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身体障害者補助犬の現状と課題
―補助犬と自立できる社会へ―

高柳友子

 2003年5月22日、補助犬使用者悲願の法律「身体障害者補助犬法」が成立しました。これまで道路交通法でしか規定がなく、厚生労働省、国土交通省など各省庁からの通知通達により社会参加を促進されてきた盲導犬、法的位置づけがなかった聴導犬と介助犬の3種類の身体障害者の補助をし、自立と社会参加を促進する犬を総称して身体障害者補助犬とし、補助犬を同伴して社会参加することを保障しようという法律です。これまで先進諸国の中で、補助犬同伴による社会参加に対する差別を禁止した法律がなかったのは日本だけでした。この法律ができたことで、日本はようやく「補助犬との自立と社会参加」を認めた国になったといえます。

補助犬―盲導犬・聴導犬・介助犬とは

 盲導犬は視覚障害者の歩行をより安全に速くします。白杖歩行では落ちたり転んだりぶつかったりで絶えずどこかにあざを作っていたが、盲導犬と歩くようになってからそれがなくなったという話を聞きます。また、盲導犬との歩行は「風を切って歩く」ほどの速度を出すことが可能です。
 聴導犬は生活に必要な音が発生していることを知らせ、必要に応じて音源まで誘導します。玄関のチャイムやドアのノック、お湯が沸いた、電子レンジ等そして目覚まし時計やfax、携帯メールなど、光やバイブレータで聴覚補助を行うような工夫はありますが、光での確認は常に視覚をそこに向けていなければ気がつきません。つまり他の部屋にいたらわかりませんし、背を向けていたら気がつきません。バイブレータは常に身体に密着していなければわかりませんし、眠っていれば気がつかずにいることも少なくありません。聴覚障害者は常に「いつ起こるか分からない音」に注意を払っておかなければならないということです。聴導犬は使用者が注意していなくても使用者がいるところまで音の存在を知らせに行きます。銀行などの窓口で名前を呼ばれたり、子育て中の母親にとっては赤ん坊の泣き声を知らせてくれるのもとても大切な役割です。緊急避難ベルや、道路で後ろから鳴らされたクラクションなども知らせるように教えられています。また、もう一つの効果として「見えない障害」である聴覚障害を聴導犬を連れていることで周囲に知らせることができます。聴導犬を連れていることで、最初から手話や筆談で話しかけてもらえるようになって助かった、後ろから呼び止められているのに気がつかなかったりすることがなくなった、という社会的効果もあるようです。
 介助犬は肢体不自由者の、主に上肢の機能を補助したり、ニーズに応じて歩行などの移動、姿勢支持などを助けます。補助犬の中で介助犬だけは使用者の各々の障害により、介助作業の内容が異なる点が特徴です。大まかに分けても上肢機能障害、下肢機能障害、歩行ができるか否かなどによってもそれぞれの障害者に必要とされる介助犬の作業は異なります。車いす使用者の介助犬はよく知られるようになってきましたが、介助犬による歩行補助はまだあまり知られていません。わが国でもリウマチの方で介助犬による歩行を希望する方が出てきましたので、今後このような使用例も多くなることと思います。主な動作は、落下物の拾い上げと受け渡し、引き出しやドア等の開閉、中からの物の取り出し、荷物の運搬、手が届かないものを取ってくる、スイッチ操作等の上肢機能の代償ですが、ニーズに応じて体位交換や手足の移動、起きあがりや立ち上がりの介助、段差を越える車いす操作補助をすることもできます。介助犬研究班により実施した介助犬使用者の希望動機の中で最も重要とされたのは、転倒などの緊急時に電話を手元まで持ってくること、すなわち緊急時連絡手段確保でした。
 同研究班で行った在宅障害者の生活上の不安で最も多かったのも、やはり転倒などの緊急時に助けを呼べず、だれにも気がついてもらえなかったために長時間倒れていたなどの経験でした。いざというときに介助犬自体が起きあがりの介助となる、または助けを呼ぶことができるという安心が、自宅で一人きりで過ごす時間を確保したり社会参加する自信につながっていると考えられます。
 視覚障害者にとっての眼、聴覚障害者にとっての耳、肢体不自由者にとっての手や足の一部、あるいはそれ以上の働きをすることから、前述の研究班では補助犬を「生きた自助具」と位置づけました。自立手段としての自助具としての存在にとどまらず、伴侶でもあり使用者自身が保護者となり、生命の責任をもつ存在となる、それが補助犬です。

