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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年7月号

神経難病患者の地域医療ネットワーク構築の課題と展望

川田明広

東京都立神経病院における神経難病患者の地域医療ネットワークの構築への取り組み

都立神経病院(以下当院と略す)は、神経筋難病を中心とした脳神経系疾患の専門病院として、1980年に開設された。開設当初より、継続医療・看護の視点から、外来通院が困難で、東京都西部の三多摩地区在住の患者のうち、在宅療養が可能な神経筋難病患者を中心に、多職種チーム[医師、看護師、保健師、リハビリ担当者(理学療法士、作業療法士、言語療法士)等]が在宅訪問診療を行ってきた。その後、在宅療養患者数が増加するとともに、膀胱留置カテーテル、胃ろう、気管切開等、高度の医療・介護を必要とする患者が増加していった。

さらに1987年から入院で長期に人工呼吸器を使用している筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者を対象に、第1期(1987年~1989年:在宅療養を希望した患者に試験的に施行した時期)、第2期(1989年~1993年:長期呼吸療養患者の入院病床枠が限界に達し、3か月ごと入院と在宅を交互に施行した時期)、第3期(1994年以後:在宅呼吸療養をALS患者の呼吸療養の基本に考えるようになった次期)といった段階を踏んで、在宅に移行したため、NPPVやTPPVといった在宅人工呼吸療養患者が急速に増加していった(図1)。

図1 都立神経病院におけるALS呼吸療養患者の療養形態の変遷
折れ線グラフ 都立神経病院におけるALS呼吸療養患者の療養形態の変遷拡大図・テキスト

このためよりいっそう各種負荷の加わる患者・家族のニーズに応えるために、2000年11月に「地域医療連携事業実施要綱」を作成し、当院から退院する患者を中心に、従来どおり訪問診療を提供するとともに、長期にわたって患者が住んでいる地域で安定した療養生活ができるように、地域医療・保健・福祉との連携の強化に力を入れるようになった。

2000年には介護保険制度が導入され、訪問看護ステーションが増加するとともに、国が推進するかかりつけ医制度や病診連携制度、神経難病医療ネットワーク支援事業等から、地域主治医の往診や医療処置の協力が得られやすくなってきたことから、2001年からは、当院(専門病院)主導型から地域主導型へと、神経難病の地域医療ネットワークを当院が支えていく在宅医療(地域移行)を目指して、地域医療連携の体制を改めてきつつある。

当院における神経難病患者地域連携体制の構築システム

患者の居住地域や神経難病の疾患に制限を加えず、退院後外来通院が困難な患者のすべてを対象に、住み慣れた地域で安心して療養生活が送れるような地域療養支援システムの確立に努めている。図2に地域医療連携体制の構築の流れを示した。まず、入院中に「外来通院が困難となり、在宅療養を希望する患者」に対して、病棟主治医が「在宅支援申し込み」を地域療養支援室に対して申請する。

図2 都立神経病院での在宅支援体制の構築と維持
図 都立神経病院での在宅支援体制の構築と維持拡大図・テキスト

1.地域療養支援検討会議

地域医療連携室[地域医療連携医(部長・医長)、地域医療連携室係長、看護師・保健師]と病棟主治医、外来主治医、病棟担当ナース、リハビリ医、リハビリ担当者、場合によって医療ソーシャルワーカーも参加し、月3~4回、地域療養支援検討会議を開催する。

この会議では、患者の経過、状態、および患者・家族とあらかじめ面談した地域療養支援室担当者による介護力、介護環境の情報等をもとに検討し、退院後の療養形態として、(1)当院在宅診療、(2)地域医療連携でのフォロー(地域移行)、あるいは(3)転院のいずれかを検討する。ここでは、できるだけ当院在宅診療、地域医療連携でのフォローの可能性を検討し、その判断基準として1.本人・家族が希望していること、2.原則として介護者がいること(ただし患者側の条件により検討の余地を持たせる)、また3.主治医が在宅療養可能と判断していること、4.緊急体制がとれること(バックベッドが保証されていること)、5.介護者への技術指導が行えること等を考慮に入れた。

