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第22回総合リハビリテーション研究大会
「地域におけるリハビリテーションの実践」-総合リハビリテーションを問い直す-報告書

【パネルディスカッション】

 脳外傷者のリハビリテーション 

  • 司会:伊藤 利之(横浜市総合リハビリテーションセンター)
  • パネラー:
    • 東川 悦子(脳外傷友の会・ナナ)
      /脳外傷友の会の現状
    • 大橋 正洋(神奈川県総合リハビリテーションセンター)
      /脳外傷者のリハビリテーション
    • 比留間ちづ子(東京女子医科大学病院)
      /脳外傷者のリハビリテーション
    • 阿部 順子(名古屋市総合リハビリテーションセンター)
      /認知・行動障害と対応-心理の立場から-
    • 生方 克之(神奈川県総合リハビリテーションセンター)
      /脳外傷者を取り巻く社会状況について
    • 質疑応答

      問題の背景

    伊藤/今回、「脳外傷者のリハビリテーション」というテーマを掲げたのは、脳外傷、また高次脳機能障害という言葉が飛び交っていて、新聞紙上でも国会でも取り上げられていることから、高次脳機能障害について理解を深めていただきたいと思ったからです。なお、テーマとして「脳外傷者の」としたのは、「高次脳機能障害の」とした場合には範囲が広くなりすぎ話がまとまらないと考えたからです。要するに中途の脳障害。そのなかで肢体障害とは別に、高次脳機能に障害のある人がいて、今の福祉の狭間になっているということです。
     今日の狙いは、高次脳機能の問題についての理解を深めていただくことが第一点。同時に、彼らのリハビリテーションの過程をどうしたらいいのかを検討することです。いわゆるリハビリテーションは機能訓練に限定されているように思われて、医療の中で行われることになっています。しかし、脳外傷による高次脳機能障害のある人は医療だけではどうにもならない。このため総合リハビリテーションセンターのようなところに集まっています。ですから、本来的に身体障害者福祉法で扱うべきなのか、精神障害者福祉法なのか知的障害者福祉法なのか、その受け皿としてのジャンルの問題があります。この点が二点目です。
     三点目は、いろんなサービスが未開発のなか、脳外傷者の方々に対するリハビリテーションや生活保障をどうしたらいいか。当面の対策、たとえば、東川さんの、ナナの会のような家族会。脳性マヒの方、知的障害の方の間では、家族会は当たり前なのですが、そういう輪を広げないといけない。当面の対策、方向性を検討したいと思います。
     最初に脳外傷に伴う高次脳機能障害。具体的に生じる問題について、脳外傷友の会(神奈川のリハビリテーションセンターで発足した家族会です。)の東川さんに実態をお話しいただきます。

     交通事故→50日間意識不明の後

    東川/私の息子が、6年前に交通事故にあい、私も障害者の親になりました。息子は、50日間意識不明で神奈川リハビリテーションセンターにお世話になり、大橋先生のリハビリテーションを受けるようになりました。受傷当時は、生死も危ぶまれました。よくいって植物状態だろうということでしたが奇蹟的回復をし、早期のリハビリを受けさせていただき、現在では歩行も自立し、正規就労はまだですが、パートで一応なんとか生活はしています。受傷後2年目くらいがいちばん難しく、前の職業には復帰できない。心身的に親子ともストレスがたまり、彼は自暴自棄になっていて、毎日「飛び降りてやる」とか、死ぬことばかり考えていたようでした。

    ナナの会発足まで

     そのころ大橋先生に、「こういう患者さん、この交通戦争の世の中だからたくさんいるだろうに、どうして会がないのか」とお話しましたら、「東川さん、やってください、必要は感じているけれども、旗を振ってくれる人がいない」と言われました。しかしすぐに1人で動くこともできずにいましたが、3年前に声をかけていただいて、同じようなことを考えている人がいるから来てみないか、と。その晩、現在の副会長を紹介していただきました。そして先生方のご協力をえて、1年後つまり今から2年前に会を立ち上げました。脳外傷友の会は、名古屋では半年早くできていました。将来ネットワーク化をはかるために、どこでできた会かがすぐ分かる名前をつけようと、名古屋市立総合リハビリテーションセンターのある瑞穂区の地名から「瑞穂」、こちらは神奈川リハのある厚木市七沢の七から「ナナ」にしました。去年2月に交流シンポジウムをやらせていただき、全国に会を作ってネットワーク化したいと呼びかけました。それに応えて、札幌の方に「コロポックル」ができました。今日も作業療法士の先生、また更生相談所の方とか、ご専門の先生がたくさんおいでになっていらっしゃると思います。

    全国ネットを

     まだ全国に三つしか脳外傷友の会がないし、ほかに高次脳機能障害の会はありますが、足して4つ。これではまだまだ全国ネットではないので、お帰りになられたらぜひ作っていただきたく、ご協力、ご支援をお願いします。
     話がそれましたが、私どもの会は、29頁にありますが、北海道を除く東日本を引き受けていて、青森まで会員がいます。東京・埼玉、福島あたりまでは10人くらい。宮城、青森がお一人ずつ。なぜか秋田、山形、栃木、群馬はいません。現在は150名あまりの会員を擁しています。ほとんど交通事故によるもので8割を占めます。交通事故の特性から、20代~40代が80%。したがって、私どもの願いは、若年の中途障害者の多い会ですから、ぜひ社会復帰をさせたい。適切なリハビリテーションを受けて就労し、もちろん福祉的就労もふくみますが、社会に出て活躍してもらいたい。それが願いです。交通事故という社会現象に関わりがあり、道路事情や安全教育対策の充実により発生を予防できる障害でありながらかつ又誰でもがなり得る危険も併せ持つ障害であり、極めて現代性のある障害者団体と考えています。社会復帰を目指さすことを会の最大の目標と考えています。

     ある手紙・「診断」までの遠い道のり

     どんな問題があるかということですが、最近の相談の手紙を読ませていただきます。
    「私の姉は10年前に事故にあい、脳に損傷を受け回復の見込みがありません。後遺症もよく分からず、検査を受けています。脳の損傷は、ボケが始まった老人と同じで、知能低下も指摘されています。この診断をもらうまでが大変で、共に暮らしていれば、上記のことは分かります。しかし、それが外的な面では認めてもらえず、苦労しました。障害年金の申請をもらうとき、医師から『どこも悪くないのに年金をもらうなんてずうずうしい。元気な人間に診断は出せない』。医者の言葉とは思えませんでした。嘘を書いてというわけではないのですが、しかたなく神経科に担当をかえてもらいましたが、検査前はやはり冷たい態度で、けっきょく知能検査の結果を見て、信じてもらえました。家族にはつらいことでした。」
     このお姉さんは、ときどき「わたしが治るのかな」と、こちらがどっきりするようなことを言うそうです。家族も身体を壊してしまって、今後は、共倒れになるのでは、という不安のお手紙でした。

