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アメリカの障害学生サービスとE-テキスト
-2007年 AHEAD(高等教育と障害のための会議)国際会議に参加して-

飯田紀子
(財)日本障害者リハビリテーション協会 情報センター

項目 内容
発表年月 2007年10月

1990年代後半より、パソコンの利用率は世界中で未曾有の成長を遂げ、社会や人々のライフスタイルに大きなスケールでの変化を及ぼしている。とりわけ、今まで情報を得る為に人を介したり、点字やテープ録音図書等を使用し、自らの手で情報を得ることがほとんど出来なかった印刷字を読むことが困難な人々にとって、インターネットを通し、自分の意思によって即時に情報を取得出来る。また彼ら自身が、最適なフォーマットに変更出来たりするなど、積極的に情報を求めることができる環境になってきている。
そうした状況の中、この数年、アメリカの大学の障害学生のサポート機関において積極的に取り入れられているサービスがあるという。「E-テキスト(E-text)」と呼ばれる電子テキストだ。電子テキストは、デジタル化されたデータそのものであり、パソコン上でその学生に適しているフォーマットに加工出来るという柔軟性を持つ。
例えば印刷字を読むことに困難を持つ学生(視覚障害・学習障害を始めとする発達障害・肢体不自由学生等)は、E-テキスト化された教科書や副教材を、JAWSなど読上げブラウザと呼ばれるソフトウェアを利用して音を再生させ、学習することが出来る。弱視の学生は、E-テキストを自分が見やすい文字の大きさに拡大し、プリントアウトすることももちろん可能だ。

2007年AHEAD国際会議

2007年7月にアメリカのノースキャロライナ州シャーロットで年に一度の国際会議を開催したAHEAD(Association on Higher Education And Disability)は、日本語では、高等教育と障害のための会議と訳される大学等の高等教育機関で障害者支援にかかわる専門家の組織であり、今年で結成30周年を迎えた。今年の国際会議の大きな特徴は、国際会議に先立ちE-テキストの作り方を学ぶワークショップが2日間に渡り開催されたことだ。
参加者は大学の障害サービス部門の担当者が主であり会場は、用意された部屋に人が入りきらないほどであった。(特に各州の地域の住民が通う職業訓練や社会訓練を目的としたコミュニティカレッジの障害サービス部門の担当者の多さが目をひく。)このことは、E-テキストに関する関心の高さを物語っている。

アメリカでも、全ての教科書および副教材のE-テキストが容易に手に入る訳ではない。視覚障害者、及び学習障害者のためのリーディングシステムの非営利メ-カーであるべネティックが運営するブックシェア(Bookshare)では、法的に障害者と認められ、サービスに申し込んだ利用者は、電子図書をダウンロードし、パソコン上の合成語及び点字ディスプレイで読むことが出来るが、著作権等の問題により、全ての本を得ることは出来ない。

筆者が参加したE-テキストのワークショップの1日目には、このような状況を打破する為、出版社と大学の間を取り持つ機関として、2007年にアメリカ出版協会(Association of American Publishers,INC.)が設立したホームページ、PUBLISHER LOOK-UP SERVICEが紹介された。
大学の障害サービス部門はPUBLISHER LOOK-UP SERVICEを通し、許諾の申請を行なったり、得ることが出来る。また、現状としては、出版からの返答として「本の印刷の工程が複雑な故、テキストデータだけを取り出して渡すことは不可能だが、本をスキャンしてE-テキスト化することは構わない。」との場合も多くなっており、障害サービス機関の担当者はスキャンに奮闘することになり、話はいかに効率的にスキャンを行なうか、その具体的作業の方法に進んでいる。
 スキャンのマシーンには、設定さえ行なえば、あとはページを機械的に自動送りしながらスキャン作業を進めてくれるタイプも登場してきている。しかし、数百万を超える大変な高額であり導入している大学はほとんど無く、ほとんどの大学では人間の手と目を使ってスキャンを、時間を掛けて行なっている為、効率的なスキャン化が必要不可欠である。

2007年AHEAD国際会議でのセッションとアメリカ国内より数多く参加した障害サービス担当者

続く2日目には、デジタル録音図書の国際標準であるDAISY規格を使用した図書の作成方法の実技が行なわれた。Eテキストと音声と画像・テキストを組み合わせ、同時にシンクロして表示させる*マルチメディアDAISY録音図書は印刷字が読むことに困難さを持つ者にとって情報の取得に有効だといわれている。そして、この技術はEテキスト無しには成り立たず、Eテキストがあってこその技術とも言える。実技では、参加者は熱心に耳を傾けていた。

アメリカの大学では、非営利団体 Recording for the Blind and Dyslexic <RFB&D>(主に視覚障害者と印刷字の読めない障害を持つ人たちを対象に活動しており、国の教育図書館として機能している非営利団体)が作成した音声を、障害学生向けに利用出来ることが認められており、DAISY図書もこの音声を利用して作成することが多い。

ワークショップ後、参加者に感想を伺ってみた。メキシコに隣接している地域にあるコミュニティカレッジの障害サービス部門担当者は、「場所柄、生徒には、メキシコからの移民の方々が数多く在籍している。移民の方々も含めてコミュニティカレッジに通う生徒の中には学習障害の方も多く、障害サービスを行なっている学生のうち80%が、学習障害者である。今回は、彼等に対する有効なサービスを学びたいと思って参加した。今までの経験から考えると、学習障害者にはパソコンを使った支援方法はとても有効だと思う。DAISYは、特に読んでいる文字がハイライトされるところが彼等にとってとても有効だと思う。」と話してくれた。

日本では、読みに困難さを持つ学生に対し教科書や副教材のテキストの提供や音声の提供は著作権法や出版社等の問題や課題を避けて通ることが出来ず、E-テキストの概念そのものが広がりを見せていないが、著作権や出版社等に関してはアメリカでも同様な問題は生じている。しかし、関係者の根底には”障害当事者それぞれに適した形態を生み出しE-テキストは、有効である。”という強い思いがあり、その思いが状況を少しづつ、好転させていっていることがうかがわれる。

日本では、E-テキストという電子データそのものに関し、人々は“障害者のそれぞれのニーズにあった形へ変えることが出来る”というまでの発想は現在、持っていない。しかし、アメリカを始めとする諸外国の事例を参考にし、「受け手の状況に合わせたフォーマットに変更できるE-テキストは、より多くの障害者に対して有効で最適なサービスである」という視点から、E-テキストの価値観を広めていくことは有意義であり、障害者にとって、より自由で実利的なサービス提供となると日本でも期待される。

*「DAISY」は、大きくわけると「音声のみのDAISY」「マルチメディアDAISY(E-テキスト、音声と画像を組み合わせて作られる)」の2つに分けられる。