発達障害に関する最近の動向

「新ノーマライゼーション」2023年3月号

国立障害者リハビリテーションセンター病院長、発達障害情報・支援センター長
西牧謙吾(にしまきけんご)

1. 発達障害が障害福祉の対象になるまで

日本の障害者は、法律上、長らく措置制度に守られ保護される存在でした。障害者が「社会的自立」と「社会参加」を目的に、公的責任の下、支援を受けられるようになるには、平成5(1993)年の障害者基本法改正を待たなければなりませんでした。国際障害者年〔昭和56(1981)年)〕以降、日本では、ノーマライゼーションの理念が拡がり、施設から在宅への流れが醸成されてきたことを受け、平成2(1990)年、福祉関係8法を改正し、在宅福祉サービスが法定化されました。平成8(1996)年の介護保険法は、新たな高齢者介護サービスの体系化と新たな社会保険の創造という意味がありました。障害福祉においても、社会福祉基礎構造改革を経て、措置制度から利用契約制度への移行が図られました。そして、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、精神障害者福祉法、児童福祉法に基づき提供されてきた福祉サービス、公費負担医療等は、平成17(2005)年に障害者自立支援法(現障害者総合支援法)で一元的に提供する仕組みが創設されました。発達障害者支援法は、その前年、平成16年(2004)に成立しました。そのために、障害福祉関連各法に発達障害が位置付けられておらず、年次で障害者基本法、障害者差別解消法など各法を改正し、発達障害者支援のさらなる充実を図るために、平成28(2016)年に発達障害者支援法を改正することになりました。

発達障害は、精神科医療の中で精神疾患としての認識が遅れただけでなく、その施策も身体障害、知的障害、精神障害とは一線を画しており、法律により規定された入所施設を持たず、福祉サービスは就労系、自立支援医療、障害年金などのニーズが高いといえます。乳幼児期は児童発達支援、学齢期では特別支援教育で主に対応することになります。症状の出現時期は、家庭・学校・職場における適応状況に依存し、診断時期は本人や保護者の困り感によりさまざまで、児童福祉法や障害者総合支援法だけで対応できない難しさを内包しています。児童自立支援施設や児童心理治療施設(両者はそれぞれ、非行、情緒障害に対応する社会的養護の施設)も、発達障害との関連で重要な入所施設です。

2. 発達障害とは

日本で発達障害という場合は、精神医学における国際疾病分類第11版(ICD-11)や精神障害/疾患の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)の神経発達症をさすのではなく、発達障害者支援法の意味で使われることが多いと思います。発達障害とは、現時点では、ICD-10に準拠しており、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害などの脳機能の障害で、通常低年齢で発現する障害がある者であって、発達障害及び社会的障壁により日常生活または社会生活に制限を受けるものと定義されています(法第2条)。これは、もうすぐ改定される予定です。

精神医学の進歩は、今まで生きにくさを抱えていた人の原因の一部を明らかにしました。それにより、個人としての尊厳に相応しい日常生活・社会生活を営むことができるように発達障害の早期発見と発達支援を行い、支援が切れ目なく行われることに関する国及び地方公共団体の責務を明らかにすること、発達障害者の自立及び社会参加のための生活全般にわたる支援を図り、障害の有無によって分け隔てられることなく(社会的障壁の除去) 、相互に人格と個性を尊重(意思決定の支援に配慮)しながら共生する社会の実現に資する、ことが重要になります(法の目的、理念)。

少し注意が必要なことは、発達障害は、全世代にわたり発達障害が原因で生きにくさを抱えておられる方がいるということです。早期に療育を受け、順調に発達をするタイプ、小中学校で、うまく特別支援教育を受け、なんとか就労までいくタイプ、小中学校で不登校になり、その後、家族や医療の助けを受け、高校で軌道修正できるタイプ、大学で不適応を起こし、就労に結びつかないタイプ、職場環境が変化し、不適応を起こすタイプ、定年後、夫婦二人の生活に軟着陸できないタイプ、8050問題といわれるタイプの中にも、発達障害と診断がつく人が知られてきました。法律がない時代でも、自分で生きにくさを改善・克服してきた人がいます。まずは、精神疾患の一分野に神経発達症という疾患群があり(知的障害も、今はこの群に含まれる)、子どもも大人も、診断基準は同じで、外見ではわからないこの障害に対する国民の理解啓発を進めていきたいと考えています。

3. 発達障害に本当に必要な支援や制度の構築への道程

令和5年に公表された文部科学省の調査によると、知的発達に遅れはないものの学習面または行動面で著しい困難を示す児童生徒、いわゆる発達障害の可能性がある児童生徒が8.8%いるという結果でした。10年ごとの調査結果は、増加傾向が続いています。研究者、有識者の中には10%の割合で存在していると指摘する方もおられます。この10年間で、社会における「発達障害」という言葉の認知度は高まっているものの、まだまだ理解が進んでいるとは言い難い状況です。

先日、発達障害のお子さんがいらっしゃるご家族に話を聞くことができました。お子さんは診断を受けていて手帳も取得済みとのことです。高校を卒業して専門学校へ入学したので、ご家族が障害のことと配慮事項について学校へ説明に訪問したそうです。障害者差別解消法にも明記されている合理的配慮を引き合いに出して必要な支援を求めたところ、「特別扱いしろ、ということですか?」と返答があり、困ってしまったということです。この手の話はいまだに枚挙にいとまがありません。