    一命を得たあとに

     もう1例。この方は昨年12月、単身赴任先で御主人が事故にあい、身元不明のまま、救急病院に。病院では2度の手術のあと、「1週間以内の脳死の確立が高く、万一もし助かっても、植物状態はまぬがれず、2週間以内に肺炎で死ぬ確率が90%」と絶望的なことを言われました。医学の進歩で死はまぬがれましたが、頭の中がどうしようもないほど壊れたら、どうして生きて行けばいいのでしょうか、と書いておられます。
     また知識不足でよくなるチャンスを見逃すことのないように、4ヶ月間、膨大な資料を集め、看護しました。ところが、自分自身も入院したり、精神も安定せず、途方に暮れているとのことです。九州の病院から転院させたいけど、受け入れてくれない。非常に苦労されています。こういう方が多いのではないかと思います。このあたり、適切なアドバイスを、家族会としては何もできませんで苦労しています。相談所の先生などから「医療機関があれば教えてくれ」などとも言われます。それは反対じゃないかと思います。まだ未熟な会で苦労しております。ただ、会のスローガンとして、「一人はみんなのため、みんなは一人のために」と掲げてきました。もしも皆さんの地域にこういう方がいれば、ご紹介ください。今後とも脳外傷友の会およびナナの会への支援をお願いします。
    伊藤/ありがとうございました。

     脳外傷とは

    次は神奈川県総合リハビリテーションセンターの大橋さんから、医学的な面からどんなことが起こっているかお話をいただきます。
     大橋さんは、リハビリテーション医学界の草分けのお一人ですが、アメリカに長く留学されていたので、アメリカの事情も加えてお話をしていただきたいと思います。よろしくお願いします。
    大橋/スライドをお願いします。最初に脳外傷という言葉の説明をします。脳外傷と頭部外傷はどのように違うのでしょう。ここに図があります。頭部外傷は脳外傷を包含する広い概念の言葉です。なぜわざわざ脳外傷と言うかですが、脳外傷者の発生率を救急病院に問い合わせると、頭部を打撲したけれど脳に損傷が無い人の数が沢山入ってしまいます。
     リハビリテーションが必要な方は脳外傷のほうですから、脳外傷を頭部外傷から厳密に区別したいのです。ところで脳外傷の中には、さらに脳挫傷、急性硬膜下血腫などの診断名が入ります。さて、医学的診断をどのように行うかですが、現在は画像診断が発達しています。脳CT検査は、頭部をX線で撮り、それをコンピュータで処理すると脳を輪切りして見たような画像を得ることができます。脳外科医は、これらの画像を見て脳に何がおきているかを知り、手術が必要かなどを判断できます。右側は脳MRIですが、磁気の力で脳CTと同様な脳の断面画像を得ることができます。
     急性期の脳外傷者の画像をお目にかけます。白いリングのようなものが頭蓋骨。大脳は左右対称であるはずですが、この人の場合、大脳が左へ向かってひしやげています。真ん中の黒いところは、脳室といって脊髄液が貯まっているところ。健常者では左右対称に蝶々のよな形に見えます。この人の場合、脳硬膜下血腫が三日月のような形で存在しており、これが脳を圧迫し、脳室も左右非対称になっています。脳外科医が、救命の目的で頭蓋骨の一部を外し、血腫を取り除きました。ところが手術後に脳CTを撮影したら、今後は反対側に硬膜外血腫ができていた。直ちに再手術が行われています。急性期にこれだけの事件が起きたので、脳全体が萎縮してしまいました。この脳の画像を見ただけで、この人に重い後遺症が残ったことが推測できます。しかし正確な障害は、患者さんを見ないと分かりません。この人の場合、決して植物状態になったわけではなく、車いすに座り、食事も自分でできます。しかし、元々おとなしい人だったのが、事故後は大声を出して、両親にも反抗するようになってしまいました。救急医療の進歩で、命を助けることはできますが、これだけの大きな脳の変化はもとに戻せません。

     問題点・何が障害か

    神奈川リハビリテーション病院に、5年間で170人の脳外傷者がリハビリテーション目的で入院されました。圧倒的に男性が多く、年齢の若い人が多い。そのへんが脳血管障害による脳損傷と違う点です。受傷原因で一番多いのは交通事故。したがって脳外傷者を少なくするには、まず交通事故を減らすべきです。次が転落、高齢者に多い受傷原因です。その方たちの障害ですが、麻痺、失語症などさまざまです。なぜ多様な症状が出現するかというと、脳の各部分の役割が決まっていて、どの部分が破壊されたかによって、個別の症状が出現するからです。ところで身体障害がなくても、認知障害などが問題で入院された方もいました。神奈川リハビリテーション病院は、総合リハビリテーションセンター内に併設された福祉施設があり、職業リハビリテーションなど多様な対応ができます。脳外傷リハビリテーションに関わった職種を見ますと、ソーシャルワーカーは100%、理学療法士もほぼ100%、ついで作業療法、臨床心理士となります。さらに言語療法や体育などの対応もありました。ところで一般の病院で、入院リハビリテーション治療を行おうとすると、診療報酬の対象となる職種は理学療法、作業療法、言語療法だけです。したがって普通の病院では、脳外傷リハビリテーションは限定された内容にならざるを得ません。退院時の状況ですが、復職・復学した方、介護を受けている方だけでなく、方針が決まらないまま退院となった人がかなりいます。このことが問題です。なぜ方向が決まらないかというと、大雑把にいって身体障害が重い、知的障害が残っている、あるいは情緒や行動面の問題などがあるためです。つまり脳外傷の患者さんは、身体障害以外に知的能力、対人能力、社会性などの問題が大きいということです。脳外傷者に病院で行えるリハビリテーションは、長い経過の中の最初の一部分に過ぎません。医学的リハビリテーションが終了した後、この人たちをどこにバトンタッチするか、それが問題です。

     高次脳機能障害と若年痴呆

     高次脳機能障害という言葉を少し説明します。高次脳機能障害は、日本のリハビリテーション分野では、かなり昔から使われている言葉です。最近はメディアでも使われるようになっています。それに対して、厚生省でこの問題を調査する委員会ができ、そこでは高次脳機能障害は適切ではないということで若年痴呆という言葉が提案されています。その理由は、高次脳機能障害は造語であって、欧米使われている言葉を正確に訳すと高次皮質機能障害とすべきだからということです。ただ、厚生省の委員会が推す若年痴呆という言葉にも、「痴呆」が日本のサービスになじむかどうかという語感の問題があります。高次脳機能障害とは何かですが、リハビリテーション用語辞典には、痴呆、意識障害、失語など、脳の機能が低下しているものは何でも含まれる広い概念として説明されています。ですから治療を考える場合は、高次脳機能障害というよりも、失語症などの症状名を言うほうがいい。ただ脳外傷では、一人の患者さんがいくつもの症状をもっていることもあり、そうすると高次脳機能障害があると言ってしまった方が便利ということもあります。

