ESCAP「インクルージョンに向けての3つの十年の旅:アジア太平洋地域における障害インクルーシブな開発状況の評価」(2022年12月)の概要

法政大学名誉教授 松井亮輔

本書は、国際障害者の日(12月3日)を記念して国連アジア太平洋経済社会委員会が2022年12月8日にバンコクで開催したイベントのなかで公表したものである。本文(61頁)および付録・参考文献をあわせ全体で100頁からなる。

以下では、その目次および本文の要旨を紹介することにする。

<目次>

第1章 はじめに
1.1 アジア太平洋障害者の十年
1.2 インチョン戦略および北京宣言と行動計画
1.3 第3次十年の最終評価
1.4 本報告書の構成
第2章 アジア太平洋障害者の十年(2023年~2022年)実施の概観
2.1 障害インクルーシブな開発促進の成果と課題
2.2 障害インクルーシブな開発の優先事項
2.3 障害インクルーシブな開発の制度設定と法的枠組み
第3章 インチョン戦略および北京宣言と行動計画
3.1 インチョン戦略目標1:貧困を削減し、労働及び雇用の見通しを改善すること
3.2 インチョン戦略目標2:政治過程および政策決定への参加を促進すること
3.3 インチョン戦略目標3:物理的環境、公共交通機関、知識、情報および通信へのアクセスを向上させること
3.4 インチョン戦略目標4:社会的保護を強化すること
3.5 インチョン戦略目標5:障害のある子どもへの早期介入と早期教育を拡大すること
3.6 インチョン戦略目標6:ジェンダーの平等と女性のエンパワメントを確保すること
3.7 インチョン戦略目標7:障害インクルーシブな災害リスク軽減および災害対応を確保すること
3.8 インチョン戦略目標8:障害に関するデータの信頼性および比較可能性を向上させること
3.9 インチョン戦略目標9:「障害者権利条約」の批准および実施を推進し、各国の法制度を同条約と整合させること
3.10 インチョン戦略目標10:小地域、地域内および地域間の協力を推進すること
第4章 結論および提言
付録
A.データ表
B.インチョン戦略の中核的指標
C.アジア太平洋障害者の十年(2023年~2032年)に関するジャカルタ宣言
参考文献

<要旨>

アジア太平洋地域は、社会への完全かつ効果的な参加に著しい障壁に直面する障害者が7億人以上いる。障害者の権利および障害インクルーシブな開発を促進するため、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の加盟国は、1993年以来、3つの連続したアジア太平洋障害者の十年を実施してきた。はじめの2つの十年は、障害者を権利保持者と見なすよう意識転換をはかるとともに、障害者権利条約の最初の基を築く弾みをつけることに寄与した。

この2つの十年の成果に基づき、同委員会の加盟国は、第3次アジア太平洋障害者の十年(2013年~2022年)を宣言し、2012年には障害に特化した10の開発目標、27のターゲットおよび62の指標を持つ、アジア太平洋地域の障害者の「権利を実現する」ためのインチョン戦略を採択した。2017年に北京で開催された中間年評価会合で採択された、インチョン戦略の実施を促進するための行動計画を含む、北京宣言には、インチョン戦略の各目標のもとに、政府、市民社会の利害関係者およびESCAPにより取られるべき政策行動が具体的にあげられている。これらの補足的な枠組みは、障害者権利条約および2030持続可能な開発アジェンダに沿って、インクルーシブで、持続可能な社会づくりに向けての地域の取組みをガイドするためのユニークなツールとしての役割を果たしている。

第3次十年の最後にESCAPは、アジア太平洋地域における障害インクルーシブな開発の現状を評価し、障害者の「権利を実現する」ための地域の取組みを継続するため、「アジア太平洋障害者の十年(2023年~2032年)に関するジャカルタ宣言」が、2022年10月にジャカルタで開催された第3次十年最終評価に関するハイレベル政府間会合で採択された。この成果文書は、「誰も取り残さない」という公約を地域が果たすためのガイダンスとなる。

本書の目的は、アジア太平洋地域の障害インクルーシブな開発に関してなされた進展と残された課題を検討することである。障害に関連した問題にかかる革新的な政策や計画づくりについて情報提供するため、最新のデータおよび政府、市民社会団体(CSOs)および国際機関により開始された実践が、参考資料として集大成された

