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特集/さわやかに 新教員来る

新任教員の前途を祝す

石川 准

 僕は先月ミネアポリスで開かれたSDS(Society of Disability Studies:アメリカ障害学会)の大会に参加した。花田春兆さん、障害コミュニケーション研究所の長瀬修さん、ライターの坂部明浩さんとも現地で合流した。バイオエシックスの土屋貴志さんもワシントンからやってきた。花田さんと長瀬さんは学会報告を行ったが、僕はまったく同じときにスウェーデンで音声ブラウザの開発会議があったため、彼らの報告を聞かずにあわただしく途中で切り上げざるをえなかったのは残念至極だった。
 それでも、セッションと休み時間をとわず、参加者たちが出生前の障害診断の妥当性をめぐって連日熱心に議論していたことに感銘を受けた。それに議論を聞いていると、賛成するにしても反対するにしても、話のもっていき方というか、レトリックの組み立て方が日本のそれと驚くほどじつによく似ており親近感を覚えた。障害と向き合って考えることによって立ち上がってくる思想、視点は横に広がる1つの文化なのだから当然といえばそうなのだが、それでもなんだか嬉しかった。
 最近、障害者の大学教員がすこしずつ増えてきた。とくに今年は多いようで、嬉しいかぎりだ。日本で障害者が「大学の教壇に立つ」―この言い方もなんだか妙だが―というのはじつはそうやさしいことではない。差別はカテゴリにすがる存在証明だからであり、排除によるカテゴリの価値づけだからである。だから、陰に陽にある排除しようとする力をかいくぐって大学に職を得た障害者の仲間を僕も心から歓迎したい。
 と同時に、1つの呼びかけを行いたい。それは「障害学」という構想を現実のものにしていこう、という提案である。福祉、教育、医療の対象として障害を扱う専門職とは独立に、障害という視点から社会と人間をみつめる学問を僕たちの手でこれからつくっていこうではないか。
 女性、民族的少数者、第三世界の人々、性的少数者などがそれぞれの視点を生かしつつ理論構築を行ってきたことに学びつつ、僕らも障害からの理論構築をめざすことが可能だし、必要だと僕は思っている。じつは、いま長瀬さんといっしょに『障害学への招待』(仮題)という本の出版を企画している。存在もしない場所に人を招くことはできないから、正しくは「障害学」をつくることへの招待である。
 もちろん障害者の視点、主張は、障害者運動の現場から長い間発信され続けてきた。「青い芝」の運動、自立生活運動、ろう者のろう文化運動など、同じ障害者でも立場によりさまざまな主張や視点が示されてきた。それらには学ぶべきことが多い。けれども、それを学問とするには、既存の膨大な知的集積との突き合わせを行う必要があると僕は思っている。そうすることによって、一見対立するような問題、たとえば先の出生前診断をめぐるフェミニストと障害者の対立なども、より立体的な視点から乗り越えることができる。
 僕は視覚障害者だからよけいにそう思うのかもしれないが、個人の障害者としての体験だけを頼みにしては障害学の構築は成らない。視覚障害者は活字メディアにおける情報疎外を長く経験してきた。勢い僕は自分の頭で考え、自分の体験を活用し、論理演算能力を鍛え、レトリックや表現を工夫して、自分のスタイルを確立することに活路を見いだしてきた。他に方法はなかった。だがそれでは不十分なのだ。自分の頭だけで考えつくことや、自分が体験できることはごくわずかしかない。だから僕は、社会学と平行して、電子メディアをアクセシブルにする道具づくり=ソフトウエア開発を続けてきた。
 際物でいいならともかく、既存学問にインパクトを与えられるようなものにしようと思えば障害学の道は遠い。だからこそ、障害者問題にかかわる研究者のゆるやかなコミュニティをつくり、一緒によい仕事をしたいと強く思う。

(いしかわじゅん 静岡県立大学国際関係学部教授)

石川 准 (いしかわじゅん)
1956年 富山県生まれ
1981年3月 東京大学文学部社会学科卒業
1987年3月 東京大学大学院社会学研究科
社会学A専攻博士課程単位取得退学
現在 静岡県立大学国際関係学部教授
社会学博士
研究テーマ
《社会学分野の研究》
アイデンティティ・ポリティックス論
《情報処理分野の研究》
日本語英語自動点訳プログラムの開発
スクリーンリーダー、スクリーンブレイラーの開発
音声・点字対応エディタ開発


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年7月号(第17巻 通巻192号)10頁・11頁