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ほんの森

永井肇監修 阿部順子編著
脳外傷者の社会生活を支援する
リハビリテーション

〈評者〉大橋正洋

 脳外傷について、米国ではsilent epidemic、すなわち社会的な大騒ぎにはなっていないけれども、実は伝染病のように被害者が多い深刻な問題であると関係者に認識されている。これを受けて米国の17か所のリハ施設が、脳外傷リハモデルセンターと位置付けられ、救命治療、入院リハ、多職種による長期的フォローアップのモデルを示し、さらに脳外傷に関する各種研究を続けている。
 ところでわが国では、脳外傷の後遺障害を残して生活している人々がどれだけいるのか、調査がほとんど行われていないため実態が分からない。脳外傷の主な原因は交通外傷である。わが国の救急救命システムの充実を考えると、救命された後に障害を残して社会復帰できず苦しんでいる人々は、欧米並みの人数がいるはずである。年齢の若い脳外傷者が、救命されてから社会復帰するまでには、長い時間と多くの専門家の援助が必要になる。ところが医療・福祉・職業などの領域には、脳外傷者の問題を的確に理解した専門家が少なく、個々の脳外傷者が必要な時に必要とするサービスを受けられないでいる。このような脳外傷者及び家族の人々が置かれている現状は、遅ればせながら社会的な関心を集めるようになった。
 名古屋リハセンターでは、センター長以下、医療・福祉・職業の専門家が、早くから脳外傷者の問題に取り組んでいる。名古屋リハセンターが脳外傷者への支援を行っているということが評判になり、全国から電話での相談が殺到しているという。脳外傷後に、復学や就労あるいは家族関係の維持が円滑に行えない場合に、それが脳外傷の後遺症の結果であることに気付かないこともある。長年悩んでいた人々も、説明を聞いてはじめて納得するという。当事者だけでなく、脳外傷者を取り巻く専門家も、どのような援助を行ってよいか指針がないまま試行錯誤を続けてきた。本書は、名古屋リハセンターにおける脳外傷への10年間の取り組みを集大成したものである。内容は脳外傷についての平易な医学的説明から、脳外傷者が示す認知障害、情緒・行動障害の説明と対応、施設における対応、就労援助、当事者団体の組織など広い範囲に及んでいる。このため脳外傷当事者とその家族にとっては生活の指針となり、また脳外傷者を援助する立場の人々には体系的な知識を学ぶ教科書として利用することができる。

(おおはしまさひろ 神奈川リハビリテーション病院)