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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年5月号

ワールドナウ

JICAが進める障害当事者派遣
―コスタリカプロジェクト

松本幸治

国際協力機構(JICA)は政府開発援助(ODA)の実施機関の一つであり、開発途上地域の経済及び社会の発展に寄与し、国際協力の促進に資することを目的として活動している。開発途上国において、インフラ、公共政策、経済、農業、環境、保健、教育等さまざまな分野のプロジェクトを実施しているが、今回は、障害者支援プロジェクトと障害当事者派遣の取り組みについてご紹介させていただきたい。

コスタリカとプロジェクトの概要

コスタリカ共和国は北米大陸と南米大陸の中間に位置し、四国と九州を合わせた程度の国土を持つ国で、スペイン語で「Costa Rica=豊かな海岸」という国名に象徴されるように、美しい海と手つかずの熱帯雨林が残る自然豊かな地域である。人口の5.4%(20.3万人)が何らかの障害をもつとされており、コスタリカ政府はこれら人々の生活の質の向上を目指し、社会的弱者支援を国家の重点分野に定め、障害者機会均等法が1996年に制定された。しかし、地方部の障害者に対しては十分なサービスを提供するシステムがいまだ確立されておらず、制度・政策面と現実の間には大きなギャップが生じている。

また、障害者支援に関係する各行政機関・セクターとの連携が十分に進んでおらず、障害者が包括的に社会のサービスを受ける体制は整っていない。特に、国内で最も貧困な地域といわれる南部ブルンカ地方では、障害者が医療や教育の十分なサービスを受けられない、あるいはコミュニティーの中で障害者に対する理解が十分に進んでいないといった背景から、障害者が家から外に出られずコミュニティーに参加できないケースが存在している。

このような状況を受け、JICAではコスタリカ政府の要請に基づき、2007年3月から2012年3月までの5年間、ブルンカ地方における障害者の総合リハビリテーション強化プロジェクトを実施し、主に1.障害者支援各セクター(医療、教育、職業等)間の連携強化、2.医療機関における医療リハビリテーション技術の向上、3.障害当事者の就労支援、4.地域におけるCBR(Community Based Rehabilitation)活動促進、5.障害者のエンパワメント(自立生活運動等)促進、の5つを成果に掲げ活動を行っている。現在、3人の日本人長期専門家が現地でプロジェクトのカウンターパート機関(コスタリカ国家リハビリテーション・特殊教育審議会)とともに、活動を展開中である。

プロジェクトの経緯

当初は医療機関におけるリハビリテーション技術の向上、関連行政機関のネットワーク強化に重点を置いた、いわば「障害当事者を取り巻く環境改善」を主目的として開始したプロジェクトであったが、プロジェクトを進めていくうちに、障害当事者のエンパワメントと当事者自身による活動の重要性を改めて認識し、カウンターパート機関との協議を経て、2年ほど前から「障害者のエンパワメント促進」と「CBR促進」活動を積極的に実施している。

「障害者のエンパワメント促進」に関しては、日本人専門家による障害平等研修や自立生活運動に関するセミナーの開催、日本で実施される研修への障害当事者派遣を行い、これらの活動を通じ、現在ではコスタリカの障害当事者リーダーが複数名誕生し、彼らが中心となって新たな活動を展開するまでに至っている。

「CBR促進」に関しては、ブルンカ地方の3地区(テラバ、サンビート、プエルトヒメレス)で研修を受けた障害当事者及びその家族が中心となり活動を実施している。CBRにはさまざまなアプローチがあるが、本プロジェクトでは、主に障害当事者が中心となっての村おこしや起業活動の支援をしており、「地域開発」の側面が強い点がその特徴といえる。

具体的な取り組みとして、テラバでは、タマル(穀物、肉、野菜をバナナの葉に包み蒸した伝統料理)を村で作り、それを販売することで村の収入源とし、将来的には村に井戸を掘るという計画が当事者及び村人によって検討されている。またサンビートでは、中米初の車椅子修理工場を立ち上げるべく、障害当事者を中心に活動が行われている。

