作品鑑賞の「当たり前」を問い直す―京都国立近代美術館「感覚をひらく」プロジェクト

「新ノーマライゼーション」2023年7月号

京都国立近代美術館研究員
松山沙樹(まつやまさき)

他者の鑑賞を言葉できかせてもらうのがとてもおもしろく、「どんなのだろ?」と作品について想像するのも「こんなふうに見えて/さわっているんだ」と、ちがう見方、感じ方を知るのもとてもたのしかった。

見えない状態で想像していた素材や質感とまったく違うものがあり、驚きがありました。見えない方から「ここがほら、穴があいているよ」など、教えてもらいながら鑑賞できたのも楽しかったです。(中略)目で見て感じることを見えない方にシェアしたところ「そう聞くと触った印象が変わってきた」とおっしゃっていたのも印象に残りました。

これらは、昨年9月に京都国立近代美術館で開催した「手だけが知ってる美術館」というワークショップに参加された方の感想です。このワークショップは、目の見える方と見えない方が共に立体作品を手でふれ、対話しながら鑑賞をすることで作品の魅力を深く味わおうというものでした。美術作品を視覚以外の方法で、たとえばさわったり、きいたり、しゃべったりして鑑賞してみた時、どんな気づきや発見があるでしょうか。

見える/見えないにかかわらず共に作品を味わう

近年、とりわけ美術館の教育普及活動の領域において多様性や共生社会の実現といった考え方から、来館しづらい/来たことがない方々に向けた実践が広がっています。当館では90年代から、障害のある方が展覧会を鑑賞する際のサポートなどを行っていましたが、2017年からは文化庁の助成を受けて「感覚をひらく―新たな美術鑑賞プログラム創造推進事業」を立ち上げ、美術館をより広い方々に向けて開いていく活動に積極的に取り組んでいます(1)

「感覚をひらく」事業では「ワークショップ」として、立体作品・陶芸作品を手でふれて体験する活動や、美術館の建築を音と手ざわりで味わうプログラム、匂いや音をテーマにしたまち歩き、また美術館と盲学校とが連携した特別授業などを継続的に行っています。また主に視覚に障害のある方に向けた「さわる鑑賞ツール」として、所蔵作品の構図や特徴を凹凸のある図と文章で紹介した「さわるコレクション」を制作しています。

プロジェクトで大事にしていることは大きく3つあります。まず作品を鑑賞する際には、さわる・きくといった身体感覚をつかい、作品の大きさ、形、質感、重さ、温度などをじかに感じることです。特に立体作品や工芸作品は、制作のプロセスや作家の手の跡、素材など、目で見るだけでは分からない情報を得ることで作品をより深く味わうことができます。

二点目として、鑑賞活動は常に複数人で対話をしながら進めていることです。作品鑑賞に正解・間違いはないということを前提に、作品から感じたことを自由に発言し合います。自分の中にはなかった新たな見方や感じ方に出会うことで、作品についての理解がより深まることはもちろん、自分自身の考え方が変化し広がっていくこともあるでしょう。

最後に、この事業は視覚に障害のある方だけが対象ではなく、見える/見えない人が共に体験を行うことを常に心掛けています。感性や背景が異なる人たちが集まって視覚だけに依らない鑑賞に挑戦することで、より多くの方が享受できるユニバーサルな作品鑑賞のあり方を作り出していきたいと考えています(図1)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図1はウェブには掲載しておりません。

さわり・かたり・想像するワークショップ「手だけが知ってる美術館」

一例として、2022年9月の「手だけが知ってる美術館 第5回 清水九兵衞/六兵衞」をご紹介します。「手だけが知ってる美術館」は、手の感覚をフル活用して作品を味わうことを趣旨としたワークショップで、年1~2回のペースで行っています。今回は当館で開催した清水九兵衞/六兵衞(1922-2006)の展覧会にあわせて開催しました。

当日は、視覚障害のある方を含む4名のグループに学芸員1名が入って活動を行いました。最初は全員でアイマスクをつけて形や質感などを確かめ、後半はアイマスクを取ってさらに鑑賞を深めていきます。

ここで鑑賞したのは、高さ30センチほどの陶器の花器(花瓶)です。花器といっても、形を作ったあとに切れ込みが入れられていたり、複数に分かれたプレートのようなものを重ねた表現があったりと、やや抽象的な形をしています。ぱっと触っただけでは全体の形がつかみづらく、花器であることもすぐには分かりません。だからこそ時間をかけてさわり、他の人と意見交換しながら推察を深める楽しさがあるのではと考えました。

参加者は作品を囲み、何でできているか、全体がどのような形か、何を表しているのかなど、さわることと対話することを繰り返しながら作品に向き合います。「身体の一部のような丸みを感じる」「着物を着ている人物かな」など、人間の身体をイメージしたと話す方もおられ、触覚を頼りに豊かな想像の世界が展開していました。また手でふれることで、作家の息遣いや制作過程などにも迫ることができたのではないかと思います。後半ではアイマスクを外して、今度は目の見える方が色についての情報や視覚で捉えた形の印象なども補足説明しながら鑑賞を続けていきました。「どんな花を生けたら良いと思いますか?」「水はここから入れるのかな」と具体的な用途について議論が盛り上がっているグループもありました(図2)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図2はウェブには掲載しておりません。

