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フォーラム’97

職業的自立啓発事業を核とした知的障害者の就労支援

関 宏之

1 知的障害者の就労

 今国会で、障害者雇用率の算定基礎に知的障害者を加えた雇用率の設定、特例子会社や「雇用支援センター」の設置基準の緩和、事業所で行う職業訓練の推進などを含む「障害者の雇用の促進等に関する法律」が改正された。20年の遅れはあるものの、身体障害者中心の施策が知的障害者に適用され、さらには精神障害者へと拡充されつつある。
 知的障害者は、5人以上の従業員規模の事業所では入所更生施設在籍者とほぼ同数の6万人が働いているといわれる。都市部では、養護学校卒業生の約3割、知的障害者全体の約2割弱が就労しており、障害程度では中度者・軽度者の順で就労者が多いが、重度者も雇用されている。一方、授産施設などの福祉施策を利用して就職する事例は極めて少なく、離職のピークは就労後5~10年にあるといわれながら、離職者の半数近くは再就職をしたり、福祉施策を利用することなく在宅生活を余儀なくされている。常用就労者が減少しつつある比較的小規模の製造業関連の事業所で雇用されている。賃金ベースは常用就労者に比べてかなり低い、数々の不当労働行為や人権侵害が報告されている、等々が指摘されてきた。しかし、抜本的な解決策も展望もないままに新しい局面を迎えようとしている。

2 「職業的自立援助事業」の展開

 労働省は、1994年度より「全日本手をつなぐ育成会(以下「全日本育成会」と略)」に「職業的自立援助事業」を委託した。委託内容は、冊子を発行して、知的障害者が職業人として社会参加することの意味や、就労促進や助成金制度などに関する情報提供、各地で「職業的自立援助セミナー」を開催して保護者を鼓舞するとともに、進路決定や就労に重要な役割を担う専門家・支援者・事業主間の連携を促進すること、また、1996年度からは就労問題に直面している知的障害者や保護者からの相談を受ける「ピアカウンセラー」を配置することなどである。全日本育成会は、本事業を「就労問題の解決に向けて地域の社会資源を発掘・統合化すること」であるととらえて事業を展開してきたが、筆者も当初から本事業に関与する機会を得て事業企画や事業実施に当たってきた。
 全日本育成会では、『今からでも早くはない・今でも遅くはない』『就労へのためらいにこたえる―40の質問とこたえ』という2冊の書籍を出版して関係者に配布するとともに、それをテキストとして今日までに青森・仙台・神奈川・大阪・京都・神戸・福井・広島・米子・高知・北九州・熊本で「職業的自立援助セミナー」を開催してきた。主な内容は、各省庁や全日本育成会の動静、当該地域の雇用トレンドや知的障害者の就労実態、雇用促進にかかる制度やシステム、事業主や働いている知的障害者の声、雇用された人たちの職業生活の支援、就労をあきらめてしまった人の支援などについてともに考えることとし、各地の育成会が当地の保護者・養護学校・労働行政・公共職業安定所・障害者職業センター・福祉施設・事業所などに参加要請をした。
 このところの景気低迷による雇用調整や企業倒産、産業構造の変化に伴う就労形態の変化や労働移動などによる離職者の急増、各地で報告されている事業主による不当労働行為や人権侵害など、就労に対する否定的なムードが漂っており、重い気分でセミナーに臨んだが、各会場とも定員をはるかに超える参加者があり、しかも、会場からは積極的な提言や実践報告が発表され、当初抱いていた懸念は杞憂に終わった。それぞれの地域ではキーパーソンを中心に顔の見える就労支援が粛々と実践されているという印象を受けた。率直な感想として、大都市・中央発の大仰で他罰的な「専門家面」や「実践のない原則論」に辟易していた筆者には大変新鮮であった。