社会参加の実態

 一方社会参加の実態はというと、決して理解のある社会ではないのが現状です。補助犬使用者は自立と社会参加促進を目的として補助犬を希望するのですが、法的位置づけがなかった聴導犬・介助犬はペットと同等に扱われるため、交通機関一つとっても事前の利用申請をし、試乗試験を受け、覚え書きを交わすまでは同伴利用できませんでした。飲食店や買い物に行くにも一つひとつの店舗に補助犬であることを説明し交渉しなければならず、補助犬の存在が逆に社会的ハンディとなっていました。50年の歴史がある盲導犬使用者でも7割以上の方が同伴拒否経験をしています。断られる理由として最も多いのが「衛生上の問題がある」「犬が嫌いな客もいる」です。衛生上の問題については無理解から来る理由ですが、後に詳述します。
 2番目の理由については、基本的に補助犬の存在意義を理解していないために出てくる問題として理解する必要があります。補助犬は障害者の身体機能の代償や自立手段となっているのですから、その同伴についての議論は犬の好き嫌い問題ではなく、障害者の社会参加の問題として議論されなければなりません。しかし、社会参加の交渉をする中でいまだ犬問題として議論されている傾向が見受けられるのが現状です。
 補助犬法が施行されたこれからは、認定を受ければ2003年10月からはすべての不特定多数の利用する店舗や施設での同伴利用ができることになります。がしかし、法律は施行されても周知されていなければ実行力がありません。補助犬法では同伴を拒んではならないとしていますが、これに対する罰則規定は盛り込まれませんでした。本来は法律の実効性は罰則の有無による問題ではないと思います。法律がすべての国民に浸透し、補助犬を「外に置いてこい」「犬はダメ」と拒むことは、すなわち使用者自身を拒むことと同じであること、補助犬は公的基準に則って認定を受けた良質で安全な犬で、使用者が健康にも行動にも責任を持って管理していること、補助犬同伴を受け入れることは障害者の社会参加の問題であることを、広く知っていただく必要があるのです。
 「障害者が飼っている利口なペット」についての議論ではなく、「障害者の新たな自立手段としての犬の同伴」についての議論であることを明確にしておく必要があります。

補助犬と公衆衛生の関わり

 補助犬を新たな自立手段として考えるうえで特異的な問題は、当然ながら「犬」という動物であることです。犬には適切な健康管理が必要です。清潔な生活環境と適切な飼育、十分な健康管理と最大限の感染症予防や行動管理をしなければなりません。犬としては特別に社会参加する権利を与えられたわけですから、その「犬」が人間社会の中で、感染症や衛生問題などの公衆衛生上の問題を引き起こすことはあってはならないのです。清潔で定期的に十分な健康診断や予防接種、フィラリア予防などを行っている犬で、かつむやみに排泄しない、拾い食いをしないなどの行動管理ができている犬が、人にうつる感染症の原因となったという報告はありません。適切な健康管理や衛生管理をしていない犬が人にうつす可能性のある寄生虫や病気はたくさんありますが、犬の健康管理方法と人畜共通感染症の予防は確立していますので、補助犬の健康管理についての周知を図ることで、補助犬同伴受け入れの安全性について理解を求めていかなければならないと思います。特に飲食店や宿泊施設、そして病院等の特に衛生管理を求められる施設での補助犬同伴受け入れについては、受け入れのための補助犬の健康管理基準を必要にして十分厳重なものとして、ICUや手術室などの清潔区域に使用者が行く場合には、どこでどのように補助犬を待機させるか等の具体的な受け入れ側の対応マニュアル等の検討も必要と考えられます。