今回の法律改正は理念的にとても素晴らしい内容が多く盛り込まれている反面、実現にはまだまだ相当な時間や労力が必要とされると思います。さらに、他の障害とは異なり、障害福祉分野だけで対応することも難しい状況であり、個別のソーシャルワークを行う時に、警察を含めた司法関係や企業、母子保健等幅広い分野を視野に入れ、多職種連携が求められます。

4. 国立障害者リハビリテーションセンターの発達障害の取り組み

国の機関としてその一翼を担っているのが、国立障害者リハビリテーションセンター(国リハ)の組織の一つである発達障害情報・支援センターです。特に、1.国民への普及・啓発(法21、22条)、2.専門的知識を有する人材確保(法23条)が、国の果たす役割として重要です。「国民に対する普及及び啓発」は、発達障害情報・支援センターの他、国立特別支援教育総合研究所(特総研)に設置されている発達障害教育推進センター、各都道府県に設置されている発達障害者支援センターが、主にその役割を担っています。

発達障害をはじめ障害のある子どもたちへの支援にあたっては、行政の縦割りを超えた切れ目ない連携が不可欠です。特に、教育と福祉の連携については、学校と児童発達支援事業所、放課後等デイサービス事業所等との相互理解の促進や、保護者も含めた情報共有の必要性が指摘されています。こうした課題を踏まえ、平成29年12月、文部科学省及び厚生労働省は、各自治体における教育委員会や福祉部局の連携がより一層推進され、本人及びその保護者支援につなげるための連携・支援の在り方について検討するため、厚生労働副大臣、文部科学副大臣の両副大臣によるプロジェクトチームを発足させ、平成30年3月29日に家庭と教育と福祉の連携「トライアングル」プロジェクト報告をまとめました。その報告で、特総研と国リハのウェブサイトを保護者等が活用しやすいようにつながりを持たせるなど工夫すること、また、4者の連携の下、教育や福祉の分野において支援者が身につけるべき専門性を整理し、各自治体において指導的立場となる者に対する研修の在り方の検討など、教育や福祉の現場にその成果を普及させる方策を検討することとされました。この機会に、情報提供体制を大幅に見直し、WEB会議の活用、サーバーのクラウド化を進め、クラウド上に新たに総合的なポータルサイトを構築し、法21、22条1.国民への普及・啓発に関する国の機能を強化しています。現有のHPの情報も活用しながら、報告で求められた保健・医療、教育、福祉、労働に関する記事を刷新しました。

図 発達障害ナビポータル拡大図・テキスト

また、国の役割としての「専門的知識を有する人材の確保等」は、「トライアングル」プロジェクトの中で検討された「教育と福祉の連携に係る発達障害者支援人材育成のための研修カリキュラム」として、教育関係者と福祉関係者が連携するにあたり共通に身につけておくべき専門性向上に寄与するために、14項目、57本の動画をeラーニングコンテンツとして作成しました。不特定多数への拡散防止策を講じているため、映像のダウンロードはできませんが、現在、無料で誰でも視聴でき、視聴後資料をダウンロードできるようになっています。個人学習や研修会などに活用できると思います。

図 令和3年度教育と福祉の連携による支援人材育成のためのeラーニングコンテンツ配信拡大図・テキスト

最後に、国リハの学院児童指導員科の活動を紹介します。同科では、発達障害・知的障害支援の「理論」と「実践力」を兼ね備えた専門職を養成しています。修業年限は1年間です。その沿革をたどれば、昭和38年に開所した国立秩父学園附属保護指導職員養成所に行きつきます。発達障害情報・支援センター職員の他、国立のぞみの園の職員も、児童指導員科講師を務めるなど、連携を図っているところです。発達障害情報・支援センター主催の支援者向けセミナーも、毎年開催し、新型コロナ感染症流行を機会に、すべてWEB配信に切り替え、受講者数も毎回1000人を超えるようになりました。ここで蓄積された有用な映像コンテンツを活用し、令和4年度から、児童指導員科の定員枠を使い、多職種連携短期特別研修を始めました。これは、いじめ、不登校・ひきこもり、児童虐待、貧困・孤立、非行などの困難事例に対応できる中堅職員(経験年数3年以上の保育士、教員、保健師、支援員、相談員、他専門職等)が、多職種連携のリーダーになるための研修と位置付けています。研修内容は、多職種連携を効果的に行うためのネットワークの構築に向けて、多職種連携の意義や課題を共有するとともに課題解決のための工夫ができるよう事例検討を通じて行政施策に貢献できる人材を育成するものです。講師陣は、国リハ職員の他、国立秩父学園、国立武蔵野学院、国立きぬ川学院にも協力を得ました。講義は、児童指導員科の有名講師の講義の他、前記の講師陣が新たな映像研修コンテンツを作成しました。講義の視聴、事例検討すべてWEB上で受講できるプログラムにしています。

国リハでは各部署において発達障害への取り組みを行っています。現在、発達障害関連部署連絡会議を設置しており、情報共有を図っているところですが、今後はより一層連携の強化を進めながら国立リハ全体で発達障害者支援に取り組んでまいりたいと考えています。

図 短期特別研修 地域共生社会の実現に向けた多職種連携拡大図・テキスト


【参考文献】

西牧謙吾:発達障害の公衆衛生的課題とは何か?、公衆衛生82(5)、2018年

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