3 「職業自立啓発事業」への転換

 1997年度より「職業的自立援助事業」の事業内容が大幅に変更されるとともに「職業自立啓発事業」と改称された。これを機に、全日本育成会では、当事者組織であるという自覚を再認識するとともに、「就労支援専門委員会」の機能を強化して事業体系を再構築して、知的障害者の就労に関する理念や論理を確立するとともに、実践に関する方法論や政策提言を主導できる基盤整備を図ることになった。
 まず、今日まで知的障害者の就労支援について12回にわたって全国規模で展開してきた「知的障害者の職業と社会参加に関するセミナー(職参セミナー)」を「就労支援セミナー―就労支援実務者養成講座」と変更する。知的障害は、「知的能力や社会適応能力における変調」だと定義される。しかし、「できること・できないこと」の幅は広く、「できないこと」を強調して就労を断念させる者もいれば、「できること」に着目して就労支援に当たる者もいる。セミナーでは、「知的障害者が働くことの意味」「地域生活支援と就労問題」「知能検査・職業評価・職業指導」「産業動向と雇用トレンド」「行政における取組と展望」「労働施策と助成金制度」「労働者としての権利」「地方自治体における就労支援事業や雇用の創出」「事業主の役割」「労働組合など社会資源の役割」などとし、「意味ある支援組織・支援者とは」をメインテーマに掲げながら、共通認識に立てる就労支援実務者を養成するための講座を年1回の割合で開催する。
 また、職業自立啓発資料は、テーマごとに専門委員会を構成して執筆を依頼し、「職業自立啓発シリーズ」として刊行し、広く関係機関・関係者に配布する。
 「職業的自立セミナー」は「職業自立啓発セミナー」と改め、全日本育成会・各ブロック事業として2日間にわたって実施する。1日目は、関係者による「地域知的障害者雇用ネットワーク会議」とし、2日目は、これまで通りのセミナーとする。なお、開催に当たっては、開催マニュアルを作成して全国的に均質なセミナーを開催したり、中央あるいは都市部の独りよがりではなく、地域の就労支援の実態や地域特性を考慮したテーマを設定することなどに留意することとしている。
 ピアカウンセラーの設置については、寄せられた相談内容から、労働上の人権問題に集約されることから、当面、既存の職業センターにおけるカウンセリング、公共職業安定所における担当官や職業指導員、地域の人権擁護機関などにおける担当者などとの専門職間の整合性を探りながらその概念や役割、あるいは養成方法などのノウハウの確立につとめる。

4 おわりに

 最近、就労は、作業所や福祉施設中心の生活と比べて「面白くない・つらい・疲れる」として回避される傾向にある。「労働」のない「暮らし」があっていいはずはないが、知的障害者や保護者が就労に向かうことを萎えさせ、ためらわせている環境があるというのも事実である。就労したい(させたい)と願う知的障害者や保護者からの信頼にこたえうる支援体制の開発と支援制度を整備・統合する必要がある。
 支援体制の開発では、①適性を発見したり開発して就労に結びつけるシステムを身近に整備すること、②障害者職業能力開発施設や養護学校での「職業指導・教育」の拡充、③能力開発施設・養護学校・授産施設などで、産業構造の変化に対応した製造業以外の職業技能の習得機会を提供すること、④雇用されている人たちの社内失業を予防するためにキャリアアップ制度を作ること、⑤離職・退職を余儀なくされている人たちの再就職のための支援体制を整備すること、⑥労働関係法や社会保険の適用を受けて安定した職業生活を保障すること、⑦さまざまな社会制度を使いやすく一元化して安定した「暮らし」が成立できるようにすること、⑧失業・離職・企業でのトラブル・就労上の人権侵害などを気楽に相談できる窓口や支援体制を整備すること、である。
 また、支援制度の整備に関しては、①重度障害者多数雇用事業所・特例子会社・福祉工場などの設置を促して安定した雇用環境を作ること、②雇用に伴う企業の負担感の軽減措置(設備の設置・更新や給与面での補てんなど)を図って事業所の雇用意欲を高めること、③労働省・厚生省にまたがっている雇用・就労制度を一元化するとともに保護雇用制度の導入を図ること、である。
 どこの地域にも養護学校・福祉事務所・更生相談所・福祉施設(更生施設・授産施設・通勤寮・小規模作業所・グループホーム)・公共職業安定所(ハローワーク)・障害者職業センター・障害者雇用促進協会・人権擁護機関など知的障害者の職業や生活を支援する機関や組織があり、また、当事者組織である各地の育成会(手をつなぐ親の会)がある。それぞれが連携して、「就労支援ネットワーク」を構築することの必要性が繰り返し唱えられてはきたが、ただナショナルミニマム追随型の縦割り行政の末端組織、あるいは、受益者として存在するだけで、地域・システムとして機能しているとはいいがたい。企業の障害者雇用に対する理解が不足していることだけが強調されるが、就労問題が起因する背景には、就労支援サービスのパラダイムが錯綜していることにある。
 最近、国や地方自治体でも「希望する人すべてに就労機会を提供する」と大変耳ざわりのよい文言で飾られるようになった。しかし、一層の経済成長も望めず、就労構造が激変している今日、「就労への憧れ」や「企業パッシング」を振り回しているだけでは事態は解決しない。この混迷期に、地方自治体やどこの地域にもある機関・労働組合・事業主などが連携して就労支援を開始した地域もある。抜本的な制度改革を視野に入れながら、このようなボランタリーな組織を開発して地域の就労支援を統合・活性化することが就労問題解決の基本である。
 筆者の当面の活動は、「職業自立啓発事業」における「就労支援セミナー」「職業自立啓発セミナー」「資料による情報提供」を通して、地域のキーパーソンとともに小さくても意味のある就労支援のための組織づくりを促し、支援することにある。

(せきひろゆき 全日本手をつなぐ育成会理事/大阪市職業リハビリテーションセンター・大阪市職業指導センター所長)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年7月号(第17巻 通巻192号)62頁~65頁