育成の実態と課題

 盲導犬の育成は、国家公安委員会の指定を受けた9法人が行っており、育成団体はすでに経営基盤も安定した中で行われています。歴史の浅い聴導犬・介助犬は、障害者に対する有効性とは裏腹に不安定な育成の実態が大きな課題となっています。補助犬法と同時に提出された障害関連三法の一部改正により、補助犬は在宅障害者支援の中で福祉用具と同様に位置づけられ(第十条三項福祉用具の給付→福祉用具及び補助犬の給付または貸与 第四項福祉用具→福祉用具等)、また2003年4月より、聴導犬・介助犬訓練事業は第二種社会福祉事業として位置づけられました。これにより訓練事業者は届け出をすることになりました。また同訓練事業を行う公益法人とNPO法人を対象に一頭あたり150万円の育成助成がメニュー事業に加えられました(助成額は自治体により異なります)。しかしながら、社会福祉事業経験や障害者についての知識、自立支援技術も乏しい民間の不安定な団体や犬産業関係者が訓練事業を開始することが多く、団体の数が安定しないばかりか、育成もリハ医療や障害者福祉と連携のないままに行われてきた実態があります。
 その結果、特に個々の障害者のニーズ対応が求められる介助犬使用者の中で、重度障害をもつ筋ジス使用者に対して継続指導体制を取っていないために障害の進行に対応できておらず、「介助犬」としての機能を果たしていない、脳性マヒで構音障害のある希望者が十分犬とコミュニケーションがとれるような指導ができず、障害者側の「管理不行き届き」として犬を引き戻されてしまった、脊損の自律神経障害について理解しておらず、夏の炎天下の訓練が行われて熱中症になりかかってしまったり、膀胱炎をこじらせて腎盂腎炎にまで至らせてしまった、などの問題例がありました。
 また、医療的な問題だけでなく、育成団体が希望者や使用者の個人情報を本人の承諾なく公開してしまったり、貸与後もイベントなどのために補助犬を連れて行かれてしまったり、使用者同士の交流などに制限をつけられたり、事業者から「意見を繰り返すなら犬を返してもらうかも」といった精神的打撃を受けるといった例も出ています。訓練事業者に訓練士の資格制度や条件など何の試金石もない現状では、専門的知識や技術不足による障害者への問題や被害がいつ起こっても不思議はありません。リハ医療従事者や障害者の自立支援に関わる専門職が、訓練事業者にしっかりとした協力体制を取ることでこれらの問題を回避することが可能になると思われます。そのうえで、障害者一人ひとりにとって有効な補助犬育成のために、個々のニーズに合った補助犬訓練の環境を整えるチームアプローチをすることが必要です。
 訓練者の資格制度の必要性については補助犬法審議の際にも議論があり、特に介助犬については個別ニーズの違い、合併症への対応について特に配慮が必要である点から、2003年度中に介助犬訓練士資格要件に関して検討が始められることになっているようです。また、国立身体障害者リハビリテーションセンターでは、介助犬訓練士の現任研修制度が開始されることになっています。盲導犬協会間でも盲導犬歩行指導員養成カリキュラムの検討などがなされているようです。今後、各々の補助犬訓練について専門職としての養成と資格化についての議論が発展することが望まれます。

