にいかにつなげていけるかが問われている。

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