一方、(1)の当院在宅診療の対象患者については、三多摩地区在住の神経難病患者と限定し、1.病状が不安定、2.医療的リスクが高く地域支援困難、3.頻回の薬剤調整・薬剤効果判定が必須、4.希少疾患で経過観察が必要、5.主治医の強い希望で客観的にも当院在宅診療が妥当な患者、6.人工呼吸器を装着している患者等とし、対象基準を明確にした。当院在宅診療の対象外の患者は、地域と疾患の種類の限定を設けない(2)の地域医療連携でのフォローとなった。ただし病状の変化の観察や介護力の問題などで、退院後すぐに全面的に地域移行できない場合は、一定期間当院の在宅訪問診療も並行して行い、その後、地域医療連携に引き継いでいく方法もとっている。

当院在宅診療あるいは地域医療連携でのフォローの方針が決定した場合、引き続きこの会議で退院までの期間に必要な患者家族への介護・看護技術の指導、地域の在宅療養支援体制の構築、社会福祉資源・制度の活用、地域ケア会議の日程等の在宅療養支援計画も策定される。

地域ケア会議までの間、地域療養支援室スタッフ(保健師、看護師:東京都全域をカバーする地域分担がなされている)は地域医師会や保健所等の協力も得て地域主治医(かかりつけ医)を決定し、病棟主治医あるいは外来主治医は、患者の病歴や病状、今後の医療計画、患者の現在の意思決定の内容等の医療情報を提供する。地域療養支援室スタッフは、所轄保健所担当保健師、介護保険でのケアマネージャー、訪問介護事業所と連絡を取り合い、患者・家族の状態から療養のためのニーズを明確にし、必要なサービスの導入や制度の利用を図る。さらに、病棟スタッフと検討した上で、必要物品の購入、医療機器の供給、準備を医療器具供給業者とともに進める。

患者の入院している当該病棟では、在宅療養移行のための看護・介護技術指導マニュアルに沿って、介護者に痰の吸引・経管栄養食の注入方法、体位交換、排泄の介助方法等を指導する。リハビリテーション科では、患者の移動介助の方法、ナースコールやコミュニケーション機器の指導を行い、自宅訪問をして家屋改造や手すりの設置、スロープやリフト設置などの必要性や導入について相談する。

以上の各職種に分担された実施計画が進み、退院が近づいた時点で、患者・家族、地域関係者を集めて、退院に向けた「地域ケア会議」を開催する。

2.地域ケア会議

この会議では、地域関係者[所轄保健所担当保健師、ケアマネージャー、訪問看護ステーション関係者、訪問介護事業所関係者、リハビリテーションスタッフ、(参加可能な場合は地域主治医)]、当院関係者[地域療養支援室スタッフ、病棟主治医、(外来主治医)、病棟担当看護師、担当リハビリテーションスタッフ、(医療ソーシャルワーカー)]および患者・家族で、退院に向けた最終的な打ち合わせと調整を行う。

すなわち、(1)病状経過と留意すべき病状や予後、今後予想される問題点、(2)日常生活で必要な看護介護内容、介護者への指導状況の説明、(3)移動、コミュニケーション、コールの方法、(4)緊急時、災害時の対応方法、(5)在宅療養支援体制の確認、役割分担、(6)退院日の決定、(7)その他(不安な点など)について情報を共有化する。

地域療養に関わる支援スタッフがこれだけ一堂に会する機会はないため、人工呼吸器の導入患者に対しては、選定した在宅人工呼吸器の供給会社担当者に病院に来てもらい、地域ケア会議の後に人工呼吸器本体や回路の基礎知識、アラーム時の対応方法等について、患者・家族とともに地域支援スタッフにも指導してもらう場を設けている。

在宅移行後は、地域支援ネットワークでのコーディネーターは、所轄保健所担当保健師ないしケアマネージャーとなり、問題が生じた時の対応を担う必要がある。しかし神経難病特有の問題等のため地域で解決ができない場合、当院の地域療養支援室に連絡し、当院スタッフと相談して対応する必要がある。特に、病状が不安定であったり、病状が進行して患者のニーズが変化した場合には、これまでの地域支援ネットワーク機能がうまく作動せず、再構築を必要とする場合もある。したがって、日頃から地域支援ネットワークスタッフと当院の地域療養支援室のスタッフとは、連携を密に保っていく必要がある。

