総括所見にみるアジア諸国の障害者事情-インドネシア

「新ノーマライゼーション」2023年3月号

法政大学現代福祉学部教授/日本障害者リハビリテーション協会国際委員
佐野竜平(さのりゅうへい)

日本と同じ会期に行われた審査

世界最大のイスラム教国であるインドネシアは、世界最大の群島国家で独特な地理的構造を持ち、かつ東南アジア最大の人口規模を誇ります。具体的には、1万3千以上ある島々において、日本の2倍以上に当たる約2億8千万人(2022年現在)が暮らしています。各地域が独自の統治と事務に責任を持つ形となっており、それが同時に障害者の権利に関連した施策および実践の温度差につながっていると指摘されています。

2022年8月から9月に行われた障害者権利委員会第27会期において、日本と同じタイミングでインドネシアに対して障害者権利条約の初回審査が行われました。

ところで、インドネシアにおける障害者に関するこれまでの主な施策の推移は、以下のとおりです(表1)。

表1

時期 主な内容
1980年 障害者の社会福祉に関する規則
1997年 法律第4号 障害者に関する法律(障害者法)
1999年 医療リハビリテーションに関する規定
2011年 法律第19号 障害者権利条約の批准に関する法律
2011年 障害者権利条約を批准
2016年 法律第8号 障害者に関する法律(障害者法)
2021年 障害者のための国家行動計画(~2024年)
2021年 国家障害委員会発足
2022年 障害者権利委員会による対インドネシア初回審査・総括所見の採択
2026年 次回政府報告の提出(12月予定)

出典:インドネシア初回審査の総括所見等を元に筆者作成

4つの肯定的な側面

今回発出された総括所見では、肯定的な側面について4点言及がありました。「性的暴力犯罪に関連する2022年法律第12号の採択」「2016年法律第8号障害者に関する法律の採択」「国内人権行動計画に障害者の権利に関する行動が含まれたこと」「法務人権省を通じて、精神障害者の人権に関するワーキンググループが設置されたこと」です。

特に障害者権利条約の批准後に成立した2016年障害者法は、1997年障害者法にはなかった「障害者の人権を中心に据えること」および「障害の社会モデルの反映」が一定程度達成されています。これらから、事実上初めての本格的な障害者基幹法といえます。また、日本語では同じ表記ですが、インドネシア語で差別的なニュアンスを含んだ1997年「Penyandang Cacat(障害者)」法から、英語表記に準じた2016年「Penyandang Disabilitas(障害者)」法に変わったことも特記しておきます。

焦点となった「身体拘束」と「インクルーシブ教育」

今回初めてインドネシアに対して発出された総括所見ですが、懸念及び勧告において審査対象となった第1条から第33条のうち、特に言及がなかったのは「プライバシーの尊重(第22条)」と「ハビリテーション(適応のための技能の習得)及びリハビリテーション(第26条)」です。

一方、障害者権利委員会が特に詳細を明らかにしようとした論点があります。紙幅の制限から、本稿では「拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰からの自由(第15条)」に関連した身体拘束と、「教育(第24条)」に関連したインクルーシブ教育に触れていきます。

(1)身体拘束

実際、障害者権利委員会の委員から「インドネシアはいまだに身体拘束(shackling、手かせ足かせ)がある国で、政府はどのようにして障害者に平等な機会を保障することができますか?」などの質問が出されました。インドネシア政府代表団からは、「身体拘束を禁止している保健省の規則があること」「家族の無理解や知識の欠如に苦慮していること」「市民社会の啓発、理解向上の重要性を承知していること」などの回答がありました。

