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文学にみる障害者像

林不忘 著『丹下左膳』

萩原正枝

 隻眼隻腕の痛快なヒーロー丹下左膳は、新聞小説として書かれた。昭和2年10月から3年5月まで「新版大岡政談」として東京日日新聞に連載。昭和8年6月から11月まで大阪毎日・東京日日新聞、昭和9年1月から9月まで読売新聞に「丹下左膳」「新講談丹下左膳」として連載された。
 『丹下左膳』として知られる物語は、2つの物語からできている。その1つ、「乾雲坤竜の巻」は、刀剣マニアの奥州中村六万石の当主、相馬大膳亮の密命をうけた丹下左膳が、江戸根津権現の剣道指南小野塚鉄斎の秘蔵する乾雲・坤竜の二刀を手に入れようとする物語。もう1つは「こけ猿の巻」と「日光の卷」で、日光東照宮修繕の命を受けた柳生家の、莫大な埋蔵金のありかを秘めたこけ猿の壺をめぐって、柳生源三郎やその婿入り先である司馬道場の陰謀集団と丹下左膳とのめまぐるしい争奪戦の物語である。
 八代将軍吉宗の時代を借りた、超歴史的現実ともいうべきバーチャルリアリティの中、自由自在の想像力を展開して、読者を堪能させてくれる。
 丹下左膳がはじめて登場するのは、小野塚道場の年に一度の秋の大仕合の日、「小野塚鉄斎道場のおもて玄関に、枯れ木のような、恐ろしく痩せて背の高い浪人姿が立っている。赤茶けた髪を大髻に取り上げて、左眼はうつろにくぼみ、残りの、皮肉に笑っている細い右眼から口尻へ、右の頬に溝のような深い一線の刀痕がめだつ。」
 この印象的な姿で登場した丹下左膳は、剣士にとってはかなり大きなハンディをもっているはずなのに、そんなことは微塵も感じさせない。登場と同時にたちまち剣をふるって乾雲丸を手に入れ、小野塚鉄斎を切って逃げてしまう。しかし、一対におさまっていれば何事もない乾雲・坤竜の二刀は、分かれたが最後、人の血を欲する魔力をもっていて、左膳も乾雲丸の妄念に魅入られたように、坤竜丸を求めて夜の町を彷徨する。
 刀に魅入られた左膳は、「血、血、血…人を斬ろう、人を斬ろう」と辻斬りを繰り返し、鈴川源十郎と対決する場面では、「左膳、だしぬけに眼を細くしてうっとりとなった。怪刀の柄ざわりが、ぐんぐん胸をつきあげてきて、理非曲直は第二に、いまは生き血の香さえかげばいい丹下左膳、右頬の剣創をひきゆがめて白い唇が蛇鱗のようにわななく…」というぐあいで、ニヒリスト剣客のイメージが強い。
 ところが、めったやたらに大暴れして人を斬るのに、全体的な印象では陰湿な感じはない。波瀾万丈に展開するストーリーの中、どこかカラッとした異端の剣士ぶりであり、時には相手に義理立てする一面ももっている。
 「こけ猿の巻」以降、物語はますます快調、自由奔放になっていき、左膳もニヒリストの側面は残しながらも、孤児のチョビ安の父親がわりを引き受けてしまうまでに変貌する。また、「この丹下左膳の胸には、男の意気というものがあるのだッ!」とか「左膳を動かすのは、義と友情の2つあるだけ」などという言葉が聞かれるようになって、「乾雲坤竜の巻」の左膳よりは、よほど人間味が増してきている。
 左膳の人気には文学のマスコミ化が果たした役割も大きい。映画の丹下左膳は、新聞連載がまだ終わらない昭和3年に最初の映画が封切られた。左膳は、嵐寛寿郎や大河内伝次郎、阪東妻三郎など、多くの名優によって演じられた。なかでも大河内伝次郎の左膳は「シェイは丹下、名はシャゼン」の名セリフによって人気を博し、昭和28年まで何回も映画化されている。また、デパートのキャラクター商品として「丹下左膳浴衣」が売り出されたり、紙芝居も人気だった。
 「個性の産物である純文学とちがって、大衆文学は大衆によって創造される。作家は大衆のもろもろの要求に形を与えるにすぎない」「それは読者との結びつきが直接的で作中人物が読者のイメージのなかで勝手に生きつづける性格をそなえているからだ。そこには大衆の願望が具象化されている」(注1)。
 はじめは敵役としてニヒリストの剣客だった左膳は、剣豪としての性格は残しながらも、より人間味のある性格へと変化していった。この変化は、左膳の人気にこたえる作者と、読者が共に創りだしたものだったと言えるだろう。左膳は読者のイメージのなかで大きく育っていったのだ。
 丹下左膳が書かれた昭和2年は、ニヒリストの剣客が多く登場した。なかでも左膳は明らかな障害を負っての登場だった。一般的には社会で活躍することが少ない障害者が、なぜ人気者のヒーローに変身できたのだろうか。1つには昭和初期の社会の閉塞状況が関係していると見ることができる。その意表をついた外見と、不自由な体にもかかわらず圧倒的な強さを誇る破壊のエネルギーは、不景気で不安な時代の人々の心に解放感を与えるものだったのだ。片目、片腕の怪剣士の大暴れは大衆の喝采をあびてヒーローとなっていった。
 「英雄の存在については、“フラジャイル説”とでも呼べる注目すべき見解がある。英雄にはフラジャイル、つまり脆く壊れやすい点、そう、弱点や欠点を顕著にもっている者が多いというのだ。逆な言い方をすれば、超人・超能力的存在が、もし弱点・欠点をもたず、万全・万能であったとしたら、それはもう神格化と言ってもよく、人間離れしてしまって親しみどころではなくなる。スーパーマンを人間につなぎ止めておくには、フラジャイルな点をもたさなければならない。目に見えてわかりやすいフラジャイル。それは体の欠損であり欠陥なのだ。超人的であればあるほど、重い障害を負わなければならないのだ」(注2)。
 この“英雄のフラジャイル”という視点から見るならば、隻眼隻腕の丹下左膳が目茶苦茶強いのは当然だろう。神話や伝説・昔話のなかには、弱い者が強い者を打ち負かすというパターンがしばしば現れるが、これは人間の心の奥にある願望を現していると見ることができる。人はそれぞれが自分の中に、不足・不満・弱点などを抱えながら生きていて、それをのりこえたいと願っているのではないだろうか。その願望が丹下左膳によって表現され、解放されたので大衆のヒーローとなり得たのだろう。

(はぎはらまさえ フリーライター)

〈注〉
1 『大衆文学』尾崎秀樹、紀伊國屋書店、1994年
2 『日本の障害者―その文化史的側面―』花田春兆、中央法規出版、1997年


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1998年1月号(第18巻 通巻198号)46頁~48頁