障害者への最賃適用除外制度廃止に向けての米国における動向 ― 米国会計検査院調査報告を中心に ―

法政大学名誉教授 松井亮輔

はじめに

2023年2月に公表された米国会計検査院の調査報告「最低賃金除外プログラム―労働省は、適時な監視を確保するためにもっと多くのことができうる―」によれば、最賃除外障害従業員数は、2010年の29万6千人から2019年の12万2千人に、また、最賃除外認可事業所数は、同期間に3,117か所から1,567か所にそれぞれ大きく減少している。これらの事業所の大半は、「コミュニティ・リハビリテーション・プログラム」(以下、CRP)(通称は、シェルタード・ワークショップ(日本の就労移行・継続支援事業所に相当するもの)(注1)とされる。

最賃除外プログラムの対象となる障害者のほとんどは、知的障害者および発達障害者で、年齢は、25歳~54歳の者が大部分を占める。その大半の平均賃金は、時給3.50ドル以下(連邦最低賃金は、時給7.25ドル)である。

会計検査院の同報告では、最賃除外プログラム対象事業所および障害者数が大きく減少したのは、つぎに触れる1990年代以降の障害者就労支援にかかる法制度改革による影響が大きいとされる。

1.1990年代以降の障害者就労支援にかかる主な法制度改革

1990年代以降、障害者の一般雇用を支援するため主な法制度改革としては、つぎのようなことが挙げられる。

〇1992年:リハビリテーション法(注2)(以下、リハ法)の改正

同改正で、州リハ機関にリハ諮問協議会(その委員の過半数は障害者であること)の設置を義務化。障害者のエンパワメントを強化するため、個別リハ計画の作成およびその定期的な見直しに(サービスを利用する)障害当事者が全面的に参加できるようにすること。また、正式に協力協定を結ぶことにより、リハにかかわる関係機関の連携強化を義務付けることとされた。

〇1998年:労働力投資法(以下、WIA)(同法は、1983年の「職業訓練・パートナーシップ法」を改正したもの)の制定。それにあわせ、リハ法の一部改正が行われた。WIAは、リハ法制と他の連邦法制で支援される職業訓練プログラムを一体化することで、障害者が必要とする雇用を確保するため、ワンストップサービス提供の仕組みづくりと、関連する機関による雇用資源の共有化を推進すること、および障害者が職リハ以外の様々なプログラムからサービスを受けられるようにすることである。また、WIAの制定にあわせ改正されたリハ法では、サービス利用者による職リハ・プログラムのコントロール(自己選択・自己決定)がさらに強化された。

〇2014年:労働力イノベーション機会法(WIOA)制定(これは1998年のWIAに代わるもの)。同法では、障害者を含む、失業者または潜在的失業者が質のよい仕事につき、かつ、そのキャリア向上を支援するため、幅広い職業訓練・教育サービスの提供を意図したものである。その一環として、同法タイトルIVで連邦雇用サービスをWIOAが認可するワンストップシステムに統合。また、同法制定にあわせて行われたリハ法改正(2015年)で、職リハ・プログラムをワンストップシステムに統合すること、および第511条(最賃適用除外制度の活用制限)等が付け加えられた。その主な目的は、障害のある生徒・学生が学校卒業後即CRP利用に繋がらないよう「競争的統合雇用(CIE)」(注3)への移行を奨励すること。

なお、この改正で「個別リハ計画」は「個別雇用計画」に改称され、同計画の達成目標は「雇用」にあることが、一層明確化された。また、同法第511条では、最賃適用除外認可証を所持するすべての事業者(そのほとんどはCRP)に対して、最賃以下の賃金が支払われているすべての障害従業員が、指定された州の担当部局からキャリアカウンセリング、職業情報および職業紹介サービスを受けているという文書を確認すること、また、利用を開始した最初の年は少なくとも半年ごとに、そしてそれ以降は、少なくとも毎年1回はそれを見直すことが求められる。

2.最賃除外制度対象事業所の州ごとの状況

最賃適用除外認可事業所および同認可審査中の事業所を含む、最賃除外制度対象事業所数は、州によって大きく異なる。同制度対象事業所がないのは9州、その事業所が1~5か所以下が6州、6~10か所以下が7州で、これらをあわせると、対象事業所が10か所以下は22州で、全州(51)の4割強を占める。一方、対象事業所が51か所以上は7州で全体の約14%である。つまり、全体としてみると、対象事業所がごく少ない州が、かなり多いといえる。