この点につき、総括所見で提示された懸念事項と勧告事項は、それぞれ以下の2つです(表2)。

表2

懸念事項 (a)手かせ足かせ・隔離・拘束など精神障害者に対する有害で強制的な慣行が、家庭や地域社会、そして政府および民間が運営する社会ケア施設において継続的かつ広範に行われていること。
(b)精神障害を持つ母親から子どもを引き離すなど、社会ケア施設や信仰療法センターにおいて性的暴力、ネグレクト、残酷で卑劣な扱いなどの制度的暴力が横行し、苦情の受付や救済の仕組みが欠如していること。
勧告事項 (a)家族内や社会ケア施設を含むすべての環境において、手かせ足かせ、あらゆる形態の拘束を禁止し、強制力のない、地域に根ざした精神保健の支援とサービスを開発および促進すること。
(b)あらゆる場面でどの障害者もアクセスできる独立した監視、セーフガードの仕組みを確立し、苦情を受け付けると同時に、有害で強制的な慣行、暴力、無視、その他の残虐かつ卑劣な扱いをする機関、センター、加害者を調査し制裁すること。

出典:インドネシア初回審査の総括所見から抜粋(筆者翻訳)

(2)インクルーシブ教育

「インドネシア政府がインクルーシブ教育を推進するためにさまざまな努力をしていることを承知している」と障害者権利委員会の委員らは発言しました。その一方で、「アクセス可能な形式で教育を提供する計画があるのか」「障害者が高等教育を受けるためにどのような措置を取っているのか」「障害児がインクルーシブ教育校への通学を奨励する準備計画はあるのか」などの質問が出されました。

政府代表団からの回答としては、「障害児がアクセスのよい環境において教育を受ける権利に高い関心を寄せていること」「法的枠組みの強化を引き続き推進していること」「インクルーシブ教育の質と量を拡充する必要があること」「現場教員の研修が必要となっていること」などが挙げられました。

今回の総括所見では、懸念事項および勧告事項ともに以下のとおり3点ずつ触れています(表3)。

表3

懸念事項 (a)インクルーシブ教育の実現に向けた努力が限定的であること。また特別支援学校や特別支援学級が普及していること。障害者によるあらゆるレベルの教育制度へのアクセスを保証する仕組みが欠如していること。
(b)インクルーシブ教育の質を向上させるため、利用しやすい学習教材、代替コミュニケーションや情報手段、点字や手話通訳、その他の専門サービスに関する教員研修が欠如していること。このことが特に地方や遠隔地において顕著であること。
(c) 当該児童やその親がハンセン病児・者であることを理由に学校から退学させられること。
勧告事項 (a)具体的な目標とスケジュール、具体的な予算を定めたインクルーシブ教育戦略を策定し、国、州、市、および地区間で責任を調整し、すべての教育レベルを網羅すること。
(b)インクルーシブなデジタルアクセス、分かりやすい読みもの、点字、手話、コミュニケーション補助、支援・情報技術など、利用しやすい学習教材、代替コミュニケーションおよび情報手段の提供を促進し、地方や遠隔地を含め、手話と点字の教員研修を確保するために、すべての地域とすべての教育レベルに障害サービス部門を設立すること。
(c)教育システムにおけるハンセン病の偏見や誤った情報に対処し、ハンセン病児・ハンセン病回復者を両親に持つ児童がインクルーシブ教育に参加できるような政策・戦略を立案すること。

出典:インドネシア初回審査の総括所見から抜粋(筆者翻訳)

見逃せない今後の動き

対インドネシア初審査では、障害分野の主管省である社会省大臣がインドネシア政府代表団をリードし、大統領府で障害分野に関わる大統領補佐官も参加しました。官民挙げての今後の動きが期待されます。

注目される動きもあります。カリマンタンの「SDN 003 LOA KULU学校」は、インクルーシブ教育のモデルとして表彰されました。また、対インドネシア審査で議論された「障害者の労働及び雇用」「全土に31ある障害センターの質の向上」「発達障害児・者の住まいやハラスメント対応策の具体化」等について、障害者施策を具体的に担う社会省社会リハビリテーション局は、日本の関係者に具体的な協力を求めています。次回の定期報告書提出は2026年12月となっており、この4年ほどの間にどこまで勧告が反映されるのか今後も注視していきたいと考えています。

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