教えて!アジアの障害分野 ~カンボジア・フィリピン・ベトナムの課題~

法政大学現代福祉学部教授 佐野竜平(さのりゅうへい)

「アジア」という言葉にはしばしば考えさせられます。実際、国連やその他国際機関でもその適用範囲は異なります。歴史的に見れば、戦争、民族紛争、独裁や強権政治などがあり、それぞれの文脈を考慮しなければなりません。多様な背景を持つ地域であり、障害分野の施策・実践の広がりと深まりに大きな違いがあります。

筆者は、2022年10月15日(金)に開催された「リハ協カフェ2周年記念シンポジウム」の第2弾に登壇する機会を頂きました。そこで触れた各国の事情のうち、特にカンボジア、フィリピン、ベトナムについてフォローアップします。

カンボジア

2009年に障害者施策の基幹法として策定された「障害者の権利の保護及び促進に関する法律」の見直しが長く続いています。カンボジアには人口の10%前後に障害があるとされており、保健、教育、生計、社会、エンパワメントのための活動など、諸分野で課題が残っています。

今回、特に「教育から就労段階への移行」を論点に考察してみました。カンボジアには、フランスのNGOであるKrousar Thmeyによる支援を受けた視覚・聴覚障害児学校があります。2011年頃からカンボジア教育省と連携して学校運営を行うようになりました。インクルーシブ教育の推進という面からは議論のあるところですが、これまで教育を受ける機会が全くなかった障害児およびその家族から「少しでも前に進んだ」という意見があります。

同事例に学んでいるのが、知的障害・自閉症児が通う小・中学校を首都プノンペン郊外の各地で運営するHands of Hope Community(以下、HHC)です。既存の空き建物・教室を利用して、知的障害・自閉症児の教育機会の充実を目指しています。以前、HHCが運営する学校はカンボジア教育省に認可された正式なものではなく、あくまでフリースクールとしての位置づけでした。毎年40人前後がHHCの学校と同時に公立学校へ通っていましたが、そこでは知的障害・自閉症児への教育を学んだ教員が大幅に不足しているという現実がありました。

2021年から、HHCはカンボジア教育省と正式に連携するようになりました。その結果、HHCのスタッフも正式な教員として給与や支援を受けつつ、認可された教育機関として知的障害・自閉症児の教育を担うようになりました。新型コロナ禍にあって自宅に留まりがちだった点を踏まえると、前進と言えるものです。

喫緊の課題は、教育機会の充実に加えて、どのように就労につなげていくかという点です。政府統計で平均寿命が75歳に達したカンボジアです。障害者による公的部門または民間企業などでの就労が期待される一方で、障害者の労働・雇用施策の展開が見通しにくいのもまた事実です。カンボジアでは2023年7月に総選挙が予定されていますが、そのスケジュール感に障害分野の施策および実践が左右されています。引き続きカンボジアにおける障害分野の動向が注目されます。

フィリピン

成長著しい東南アジアの一角で、いよいよ人口規模も日本(1.26億人)に迫ろうとしているのがフィリピン(1.11億人)です。フィリピンの高齢社会(高齢化率14%以上)到達は2068年とされており、フィリピンの平均年齢は26歳と若いです(日本の平均年齢は47歳)。

そのフィリピンにおいて、障害に関する公的・民間部門の連絡・調整を担っているのが全国障害者問題評議会(NCDA)です。NCDA高官によれば、コロナ禍にあって障害に関するデータのデジタル化およびその活用が課題の1つになっています。フィリピン人は1日あたり10時間以上もインターネットを利用しているとされており、これは世界一です。SNSの使用時間も4時間以上と世界一で、日本の5倍とされています。そんなフィリピンだからこそ、障害に関する各種データのデジタル化に官民問わず大きな関心が寄せされており、専門的な人材育成とデータ活用に伸びしろがあります。

フィリピンでは、発達障害児・者関連の動きも目立ちます。東南アジアにおける最も大きな障害者団体の1つであるフィリピン自閉症協会の幹部によると、フィリピンでは以前「自閉症ケア法案」が上程されたことがありました。自閉症関連施策について整備が進まない中で、民間の後押しにより法案が作られました。しかし、障害者施策全体の中で自閉症関連のみに特別な対応が難しいとの政府判断があり、立法には至りませんでした。

なお、共和国法No.11650「インクルーシブ教育に関して障害のある学習者のインクルージョンとサービス方針を定める法律」が2022年3月11日に大統領によって署名されました。同法によると、あらゆる公立学校が特別なニーズを持つ学習者を特定し、無料で基本的かつ質の高い教育を提供する義務が課されています。すべての市町村に少なくとも1つ、アクセスしやすい教育や学習支援を行うインクルーシブ学習リソースセンター(ILRC)を設置することになりました。同法への署名直後に大統領選挙が行われたのは気になるところですが、本格的な実施が期待されています。

ベトナム

日本の医療・福祉分野で働く外国人労働者の2割以上がベトナム人であり、ベトナムは日本の障害福祉関係者にとって身近な国の1つとなっています。このように特にアジア各地に人材を拠出しているベトナムですが、高齢社会(高齢化率14%以上)の到来は2034年とされています。前述のフィリピンよりも30年以上早いことになり、知的障害・自閉症児者の家族を中心に障害分野の関係者間でも人材不足が懸念されています。

ベトナムでは2010年に制定された障害者法の改正作業が進んでいますが、あと数年はかかると言われています。ベトナム政府の労働・傷病兵・社会省高官は、「2010年の障害者法に記述された6つに分かれる障害分類(視覚、聴覚、肢体不自由、知的、精神、その他)のうち、発達障害:自閉症、ADHD(注意欠如・多動症)、学習障害などが“その他”に含まれてしまっていることが課題と承知している」と話します。今後の法改正で論点になる見込みです。

ベトナム戦争後に生まれた人たちが、勤労世代の多くを占めつつあります。それでも平均寿命は75歳と日本よりも10歳程度短いです。平均年齢33歳と若い国でありながら高齢社会を迎えようとするベトナムならではの文脈を理解する必要があります。人材不足への懸念を共有してくれた知的障害・自閉症当事者の家族グループ代表は、「学童期を過ぎた成人期にある障害者の就労を通じた社会参加の仕組みが脆弱であること」、「親なき後のケアを見据えたコミュニティにおける住まいの場のモデル(健康管理を含む)の欠如」が課題と指摘します。

ベトナムでは都市部・農村部を問わず、この10年で1人当たりの月平均所得が3倍に拡大しました。経済発展が著しいからこそ、障害者による就労機会の確保まで実践が広がらないというジレンマが見受けられます。同時に、次世代人材の育成が追いついていないことや、SNSの利用と新型コロナの影響もあり、学童期を過ぎた当事者・家族によるネットワーク活動参加の取り止めが目立つと言います。

今回のシンポジウムでは、この他ミャンマーおよびタイの障害分野についても紹介しました。紙幅の都合から本稿では触れられませんが、両国ともに政治体制が色濃く反映される独特の背景を理解する必要があります。東南アジアには他にも、アセアン(東南アジア諸国連合)人口の40%以上を占める盟主とされるインドネシア、人口の3割前後を占める外国人労働者との共生社会を模索するシンガポール、2022年11月のアセアン首脳会議で合意された11番目の加盟国となる東ティモールなどが含まれます。

今後も東南アジアを含むアジア各国の諸施策および実践に学びつつ、日本の障害福祉の追い風にしていければと考えています。

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