3.最賃除外制度対象事業所の認可状況

同制度対象事業所数(認可証所持事業所および認可審査中の事業所)は、2013年の2,744か所(同年の事業所はすべて認可証を所持)に対し、2021年については全体で1,197事業所の約半数が認可審査中となっている。

2019年8月から2021年12月に最賃除外認可申請をした1,556事業所のうち、審査が終了したのは、1,024事業所で、そのうち認可許可証を受給したのは965、不認可が27、申請取下げが32、そして、それらの審査に要した期間は、2日から2年以上。審査中の事業所は532か所(全体の約34%)となっている。

こうした状況を受けて、会計検査院は、同制度の実施を担当する労働省賃金・時間課管理者に対して、①認可申請を処理するための中間処置と全体の期間の適時性の目標を設定するとともに追跡調査をすること、②労働省賃金・時間課は、事業者および他のプログラム利害関係者に対して認可申請の処理目標およびその目標達成に向けての進捗状況について外部に発信すること、③労働省賃金・時間課は、オンライン申請に関する事業所からのフィードバックを求め、認可申請処理の全体的な適時性の改善の制約となっていることに対処するための適当な行動をとること、を勧告している。

おわりに

会計検査院にこの調査を求めた議員の一人であるボブ・ケーシー上院議員(ペンシルバニア州選出・民主党)は「障害労働者に最賃以下の賃金を支払うことは、受け入れがたい。すべての人に、公正な賃金が支払われるべきであり、障害者も例外ではない。」と主張している。同議員らが、最低賃金除外制度の廃止を目指す「競争的統合雇用への転換法」は、2021年7月に連邦下院では可決されたが、上院ではその審議がまだ行われていないため、未施行のままとなっている。しかし、同制度をすでに廃止した州および廃止を表明している州の数は15州に上ること、また、その廃止を求める障害当事者団体や人権団体などの働きかけから、最賃金除外制度対象事業所数および対象障害従業員数は、今後も着実に減少し続けるものと予想される。

<参考>

毎月公表されている米国労働省労働統計局の性別、年齢別、障害状況別一般市民(労働年齢(16歳~64歳)の者)の雇用状況によれば、障害者雇用数は、ここ数年増加傾向が続いている。

  障害者 非障害者
  2020 2022 2020 2022
就業者 4,876千人 5,984千人 133,375千人 141,065千人
就業率 28.8% 33.1% 69.7% 73.8%
失業率 4.8% 3.5% 6.4% 3.1%
非労働力率 66.4% 63.4% 23.9% 23.1%

2020年8月から2022年2月までの1年半の間に障害のある就業者数は、4,876千人から5,984千人へと1,108千人増加、就業率は28.8%から33.1%へと4.3%増加。そして失業率は4.8%から3.5%へと1.5%減少している。それに対し、障害のない就業者数は、133,375千人から141,065千人へと7,690千人増加、就業率は、69.7%から73.8%へと4.1%増加、そして失業率は、6.4%から3.1%へとほぼ半減している。

この就業率の伸び率は、障害のない者よりも障害者のほうが大きい。一方、非労働力率については、障害者は、66.4%から63.4%へと3.0%減少しているのに対し、障害者のない者は、23.9%から23.1%へと0.8%減少しているにすぎない。したがって、こうしたデータから、労働市場での障害者の就業状況は、ある程度改善が見られるといえる。もっとも障害者の非労働力の比率は、障害のない者と比べ約2.7倍高いことから、障害者の労働市場への参加を進める上で解決すべき課題が少なくないことが伺える。

(注1)米国リハビリテーション法第7条(定義)によれば、CRPとは、「その主な機能の一つとして職業リハビリテーション(以下、職リハ)サービスを直接提供する、または、それを推進する機関、団体、組織またはそれらの一部門で、次のようなサービスの一つまたは複数を組み合わせたものを提供するプログラムを意味する。

〇一つの管理下で提供される医学的、精神科的、心理学的、社会的、職業的サービス
〇サービスの受給資格および職リハ・ニーズの評価
〇職業開発、職業紹介および雇用維持サービス
〇延長雇用
〇心理社会的サービス
〇カストマイズ就業
〇パーソナルアシスタンス・サービスなど」

(注2)米国で非軍人を対象としたはじめての職業リハビリテーション法が制定されたのは、1920年。同法はその後何度かの改正を経て、1973年には、その名称がリハ法に変更

(注3)「競争的統合雇用」とは、①同様の仕事をする障害のない従業員に雇用主が支払う最賃以上の一般的な金額でのフルタイムまたはパートタイムの仕事、②(管理者や支援スタッフ以外の)障害のない従業員と一緒に働く職場環境であること、③障害のない従業員と同様、昇進の機会があること、とされる。

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