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平成19年度パソコンボランティア指導者養成事業

セミナー
障害者IT支援とパソコンボランティアの展望
報告書

講演1「障害者へのより良いIT支援に向けて」

司会●

続きまして早稲田大学人間科学学術院教授でございます畠山先生に「障害者のよりよいIT支援に向けて」ということで、どういったボランティアであるべきかというお話をいただければと思います。

皆様のお手元には畠山先生の3つの資料が入っております。パワーポイントの資料も入っておりますので、併せてご覧いただければ分かりやすいと思います。よろしいでしょうか。お願いいたします。

畠山●

講演する畠山氏

皆さん、おはようございます。畠山と申します。よろしくお願いします。今ご紹介がありましたけど、私は必ずしもパソボラとか、ボランティアさんという切り口ではなくて、支援の中身について、お話をさせていただきたいと思います。

タイトルは「障害がある人へのよりよい支援に向けて」ということでお話をさせていただきます。現在大学で勤務しておりますけど、それ以前の28年間は臨床現場で、重い障害のある方、特に肢体不自由の方の支援の仕事をさせていただきました。

お手元の資料と、電車の中で置き換えたりしていますので、少し違うところがあるかもしれませんがお許しください。今日は、3つお話をさせていただきます。最初は、私自身が経験した失敗から学んだことをお伝えしたいと思います。それから2番目に、「サポートにおける定石」という、ちょっと変わったタイトルなんですけど、そういう点について。3番目に「支援における人の関係性」ということで、お話をさせていただきます。たぶん、今日お話しさせていただくことは、皆様方が日常的にいろいろ既に体験なさっていることが多いと思います。

最初に「失敗から学ぶ」ということで、あるエピソードをご紹介させていただきたいと思います。今、画面に映っているのは、電動車いすに座っておられる方ですね、筋ジストロフィーの疾患がありまして、病状が進んでいく中で気管切開をなさって、人工呼吸器はおつけになっていないのですが、声を出すことができません。彼が唯一動かせるのが右手の親指です。左右前後に移動させることができるということで、比較的軽い操作力のジョイスティックレバー、操縦桿ですね。それで電動車いすを操作する、そんな場面が映っています。筋ジストロフィーの方に接したことがある方は、既によくお分かりだと思いますけれど、非常に微妙な位置の調整、位置の調整だけではないんですけど、そういう調整が必要になってきます。実はこの方、支援スタッフの間では「支援スタッフ泣かせのAさん」というレッテルが貼られていたのですね。レッテルを貼るというのは決してよくないのですけれど、やはりこの方の支援をしていく中で、この方が望む通りに支援させていただいても、なかなか満足してくださらないのですね。納得してくださらない。で、いろいろ望む通りにサービスしていく中でも、あれをやってもうまくいかない、これをやってもうまくいかない。とにかくこの電動車いすの処方にあたっても、ある意味で言うと不平不満みたいなものがいっぱい出てくるという状態でした。

それで、たまたま私が別の筋ジストロフィーの方に、1個のスイッチで文章を書くための道具を開発していました。これは小さなポケットコンピュータを使って、ちょうど今画面に映っていますけれども、リターンキーだけで文章を書いて、手前にある、少しピントがぼけておりますけど、小さなプリンターにその文書を書き出すことができる道具を作っていました。このAさんに向かって、私は途中からサポートに入ったのですけれど、「Aさん、いろいろご要望があるようですけれど、来週までに今お考えのご要望をリストアップしておいてください」というお願いをしたのです。そうしたところ、帰る車の途中でチームから猛攻撃を受けました。「畠山さん、いっぱい、際限なく、紙に不平不満が書き出されたらどうするんですか? 収拾がつかなくなります」という猛攻撃です。私も一瞬不安になりました。確かにまだ文字盤で示されている範囲内ではいいんですが、文章化されたら確かに大変かもしれないということで一瞬不安になったのです。けれど、今、私はそれしか提案ができなかったのですね。

一週間後に訪ねました。そうしたところ案の定、小さなプリンターから長い紙が打ち出されていまして、小さな文字でいっぱい書かれていました。見てみますと、「今すぐ対応してほしいこと」、例えば、「電動車いすの背もたれのシートがピンと張りすぎて、ブレーキをかけてしまうと、前につんのめりそうになって不安なので、シートを少したるませてほしい」。こんなことが書かれていました。「肘掛けの高さが高すぎて座位の安定が保てないので、もう少し低くしてほしい」。「すぐ対応してほしい」ということが、最初に目に飛び込みました。

それから少し行を空けて、「もう少し様子を見てみたい」ということが書かれていました。具体的に言うと座面の角度ですね。「車いすの角度がどうもうまく合いそうにないということで、それが不満になっていたけれど、少し慣れてくるとシートに体がなじんできたこともあって少し様子を見てみたい」。そんなことが何行か書かれていました。

