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国際セミナー
「障害者権利条約」制定への世界の最新の動き

特別報告 「障害者権利条約」制定に向けての動き

外務省国際社会協力部人権人道課 首席事務官 小川 秀俊

障害者権利条約の位置づけ

第3回のアドホック委員会での交渉を終えた障害者権利条約の今の状況をご説明いたします。
 まず最初に、障害者権利条約というものが、国際人権諸条約の中でどのような位置づけにあるかということについてお話したく存じます。国連の場で作成されてきた、人権に関わる条約はたくさんありますが、主要な人権条約としては現在六つあると言われています。それに加えて、七つ目の主要なものとしてつくろうとしているのが障害者権利条約です。
 この主要人権条約の中では、国際人権規約が包括的な人権条約として一番重要ないし基礎的なものと言えます。国際人権規約は二つの条約から成っており、市民的な権利、政治的な権利をまとめた国際人権B規約と、経済的、社会的、文化的権利をまとめた国際人権A規約があります。国際人権規約はすべての人に適用される条約です。もちろん障害者の方、女性の方、子どもにも適用されます。あらゆる差別はいけないということも当然入っています。
 ただ、一般的な条約だけでは人権の保護が充分に実現しなかったことから、個別的な人権の保障により詳しく突っ込んだ各条約が必要だという認識がでてきました。そのためにB規約、A規約だけではなくて、女性の権利に特化した女子差別撤廃条約、子どもの権利をまとめた児童の権利条約、拷問撤廃のための特別な条約である拷問等禁止条約、また、人種差別撤廃条約が個別の条約として出来ました。障害者の方々を取り巻く諸問題についても、これまでの主要な六つの条約だけでは十分に解決して来なかったため、各国がこの問題をより深く認識して障害者の方々の人権の保護・促進をはかるようにするためには、より障害者に特化した条約をつくらなければならないという認識ができて、このたび七つ目の条約として新たにつくろうとしているのです。

障害者権利条約をめぐるこれまでの主な議論

 障害者権利条約の作成交渉に入った経緯について申し上げます。まず2001年の12月にメキシコの提案により、第56回の国連総会で障害者の権利に関する条約を今後つくっていくべきかどうかについて議論することが決められました。翌2002年、第1回の国連総会アドホック委員会が開かれ、その場では、ただ今申し上げた個別の条約も既にたくさんあるので障害者の権利条約は必ずしも必要ないのではないかという話も含め、そもそも論から議論が行われました。
 そのような状況下、アジア・太平洋地域では、やはり障害者権利条約は必要・有益であるという認識を世界で高めていくために、各種のセミナーが開催されたりして、地域での議論が盛り上がっていきました。翌年の2003年6月には、第2回のアドホック委員会で、晴れて障害者権利条約を今後国連の場でつくっていこうという合意がなされました。つまり、障害者権利条約をつくろうと正式に決めたのが去年の6月のことです。
 実際に条約をつくるといっても国連加盟国191か国が全部集まって、白紙から第1条を書きましょう、第2条を書きましょうとやっていると、なかなかまとまった条約の形にならないので、比較的少人数により、非公式な形で、たたき台になるような条約の草案をつくろうという会議がもたれました。これが今年始め2004年1月の条約草案起草作業部会で、日本からも参加しました。ここで条約のたたき台になる案ができた訳ですが、これはあくまで一部の国の政府関係者、国内人権機関、NGOからなる40名の委員が非公式に個人の資格で作成したものであり、委員を送り込んでいない国の意見は基本的に反映されておらず、非公式な案にすぎません。
 そして2004年5月、第3回のアドホック委員会、つまり国連総会のアドホック委員会という正式な国連の会議で、すべての国、またNGOが参加できる場で公開の討論が行われることにより、いよいよ正式な条約交渉に入ったという段階にあります。
 8月23日から9月3日にかけ第4回のアドホック委員会が開かれます。前回は参加各国から作業部会草案に対して多くの意見が出され、選択肢が厖大なものとなったため、今後一つのものに収斂させていく作業が必要になってきます。つまり、交渉という意味で本格化する、非常に重要な機会になると思います。

第3回アドホック委員会の論点

 前回の第3回会合での議論で重要だったと思われる論点について申し上げます。なかなか議論が収斂しませんでしたが、まず、障害者をどのように定義するかということから始まりました。

