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特集/検証・市町村障害者計画

なぜ進まぬ、市町村の障害者プラン

大澤 隆

1 はじめに

 このテーマに対する問題点の指摘はすでに多くの論者やマスコミからもなされている。例えば「市町村の策定は法制度上の義務でなく、単なる努力規定であること」「老人保健福祉計画などに追われ、意欲的にも財源的にも負担が重い」「利用対象者も地域的に見れば少なく、施策の体系化など計画策定の内容を難しくしていること」などである。加えて「障害者が参加する場がつくられていないこと」もその理由にあげられている。異論のない指摘である。
 そこで、これらを踏まえながら、筆者がかつて体験した地方自治体の福祉行政から見て、どのような問題が背景に内在しているのか、次の5つの視点から考察してみたい。

2 5つの視点とその対応策

 一般的に地方自治体がある施策の形成に着手しないときの理由として「財源がない」「人材がいない」を主たる条件としてあげることが多い。しかし、この障害者プランについては、その理由以前の課題が横たわっている。

(1) 計画行政の経験が少ない

 まず、第1にあげられるのは、地方自治体はこれまで対人福祉サービスを主とする計画行政の体験を持ち合わせていないことである。
 わが国の福祉行政は、戦後、国の主導による中央集権的な福祉行政によって政策形成がされ、地方自治体はその下請け的な実施機関に過ぎず、自ら地域生活者としての障害者に対する政策立案の行政経験を歴史的に持っていない。つまり、厚生省が企画立案し、予算化した施策を厚生省が策定した実施要領にそって忠実に施行することであった。仮にその施策が、地域生活者としての障害者の生活にフィットしない現実があったとしても「実施要領がそのようになっているので…」ということで終わらせることになる。その時々に求められる福祉サービスを実施要領どおり適用するのが通常の業務パターンとなる。ここからは、先先なにが利用者にとって必要となるか、その計画的な業務展開の必然性が生まれないのである。
 このような実情を前提に、計画行政を導入する場合には、用意周到な計画マニュアルの準備か、サンプル的なモデルの先行実例のプランを示すなど実務的な準備活動が欠かせない。ちなみに、老人福祉の例にみる老人保健福祉計画の策定にあたっては、厚生省が研究検討会を設置し、その計画策定マニュアルを策定し、モデル開発も行うなど一定の環境づくりが行われた。老人福祉法の義務規定とされたこの計画においてですら、このような状況であった。ましてや、法制度的に策定の義務規定のない障害者プランにおいては、障害者基本法の定めにあることだけで、地方自治体にその策定を期待することはいささかストレートな発想に過ぎないか、と疑問が湧く。
 中央行政の通知1本の指示によって、地方自治体の計画の策定がなされるという認識がもしあったとしたら、地方自治体計画の意義をどう理解していたのであろうか。いうまでもなく、計画策定には、地方自治体の自発的意欲が基本となる。いまに至る過程において地方自治体が、どの場に、どのように参加し、意見を交換する機会が配慮されたのか、問われるところである。

(2) 在宅福祉サービスに対する期待が乏しい

 第2は、在宅福祉サービス形成への展望がなく、在宅福祉サービスへの期待感が乏しいことである。
 障害者福祉における在宅福祉とはなにか、と問われた時、どのような答えが用意されているのであろうか。時として施策の羅列体系をもって答え、時として理念的説明をもって答えるのが現状であろう。つまり、共通した理解と実態が見えないのである。このような中で、理念として在宅福祉サービスへの期待を掲げながら、本音としては、できるなら施設入所への期待という状況とあいまって、在宅福祉サービスを実現するという可能性への期待が乏しくなるのではないか。いま必要なのは在宅福祉サービスづくりの姿が実務的にも見えてくることである。そのためには、政策形成の焦点を在宅福祉サービス一点に収斂させることが必要である。あえていえば「従来型障害者の入所施設の新設を一時凍結し、その財源と政策形成のエネルギーを在宅福祉サービスに集中させる」ことではないか、と考える。
 障害者プランとは、いい換えれば在宅福祉プランであり、地域におけるライフプランとすべきではないかと考える。とすれば、在宅福祉サービスにとって、本来不可欠な対人福祉サービスであるホームヘルパーなどは「制度があっても実行なし」の状況にあり、このことが障害者の地域での生活実態に肉薄し、その生活上の課題を明らかにするという機能の欠落を意味している。その結果、障害者の地域生活の将来への展望を開き「障害者が地域社会で生活すること」を必然とする行政認識を乏しいものにさせている。ある新聞は「迫られる首長の決断」と論評しているが、首長が迷いの中で決断できないのではなく、「決断する必要性への認識に乏しい」のではないか。