     米国では「脳外傷法」

    高次脳機能障害者や脳外傷者の問題は、新聞や放送などのメディアで取り上げられています。この論点は、既存の医療や福祉サービスで、対応できていないことがあるのではないかというものです。ところで米国の事情をご紹介すると、俗に「脳外傷法」と呼ばれている法律が制定されています。これは脳外傷に関する基礎的研究、革新的対応などに、年間850万ドル、すなわち約10億円を国費で出すことを決めたものです。脳外傷は、数ある障害の中でも特別な扱いがされているようです。
     法律で後押しされた資金援助を受けて、全米17カ所のリハビリテーションセンターが、脳外傷リハビリテーションモデルセンターとして、脳外傷の医学的治療、リハビリテーション、就労までを研究しています。この研究内容は、インターネットのホームページで見ることができます。米国の脳外傷当事者組織は、きわめて強力です。米国の脳外傷リハビリテーションについては、インターネット上でまずここの団体のホームページを見ると良いです。アメリカでは、脳外傷は流行病とまで言われています。つまり米国では脳外傷の発生率が高く、脳外傷の結果として慢性障害をもつ人の数が多いのでしょう。したがって特別な法律が制定されるまでになっているのだろうと推測されます。そこで米国では、急性期の医療的リハビリテーションに続く、さまざまなプログラムも提案されています。
    伊藤/ありがとうございました。脳外傷者の特徴についてお話しいただきました。
     いずれにしても肢体の障害がある場合と、記憶の障害や発動性の障害などのように目に見えない障害だけの人がいるということで、この目に見えないということも問題であると。

     脳外傷の作業療法

     脳外傷者のリハビリテーション、どんなものが必要か。まずはOTの立場から、東京女子医科大学の比留間さん。彼女は今回の運営部長です。責任ある立場からお願いします。
    比留間/よろしくお願いします。今回の運営には、作業療法士の方も多く参加していただき、ありがとうございます。
     脳外傷のリハビリテーションということで、高次脳のリハを含めて作業療法でできることは、大きく分けて、身体面と精神面、生活の行動面を兼ねあわせてやるものです。
     回復期の段階で、いかに主体的自立へもっていくか、さまざまな場面での作業療法があります。
     大切な問題として対処すべきものの一つが、脳外傷のリハビリテーションではないかと思います。
     各種の行動障害を伴うものです。また、スライドにあったように、脳の損傷なので、損傷された機能を取り戻すことは、直接行うのは困難です。しかし人間の回復力というのがありまして、どのように適用していくか、脳の活性を使えるというのは、切れてしまった神経ではないということがあります。可塑性を信じて回復する部分がある。このへんは変数だと思います。
     また、社会経験、人生の価値観、あるときは力になり、あるときはかえって新しく人生の課題に取り組むのが困難になる。本人だけでなく、家族や職場の方々も変化を受け入れられないという状況があり、そのことが問題になることがあります。
     作業療法の方法としては、追加したレジメに書きました。

     具体的対処の方法

     作業療法の切り口からいうと、具体的には、対処の方法は3点あります。
     まず、人間が人間としての存在という水準。それから、その方が、多様な存在つまり自分自身を考えるのに、精神医学的な水準。機能障害、機能の問題が3つ目。局所機能、たとえば失語、失行など、行動表現を用いるときに使用するものです。記憶や注意(火を付けっぱなしとか音の注意とか)など、局所機能として分類することがあります。
     神経心理学的水準。脳には、覚醒水準というのがあります。あるときは冴えて、あるときは注意がともなわない。そういう変化があると思います。
     もう一つは言語、空間。単に言葉を使うという機能ではなく、言葉を介してイメージを受け取る。そういう概念のとらえ方や、頭の中の転移とか、場面の設定をする、そういった機能があると思います。それらがうまく合わせられて機能が出せるのですが、その統合機能がもし崩れているとしたら、局所の能力はあっても、CT像のようにばらばらになってしまう。そうすると、多様な障害の姿がありますが、本人にはどうしようもないかもしれないし、つながり方にバラバラなものがありますから、対処を見定めることが、基本的な対応の仕方になると思います。
     そして、急性期について。
     資料の下に九つの四角があります。矢印をつないで。さっきのCT像にあった、キノコの付け根の部分に、統合や記憶の部分があります。海馬は記憶も影響しますが、また価値判断の部分、情動部分の一部にあります。興味のあることをお願いしても動けない部分とか、また、常に動いてしまったり、こう動こうというときにモデルがあるんですが、そういう機能も一緒に損傷されているということもあります。
     それで、私たちはリハビリテーションのときにはまず、基本的にはこのようなベースになる身体治療が必要なので、やはり、快い動きになるようにする。それは、PTであったり身体機能的なOTであったりもしますが、基本的には、動きをリズミックに、また脳の拡張のレクリエーション、グループ活動ややりとり、幼稚にもみえますが、塗り絵をしたり、家族とお話したりというところからはじめます。、また、実質的には生活動作、トイレや食事など、なんだか分からないで食べていることもあれば、他にもいろいろありますので、そういう身のまわりの動作、前にやっていた動作をそのまま使うことは、自分の損傷がかえって反復されて非常に心痛くなるものです。従って違う枠組みで、職業に向けた、前段階の多様な、電卓やワープロを使ったりの具体的な動きの中で、つまっていることを作業療法でやります。

     具体的動作の積み重ねを

     作業療法で注意を要するのは、まず身体の動きと精神の動き。ほんとうにそれをやりたいのかどうかという情緒。自分自身に対するたたかいと思います。ちょっと気に入らなくて、どうなだめても「やだ」とおっしゃる人もいますが、それは、自分が何に困っているか、なかなかはっきりできないんで、違う行動で出してしまう。あるいはそのままストレートになる。ある患者さんは、なにか伝えたいときにはとにかく、ぎゅっとつねったり、やってと言うと必ず「やだ」という反応をするとか、それなりの表現があります。本人の中では、何かを表現したいのに出てこないときに、何かに投影してやることが、リハビリテーションの初期では必要です。対応する行動が増えていくと、その都度判断しなければならない。それを支えるには、できる能力を積み重ねることで、幼稚とかばかばかしいということではなく、年齢に合った、また本人の好みの動きを、TVゲームやショッピングやお食事会などで、具体的な動作を積み重ねることが必要です。

     社会的リハビリテーション

     実際にはこのような方たちが、病院の中だけでは病院の行動だけしかできませんから、社会的な活動で練習したいのです。いざ退院しようとか、次のステップへというときに、「こんな状態では受け入れられない」と断られることもあります。問題は、いかに具体的な訓練ができるかということ。
     また、発達的に治っていく部分の多いこともありますから、治りながらライフステージに沿う形で成長していく、療育と同じパターンで受け取りながら次のステップを踏むという段取りが必要です。これは長い、5年くらいの間隔でステップを組んでやります。長い間を全部リハビリテーションにするのではなく、社会生活をしながらステップアップしていく仕組みが必要でしょう。これは、病院の中のリハビリテーションでなく、社会的なリハビリテーションです。しかし、やはりリハビリテーションである以上、本人が必要なときに必要な対応がとれることが必要でしょう。以上です。
    伊藤/ありがとうございました。
     脳外傷、特に高次脳について浮き彫りになってきました。リハビリテーションの方法について、やや難しかったかもしれませんが、今後どうするか、大きな課題が残っています。
     ではもう一つ。