障害者に必要とされる情報とは

 補助犬は有効な自立手段の一つでありますが、それを選択するか否かは十分な情報収集をしたうえで判断する必要があります。適応があるかの前に、まず最初に犬の飼育管理者としての責任を果たせるか、犬の保護者としての意識を持てるかを自問自答してみる必要があると思います。
 犬は一つの生命体です。使用者には補助犬にとっての親になるのと同等の責任が課せられます。飼育することは決して楽なことばかりではありません。犬の保護者になること、毎日食事を与え排泄をさせ、散歩に行くなどの犬との遊びの時間を持ち、定期的な健康管理をし、万が一病気になったりすれば獣医師に連れて行く。これらのことがわずらわしいだけで、補助はしてほしいが世話は一切したくない、という障害者にとっては、補助犬は選択すべき自立手段ではないと思われます。犬が嫌い、恐いといった方にも当然ながら適さないと思います。犬に愛情をそそぐことを喜びとする人、そしてペットとしてではなく、補助犬との社会参加だからこそより勇気づけられて行動範囲を広げられる人が補助犬使用者としての適性者です。
 犬の飼育には毎月の食事代5千~1万円と年1回のワクチン、フィラリア予防等と獣医科検診代約1万円以上がかかります。管理費についての公的支援はありませんので、この費用については自己負担ができることも条件となります。そのうえで、前述した実態を踏まえて、障害者自身が良質な事業者を選択して補助犬訓練を依頼しなければなりません。
 これまでは事業者の選択について、必ずしも十分情報を集めて決めたという使用者が多くありません。14年度の介助犬使用者実態調査から、全く継続指導を受けていない使用者全員が、もう次の介助犬はいらない、大変だから、と回答していることを忘れてはならないのです。介助者派遣等と同様に、個々のニーズに最も的確に応えてくれ、安全で良質なサービス提供をしてくれる事業者を選択し、事業者のサービス向上が図られなければならないと思います。厳しい「消費者の眼」で事業者を選んでほしいと思います。

リハ専門職に求められる協力体制(表1)

 補助犬法により聴導犬・介助犬訓練事業者は育成の際、専門職との協力体制、連携の必要性がうたわれました。したがって、リハ専門職は新たな「生きた自助具」としての活用法及び評価判定法を身につけなければなりません。リハ専門職に求められる補助犬育成における役割は表1のとおりです。補助犬訓練のための資格化が確立するまでは特に、リハ専門職がしっかりと当事者のニーズを把握し、終生補助犬が有効な自立手段として機能するために必要な指導をする協力体制が必要です。多くの医療従事者、福祉関係者に補助犬についての正しい知識を持っていただくことが大変重要であると考えています。

表1 リハビリテーション関係者に必要とされる補助犬の知識と実際

■希望者の適性・適応評価
  • 犬の飼育管理者としての責任の理解
  • 犬とのコミュニケーション能力
  • 犬のハンドリング能力
  • 介助犬に対するニーズ―有効性と必要性
  • 予後及び経過の評価による再訓練の必要性
■訓練計画及び合同訓練計画
  • 合同訓練時の合併症等についての注意、中止基準指示など
  • 介助内容の安全性確認、代替方法の考慮など
  • 予後及び経過の評価による再訓練の必要性
■適合評価
  • ニーズとの適合性評価
  • 合同訓練の指導監督(ケース会議による)
■最終総合評価判定
  • 補助犬の健康管理・行動管理等についての理解と技術
  • 補助犬としての個別ニーズへの達成度
■認定審査委員会による判定
  • 使用者自身による補助犬の行動管理状況の審査・判定
  • 補助動作についての確認

おわりに

 これまでは、補助犬同伴問題は「障害者の社会参加の問題」として議論されてきませんでした。育成は「リハビリテーションの一貫」として行われてこなかった経緯があります。補助犬が障害者にとって有効で安全な自立手段として確立するためには、社会での利用が円滑にできること、すなわち同伴利用についての社会的認知が進むことが必要です。そして、リハセンターや更生相談所等の自立支援施設でのサービスとして提供されるような情報提供や育成・認定・継続指導体制の確立が望まれます。

(たかやなぎともこ NPO法人日本介助犬アカデミー専務理事/横浜市立大学医学部附属病院リハビリテーション科)

●介助犬についての問い合わせやご相談は、次のホームページからe―mailでご連絡ください。
日本介助犬アカデミーホームページ
http://www2u.biglobe.ne.jp/~jsdra/
厚生労働省の身体障害者補助犬法ホームページ
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/syakai/kaijoken/top.html

【参考資料・書籍】
平成13―14年度厚生労働科学研究障害保健福祉総合研究事業介助犬研究班報告集
平成10―12年度厚生労働科学研究障害保健福祉総合研究事業介助犬研究班報告集
『介助犬』高柳友子、角川書店、2002
『介助犬を知る』高柳哲也編、名古屋大学出版会、2002