障害インクルーシブな開発の成果、課題および優先事項

第3次十年の成果として政府が共通に挙げているのは、障害者法制、政策および戦略、物理的な環境および交通機関へのアクセス、保健およびリハビリテーション、ならびに良質な教育である。そして、障害者のインクルージョンにとって最大の課題として挙げられたのは、障害者についての否定的な社会規範や認識、限られた制度的能力および建築環境、情報通信技術(ICT)へのアクセシビリティの欠如である。新たな十年に政府は、インクルージョンに向けての取組みを続けることを約束している。もっとも共通に報告された優先事項は、労働及び雇用、知識、情報および通信へのアクセス、および障害統計である。

ほとんどのアジア太平洋地域の政府は、政府機関、調整の仕組み、および障害者の権利を擁護・向上するための苦情処理手続きを作っている。障害インクルーシブな開発を促進するための堅固な基盤となる、障害者法、政策、戦略、行動計画ならびに差別禁止法制は、地域中に広まっている。それらに加え、持続可能な開発目標の実施に関連する仕組み、計画および評価における障害インクルージョンに向けて相当の努力がなされている。

前十年の成果としてCSOsが挙げるのは、障害者法制、政策および戦略の進展への寄与、労働及び雇用、知識、情報および通信へのアクセス、および良質な教育である。CSOsにより報告された、もっとも重大な課題は、不十分な資源、限られた技術的、制度的能力、コロナ禍の影響、限られた障害の主流化、政府内および政府と障害当事者団体間の限られた調整である。CSOsが新十年に取り組むべく優先事項としてもっとも共通に挙げたのは、知識、情報および通信へのアクセス、労働及び雇用、および障害者権利擁護である。

限られた技術的、財政的能力にもかかわらず、コロナ禍中およびその後も障害者の多様なニーズに対処するため、政府やCSOsによりいくつかの重要かつタイムリーな措置がとられてきた。それらには、ものやサービス、公共情報、インクルーシブな医療、隔離政策やプロセス、社会的保護および雇用支援へのアクセシビリティに関連したものも含まれる。

10のインチョン戦略目標領域における障害インクルーシブな開発の現状

障害インクルーシブな開発における顕著な進展にもかかわらず、アジア太平洋地域は、インチョン戦略の目標を完全には実現していない。あらゆる開発の取組みに障害者のインクルージョンを確保するには、さらなる進展がなされる必要がある。

障害と貧困は、密接に結びついている。地域中で障害者は、障害のない者よりも高い貧困率を経験している。関連データがある6か国・地域の中で、国の貧困線以下で暮らしている障害者の割合は、11.4%から29.5%にも及ぶ。いくつかの国では、障害のない者または全人口の割合を少なくとも15%上回っている。

生産的雇用とディーセント・ワークは、障害者の貧困削減と社会的インクルージョンの中核である。障害者は、労働市場では障害のない者よりも不利な立場におかれている。関連データがある21か国・地域のなかで、人口加重平均の対人口就業率は、障害者の24.3%に対して、障害のない者のそれは62.1%である。また、障害者が雇用される場合、その多くは非正規労働に従事させられがちである。

インクルーシブな政治参加は、障害者が社会の一員としてその責任を担い、決定過程に影響を及ぼすことができるようになる。しかし、障害者、とくに知的または心理社会的障害のある者は、政界や公職では一般的に少数である。障害者は、関連データのある10か国・地域の全議員の0.8%、そして、関連データのある23か国・地域の国の障害調整機構全職員の18.1%を占めるにすぎない。

アクセシビリティは、インクルーシブな社会の前提条件である。すべての人のための物理的アクセシビリティの確保は、この地域ではまだ実現できていない。首都にあるアクセシブルな政府の建物は、関連データのある6か国・地域のうち、3か国について10%以下に過ぎない。バス・システムおよび高速輸送システムのアクセシビリティ検査を行ったのは、報告があった13の政府のうち、3つの政府に過ぎない。

知識、情報および通信のアクセシビリティは、アクセシビリティの権利の不可欠の部分である。

地域のデジタル・インフォメーションの不均衡な発展は、ますますデジタル化する社会で、多くの障害者が排除される危険にさらされている。女性のデータがある8か国で、携帯電話を持つ18歳~49歳の女性の中間値(割合)は、機能的困難がある者の68%に対し、機能的困難のない者のそれは、88.6%である。その格差は、とくに4か国において10%以上大きい。