     臨床心理の立場から

     脳外傷の方にかかわっている専門職のなかに心理という職種があります。大切な分野です。名古屋の阿部さんは、今話題になっている障害者版のケアマネジメント体制整備検討委員会の部会長として活躍中の方です。宣伝を兼ねてお願いします。 阿部/私は臨床心理士です。その立場でお話をしたいと思います。
     比留間さんが「こんな状態では受け入れられない」と言われる、受け入れ側のリハビリテーションセンターで働いています。
    「こんな状態では受け入れられない」と言われるように、退院後、社会生活に戻る際に適応が難しいのが、脳外傷の人です。私どものリハビリテーションセンターは、医療から社会、職業までの総合的な一貫したサービスを提供していて、いろいろなスタッフが揃っています。私からは総合リハビリテーションセンターというところで、どう取り組んでいるのか、全体的な話と心理に関する話、最後に私どもが課題としていることを宣伝をかねて紹介します。
     まず、リハビリテーションにおける脳外傷者への援助の基本ですが、私たちは目標を安定した社会生活ができることにおいています。脳外傷の人は混乱した状況では何も学べない、今まで学んでいたこともダメになってしまうのです。彼らにとって安定した状態を作ることが大切です。安定した社会生活を送れるようになると、社会生活のなかでいろいろ学べるようになりますが、そのベースができてないと挫折の繰り返しです。
     リハセンターでは安定した社会生活の基盤つくりを学びます。援助の方法は適応モデルを用いて説明しています。
     認知障害、行動障害は、現実の場で何かをやろうとした時に初めて問題として表われます。問題がどうして起こるをかきちんと説明して、行動を修正し、望ましい行動を教育する。この教育的アプローチを全員が一致して行うことが大切です。私たちは全員一致のシステムアプローチと呼んでいます。目標も方法も共有しながらかかわる人全員で一致したアプローチをすることが、最大の決め手になります。いつでも、どこでも、誰からも同じようにフィードバックされることで彼らはどう行動し、対処したらよいのかを学びます。自ら自分の行動をコントロールし、障害に対処する補償行動を身につけていきます。しかし脳外傷の方が皆認識が進むわけではありません。大橋先生のお話のように、認識することが難しい方もいます。その場合は、周囲が、問題が起こりそうな場面を遠ざけたり、問題行動が起こりにくい環境を作るなど生活の枠組を作るのも大切です。
     リハビリテーションセンターでは、この方はどのような環境で、どのような対応をすればよいのか、ご本人が対処できることと、周りが対処しなければいけないことを見極めていきます。しかし、社会生活に戻っても、想定した環境が崩れた場合にはそこで問題がおきてきますのでその場で介入や調整をし、安定した社会生活が送れるようにします。

     障害の認識=自己認識

     社会生活に移行する段階では低下した能力の回復よりも補償行動の獲得が大切です。補償行動を身につけるには二つの方法があります。
     記憶が低下した人にはメモを活用します。彼らは情報処理能力が制限されてきていますので、一つずつ片付ける方法を学ぶことが大切です。たとえば歩行が困難な方が車椅子の操作を覚えたり、片手が麻痺した人が両手を使ってやっていたことを片手だけでできるように訓練するのと同じです。しかし脳外傷の人はなかなか自分の障害が分かりにくいので、車椅子や片手の人のように簡単にはいきません。また車椅子に乗れてかなり自由に動けるようになったとしても、段差があったりすると人の手を借りる必要があります。堤さんは自立生活運動のなかで、人の手を借りることを、介助を依頼する方法を学ぶと言いましたが、それと同じことが脳外傷の方にも必要です。いくら認知障害を代償することができてもすべてを解決することはできません。いちばん必要なことは、社会の支援を活用することです。彼らは自分で解決したい思いが強いので、援助を活用することに抵抗があって、自分で解決しようとして逆に問題を大きくしてしまいがちです。どうにもならない事態に追い込んでしまったり、パニックにもなるのです。社会的支援の活用が戦略として重要です。
     つい先日、精神障害の作業所に行った方の話ですが、自分に障害があることが認識できない方で車に乗って作業所に行ってしまう。交通事故を起こしたのですが、交渉ができない。相手は怒りだして、結局その人は慌てて作業所にかけこみ、作業所の指導員が間に入って説明し、ようやく折り合いがつきました。指導員が彼に言ったことは「指導員、家族、警察のどれかを呼ぶようにして、自分では言わないようにしましょう」ということです。2度目の事故のときは、警察を呼んで、警察官が間に入って解決しています。そういうことを4回くり返しました。今は車で通わなくてもいい地域の作業所に通っています。交通事故という問題が起こりにくい環境に移ったわけです。交通事故を起こさないように。
     リハビリテーションセンターでいくら訓練しても、こういう事態が起きなければ、それに対する戦略は学べませんから、作業所でもリハビリテーションセンターと同じ手法で援助することで脳外傷の方に対処法を学んでいただくことが必要です。  このような対処戦略が自分でかなり使えるようになるためには、自分の障害を認識しておくことが大切です。専門用語では「自己認識」といっていますが、これは認知障害と行動障害の接点にある概念です。自分の障害を認識できないのが脳外傷の人の特徴です。自分の障害は外から見ても自分でも分かりにくいのです。この自己認識が進んでいくと、対処戦略を自分で活用することができるようになります。

     実態調査に学ぶ

     実態調査を2月に行いました。このなかでストレスを感じている家族が8割いました。その原因として、脳外傷の方が「自分の障害を分かっていない」「人が変わった」と、多くの家族が言っています。
     自己認識には5つのレベルを考えています。このレベルをあげていくと適応範囲が広がります。
    ①まったく気付いていない。②漠然と気付いていて、障害を否定しない。③部分的に気付いていて、自分の障害について説明ができる。④自分の障害を具体的に述べ、補償行動をとる。⑤問題を予測して補償行動を活用する。
     なかなか⑤のレベルまでいくのは難しいです。脳血管障害者もさまざまですが、自己認識でいえば3ヶ月単位で変化していきます。ですから私たちがかかわっている目の前で大きく変わる。ところが脳外傷の人は3~10年かかります。なかなか変わりません。しかし長いスパンで見ると変わっていきます。また脳血管障害者の場合は、気付いたときに、何もできなくなったと自分を責めて落ち込む。ところが脳外傷の人は、自分を責めるよりは、「相手にさせられた」とか「なんで助けたんだ」などと周りを責めます。これが大きな違いです。家族、援助者はつらい。この二つのこと、すなわち変化に長い時間がかかるということと、障害に気付いたときに起きる周囲を責める行動が、家族も援助者も疲れさせてしまいます。脳外傷は手強いというのが、援助者と家族の実感です。

