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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年5月号

映画の流れのなかの障害者

中橋真紀人

劇映画、アニメーション、記録映画、という3つの分野では、障害をもつ人々の抱える問題を伝える狙いのものから、障害が登場人物の性格に深く関わるという設定や、物語の伏線になっているものまで、実に多彩である。

今回、作品リストを作成するなかで、“障害とは何か”を見事に映像化した作品が存在すると同時に、その表現の良し悪しの評価は別にして“人間を描く”という狙いのもとに障害者が登場する映画が数多くあることを再認識した。拙稿は、作品の流れを簡単に紹介し、映像の活用を願うものである。なお、作品リスト(日本・外国の210作品)は入手できた情報で作成し、紙面の関係で省いたものもあり、今後も皆様のご協力により情報を得て充実させていきたいと考えている。

1 リアルに障害者の生活と心情を伝える記録映画

先駆けと言える記録映画の分野は、時代や社会現象を伝えるものであり、厳しい状況に置かれる障害者の心情や生活を捉えた秀逸な作品が、時に証言や告発となって世論に影響を与えてきた。

1968年の「夜明け前の子どもたち」は、日本で初の重症心身障害児の療育施設の生活を克明に描いた貴重なものといえる。74年の「さようならCP」も、脳性マヒの障害当事者が不自由な身体をぶつけるように登場する強烈な問題提起であった。また共同作業所の運動の10周年記念として製作した「働くなかでたくましく」(88年)は、一生懸命に生きて働く姿を市民に知らせる貴重な役割を果たした。さらに、筋ジストロフィー患者自身が施設づくりと共に生み出した「車椅子の青春」(77年)とその続編(82年)も注目に値する。「しがらきから吹いてくる風」(90年)では、焼物の仕事に従事する知的障害者の姿をほのぼのと描いた。

90年代に入ると、伊勢真一監督の「奈緒ちゃん」(95年)が発表され、その取り組みは「ぴぐれっと」(02年)や「ありがとう~奈緒ちゃん自立への25年」(06年)へと息長い努力で発展する。また、テレビ・プロダクションが番組制作の縁で生み出した作品(「障害者イズム」03年、10年間の記録である「あぶあぶあの奇跡」08年)も世に送り出された。

21世紀に入り、当事者の粘り強い運動の成果で権利回復となったハンセン病患者を描いたものとして、「熊笹の遺言」(02年日本映画学校の卒業制作)や「風の舞」(03年)が特筆される(74年の劇映画「砂の器」は、ハンセン病への差別を背景とする物語である)。

時代的には知的障害者の問題が多く取り上げられ、「エイブル」(01年)と続編「ホストタウン」(04年)がスペシャル・オリンピックスに参加する青年の魅力的な個性を伝え、浪花の街の雰囲気にあふれた「自転車でいこう」(03年)、栃木で優れたワインを造る施設の記録「からっ風と太陽が知っている」(04年)、ハンディキャップ・サッカーの選手を追った「プライドinブルー」(07年)というように、生き生きとした姿を伝える映像は、過去の“マイナス・イメージ”の転換をもたらした。熊本で結婚問題に直面する脳性マヒの主人公を軸に、共同生活を送る4人の姿を追った「もっこす元気な愛」(05年)はユニークな視点で共感を広げる。「朋の時間」(03年)は、重度重複障害という多面的な介護を要する人々の生きる輝きを、母親たちの視点で描いている(アニメ「どんぐりの家」(97年)は実写も入れて、重複障害の子どもたちを育てるなかで共同作業所を作る母親たちを描いている)。

最近では、女性監督らしい視点で施設の様子を描いた「あした天気になる?」(09年)や、当事者の全国組織が『就労』という視点で企画した「しごとのいみ」(09年)が話題となっている。

近年、光が当たりだしたのが精神障害の分野である。「破片のきらめき」(07年)は、東京の精神科病院の絵画教室に10年間寄り添った心優しい記録であり、「精神」(08年)は岡山市の小さな診療所に密着し、ナレーション・音楽なしで135分間にわたり患者さんの生活と心に迫り、国際映画祭で最優秀賞を獲得している。

