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デイジーを知ろう!2

デイジーのこれまでとこれから

星野敏康

図書館員の悩み

 前回、デイジーはシステム(規格)であり、メディア(媒体)ではないと強調しました。
 以前は、録音媒体としてカセットテープが活躍していましたが、80年代から図書館関係者は「いずれカセットはなくなるのでは?」と考え始めました。オープンリールからカセットへの移行に10年を要した記憶があったのです。カセットにしても複数の規格があり、磁気テープの劣化も含め、使い勝手・国際交換・保存という問題は未解決でした。
 そんななか、1986年の国際図書館連盟(IFLA)東京大会の盲人図書館分科会(SLB)で、電子機器産業界と図書館関係者が意見を交換しました。記録媒体のあり方に疑問を投げかけた記念碑的な国際シンポジウムです。
 デイジーはもともとスウェーデン国立録音点字図書館を中心に開発された「デジタル音声情報システム(Digital Audio-based Information SYstem)」の略でした。この初代デイジーはPCで録音・再生するもので、あまり普及しませんでした。同じころ日本のシナノケンシ株式会社が、CD-ROMの録音図書再生機プレクストークを独自に開発していました。
 CDが普及し始めた1995年5月、カナダ盲人協会図書館が「デジタル録音図書の標準化をめぐる国際会議」をトロントで開催しますが、SLB議長を含むIFLA加盟メンバーは客人扱いでした。しかも、独自規格にこだわる米国議会図書館館長は「向こう10年、デジタル録音には変更しない」と宣言します。一方、デイジーのコンセプトと、試作品の展示に留まったプレクストークは来場者の大反響を呼びました。
 トロントの会議に対し、臨時常任委員会で合意形成をしていたIFLA/SLBは、同年8月、イスタンブールでのIFLAの国際会議で公開討論会を緊急招集、「メディアを問題にするのはもうやめよう」と、デジタル録音図書の国際標準化を正式に提案します。この会議で、2年以内にデジタル録音図書の標準化を図ることが合意されました。
 1996年、デイジーコンソーシアムが日本・スペイン・英国・スイス・オランダ・スウェーデンの6か国で発足しました(米国議会図書館の加入は10年後)。コンソーシアムは、厚生省(当時)所管のテクノエイド財団を通じた日本の国費の助成で、30か国、千人の視覚障害者を対象に「デジタル録音図書が持つべき機能に関する国際評価試験」を実施します。シナノケンシが試作した初代デイジーの再生機は「音質がいい」、そして「プロジェクトを前進させてほしい」と強く支持されました。

第2世代の登場

 イスタンブールの会議から2年後の1997年、コンソーシアムはスウェーデンのシグツナで「次世代の録音図書のフォーマットに関する国際会議」(シグツナ会議)を召集し、世界一線級の研究者・技術者・開発者が自由に意見交換をしました。技術開発の方向性と、北米の先進的な部分も盛り込むという政治的配慮を扱った会議を受け、コンソーシアムは戦略を大転換します。初代デイジーを捨て、テキスト・音声・画像等を同期させる規格とともに第2世代のデイジーを開発するという決定です。このDAISY2・0こそ、今日のデイジーにつながる第一歩なのです。
 国内では1998年~2001年、公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会が、厚生省の補正予算事業で、視覚障害者情報提供施設へデイジー製作システムの貸与・製作講習会を実施。各都道府県に2580タイトルのデイジー録音図書、601タイトルのデジタル法令集を配布、約8千台の再生機を貸与しました。大活字の録音図書目録約5万8千部も全国の学校、公共図書館、福祉団体等へ無償配布され、デイジーは一気に普及します。
 2001年、デイジーの名称が現在の「Digital Accessible Information SYstem」へ変更されました。「Audio-based」つまり音声に留まらない可能性を示しています。
 また、2003年から5年間、コンソーシアムは日本財団の助成で「デイジー・フォー・オール(DFA)」プロジェクトを実施し、日本が中心になって、タイやインド等の発展途上国へのデイジー製作技術の移転と傑出した中核人材の養成に大きな成果を挙げました。