     認知リハビリテーション、カウンセリング

     認知障害、行動障害がどういうもので、どのようにリハビリテーションをするのか、具体的には「脳外傷者の社会生活を支援するリハビリテーション」の本を参考にしてください。
     心理としては何をしているのかお話します。
     本人に対しては、認知リハビリテーションとカウンセリングの二つを行っています。認知リハビリテーションについては先の本の中で詳しくふれています。
     もう一つ重要な役割は、環境へのアプローチです。彼らの障害は、とりまく人が理解し、対応の仕方を学ぶことが必要です。そのための援助をするのが心理の大きな役割です。家族、スタッフ、社会の人たちを教育する。もう一つは「支える」。脳外傷者と共にいる家族や、援助者が疲れるので、彼らの愚痴を聞くのも大きな役割です。
    「ちっともかわらない」「またトラブルがおきた」などの愚痴を聞くだけではだめです。聞きながら、3年、6年、10年後、どのように変わるかという他の脳外傷者のモデルを示すことで、家族や援助者に希望をあたえることが大切です。

     今後の課題

     最後に名古屋リハが今とりくんでいるの課題を三つお話しします。
     まずは障害の認定です。脳外傷者は年金にしろ、事故の補償にしろ、なかなか認めてもらえない、分かってもらえないということで苦労しています。客観的な基準の試案を出せたらいいなと思って、新しいプロジェクトを立ち上げたところです。  二つ目、訓練の場とスタッフとノウハウ。全国のマスコミで紹介してもらったおかげで、相談や問い合わせがひっきりなしです。困っているのは、自分たちの住んでいるところで訓練を受けたいという相談です。残念ながらありません、と言うとがっかりされる。名古屋に来てもらっても、長い期間の援助はできませんから、その方の住む地域で援助していただきたい。私たちができそうなこととして、各地で援助できる場所を作るお手伝いをしたい、と脳外傷者を支援する専門家養成講習会を企画しました。
     すでにいろいろなところでチラシを配布しています。100名定員です。ちょっとがっかりしたのは、申し込まれている方の地域が偏っている。関東地域がダントツで、次に北海道。けっきょく、当事者の家族会のある地域からは問い合わせはあるが、何もないところからは申し込みがない。ぜひ、関東以外の方たちに来てくださいというお誘いです。それからたとえ講習会をしても、それは口火にすぎません。量は足りませんし、各地にできるわけではない。けっきょく偏っていて関東、名古屋にしかない。その問題は解決しない。ぜひ、口火を各地に付けていただいて、どこに住んでも同じように援助を受けられるように、各地にそういう拠点を、そして人材を育成する行政的な施策をお願いしたい。
     三つ目が長期的に彼らを支えるシステムが必要です。昨日、小林さんが「網の目を作る」とおっしゃいましたが、名古屋リハでは当事者活動を支援したり授産施設などにノウハウを伝えて彼らを支援するシステムを作ってきました。でも、まだ足りないと思います。当然名古屋だけでなく全国各地で網の目が必要です。
     最後にもう一つ。脳外傷交流セミナーを紹介します。当事者だけでなく、ぜひ援助者も参加して、「網の目を作る」ことに関心と協力をお願いしたいと思います。
    伊藤/ありがとうございました

     認定の難しさと施設制度の狭間

     続きまして神奈川県総合リハビリテーションセンターの生方さんから、いままで抜けていた職業リハビリテーションにもふれていただきたいと思います。あとは社会保障の問題などもあるかと思いますが、よろしくお願いします。
    生方/神奈川リハビリテーション病院でソーシャルワーカーをしています。脳外傷(高次脳機能障害)者が地域生活で社会参加を図って行くための援助を行うことは難しく、脳外傷者に関わりをもつ福祉従事者にとっても、脳外傷への対応は課題になっています。我々も脳外傷者をどう援助するか、常に葛藤を持っています。
     地域に戻ってから相談するところがないという課題、就労できないのに保障制度が思うように活用できないというような経済的な面の課題、各種リハビリテーションや社会参加のための機会をつくりにくという面から援助が難しくなっています。そのため、社会的な面から脳外傷者の課題と現状をとらえたいと思います。
     さきほど阿部さんからもお話がありましたが、脳外傷者で高次脳機能障害ある方の社会生活への影響についてですが、まず感じるのは、社会の障害理解の不足です。障害をもつ人の行動が、努力していないとかで片付けられ、脳外傷者が社会的に誤解や孤立してしまうということがあります。医療・福祉関係の援助者たちにの間でも脳外傷や高次脳機能障害について十分理解されていない現状あります。
     また、ご家族も葛藤がつよい状態におかれます。家族も身近にいながら、どう対応してよいのか、あるいはどう働きかければ社会に出られるのか光が見えないで悩んでいる方たちがおります。
     実際には福祉的な生活支援の側面から見ると、脳外傷の人は現在の障害者福祉制度である知的・精神・身体の制度の枠では、くくりにくい方たちです。ですから、社会的ハンディキャップが大きくても、障害者手帳の等級では軽度になってしまうこともあります。。
     また、ホームヘルパー派遣を受けれらる等級に認定されて、派遣を受けても家事などの援助だけでは脳外傷の方の問題が解決しない場合が多くあります。
     人や社会と交流できる機会を作ることが大切であり、作業所の活用なども重要です。しかし、行動面の障害があると作業所でもうまくいかないことや、本人に病識がなくて嫌がることもあるために利用に結びつかないことも珍しくなりません。

     生活の場を求めて

     それから、脳外傷者の生活課題は、将来の生活基盤が不安定なことです。福祉施設での生活施設には、療護施設、グループホームなどがあります。しかし、脳外傷者で高次脳機能障害により生活が一人で行えない人が利用できる生活施設は、ほとんどありません。たとえば、知的障害や精神障害のグループホームなら、誰かが声をかけ、生活の管理の援助を行えば生活できる程度でないと実際には利用が出来にくいようです。外出すると一人で帰って来られないような人では利用が難しいことになります。肢体不自由が重ければ療護施設というのもありますが、軽度者は原則利用できませんし、身体介助を行う体制が中心のため、高次脳機能障害を持つ利用者の対応に療護施設が戸惑っていることもよく耳にします。こうした状況で、家族がみられなくなったらどうなるのだろうと考えてしまします。家族や本人は将来の不安をどこに持っていけけばよいのかも判りません。病院は生活の場所ではありませんし、精神科の病院でも地域に返すことが課題になっている時代に、精神科治療の対象ではないといわれる脳外傷者を入院させることには大きな問題があります。ですから、脳外傷者が生活しやすい場所をどのようにして考えていけば良いかはとても深刻で重要なことです。