支援機器は、機能、健康および社会経済的に有利な結果をもたらす。アジア太平洋地域の多くの障害者は、適切な支援機器に関心を持っている。関連データのある24か国のうち、16か国は、支援機器が必要で、かつ、それにアクセスができる障害者は、全体の50%以下である。

保健ケアへのアクセスを含む、社会的保護は、追加の障害関連コストがかかる障害者にとって重要である。地域中で社会的保護制度は、障害者にとって往々にして不十分で、アクセスできず、または利用できない。関連データのある40か国・地域のうち21の国・地域における障害者社会的保護給付の適用範囲は、50%以下である。関連データのある3か国では、良質の保健ケアの利用に満足していると答えた重度障害者の割合は、障害のない者と比べ、低い。

幼児期の早期介入は、障害児が人生のあらゆる側面の可能性をフルに発達させる権利と認められている。機能的困難のある子どもは、機能的困難のない子どもと比べ早期に幼少期教育に参加できていない。関連のデータがある7か国の平均値は、幼少期教育に在学している機能的困難のある(生後)36~59か月の子ども14.4%に対し、機能的困難のない子どもの場合は36.9%である。

質のよいインクルーシブ教育は、障害者が貧困から抜け出し、地域社会に積極的に参加し、自らを擁護するための技能を獲得する道を提供する。機能的困難のある子どもは、機能的困難のない子どもと比べ、就学率が低い段階がある。関連データがある11か国のうち、就学上の障害格差がある国の割合は、教育レベルが高くなるにつれ増える。つまり、小学校前の22%が、小学校では31.4%、中学校では60.0%、そして高等学校では87.5%にもなる。

アジア太平洋地域では、障害者は不均衡に影響を及ぼす災害による被害を、被りやすい。障害者の死亡率は、多くの災害状況において障害のない者のそれよりも2~4倍も高い、と報告されている。少なくとも26のアジア太平洋地域の国・地域が、障害者も含む、災害リスク軽減枠組みは持っているが、災害リスク軽減訓練について障害者と協議し、それに彼らを参加させるためには、より多くの努力が必要とされる。

障害状況、性別、地理的位置およびその他の特徴により細分化された、適切で信頼性のある、比較可能なデータは、エビデンスに基づく政策策定および計画作成に不可欠である。多くの国は、障害統計作成上の課題に直面している。障害のインパクトは、地域中で過小評価されているように思われる。関連データのある20か国のうち、最新の国勢調査などに基づきインチョン戦略の指標の3分の1以上について関連データを作成し、報告できているのは、9か国に過ぎない。

2022年7月31日現在、アジア太平洋地域で条約締結能力がある、ESCAP加盟国および準加盟国51か国のうち、45か国が障害者権利条約を批准。他の4か国は(同条約に)署名しているが、まだ批准していない。少なくとも41の政府が、権利条約との適合性を改善すべく国内法の見直しを行ってきた。その見直しを行った31の政府は、国内法を改正している。見直しを完了した国の経験によれば、障害に基づく差別は、様々な法律に広まっている。

障害インクルーシブな開発への協力を推進することが、地域において弾みとなっている。

ダイバーシティとインクルージョンに向けての新十年

十年、インチョン戦略および北京宣言と行動計画の進捗状況の評価から、障害者はアジア太平洋地域におけるほとんどあらゆる社会部門で課題に直面し続けていることが明らかになった。新十年において健常者優先主義(エイブリズム)からダイバーシティとインクルージョンへのパラダイムシフトをもたらすためには、3つの連続的な十年の成果と教訓に基づき、政府全体および社会全体としての取組みが求められる。

政府のあらゆる部門間、障害当事者団体および障害者のための団体、民間セクターの組織、国際機関ならびにその他の利害関係者とのパートナーシップの強化が、地域で共有した障害インクルーシブな開発の目標を実現する鍵である。アジア太平洋地域の政府は、市民社会団体(CSOs)や他のパートナーと一緒になって、障害者により経験されている社会への完全かつ効果的な参加の障壁を取り除くための取組みを続けるとともに、新たに生じた問題や機会、たとえば、人口の高齢化、デジタル化および気候変動にも注意を喚起すべきである。ジャカルタ宣言の効果的実施には、ジェンダー、高齢化および障害の交差性に対処するライフサイクルアプローチが求められる。

menu