世界最高の技術者

 コンソーシアムには議決権を持つ正会員19団体と37の準会員、企業会員18社、出版社会員等8社が参加しています(2016年1月)。日本代表の正会員は日本デイジーコンソーシアムで、日本障害者リハビリテーション協会、NPO法人支援技術開発機構、社会福祉法人日本ライトハウス、NPO法人全国視覚障害者情報提供施設協会の正会員団体と、準会員・賛助会員で構成されています。
 IT企業が使う国際標準や電子出版の規格の開発、国際協力資金による途上国の障害者への情報アクセシビリティの改善など複数の顔がありますが、コンソーシアムの中心はデイジーの維持・開発で、視覚障害者を含む技術者10人が活躍しています。
 デイジーの仕様は無償で公開されていますが、もし誰かが関連技術の特許をとると無償公開は困難になります。不毛な競争のための競争を避けるため、コンソーシアムは常に最先端を走らなくてはなりません。マイクロソフトやアップル、グーグルなどとも「いい関係」でいるのは、彼らに劣らないアクセシビリティの技術・開発力があるからです。正会員団体の年会費が約450万円、日本は累計約9千万円を納めていますが、それだけの技術を維持する世界中の活動に、年間約1億円の資金は決して高くはありません。
 電子出版業界でもコンソーシアムは重要な存在で、電子出版の国際標準規格EPUB3を作っている国際電子出版フォーラム(IDPF)の会長の活動を支えています。コンソーシアムの事務局長G・カーシャのIDPF会長就任を機に、両団体は新規格の共同開発に取り組んでいます。
 2005年から開発されたDAISY4を構成する、データ交換・製作用と配布用の二つの規格(一群の電子ファイルの仕様)のうち、後者がEPUB3なのです。デイジーで作り、EPUB3で配るという訳です。EPUB3はiBooksやkoboでも採用、PCやiOS、Androidでも読め、縦書きやルビにも対応しています。世界中で使われるEPUB3との統合は、常にメインストリーム化を目指すデイジーの大きな前進でした。

ITU情報社会賞をデイジーコンソーシアムが受賞

ITU情報社会賞をデイジーコンソーシアムが受賞

デイジーがノーベル賞?

 2013年にモロッコのマラケシュで開催された世界知的所有機関の外交会議で「視覚障害者およびプリントディスアビリティのある人々の出版物へのアクセスを促進するためのマラケシュ条約」が採択されました。日本は未批准ですが、対象となる人のために著作権を制限し、デイジー図書等の国際利用を促進する条約です。
 「プリントディスアビリティ」とは、印刷物からの情報取得に対する障害を包括する表現で、ディスレクシア、手話を第一言語とするろう者、紙の本を自由に読めない肢体不自由者等も、条約では対象になります。さまざまな障害へのデイジーの有効性は前回説明しました。
 視覚障害者からより対象を広げたデイジーは、技術革新や法制度を背景に、さらに活用が期待されます。タイ盲人協会会長で国会議員のモンティアン・ブンタン氏は「デイジーは視覚障害コミュニティによる世界への貢献だ」とも述べています。
 これまで障害者の事例を紹介しましたが、デイジーは文字を持たない文化への貢献も果たしています。アイヌ民族やタイ・プーケット島のモーケン族は優れた伝承文化を持っていますが、独自の文字に書かれた文化は持っていません。それらの文化の保存・普及・交流にもデイジーは有効です。
 デイジーコンソーシアムは2008年、国際電気通信連合から、インクルーシブでより公正な情報社会の構築に貢献した個人・団体に贈られる世界電気通信情報社会賞を受賞しました。
 ところで、その前の受賞者で貧困層を対象にしたバングラデシュのグラミン銀行の創設者ムハマド・ユヌスは、2006年にノーベル平和賞を受賞しています。
 これまでの貢献と、これからの活躍を思えば、世界のデイジー普及に貢献したすべての人のノーベル平和賞受賞も夢ではないかもしれません。

(ほしのとしやす 視覚障害者支援総合センター)


出典:
星野敏康.デイジーのこれまでとこれから.ノーマライゼーション.Vol.36, No.2, 2016.2, p.48-50.(デイジーを知ろう!2)
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n415/index.html