     窓口はどこ

     情報提供や相談の機関も未整備です。脳外傷で高次脳機能障害のある方は、どこに相談に行けばいいのかはっきりしていません。福祉事務所でも分からない、保健所でも分からない。ではどこに? というのが問題です。高次脳機能障害、脳外傷を理解するスタッフも地域にはあまりおりません。
     福祉サービスだけではなく、財産管理の問題もあります。障害の自己認識ができていないために、ふつうの商行為であっても、勧誘などで契約をしてしまったりということがあります。そういう面では、権利擁護的な面も含めての対応が整備されるべきです。
     リハビリテーションの面では、リハビリテーションを受けていない脳外傷者もたくさんいます。軽度の記憶障害、情緒不安定な方たちです。脳外科では退院になって自宅で生活しています。その人たちは、たとえばTVの報道を見て、自分は脳外傷者ですか、と聞いてくる人たちもおります。病院では治ったと言われたが、物忘れもはげしいし、何かしても上手くできないがなぜか判らないでいるのです。TVなどの情報で初めて障害であると気付いたという方も多く、障害に関する情報が得られていないことが判ります。
     診療報酬の面でも病院のリハビリテーションには限界がります。現在の医療制度では脳外傷者のリハビリテーションは難しい状況におかれています。これは、臨床心理士などが働く場所が限られるという意味でもあります。

     職業への壁

     職業については、先にもお話がありましたが若い受傷者が多い。その年齢層は働き盛り、あるいはこれから社会に出ようという人たちなので、その人たちにとって社会参加は大きなテーマです。特に就労したいというニーズは高くあります。若い人の受傷は社会的な損失も大きいのですが、本人や家族にとっても社会参加のうえで職業というのが大きな関心になっています。しかし、結果的に見ると、その方たちの復職・就職は難しいものがあります。新規の就労ならば、会社が面接時に障害を判らなくて採用したというのがあります。しかし、会社も本人もストレスが高まるだけになってしまったということもあります。
     この方たちに必要なのは、身体的な制限よりも、周囲の正しい障害理解や作業処理能力、作業環境の調整です。仕事の手順や約束を忘れる、相手の顔色が読めない。そういうことが上手くいかずに離職している人が多いのではないかと思います。作業環境や職場の障害理解がとても重要になります。
     中には就労しているだけでもいいじゃないかと周囲から言われている方でも、仕事が本人にはかなりのストレスになって、家以外でストレスを発散できず、仕事を始めてから家で暴れて困っているという方もおります。

     一貫性を欠く職業リハビリテーション

     職業リハビリテーションと医学的・心理社会的リハビリテーションが分離している現状があります。治療的リハビリテーションから心理社会的リハビリテーション、職業的リハビリテーションまで一貫してできるところはほとんどまりません。現状では、リハビリテーション病院や身体障害者更生施設でのリハビリテーションの後に職業的訓練を受けるために、地域障害者職業センターなどの職業リハビリテーション分野に進むことになります。職業リハビリテーションにとっても、障害の特性を理解した上での職場環境作り援助が必要になると思いますが、病院や福祉関係の専門機関から高次脳機能障害に関する医学的心理的情報が流れるシステムはありません。脳外傷者の職業のことを考える場合は、連携が大切になります。
     脳外傷者の職業リハビリテーションの機関の曖昧さという課題もあります。どこの機関につなげればいいのか、それを判断できる専門機関が少ないという現状もあります。こういう状態であれば授産施設が適しているとか、地域障害者職業センターが適しているとか、そういうことがなかなか振り分けられません。
     どこの機関が何をしているのか。あるいは福祉施策を含めた援助が可能なのかなど情報も、一般化していません。
     職域開発とか援助付き雇用は、脳外傷者の就労にとって大切な事業です。これをどう活用しようかといつも思っていますが、この事業自体が不足していること、定員が決まっていること、連携が上手く行くかということなどの課題があります。
     就労については、簡易作業から始め途中まで上手くいくと、職場の方がやりがいがあるだろうと本人のことを考えてもっと難しい仕事を提供し、結果として失敗してしまうことがあります。これは障害の自己認識ができていないためや、職場が障害の特性を理解していないば場合に起こります。ですから、援助者が障害を理解して、職場環境の調整を行う。そのためには、医学的、心理社会的リハビリテーションと職業的リハビリテーションの連携が必要なわけです。

     「認定」と所得保障

     障害程度の基準を設けているものには、各障害者福祉法、公的年金制度、労災制度、自動車保険制度、民間生命保険制度などがあります。各障害者福祉法以外は、身体・知的・精神の障害の状態を総合的に認定することになっていますが、実際には、脳外傷者の障害認定における不利は経済的な保障に関して顕著だと思います。
     障害者手帳制度に関連しての公共料金や税金の控除など、年金制度では高次脳機能障害内容が正確に診断書に反映されることが難しいことなどがあります。
     また、自動車保険や労災保険では、脳損傷の障害認定が、生活の制限の程度からみると不利ではないかと感じます。高次脳機能障害では、診察時間内では判断しにくいことや、実際には障害により就労ができずにいても、労働能力の喪失が軽く判断される例を経験します。働き盛りの男性がぜんぜん復職できる状態ではない。家族の名前すら覚えられない状態でも、民間生命保険では高度障害と認められず、住宅ローンも相殺されず経済的に困窮するとう方もおりました。しかも、奥さんは付き添っていなければならないので、経済的には一層困難な状態になります。
     障害の認定については、認定基準の問題と診断書を書く病院や医師のおかれている環境も問題になっていると思います。

     「専門性」と「支援」の強化

    「脳外傷者のリハビリテーションと福祉の現状と今後への期待」についてですが、現状では身体・知的・精神の各分野ごとに福祉施策の対象が決められており、対象外の方たちもでてしまっております。しかし、福祉サービスにおける障害種別ごとの壁はだんだんなくなる方向になっていくと思います。そうすると一層総合的な援助や適性を評価することが可能な専門機関の強化が必要になると思います。例えば、どの分野のリハビリテーション施設がその人にあっているかなどの判断も必要になるわけです。同時に脳外傷に関して援助者の養成も必要になるとおもいます。
     なお、脳外傷者援助の今後への期待としては、リハビリテーションと生活支援(福祉法的サービス)をある程度分けて考える必要があると思います。つまり、リハビリテーションに関しては医学的、心理的援助や社会生活力の向上などの援助が医療保険の枠に縛られず一貫して行なわれ、職業的リハビリテーションが必要な者には、その方面に移行できるシステムが必要だと思います。
     生活支援については、身体や精神などの枠によらず、生活面で必要なケアや生活場所の確保などの援助が受けられるシステムが必要であると思います。
     最後に、脳外傷の専門の支援機関が欲しいと思いますし、地域で脳外傷者が相談に行けるような機関の整備が望まれます。以上です。
    伊藤/ありがとうございました。