それからもう少し行を空けて、「このままでいい」ということが書かれていました。具体的に申し上げますと、Aさんがご自分で選ばれた車いすのシートは、黒だったのですね。黒を選ぶ方というのはその当時は珍しかったのです。ご自身で選ばれたのですが、どうもあの車いすの色が気に入らなかったのですね。ですが、訪問スタッフ、訪問の介護の看護師さんとか、いろんな方から「あ、この色、いいね」ということを言われて、「あ、やっぱりこれでよかったのかもしれない」とお感じになったのか「このままでいい」と書かれていました。

とにかくそういう文字がいっぱい書かれていたんですね。さらにもう少し下のほうに離れた所に、次の言葉は、ちょっと驚く言葉が書いてありました。不平不満のAさんから、「いつも感謝しています。ありがとうございます」ということが書かれていました。最後の言葉に私たちはちょっと驚きました。まさかこのAさんからそんな言葉が出るとは思いませんでした。私たちは頭の中で、いろんなことを思って人に伝えたりしていくわけですけれど、私たちが人に何か伝えるときに自分でまず紙に書き出したり、ワープロを使ったりして書いていきます。私たちには紙と鉛筆があるのですが、実はAさんにとっての紙と鉛筆がなかったんですね。紙と鉛筆に代わる道具を手に入れることによって、Aさんは少しずつ自分の考えを客観的に見ることができるようになった。そんなことを後になって思ったわけですね。中京大学の三宅なほみさんは、このことを「思考の外部化」とおっしゃっています。「客観化して編集加工が可能な状態にする」ということをおっしゃっているのです。

今回私たちがあるちょっとした道具を提供することで、Aさん自身が自分を見つめるということができた。そんなことを感じました。私たちにとっての失敗とは、まさに人にレッテルを貼ってしまうことです。それはAさんにとってはとても心外なことですし、私たちは人の表現をどうサポートできるか、そういうことも含めて支援を考えていかなければいけない、そんなふうに考えたエピソードです。

皆さんのお手元には「サポートにおける定石」という表裏の紙が配布されていると思います。これは、私と日本福祉大学の渡辺崇史さんで作りました。渡辺さんも臨床の現場経験が10年以上あるのですが、彼は機械工学で、私は電子工学です。そういった人間が支援していく上で、この失敗経験をもとに、当然支援していく中で必要なことをリストアップさせていただきました。ご覧になるといかにも当たり前のことしか書かれていません。例えば低コスト。確かにお金が安いことに越したことはありません。ですが、これはもう皆さんご存じのように、運用コストまで含めたコストを考えていかないと、意外と値段は安かったけれど結果的に高くなってしまう。こんなようなことが書いてあります。

それからシンプル志向。よく「シンプル・イズ・ベスト」と言われていますけれども、パソコン好きな支援者はパソコンで何か問題解決したいと考える傾向があります。私自身もそういう傾向がどこかにあります。私たち支援者の価値観ではなく、利用者のニーズに基づいた支援をするということも具体的に書いてあります。

それから見ていっていただきますと、手離れが良いサービスということも書きました。これは頑張って支援するという考えが私たちの中にもあるのですけれど、適切な人がいれば問題を抱え込まずに適切な人につないでいくというのも、私たちの仕事ではないか、そんなことが書かれています。時間の関係もありますのでこれは後でぜひご覧ください。これを押しつけるつもりは一切ありません。皆さんにおける定石というのは何でしょうかということを、ぜひお考えいただいたり、あるいはぜひ教えていただきたいというのが気持ちです。

支援における人の関係性ということで、私たちは「利用者さん」とよく呼びますけど、利用者と支援者、この利用者さんのニーズに基づいて支援者がサービスをしていくわけですね。そういった中で、利用者さんが満足とか幸せということを感じ取ってくださるのですけれど、これはある意味で言うと「支援する側」と「される側」との関係だと思うのですね。ただ支援をずっとやっていくと、これ、当たり前に気づいてくることですけれど、実は利用者さんと支援者の間で、支援をしていく中で、利用者さんから実は多くのことを教えていただいたりしているわけですね。こういった関係、相互に流れるような、あるいはつながるような関係を「ホスピタリティ」というのだと、海外の方から教えられたことがあります。最初はホスピタルという意味で「病院」というイメージがあったのですけれど実はそうではない。旅人に宿を提供して、その旅人から別の国で起きていることをいろいろ学んだりして、とても幸せな気持ちになったり満足したり好奇心がかき立てられたり、そんなところで使う言葉と聞きました。すなわちここでは相手をもてなすことを通して支援者も学び、あるいは幸福感を与えられる関係、そんなことを思います。もうこの時点では、実は利用者と支援者ではなくて、当たり前のことですけど人と人の関係になってくると思うのですね。これを目指すためには、実は私は自分の中に戒めの気持ちで、どこかに常に「何かして差し上げている」みたいな感じが私自身の中にもあります。この「してあげる」という姿勢から抜け出すことがホスピタリティの関係につながっていくのではないか。そんなことに気づきました。