障害当事者の変化

プロジェクトが開始して約3年が経過したが、活動の成果は徐々に出始めている。私は2009年11月にプロジェクトの中間レビュー調査で現地を訪れたが、滞在中にある変化を感じる出来事があった。それは現地で開催された「障害者の自立生活運動」のワークショップに参加した時であった。

ワークショップでは、コスタリカの障害当事者たちがファシリテーターを務めていた。専門家の話によると、プロジェクト開始時は人前で発言するなど想像もできないほどおとなしかった当事者、自分の障害に対してネガティブな感情しか持てず暗い表情でうつむいて研修を受講していた当事者が、何と率先して参加者の前に立ち、障害者の自立運動について堂々とプレゼンテーションをされているのだ。これには専門家の方も「正直ここまで変わるとは思わなかった」と思わず本音を口にされていた。私自身はプロジェクト開始時に彼らと直接お会いしたことはなかったが、専門家からの話と驚きぶりからその変化を感じ取ることができた。

現在、彼らは障害当事者団体を結成し、家に引きこもっている障害者を外に連れ出すキャンペーンや、サンイシドロ(ブルンカ地方の中心都市)のバリアフリー促進運動を自ら企画・実施するまでに至っている。では一体、何が彼らをここまで変えたのだろうか。ワークショップの後、彼らに尋ねてみると「日本の障害当事者との出会いが自分の人生を変えた」と笑顔で答えてくれた。

JICAの障害当事者派遣の取り組み

JICAでは十数年前から専門家・調査団員として障害当事者の派遣を行っており、近年は介助者と共に重度障害者も派遣している。今回、現地でご活動いただいたメインストリーム協会の畑専門家もその一人で、2009年11月にコスタリカの各地域で自立生活のワークショップを同協会代表廉田氏と共に数回にわたり実施していただいた。これまで派遣してきた専門家と比べ畑専門家は重度の障害をおもちだったため、安全面や活動面の問題からJICA側で「本当に派遣してよいのだろうか」という一抹の不安があったのは事実だが、ご本人の意思と廉田代表のご助言をいただき、派遣させていただくこととなった。

その結果、各地域の当事者及び関係者が畑専門家に強い関心を持ってワークショップに参加し、現場にもたらしたインパクトは計り知れず、畑専門家の現地活動はコスタリカ全国版のTVニュースで取り上げられたほどであった。それを知り、それまで抱いていた心配が驚きに変わり、派遣を不安視していた自分が恥ずかしくなるほどだった。また、このインパクトは一過性のものではなく、何よりワークショップに参加した障害当事者にとって良い刺激となり、「自分にもできる」という勇気と自信を現地の当事者に与え、それが自己の活動に発展するという成果が発現している。

本プロジェクトでは、過去にも日本の障害当事者派遣や障害者団体による本邦研修実施の経験があり、日本の障害当事者との出会いを通じてコスタリカの当事者意識が目覚ましく変化している。そして現在、ワークショップで堂々とファシリテーターを務めるような当事者リーダーが一人、また一人と増えている。

プロジェクトの今後

2010年度については「ピア・カウンセリング」の短期専門家(当事者)を派遣し、現場にピア・カウンセリングの概念や手法を教示・普及していく計画であり、今後は、ブルンカ地方をパイロットモデルとして、2012年のプロジェクト終了以降、本プロジェクトの成果がコスタリカ全国に普及展開していくための準備を進めていく。「障害当事者に対するメッセージは障害当事者自身が一番うまく伝えられる」ことは、コスタリカで発現している成果によって明らかであり、今後も引き続き、当事者のご協力を得ながらプロジェクトを実施していく予定である。

(まつもとこうじ 国際協力機構(JICA)人間開発部社会保障課)