     自己認識の阻害と社会制度

     これでパネラーの話を終わります。脳外傷者の状態が分かっていただけたと思います。
     少なくとも脳外傷に伴う障害は、脳の広範な器質的な障害で、知的、精神、肢体にわたる、多様な障害。同時に中途障害で若年者に多いので、長期にわたります。長期に見なければ分かりませんから、予後予測が難しい。
     また自己認識が阻害されているので、肢体の障害等がないと分かりにくい障害です。その関係で、社会的に認知されていない。それがさまざまな社会福祉制度にも影響しています。
     非常に深刻ですが、本人が努力しないからと見られてしまう。それ自体が阻害されていると見なければならないと思います。
     パネラーからどうしても追加したいことがあればそれを先にして、その後に、フロアから質問等ご意見をいただきたいと思います。パネラーの方、どうですか?
    比留間/いま、伊藤先生が障害者の全体像をまとめていただきましたが、私たちの具体的な訓練を見ると、体の障害が大きく占めているのではと思うんです。自己認識の問題とか社会的には問題になりますが、職業的行為や動作で、たとえば自分の指先が分かっていないとか、動きが伝わらないとか、具体的な身体自体の障害が基本にあって、結果的にそれが不調和感や不安に変わったり、人間そのもの悪いところばかりを認識しているのではなく、自分はそうでないと思いたい否定の気持ちがあったり。たとえばキャップをはめるにしても、うまくいかなかったり、動作が下手になっているのに、結果的に自己認識の問題ということもあるのでは。だからちゃんと見ていないのではと。それが分かればプロセスも組めると思うんです。

     センターを訪れる三つのパターン

    伊藤/ありがとうございました。他にございますか?
    阿部/私たちのリハビリテーションセンターに来る人には三つのパターンがあります。
     一つは病院を退院すると同時にリハセンターに紹介されて来るケース。
     二つ目は友の会の活動が紹介されることになって、退院後在宅で生活していたが、脳外傷であることが分かってセンターに来られる、事故から3,4年経ったケース。
     そして三つ目のケースですが最近、事故から10~20年も経った人が来るようになったのです。10年以上何をしていたかというと、トラブルばかりで、家族は心中まで思い詰めていたような人たちなんです。一つ目の病院からすぐ来る人たちは、障害は分かっていなくても早期から介入や、訓練ができるので、問題が出ないうちに比較的上手に適応できるようになります。二つ目の事故から3~4年の人は、必ず一度は挫折した経験があります。ここまでは、なんとかうまく援助できるようになりました。ところが最後の三つ目のタイプの方たち、すなわち10年20年トラブル続きの人たちは、誤った行動パターンがしっかり身についてしまっていて、非常に難物です。ここがいま一番困っているところです。やはり早期に、きちんとリハのルートに乗せることが、絶対必要だと思っています。
    伊藤/他にありませんか? どうぞ、大橋さん。

     病院で出来ること、その役割

    大橋/リハビリテーション病院で何ができるか、あるいはその役割を述べます。以前、リハビリテーション医の教育を行っている施設にアンケート調査をしました。その結果、脳外傷者を年間に1人か2人しか治療していない施設が80%以上でした。脳外傷による知的障害へ、治療プログラムを用意しているかという質問には、そういうプログラムはないという答えがほとんどでした。リハビリテーションは受傷から早期に行うべきです。早期には、気管切開、骨折などの合併症が多く、病院の治療としてやるべきことが沢山あります。まず医学的安定化を図り、ついで基本的な機能訓練を行い、さらに障害像を見極めて、的確な情報提供を行うことが必要です。今後の生活でどういう問題が予測されて、どこに相談することができるか。このような情報提供をしないといけないのに、医者も脳外傷の障害についてきちんと知っていない。急性期には、正確な予後を予測することが難しく、植物人間になるとか、命が危ないとか説明したのに、実際には命が助かっている。言ってることが違うじやないか、と感じられたご家族も多いと思います。命に関わることすらそのような具合ですから、その後の障害に関する予測や情報提供は、なかなか上手に行われない。これについては医療者が、障害像をきちんと把握して、的確な情報を提供できるようにする努力が必要と思います。
    伊藤/ありがとうございました。東川さん何かありますか?

     情報をどこまで

    東川/家族会の立場からいうと、入会の理由は、まず「情報がない。情報を知りたい」という会員さんがほとんどです。
     神奈川や名古屋のような大きなリハビリテーションセンターのある病院では、わりあい情報を得ているようです。私の息子のように、退院するときに、「予後はよくない」と言われたこと。この一言で覚悟ができました。私は20数年障害児教育をしていました。脳にどう障害が残るかという予測はありましたので、その覚悟はできていたと思いますが、一般の方はほとんどお分かりにならない。命が助かった時点で、先ほどの方のように、バラ色になって、よかった、元に戻るのではないかと期待してしまう。ロビーにおいた会報にもありますが、「なおる、きっと」という一文が書かれていて、そういう思いで日々暮らす親御さんと現実とのずれが非常に大きいです。病院の先生方から的確な情報をお願いしたいと思います。人間ですから、将来を見据えて長いスパンで見なければならないと阿部先生も言われましたが、それは難しいかもしれないが、ある程度の情報を伝えて退院させていただきたい。それがつかめていない方が多いので、家族も本人も混乱していらっしゃると思います。
    伊藤/ありがとうございます。フロアからご意見は?

     教えてください コミュニケーション障害では

    会場から/船橋から来ました。私どもでは生活支援を行っています。残念ながら千葉県では、ここ1カ所しかやっていないため、身体障害者だけでなく、知的、精神障害もしています。
     最近、外傷ではありませんが、脳機能障害の方も相談にみえます。障害者が教えるパソコン教室に週一回来ていきます。40歳くらいの人で、前働いたことがあるらしいが、親御さんも一生懸命で家族会にもかかわっています。
     教えていただきたいのは二つあります。一つは、コミュニケーションに失語症的あるいは認識障害というか、スムーズな会話の交換がないという方に対しては、頻繁に言葉をかけたほうがいい。相手が返事をしなくても話したほうがいいのか。あるいは自然にまかせるのがいいのか。現場での対応の仕方について、どんなふうに考えていらっしゃるか。もう一つは、生活支援事業は地域における社会資源を活用するということですが、このような人に何が地域にあるのか私どもにも分からない。
     今まで話があったように、行政は手帳に載っていない、年金の対象にもなっていないと、はっきりした対応をしない。では、千葉県、特に船橋近辺にもしあれば教えていただきたい。リハビリ的な機関がない現状のなかで、地元でどういう社会資源を掘り起こしたらよいのか分からない。それについて、以上二つ、お考えを教えてほしいと思います。
    伊藤/分かりました。これは阿部さんか比留間さんから答えてください。

     コミュニケーションは積極的に

    比留間/病院のほうでリハも受けてきたのならば、第1のコミュニケーションと第2の活用では、船橋の近くでしたら千葉のリハセンターがあります。そこで能力、職能判定をしにいくのが一つだと思います。生活支援センターでどんな支援が要るか、ですが、本人も家族が選択できなかったり、使ってみていらなければ、そこの余裕はないと思いますので、できるだけ専門家を引っ張り込んでくるのが正しい方法かと思います。
     一番目のコミュニケーションの方法については、失語症なのか認知障害なのかについて、話しかけてかえってくるのが分かれば、うるさくなければ、そのつど話しかけて応答をとってみるというのが正しいかなと思います。
     パソコンを教えたときに、意味を理解しなくても頷く人がいます、分かってなくても「うん」と。先に進めないで「今いったことをやってみて」とか、「順序を言ってみて」とか、確認をしていくことは失礼でないと思います。
    伊藤/ありがとうございます。この話を続けると長くなるいのでまたあとで。他にいらっしゃいますか?