海外作品では、カンヌ映画祭で国際批評家連盟賞を受賞した「彼女の名はサビーヌ」(08年)があり、フランスの有名女優が妹の病と生活を克明に記録した秀作で、世論に大きな影響を広げている。

海外の記録映画はわが国での公開が少ないが、今後、その機会が増え、さまざまな情報が入ることを期待している。

「音のない世界で」(92年)は優しい画面が印象的な作品で、フランスのろう者の文化を伝えている。「ブラインドサイト」(06年)は、ヒマラヤ登山に挑むチベットの盲目の子どもたちの姿を追いながら、これを支えるスタッフの西洋的な文化的価値感との食違いも見せて考えさせる。「エマニュエルの贈り物」(07年)は、アフリカ・ガーナで身体障害者が自ら可能性を拡大するために自転車で奮闘する姿を爽やかに描いている。

2 さまざまな手法・内容で障害を描いてきた劇映画

劇映画の世界では、印象に残る社会性の強い描き方から、“障害者の映画”と思い出させないようなソフト・タッチで観客に伝えるものまで幅が広い。

古典的な作品では、チャップリンの「街の灯」、フェリーニの「道」、幾度もリメイクされている「丹下左膳」「座頭市」などであろう。その背景には社会的な偏見や差別も描写され、こうした作品が観客に影響を与え、障害者問題の理解に貢献している側面もあるだろう。

(1)戦争を背景にした作品

“障害を描く”というテーマの中で、「戦争」は大きな位置を占め、過酷な戦場で無数の障害者が生み出される。

第1次大戦の話の「ジョニーは戦場へ行った」(71年)では、手足も眼も耳も口も失った主人公が微かに放つモールス信号で感情が吐露されていく…。「7月4日に生まれて」(89年)では、ベトナム戦争で車椅子となった帰還兵が悩みながら反戦の意思を鮮明にしていく…。最近、寺島しのぶさんがベルリン映画祭で主演女優賞を受賞して話題の「キャタピラー」(2010年)は、太平洋戦争で心身をボロボロにされた日本兵の夫婦の物語である。今年のアカデミー賞の作品・監督賞に選ばれた「ハート・ロッカー」(2010年)は、イラク戦争の爆弾処理班の兵士が主人公で、PTSDに苦しんでいることが示されている。

(2)監督たちの視点

“障害を描く”ことは深く人間を描くことになる―それを目指して、作り手は中身を掘り下げる。「名もなく貧しく美しく」(61年)で、耳が聞こえない夫婦の波瀾万丈の愛情物語をデビュー作で生んだ松山善三監督は、「典子は、今」(81年)でサリドマイドの薬害による肢体障害者の生活を実在の本人が演じる形で描き、国民的な関心を広げた(76年に福山市で製作した「泣きながら笑う日」は、難聴児の家族の苦闘を描いている)。「男はつらいよ」シリーズの山田洋次監督は、二通諭氏の論稿にあるように、障害をもつ人々を多彩に描いている。

大澤豊監督は「アイ・ラヴ・ユー」(99年)を第1作として、聴覚障害の女性の生き方を描き、「アイ・ラヴ・フレンズ」(01年)、「アイ・ラヴ・ピース」(03年)を送り出した。

北野武監督は、サーフィンに打ち込む聴覚障害の青年の淡い恋を描く「あの夏、いちばん静かな海。」(91年)や、文楽を素材に障害者が登場する「Dolls」(02年)、そしてキタノ・バージョン「座頭市」(03年)を生み出している。

山田典吾監督(故人)は「春男の翔んだ空」(77年)で重症心身障害児の懸命に生きる姿を、「茗荷村見聞記」(79年)で知的障害者の施設を、「裸の大将放浪記」(81年)で山下清のユニークな日々を描き、その遺志を継いだ火砂子夫人はアニメーション「エンジェルがとんだ日」(96年)で障害をもつ娘との歩みを、本邦初の障害児施設を支えた華族女性を描く劇映画「筆子・その愛」(06年)を監督している。