よい関係を築くには、これは皆様方が普段やっておられることですね。とにかく場と時間の共有を重ねる。相手と1回ぽっきりの仕事ではなく何回もお会いしていく中で相手が見えてくる。これ当然のことですけど、実は利用者さんからもこちらを見ているわけですね、しっかり。そういう関係の中で見えてくる、お互いに見えてくる。さらに先入観を極力排除する。自分の技術にとらわれない。それから相手の価値観に接近する。これ実は私にとっても結構難しいことですね。自分の価値観をどうしても前面に出したくなりますけれど、必ずそうしますと支援がうまくいかない、失敗してしまう経験をたくさん持っています。

それから最後に普段とは違う、角度を変えてみるということをぜひ。私はこれを大事なキーワードに持っています。私は、支援の世界に入る前に、工業用のロボットの開発の会社にいたことがあります。そんな私が、障害のある方の支援という仕事をさせていただくにあたって、最初に目指したのは人と話ができる、コミュニケーションできるということでした。ただそれだけではいい仕事ができないということに気づいていくのですね。ここではもう皆様方が既にお持ちの視点があるとは思いますけれども、私はここでは「三つの視点」ということをお話させていただきたいと思います。

利用者さんと最初に出会う場面です。少し離れた位置で利用者さんを捉えます。そうしますと私たちの視野に、例えばこの場合ですと、あ、比較的若い方で、ベッドの上で座位ができるんだ。今日は窓が開いていて気持ちいい風が入ってくる。それからかなりプライバシーに触れますけど、ベッドの位置がお家の中でどの位置にあるか。あるいは家の周りがどうなっているか。いろんなことが見えてきます。これを私は「観察者の視点」と呼ばせていただきます。とても冷たい響きがどこかにあるのですが、これはとても大切な視点です。私は最初は持っていなかった視点です。

ただ、これだけでは仕事ができません。近づいていって目線の高さを合わせて。そうしますと利用者さんの表情とか息づかいまで伝わってきます。これを「対話者の視点」と呼ばせていただきます。私はここから入ろうとしたのですね。ただ実はよく注意を受けました。ベテランのソーシャルワーカーで、尊敬している方から「近づきすぎだよ」って。「近づいているから、あの人のことが分からないんだよ、見えないんだよ。少し離れてごらん」ということを何度も注意を受けました。何で対話しているのがいけないのか。「いけない」とは言ってないのですね。「離れて見てみろ」というのが、先ほどの観察者の視点です。この二つの視点でずっと仕事をしていました。

ただ、この先にもう一つの視点があることを後で教えられました。それは、今、絵が映っているのですが、利用者さんはあっちを向いているのですね。そうすると横顔が見える。ここではそうではないのです。この利用者さんの世界をどこまで私たち支援者が捉え切れているのだろうかということを、ここでは申し上げたいのです。ここでは「共感者の視点」と呼ばせていただきます。同情ではないのですね。「大変ですね」「お気の毒ですね」そうではないのですね。もちろんそれも一部含まれるかもしれませんけれど、あなたにとってうれしいというのはこういうことですよねと、一緒に喜ばれるような。うまく言えないのですが、そんな感があります。

ただ実は3番目の視点というのは、私には見えていませんでした。それを教えてくださったのが、鹿児島の南九州病院に入院していました、轟木敏秀さんです。彼が24歳のときに、私が初めて出会うことになりました。そのままの言葉を言いますけど「明日亡くなってもおかしくない。だから来てほしい」ということで病院のスタッフが私の航空運賃を集めて、私が行きまして、それから彼は11年間生きました。35歳まで生きました。これが亡くなる5年ほど前の映像です。もう座位が取れなくなっているのですね。ベッドで仰臥位、仰向けの姿勢で、人工呼吸器をつけています。側臥位、横向けの姿勢も難しい状態です。心臓に負担があるということでできなくなっています。ただかろうじて気管切開が当時はできなかったので、声を出すことができています。彼の映像は、1995年のNHKの総合テレビの「わが分身たち」という40分間の放送で放映されました。実はこの映像が放映される最後の3分間のエンディングの中で、私は彼の世界が少し分かったような気がするのですね。それまで知らなかった最後の視点というのを感じました。

畠山●

これで、私からの話を閉じさせていただきます。ほとんどパソコンが出てこなくて申し訳なかったんですけど、最後にひと言。これはもう皆さんと共通の言葉だと思います。「支援の対象となる方から学ぶ」ということを最後に申し上げましてつたない講演を終わらせていただきます。ありがとうございました。

司会●

畠山先生、ありがとうございました。私、紹介のときに「パソコンボランティアのあり方」と申し上げてしまったのですけれども、どちらかと言うと、どんな立場にあっても「支援者」という役割の中で、どういった役割があるか、心構えなどを教えていただけた講演だったかと思います。ありがとうございました。