     施策を進めるキーワードは

    奥山/日本障害者リハビリテーション協会の奥山です。脳外傷者の全体像についてよく分かりました。それから「分からない」ということも分かりました。これは制度として、行政にものを言う場合に、脳外傷者では私はだめだと思うんですね。
     話を伺ってなんとなく分かったことは、脳の働きをコントロールして人間の行動があるわけで、脳のコントロール機能障害と理解していいのか。あるいは、脳外傷の症状に対する施策を進める場合に適当な共通なキーワード、言葉というものが、学問的にあるなら教えていただきたいと思います。大橋先生、教えていただければと。
    大橋/リハビリテーション学会の用語委員をやっていましたが、キーワード類の科学的根拠を厳密に規定することは難しい場合が多いようです。これについては先ほど、高次脳機能障害という言葉にも用語的には問題があることを述べました。それでは、行政に働きかける場合に脳外傷として制度改善を訴えることが適当であるのかどうか。状況にもよりますが、アメリカの場合には、脳外傷の発生頻度が高いことが、脳外傷として行政に働きかけて成功した理由の一つと思います。日本の場合どうするかということですが、脳外傷の発生率に関する実態調査はなく、脳外傷の結果障害をもつ方がどれくらいいるかも分かりません。アメリカほどではないけれど、他の患者に比べるとかなりの数になるのかもしれません。そうであるなら脳外傷としてまとまることが必要になります。また脳外傷者の年齢は若く、職業リハビリテーションなどの幅広い施策の対応が必要です。したがって高次脳機能障害というくくりではなく、脳外傷を合い言葉に制度を見直すように働きかけを続け、その結果、良い方向に制度の改善が得られれば、低酸素性脳症など他の原因で後天性脳損傷を受けた方にも制度改善の恩恵があるのではないでしょうか。いま脳外傷友の会は、脳外傷という言葉でとりあえずまとまって、それで行政に働きかけようという立場です。
    伊藤/ありがとうこざいました。

     「身体障害者」並の認定とサービスを

    さまざまな障害があることは分かったと思いますが、こういう人たちに対するリハビリテーションをどう保障するか。病院で医者が知らないことが問題だと。それを広めていくにしても、さまざまな制度が伴わないと、制度の狭間に落ちてしまう問題がある。
     とりあえずリハビリテーション面では身体障害として対応されていることが多いですが、国会答弁では、現在では精神障害として扱われている。この点について意見をいただきたいと思います。どうでしょう。
    生方/リハビリテーションについて言えることは、私個人としては身体障害としてのサービスを受けることが必要と考えています。在宅サービスについては障害種別による分け方がだんだんとなくなってくるかもしれません。しかし、脳外傷の方の社会生活のためには、どのような援助により本人自身の力と環境が整えられるかということが重要になります。そのため、リハビリテーションという視点は欠かせません。身体障害者更生施設には、PT、OTなど多様な職種が入っています。こうした取り組みによって脳外傷者の社会生活のしやすさが図られることが大切であると思います。
     リハビリテーションおよび施設というはっきりした枠組みが必要と思います。
    伊藤/他には?
    東川/たしかに私もそう考えます。脳も体の一部であるということから、身体障害者というくくりで見てほしいという声も多いです。ただ非常に難しい部分がありまして、私の息子も、身体等級では5級なんです。問題にすべきは、頭の中身なんですが、それについての認定は何もなかったのです。たとえば、生命保険の保障などは一切出ませんでした。自動車事故の示談も、私の息子は被害者だったのですが、頭の中身の問題を認定してもらうのに非常に骨が折れました。身体5級ということだけでは、軽いですね。最初の段階では賠償のお金も非常に低い基準で算定されてしまったんです。弁護士をつけて交渉するのに苦労しました。現実にそういうことで苦労している方が多いんですね。身体障害と認めていただきたいというのはたしかなんですが、現実にはとても難しいとういうことをご理解いただきたいです。

     苦労する「認定」

    伊藤/いまのお話では肢体の障害だけなのか、ということですね。よく年金もそうですが、生命保険の診断書にはこういう問題があります。ADL、日常生活の判断です。他人の介助が必要かどうかに基準があるようです。医者の理解も必要ですが、麻痺があってできないわけではない。このため「できる」とつけると対象になりません。我々が「指示があればできる」と書けば、やらないだけと思われる。それ事態が障害なんだということを認知してもらうのに大変苦労します。社会的認知が高まれば、このような障害がある、と認めてもらえるようになるでしょう。
     どうもリハビリテーションの過程では肢体障害と同じように、身体障害の枠の中でやったほうがいい。しかし、阿部さんの話のように3、6、10年となると肢体障害ではなくて、精神障害と似たりよったりになる。そうなるとまだまだ難しい。国が進めている身体、知的、精神障害に関するサービスの相互乗り入れが進めば解決できる部分もあるかと。生活障害としての地域、在宅での生活における障害に対する対応では、サービスの相互乗り入れも一つの方法です。ただ、リハビリテーションの過程では違うのではないか。精神障害、知的障害の方とは違った観点が必要です。そこにおいては単なるサービスではすまないという気もしますが ……。
     どうしても最後に一言という方いらっしゃいますか?

     「重度」を視野の中に

    会場から/リハビリテーションの中で、脳挫傷の認定が、身体障害者の認定でいいという話でしたが、脳障害の方はほとんど重度の知的障害の患者さんもよく見かけるんですね。こういう人たちは重複という形で、知的と身体の認定を申請する。だとすると、脳挫傷の若年の方たちも、そういったときに、ただ単に身体障害者だけの判定でその人の将来を法的に援護することよりも、知的障害者と身体障害者との重複というのがあるのだから、すべての障害の人も重複障害という大きな視野の中で、運動をしていくのも一つの方法だと思いますが? いかがでしょうか。
    伊藤/いまのお話はその通りだと思います。今の枠組みではそうですが、今進めているような形で将来いけば、サービスの相互乗り入れが現実のものとなる。そうすれば、重複だろうと単独だろうと、必要なサービスが提供されうる。その基盤整備ができる。問題は、サービスに専門性があり、その点が残るかもしれない。いずれにしても知的障害、身体障害だからと、それぞれのサービスしか受けられないのでは困る。サービスの相互乗り入れと同時に専門性をどう深めるかが問題だと思います。

     アメリカの水準を目指して

     当面どうするかということですが、サービスを提供する側としては、脳外傷者の方々が抱えている高次脳機能障害に対するリハビリテーション技術の開発、さまざまな資源の開発が重要です。一方それをするためには家族の会が全国に広がることが力になる。
     アメリカを目指して、今日を基点に全国で友の会など、組織作りを進めていきたいし、皆さんにはサービス提供者として、脳外傷の方の障害を理解していただきたいと思います。
     以上をもってこのパネルディスカッションを閉じさせていただきたいと思います。ご協力ありがとうございました。

    司会/2時間におよぶパネルディスカッション、ありがとうございました。あわせまして、点字、手話、パソコン字幕の担当の方、ありがとうございました。(拍手)


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