以上述べてきた神経難病患者の在宅療養移行への支援過程は、開設以来の神経病院の歴史の中で生まれてきたものである。医療介護福祉資源の状況が異なる地域では、同じ都内においても、当院の方式がそのまま応用できるとは限らない。しかし、神経難病患者が地域で在宅医療を継続するためには、基本的にこれだけの準備と実践が必要である。

今後これまで培ってきたノウハウを、まずは、「ALS患者の在宅呼吸療養への移行のためのクリニカルパス」として作成し、全国でも修正応用できるものにして提供したいと考えている。

神経難病患者への地域ケアシステム構築上の問題点(当院での経験から)

ここでは、他の神経難病の在宅呼吸療養にも共通するALS患者の長期在宅呼吸療養上の問題点について提示する。在宅呼吸療養の維持には、(1)患者・家族の在宅呼吸療養の理解(呼吸筋麻痺を越えたALSの全臨床経過を念頭に置いた「新しいALS観」に基づく、ALSの真の理解)、(2)親密圏を含めた介護者のサポート体制の確保(地域支援スタッフの病気の理解が必須)、(3)地域医療・福祉の連携による地域支援ネットワークの構築、(4)専門病院と地域との連携の確保の4項目が必要とされている。

当院の元院長林は、ALS患者の長期在宅呼吸療養の継続・維持を阻害する要因(在宅ケアシステム構築の阻害の要因)として、医療的看護負荷、福祉的介護負荷、社会的脅威の3つの負荷を指摘している。以下に、それぞれの負荷を軽減する対策を含めて解説する。

1.医療的看護負荷

人工呼吸療養を在宅で行っている患者において、痰の吸引は24時間常に必要であり、医療行為とされてきた口腔・鼻腔・気管カニューレ内吸引等を、家族が安全に行えることが必要条件である。また、胃ろう等からの経管栄養の注入も必要である。これらの日常生活で必須の行為は、法律上医療行為として位置づけられ、家族以外には、医療職にしか認められておらず、限られた時間しか滞在しない訪問看護師の支援のみでは、家族の負荷を軽減するには、絶対的に不足していた。

そこで平成15年7月、厚労省医政局通知で在宅人工呼吸療養を行っているALS患者の在宅療養環境の整備の目的で、喀痰吸引が一定の条件のもとで、家族以外の者、主に介護職に対して認められた。その2年後には、疾患を問わず喀痰吸引を必要とするすべての在宅療養者・障害者に対象が広げられた。

さらに平成24年4月から「社会福祉士および介護福祉士法」の部分改正が行われ、介護職員は、家族や医療者との連携の上で、法律上も喀痰吸引のみでなく、経管食の注入も行うことができるようになった。今後行政側の積極的な支援を背景に、必要な研修を受けて確実な技術を身につけた介護職の増加があれば、家族にかかる大きな医療的看護負荷の軽減につながるものと考えられる。

さらに、現在法的には認められていないが、呼吸器使用患者の平時の呼吸器回路交換や入浴、散歩等や、緊急時や災害時に必要とされるバッグバルブ換気(アンビューバッグの使用)も、医療者による指導のもとで、ぜひ介護職にも認められる行為として位置づけていただきたい。

2.福祉的介護負荷

入院中は、病院内の多職種で行われてきた介護を、在宅では主に一人の介護者で24時間担わねばならなくなる。このため、十分な介護職による介護支援や、家族が適宜レスパイトが取れる体制が必須となる。現在東京都では、難病患者の在宅療養を支える介護者の病気や休息を目的に一時的に短期間都内の病院に入院できる制度として、「在宅難病患者緊急一時入院事業」を整備し、平成21年4月1日現在、都内14病院に16床を確保し、年間90日まで入院できるようになっているが、年々利用件数が増加し、ALSの比率が増えている。

今後現在の医療福祉資源を活用しながら、デイケアやショートステイを含めて、高度医療を必要とする利用者を受け入れることができる能力をもったスタッフを配したレスパイト用の施設ケアを拡充していくことが在宅呼吸療養の維持に必要である。