(3) 法制度上の不備

 第3は、すでに多くの方から指摘されている法制度的な不備についてである。いうまでもなく、福祉関連八法の改正時に市町村中心の福祉制度に改正された中、障害児に関連する児童福祉法においては市町村委譲が、また、知的障害者に関連する精神薄弱者福祉法においては町村委譲がなされていないことである。ということは、すべての障害者に対する総合的な障害者プランの策定の背後にある障害者関連法が、三者三様にバラバラに地方自治体に関わる法制度的な枠組みとなっているということである。精神障害者の福祉課題を取り入れると、さらにこうした傾向が顕著となろう。国のこうした法制度的な自己矛盾を内包しての障害者プランの策定は、地方自治体にとって、立ち上がりに二重三重の困難さを加えることとなる。

(4) 障害の枠を超えた施策形成の総合化

 第4は、利用対象者が障害別に分断されており、計画の推進役となっていないことである。前述したような状況において、計画策定の推進はやはり、その地域における当事者組織がどう推進役を担うかにかかってくる。現状が障害別対策体系であることを反映して、当事者組織もまた障害別組織構成が一般的である。もっともそうした団体の限界を認識し、それらの団体を横に組織化した連合団体も設置されている最近の動向にあるが、いまだ、必ずしも、相互理解の関係にあるとは限らない事例が少なくない。
 障害者プランの策定を困難にしている理由の1つに「地域ごとにみると利用者が少ない」ことがあげられる。確かに人員として決して多くない障害者について、さらに障害別の施策体系を構築するという計画内容には困難さが倍加する。従って、数町村で広域圏を構成し、広域計画を策定する方法の導入、あるいは障害別の対策をそれぞれ政策形成するのではなく、可能な限り相互乗り入れや多目的利用の福祉施策を形成する方法など、障害の枠を超えた施策形成の総合化を展開するという計画実施上のいくつかの原則を明確に打ち立てる必要があろう。場合によっては、老人福祉サービスとの相互利用も視野に入れることも重要な課題となろう。

(5) 当事者自ら「対案」を提出する

 第5は、当事者が対案を提出することである。障害者プランの策定については「当事者参加」が不可欠となるが、その際、単に参加して意見を提起するのではなく、当事者としての「対案」を提起することが、地方自治体をして策定のイメージづくりを促進する環境をつくることになる。ある市の障害者関係者は、素案を作成して自分の市に提起するなどの努力を重ねていると聞くが、それは当事者が自らの地域生活の課題とその対応について、社会的な検討に付すという重要な意義をもっている。

3 まとめ  ―提案に代えて―

 以上のことからいえるのは、最近の障害者福祉行政のめざましい活動に賞賛を送りながらも、やはり「施策はあるが政策はない」ことである。基本的には、これが「なぜ、進まぬ市町村の障害者プラン」の状況を生み出しているのではないか、と考える。これを克服するためには、前述のように障害者プランを「在宅福祉プラン」に組み替えることである。その中において地域福祉サービスはもちろんのこと、対人福祉サービス(ホームヘルパーなど)を重点的に位置づけ、地域社会、とりわけ小地域を単位とした在宅福祉サービス活動の構想を鮮明に生み出すべきである。それによって、障害者が地域で生きる姿が見えてくる。現在の障害者プランには、この地域社会が見えていないのではないか。このような状況を打ち破るために、「障害者プラン学習会」を全国的に設置し、その成果を各地の「障害者プラン推進セミナー」などの開催に結びつけ、計画策定の促進の環境づくりに取り組んではどうかと提案したい。もちろん、市町村の取り組みの基礎的条件として関係法制度の市(町村)への権限の委譲、また、障害者福祉総合法など総合立法化が求められていることはいうまでもない。

(おおさわたかし 東洋英和女学院大学人間科学部教授)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年6月号(第17巻 通巻191号)26頁~28頁