国立大学法人愛媛大学における事例紹介:訪問カレッジ・オープンカレッジ@愛媛大学

「新ノーマライゼーション」2023年8月号

愛媛大学教育学部教授・教育学部附属インクルーシブ教育センター長
苅田知則(かりたとものり)

はじめに

日本では、障害のない方や障害が重複していない方は、学校を卒業した後、大学等の高等教育や文化施設等の社会教育において、生涯を通じて教育や文化、スポーツ等に親しむ学びの場が提供されています。しかし、重度の障害が重複している方は、特別支援学校等を卒業し社会への移行期になると、就業を含めて、日中活動や学びの場の確保が難しいという現状があります。そこで、愛媛大学では、令和元年度より文部科学省から実践研究を受託し、重度重複障害(重症心身障害)がある方等が生涯にわたり学び続けられる学びの場づくりとして「訪問カレッジ・オープンカレッジ@愛媛大学」を開始しました。令和4年度からは文化庁からも事業を受託し、対象を重度重複障害(重症心身障害)や類似の重度障害がある乳幼児から成人までに広げ、文化芸術活動を中心とした取り組みに発展させました。

訪問カレッジ・オープンカレッジ@愛媛大学とは

「訪問カレッジ」は個別に学びの機会を提供する取り組みで、特別支援学校等が実施する訪問教育の生涯学習版です。受講者(以下、カレッジ生)が安全・安心に学習できる自宅や病院等に、スタッフが訪問して実施しています。「オープンカレッジ」は訪問カレッジで個別に学んだ内容を他者との交流の中で発揮する場(スクーリング)と位置づけています。

訪問カレッジの利用に際して、ご家族や支援に携わっている関係者に、入学の希望を申請していただきます。訪問カレッジの受講が決まったカレッジ生には、事務局からオリジナルの学生証を発行します。「まさかこの子が大学生になるなんて」と嬉しそうにお話しされるご家族も多く、その言葉を聞いて誇らしげに微笑むカレッジ生の姿も見られます。

訪問カレッジは、カレッジ生やご家族等から取り組み内容に関する希望を聞き取り、実施主体(大学教員と事務局)が検討し、あらためてカレッジ生・ご家族等にご提案します。過去の実践例としては、1.制作(スパッタリングを用いた作品づくり、陶芸等)、2.音楽鑑賞・演奏、3.代読・支援機器による読書支援、4.視線入力装置等を使った余暇活動等があります。

実施体制

本取り組みは、大学が主体となり、学内の関係者だけではなく、県内の行政、特別支援学校、保健医療福祉機関、当事者・家族等の団体と連携しながら実施体制を構築しています。訪問カレッジのスタッフは、愛媛大学内や、愛媛県・松山市等のボランティアネットワーク等を利用して広く募集しています。希望者は、オンラインのスタッフ養成講座(入門編)で学んだ上で、実践に参加します。スタッフはカレッジ生の視点・気持ちに寄り添い、対話を繰り返しながら取り組みを進めています。表情や視線、身体の力の入り具合等、カレッジ生の意思の表出を丁寧に観察すると、「もっとやりたい。学びたい!」という強い気持ちが伝わってきます。訪問カレッジの授業は、カレッジ生もスタッフもたくさんの気づきがあり、お互いが学び合う場にもなっています。

オンラインを併用した工夫・調整

外出が困難なカレッジ生も少なくありませんし、コロナ禍においては訪問カレッジの実施に制限が生じた時期もありました。そこで、生涯学習に広がりが出るように、令和2年度には、いつでも好きな時に視聴できるオンラインコンテンツの配信を始めました。例えば、愛媛県内で興味深い取り組み(ボディメイク等)をされている方にご協力いただきました。カレッジ生には、自分が暮らす地域を知り、地域の魅力を発見する手がかりを提供できますし、ご協力いただいた方々には、地域で生活する障害者について知ってもらうきっかけとなり、障害理解の促進にもつながると考えています。また、令和3年度には、久万高原町にご協力いただき、町内の文化施設内を360度カメラで撮影し、あわせて施設職員の方に館内のおすすめポイントや展示品の解説を録画させていただきました。地方都市の文化施設には、エレベーターがなく階段も狭いため、車椅子ユーザーがアクセスしづらい建物もあります。こうした動画コンテンツを、カレッジ生に限定してオンラインで配信することで、カレッジ生は実際にその施設内を訪問している雰囲気を味わうことができます。

終わりに

愛媛県のような地方は、さまざまなサービスが都会に比べて少ない状況にあることは否めません。しかし、私は「愛媛に生まれたからできないという状況はつくりたくない。むしろ、愛媛に生まれたからこそできるという社会をつくりたい」と願っています。そして、重度の障害のある方たちが学び続けることができ、生きている実感を持って実り多い生活を送ることができる地域や社会をつくることを夢見ています。

こうした地域・社会の実現に向け、令和3年度に、愛媛大学教育学部附属インクルーシブ教育センターが新設されました。本センターは、共生社会における生涯学習支援の拠点形成を目標の一つとして掲げており、大学を舞台としたさまざまな学びの機会をシームレスに繋ぐハブとして機能することが期待されています。「訪問カレッジ・オープンカレッジ@愛媛大学」は、ミッションの一つである生涯学習事業として位置づけ、継続して取り組んでいきます。具体的には、愛媛県内のどこに住んでいても、訪問カレッジやオープンカレッジを利用できる状況をつくり、学び続けられる県・社会にしていきたいと考えています。この活動を通して、本センターは、障害の有無にかかわらず、時間・空間を超えて、学びたい志を持った人が交流し学び合う、新しい学問の共同体を創出することを目指していきたいと考えています。


【付記】写真の掲載にあたり、ご本人とご家族の了解を得ています。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真はウェブには掲載しておりません。

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