障害者の定義をどうするか

 障害あるいは障害者の定義は各国それぞれまちまちですし、分野によっても違ってくる可能性がありますので、条約で世界一律の定義を置くことは非常に難しいという問題があります。特に障害者関係NGOからは医学モデルでのアプローチではなく、社会モデルないしは環境要因などを盛り込んだより広い定義を置くべきだという強い要望が出されています。
 条約の中にそれを盛り込むことになると、たとえば「差別をしてはいけません」という差別禁止モデルだけに特化する条約であれば、障害者の定義が広がっていっても基本的には問題がないはずです。ところが、広い障害の定義を置いたうえで、さらにその定義に入ってくる方に対して何らかの給付をするような施策が必要となってくると、ある程度障害者の定義を制限する必要があるかもしれません。同じ国の中でも、分野によって障害や障害者の定義は異なり得るので、一律に定義を置けるのかというそもそも的な問題があるかと思います。日本国内においてもそうですし、開発途上国と先進国との経済状況の差などを踏まえると定義を一律に定めるのは一層難しいことになります。欧州諸国等の中には、そもそも定義を置くことは不可能という意見もあります。また、障害者団体の方にも、詳しい定義を条約に置くことはものごとを複雑にするのではないかという意見がありました。しかし、そういう難しい点をうまく調整しながら、わかりやすい定義を置けるなら、それに越したことはないと思います。
 いずれにしても、障害者と一言で言ってもそれぞれ身体障害者、知的障害者、精神障害者の方がおられて、その障害の程度もまちまちであって、実際に必要な施策も非常に多岐にわたるので、定義を規定するのは容易ならざる問題であるということは、認識しています。

教育問題

次いで、多くの議論がされたのは、教育問題です。障害者教育を普通教育と統合するのか、たとえば聾学校のような特別な学校を置くことが聾者の方の教育によりよいのかどうか、特殊教育の存在意義を認めるべきなのかどうかという議論です。この点、第3回会合では、一律にすべて将来的な統合を図るべしという訳ではなく、むしろ多様な学校がある中で、どの学校に行くかにつき本人の選択権をどこまで認めるかについてが焦点となりました。
 ご存じのようにわが国では現在、行政は、保護者ないしは本人の意見をもちろん注意深く聞くということにはなっています。しかし、お聞きしたうえで、最終的に障害児の方にとって一番望ましい教育が受けられる学校を行政の側が指定するという制度になっています。従って日本の政策では現状、完全な意味での学校の選択権があるとは言えません。今後、それをどのように調整していくかは国内でも文部科学省を中心に議論しなければいけませんし、国連の場でもどのような条約にしていくかを考えていく必要があります。

合理的配慮

次いで、障害者の方の雇用を始めとするさまざまな社会生活の場において、雇用者等に合理的な配慮を行う義務を課すべきではないかというのが重要な論点です。合理的配慮は、英語ではリーズナブル・アコモデーション(reasonable accommodation)あるいはリーズナブル・アジャストメント(reasonable adjustment)などと言われており、アメリカやオーストラリア等幾つかの国の国内法に例があります。
たとえば階段などがある会社に車イスをお使いの方が就職しようと求職活動された場合、「うちの会社には残念ながらエレベーターがありません。階段しかないのでお断りします。」ということがあったとします。階段しかないのが現状であっても、障害者の雇用に際してはスロープをつけるというようなことで手当できることであれば、それは当然その配慮をすべきであるという考え方が合理的配慮です。階段しかない狭いビルに入っている中小企業の場合で、新たにエレベーターをつけるとなると会社が回らなくなるような多額の費用がかかる、あるいは物理的にそもそも設置が難しいという状況であれば、合理的配慮は無理、ないし「合理的」の範囲を越えているということになるかと思います。ただ、1000人以上社員を擁するような大企業が安易に「階段しかないので、うちは障害者の方は雇用しません。」と言い出した場合は、合理的配慮が行われていない、つまり、合理的配慮義務違反になるのではないかという議論です。
 合理的配慮という概念はこれまでの人権条約には文言上まったく明記されていませんが、実際に差別になるような行為を排除するため、あるいはより積極的に人権を促進していくためには、合理的配慮という概念を入れることは特に障害者分野では役に立つのではないかという議論が行われています。先に申し上げたアメリカ、オーストラリアのほか、イギリスや香港などでも合理的配慮やそれに近いものが国内法として制定されています。

強制収容・強制入院の問題

 次の論点として、精神障害者の方に対する強制収容、強制入院の問題です。ご本人の意思に反して施設に入れるということなので、非常に人権に対する影響度が大きい問題です。いかなる状況、場合でも強制収容という概念自体が認められないものであるのか。それとも、ある一定の極めて限定した条件のもとで施設に強制的に収容することが認められるのかどうかという議論でした。
 これについては、もちろん本人の意思に反して施設に入れるということは「原則的」にはあってはならない、しかし、自らを傷つけてしまう恐れがある場合、あるいは他者を傷つけてしまう恐れがある場合については、ごく限定された条件のもとで、司法的な救済の道が開かれていれば例外として強制収容もあり得るのだろうという合意が各国政府間では概ねあったと思います。この問題については、原則と例外の精緻な位置づけについて今後も議論が必要かと思います。