ワークショップを終えた参加者からは、冒頭で紹介した以外にも次のような声がありました。「さわればさわるほど感覚が研ぎ澄まされて分かるようになっておもしろかった」「さわった時の印象とみた時の印象もがらっと変わって楽しかった」「このような機会がなければ『見たつもり』ですーっと『見る』ことになったと思います。さわること、障がいがある方と一緒に『見る』ことで豊かな『見る』が体験できました」このように作品自体への理解が深まることに加えて、作品を媒介にして他者の意見に触れたり、自分自身の価値観が更新されたりする機会にもなっていると言えるのではないでしょうか。

作家、見えない方、美術館が協働する「ABCプロジェクト」

「感覚をひらく」事業ではこうした鑑賞ワークショップのほか、作家(Artist)、視覚障害のある方(Blind/ partially sighted)、美術館の学芸員(Curator)の三者が連携して、作品の新しい鑑賞プログラムを開発する取り組みも進めています。2020年から始めたもので、それぞれの頭文字を取って「ABCプロジェクト」と呼んでいます。

2021年度に行ったABCプロジェクトでは、陶芸家の河井寬次郎(1890-1966)について「眼で聴き、耳で視る―中村裕太が手さぐる河井寬次郎」という鑑賞プログラムを開発しました。

河井寬次郎は島根県安来市の生まれで、京都の五条坂にあった窯を譲り受けて独立し、そこに自らデザインした住居を構えて亡くなるまで制作を行いました。現在この場所は河井寬次郎記念館として一般に公開されています。河井は壺や器といった作品のほか、戦後は文筆活動や不定形な造形、手をモチーフにした作品、木彫の面や人物像なども制作しており、京都国立近代美術館は400点以上の河井作品を収蔵しています。

プロジェクトでは、河井寬次郎記念館の協力を得ながら、河井が暮らした空間や彼の作品や愛用品などを、作家・視覚に障害のある方・美術館の三者がそれぞれの角度から読み解いていくことを試みました。たとえば記念館には河井自らがデザインを手がけた椅子やテーブル、金属製のキセルなどが残されています。現代作家の中村裕太さん(A)と安原理恵さん(B)はこれらを手でふれて体験しながら、河井の造形意識や暮らしぶりなどについて対話を行いました。そしてこの体験に基づいて、中村さんは手でふれて鑑賞することができる陶器作品を9点制作されました。

また河井は60年代後半に新聞記事を日々切り抜いていました。それらには電車の連結部分の写真や機械製品のパーツ、こどもの詩、アフリカ美術、仏像などがあり、関心の広さがうかがえます。プロジェクトでは、この新聞切り抜きが作家の人柄や暮しぶりを知る手がかりと考え、作家(A)と美術館スタッフ(C)による座談会を行ってその音声を収録しました。

こうしたABC三者によるリサーチや検討をもとに、2022年3月から5月にかけて、美術館のコレクション・ギャラリーの一角で「エデュケーショナル・スタディズ03〈眼で聴き、耳で視る―中村裕太が手さぐる河井寬次郎〉」と題した展示を行いました。会場には、河井寬次郎への4つの問いかけを掲示し、その応答のヒントとなるような作品や資料を展示。また会場中央には来場者が靴を脱いで畳に上がることができるスペースを作り、中村さんが制作した「手でふれる作品」を自由に鑑賞できるように設えました。さらに、河井寬次郎記念館で家具や愛用品を手で触れて味わった際の音声も再生しました。来場された方は、畳に座って手でふれる作品をじっくり体験したり、他の人と言葉を交わしたりと、それぞれの方法で過ごされていました。さわる、きく、よむ、想像するといった方法で河井寬次郎とその作品を味わう機会になったのではないかと感じています(図3、4)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図3、4はウェブには掲載しておりません。

この展示と並行して、「ABCコレクション・データベースvol.2 河井寬次郎を眼で聴き、耳で視る」というウェブサイトも制作しました。河井寬次郎記念館で、家具や愛用品を触れて鑑賞した際の音声や新聞記事をめぐる対談の様子、また作家本人の肉声など、いくつかの切り口から河井寬次郎の暮らしぶりと作品づくりに三者それぞれの角度から近づいていけるコンテンツとなっています(2)

現在は新たな取り組みとして、ABCの三者で、ある抽象絵画についての鑑賞プログラムの開発を進めています。ここで作品名や作家名を記すことは避けますが、幾何学模様や不定形なかたちで構成された油彩画で、ひとつひとつの形は認識できるのですが全体として何があらわされているのか判然としません。さらに見る人によって異なる解釈ができてしまうという非常に奥深い作品です。読者の皆さんなら、こんな抽象的な絵画作品を視覚だけに依らずにどんな方法で味わってみたいと思われますか? 今年10月から12月にかけて京都国立近代美術館のコレクション・ギャラリーでの体験型展示を予定していますので、ぜひお運びいただき、全身をつかって鑑賞プログラムをお楽しみいただければ幸いです。


(1)これまでの実施プログラムや制作したツールについては、「感覚をひらく」事業のウェブサイトに掲載しています。https://www.momak.go.jp/senses/

(2)「ABCコレクション・データベースVol.2 河井寬次郎を眼で聴き、耳で視る」https://www.momak.go.jp/senses/abc/kanjiro/

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