3.社会的脅威

社会的脅威とは、ALSなどの難病患者が人工呼吸器や胃ろう等の現代医療を受けながら生活することへの社会的偏見によって生じる目に見えない患者・家族への負荷のことを言っている。すなわち、これまで呼吸筋麻痺をALSの終末(「死」)と考えてきた「今までのALS観」では、3~4年で亡くなるALSのような悲惨な病気は、当然最後まで配偶者を中心とした家族が面倒をみるべきである、病気が進行すれば余命が少ないので、在宅ではなく病院で最後まで看てもらうべきだという考えを社会に植え付けることになった。このため在宅呼吸療養で主たる介護者が地域に支援を求めても、昨今の医療福祉関連支出の削減の中で、支援がなかなか得られず、孤立化し、精神的負担が加重される。

したがって、これからは、呼吸筋麻痺をALSの一つの運動障害として捉え、人工呼吸器によってその障害を乗り越えていったALS患者を一人の人間として考えて、経過中にさまざまな運動障害が加重しながらも、今ある能力を十分に引き出しながら、その人が自分の命を十分に生ききれる(「生の拡充」と呼ぶ)ような支援を行うことを、支援者や社会に広めていくことが重要である(これを「新しいALS観」と呼ぶ)。

以上のように、神経難病患者の在宅療養継続困難要因をまとめてきたが、さらに(1)主たる介護者に加味される各種問題(介護者の高齢化や疾患への罹患、主たる介護者を含む親密圏スタッフ間の軋轢(あつれき))、(2)患者自身の問題(病気の進行に伴う運動障害とくにコミュニケーション障害の加味、情動制止困難や認知障害の介護者への負荷、肺炎等の合併症の繰り返しによる入退院の繰り返しによる負担)、(3)行政的支援ネットワークの問題(在宅呼吸療養支援ネットワーク構築の安定した維持が困難)等の要因も挙げられる。

今後の地域医療ネットワークの進め方(地域移行):「家族完結型(個人)」から「地域コミュニティー完結型(社会)」へ

地域において在宅医療の推進が図られているなか、専門病院としての当院の機能を明確化していくために、2001年より基本的には在宅療養患者は地域医療機関に委ねていく方針をとっている。

地域移行の条件としては、(1)患者・家族と地域医療関係機関との信頼関係が確立されていること、(2)症状が安定していること、(3)地域医療機関において人工呼吸器を含めた医療機器の管理ができること等を条件としている。前記(2)および(3)の条件が満たされている時は在宅療養導入時にまず神経病院が関与し、(1)の条件が満たされた時に地域移行する方針である。「地域移行」の円滑化のために、患者・家族、地域状況等に合わせて3つの「地域移行」の型を設定している。すなわち、(1)地域移行1:医療福祉資源が確保できる地域の場合、地域支援ネットワークを構築し、すべての診療を含めた対応を地域に委ねる、(2)地域移行2:各医師会の「在宅難病患者訪問診療事業」の専門医としての関わり以外は、地域に任せる、(3)地域移行3:専門病院として4か月に1回の訪問診療の関わり以外は、地域に任せて行う、である。

国は、2008年の「安心と希望の医療確保ビジョン」の中で、地域完結型医療の推進(医療計画等に基づき自らの地域における役割を検討し、地域連携クリティカルパス等を利用した情報の共有化や円滑なネットワークの構築)、在宅医療の推進(退院前・退院後ケアカンファレンス等を通じた切れ目のない医療連携の確保と介護との連携)をうたっている。また国は総合支援法の制定を進めているが、障害団体は「自立支援法」を廃止し「制度の谷間」がなく、サービスの利用者負担を応能負担とする難病患者も対象とした障害者総合福祉法(仮称)の制定を目指している。

神経難病患者が住み慣れた地域で安心して長期在宅療養できるようにするためには、限られた医療介護福祉資源を有効に活用する地域医療連携モデルを呈示(地域連携パスとして当院で準備中)し、活用するとともに、患者・家族が安心してレスパイトが取れる施設ケアの拡充とともに、在宅療養継続困難となった場合の長期療養施設の拡充が喫緊の問題と考えられる。また、東日本大震災の経験をもとに、災害時の地域での対応方法について日頃から関係者と十分検討し、訓練を行うことも必要になっている。

(かわたあきひろ 東京都立神経病院脳神経内科部長)