途上国への支援

 最後に途上国の障害者の方にどのような支援を行うかということです。開発途上国の側からすると、障害者施策には相当の資金が必要です。ところが、障害者問題に限らずあらゆることにお金がない状況で、実際に障害者の方が住みやすい社会をつくるためには援助してもらわなければ実現は難しいということです。つまり、世界的な人権の保護促進を謳う以上、先進国には途上国に対する援助の義務があるのではないかという議論です。
 日本も世界第2位の国連分担金の拠出国で、いくら現在経済的に苦しんでいるとはいえ、日本は世界の中では経済的には大きな存在ですので、当然応分の協力を行っていくべきだとは思います。ただ、たとえばGNPの1%分をこうした援助に回す法的な義務があるという位置づけにするべきではないと思います。一般的な意味で国際協力を推進していく義務ということであるのならばいいのですが、政府開発援助でお金を出すことがそのまま国際法上の義務になるような規定では、日本国政府としては到底認めにくいということになると思います。日本のみならず、先進国はおしなべてこうした規定には反対であり、南北で立場が大きく二分している状況です。
 ただ、これまでの人権条約にも国際協力について言及したものがありますし、障害者分野の国際協力の一般的な重要性についてまったく言及しないということには、最終的にはならないと考えています。

日本の主張

 前回会合で日本国政府代表団としてどのようなことについて強調したかについて2、3ご紹介したいと思います。
 前回の会合では、本日もこのセミナーに参加されている東俊裕弁護士に顧問としてご参加いただき、日本における障害者の分野の法的な状況、どのような条約文にすると障害当事者にとり、よりよいものができるか等について、色々ご助言をいただきました。
 例えば、東顧問より、特に捜査や司法の場で知的障害者の方が不利な状況に陥ることがある、すなわち尋問などの際に、とおり一遍の質問をした場合、知的障害者の方はえてして全ての質問に「イエス」とつい言ってしまいがちな傾向がある、ところが、実際の裁判上の手続きでは、「イエスと言ったじゃないか」と言われて非常に不利な立場に陥ることがあると伺いました。ですから、そのようなことにならないように、障害者の方に対する尋問では、コミュニケーション上の障壁を除去する方策をとらなければならないとの趣旨の提案を行い、多くの支持がありました。これは当然、聴覚障害者等身体障害者の方への尋問についても別の視点から当てはまることです。
 あと、欧州諸国等は非常に強く反対しておりましたが、日本としては先に申し上げたような資金援助の義務などというものではない限り、少なくとも現在の枠組みの中で障害者分野についても国際協力を行っていくのは当然であり、一般的な国際協力義務を規定することを支持するという発言をしました。国連の障害者基金に対しても総額は些少ながら最も多くの拠出をしています。そうしたお金が障害者権利条約をつくるために途上国のNGOの方などが会合に参加されるときの費用の支援に使われています。
 さらに障害者権利条約の中には、障害者の方々が直面する課題が社会生活の様々な側面にわたることから、社会権的な権利、自由権的な権利など、さまざまな性質の権利が入っているので、条約上はその性質に応じて書き分けていく必要があるのではないかということについても発言しています。

今後の方向性

最後に、第4回会合以降、問題になってくるだろうと思われることを申し上げます。
 まず第一に、引き続き、障害や障害者の定義を置くか置かないかです。置くとすればどのような定義になるのかが一番難しい問題になってくるのではないかと思います。次いで教育についてどのような規定にしていくのか、教育の選択権についてどこまで踏み込めるかが第二の論点です。
 第三として、合理的配慮の具体的内容や、法的な意味での義務としてどこまで書けるかという点があります。雇用の場で一番大きく関わってくるのが、合理的配慮の問題です。
第四に、強制収容や強制入院の問題です。
第五は、おおむね収斂しつつあるとは思いますが、国際協力の問題です。
 第六は、特に主要人権条約において特有の制度であるモニタリングに関する部分です。人権条約の中でも主要な条約といわれるものには必ず設置されているもので、国際的な委員会を立ち上げて、その委員会が締約国の人権状況について報告を受け、チェックする制度になっています。それぞれの条約に基づいて4年に一度とか5年に一度、委員会に対して各国政府から自国の条約実施状況についての報告書を出して、そのうえで審査を受けるという場になっています。障害者の条約についても同じようなものをつくるかどうかです。
 以上、雑駁ながら、第3回会合まで問題になっていた諸点と、今後議論になるだろうと思われる点を中心にご説明させて頂きました。ご清聴ありがとうございました。