中田新一監督は、アニメ「ピピ~とべないホタル」(96年)で羽が不完全で飛べず、仲間のいじめにあいながら元気に生きようとする姿に託して助け合いを描き、「ウィニング・パス」(03年)では脊髄損傷で車椅子となった高校生が車椅子バスケットで青春を取り戻す物語で、リハビリテーションの過程を具体的に見せた。

(3)新しい状況

障害者の権利の擁護拡大の運動は社会的な壁を崩してきて、その変化は新しい次元の映画を生み出している。

聴覚障害の分野では、過去に、ろう者の役を健聴の俳優が演じるのが普通だったが、「アイ・ラヴ・ユー」(99年)では主演に忍足亜希子さんというろう者が選ばれて国民的な話題になり、ろう者の米内山明宏さんが共同監督に入って手話の世界をリアルに描いた。そして「ゆずり葉」(09年)では、全日本ろうあ連盟創立60周年記念で苦難の歩みと人間像をテーマとする企画ゆえに、ろう者の早瀨憲太郎さんが脚本・監督を務め、キャストでも、ろう者の役はすべてろう者が演じ、その心情を見事に描き出した。

また精神障害という最も差別・偏見の残る分野では、きょうされん30周年記念の「ふるさとください」(08年)が、日本で初めて、統合失調症による障害を抱えながら社会復帰する歩みを地域社会との交流の視点で描き、数十名の当事者も出演する画期的な事例が生まれた。これは「シャイン」(96年)で、同じ障害の音楽家の挫折と再起を描いた人間愛を発展させた視点であり、「ビューティフル・マインド」(2001年)の主人公の奇妙な行動や、「死の棘」(90年)の人間対立の描写で“恐怖の病”というマイナス・イメージが強かったものを転換させる重要な役割を果たしている。

一方、多様なストレスが人々に重圧をかけ心身に変調をもたらす現代社会で、うつ病などさまざまな精神疾患が静かに広がるとき「ぐるりのこと。」(08年)や「やわらかい生活」(05年)、「阿弥陀堂だより」(02年)などで描かれる問題の背景を考えておくことは重要だろう。

また、交通事故や脳に関わる病気の後遺症などで生じる高次脳機能障害という分野は、新たな障害について考える必要性をもたらし、「博士の愛した数式」(05年)、「潜水服は蝶の夢を見る」(07年)、「ガチ☆ボーイ」(08年)、「パコと魔法の絵本」(08年)などの作品を生み出している。描き方は多様であるが、“未知の障害”への理解を進めるきっかけになるのではないだろうか。

このように多彩な映像作品が障害について描いており、多数はDVDで鑑賞できる。しかし、苦労して製作・上映を進めている作り手(独立系のプロダクションや配給社)の多くは自主上映の取り組みを進めている。「ゆずり葉」は、全国各地の聴覚障害者協会や手話サークルが軸となり、1年間で約450か所の上映会を開催し、理解と啓発の輪を広げている。また「ふるさとをください」は、共同作業所の組織が“すべての市町村で上映を!”という目標で取り組み、1000か所に迫る活動を展開しており、福祉や医療、教育の分野で注目を集めている。

映像を活用して国民的な世論を創り出す新たな取り組みを推進することは、今後も重要な意義があるだろう。こうした活動への幅広いご支援・ご協力をお願いする次第である。

(なかはしまきと 映画製作・配給者)


追記 映画のバリアフリー化の取り組みについて―映像作品に、日本語字幕(聴覚障害者用)と音声解説(副音声=視覚障害者用)を付ける取り組みが着実に広がっている。前述した作品の中で、独立系の製作・配給社のもので多く実現している。(株)シグロでは自社作品を軸に系統的なバリアフリー化を進め、「おくりびと」(08年)など十数本の貸出リストを発表している。聴覚障害者情報文化センターでは、映像作品の字幕版の制作・提供を推進している。音声解説では、シティ・ライツの取り組みが今回の特集で紹介されており、大阪では、日本ライトハウス情報文化センターも同様の活動を展開している。こうした取り組みへの公的な助成もより一層期待される。