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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年12月号

知り隊おしえ隊

カヌーで遊ぼう!
~ユニバーサルカヌー体験会の取り組み~

和田精二

はじめに

「ユニバーサルカヌー」とは、文字どおりユニバーサルデザインとカヌーを合成した造語で、高齢者も障害者も含めて誰もが身近な場所で安心して楽しめるカヌーを意味する。「自宅に帰った障害児たちが近所の子どもたちと一緒に遊ぶ場所がない」と語った養護学校校長の言葉に触発され、ユニバーサルカヌーを使って始めた「ユニバーサルカヌー体験会」が8年間も続いてきたのは、一般児童、障害児に関係なく、カヌーという非日常的な体験を身近な公園でできる喜びを子どもたちが発見したからであろう。

その体験会も8年を経過すると、開催回数125回、体験者総数3万人、障害児体験者数(延べ)900人という規模になってきた。体験会の知名度が向上するにつれ、1日当たりの障害児の体験者数も増加している。年間15日程度とはいえ、障害児が一般児童と一緒に遊べる環境が湘南の海辺近くの公園に定着しつつある。

今年度の体験会は、次の要領で実施された。

・期日:〈春〉4月27日~6月29日の毎週日曜日、〈秋〉9月21日~10月26日の毎週日曜日

・時間:10時30分から15時30分(雨天中止)

・場所:神奈川県立辻堂海浜公園サザン池
藤沢市辻堂海岸3―2(最寄駅:JR辻堂)

・参加費用:小学生以上一人15分200円、障害者の場合は一人1日200円

・補注:体験者の年齢制限はないが、幼児の場合は、保護者の同乗が条件。障害者の場合も年齢制限はないが、1人で乗艇可能な場合に限る。ボランティアが必ずつく。

障害児が楽しめるカヌー(第1の気づき)

神奈川県公園協会から、使用しない期間の県立辻堂海浜公園のジャンボプールの有効活用について相談を受けたのは平成15年の秋、筆者が企業のデザイン部門から大学へ移った翌年のことである。県公園協会に対する最初の提案は、カヌーを使った高齢者のための屋外型パワリハセンター構想といういささか机上論的なアイデアだった。

早速、市販カヌーを8艇購入し、藤沢市の身体障害者団体の協力を得て試乗モニターをスタートさせたが、成人の身体障害者を対象としたモニターは中途半端な結果に終わった。理由は簡単で、下半身が不自由でも上半身はわれわれよりはるかにたくましい身体障害者が、短期間にこちらのカヌー漕艇レベルを超えてしまったのだ。

さてどうするか思い悩んでいる時に、海浜公園祭りと称する公園のイベントがあり、協力することになった。ジャンボプールに8艇のカヌーを浮かべて体験会を開いたところ、もともと水あそびの大好きな子どもたち(約400人)が敏感に反応して集まって来たのだ。会場のさんざめきの中で、「障害児が楽しめるカヌー」があってよいという最初の気づきがあった。

絶対転覆しないカヌー(第2の気づき)

その後、障害者のためのカヌー教室を室内プールで実施している施設が県外にあることを聞き及んで見学した時に、次なる気づきがあった。そのカヌー教室で見たのは、転覆したカヌーから脱出する基礎訓練中の元気な障害者だったが、感動しながらなぜか違和感があった。こんなに元気な障害者はそうそういないはずだ。それならば、「絶対に転覆しないカヌー」があってもよいという気づきがあり、それがそのままユニバーサルカヌーの基本コンセプトになった。

その後、障害児を対象とした試乗モニターを藤沢市肢体不自由児者父母の会と県立鎌倉養護学校の協力を受けながらスタートさせた。2年間のモニターで理解できたのは、一人ひとり異なる障害児に対応するには市販カヌーの改造程度では無理があり、オリジナルなカヌーをつくることが絶対条件である、という結論だった。

モノづくり(ハードの開発)でこだわったこと

ユニバーサルカヌーのハード開発で最もこだわったのが、普及させることを前提としたモノづくりだった。プロジェクトを試作モデル提案で終わらせず、実際に、工場で小ロット生産することを目標とした。結果的に、市販されている輸入品のカヌーと同じ材料と成型法(回転成型)によるカヌーを35艇工場で生産することができた。高価なアルミダイカスト金型に代わる半額以下の板金金型を大阪の町工場が製作してくれたおかげがとてつもなく大きい。

この艇をもとに改造した「パドルアシスト装置付カヌー」「座位固定椅子付カヌー」「角度調整可能なベッド付カヌー」等の特殊艇をそろえたことが効を奏し、8年間の体験会でカヌーに乗れなかった障害児が皆無という成果を生んだ。身体障害児のためにつくった座位固定椅子のベルトが、突発的に立ち上がろうとする多動性障害の子どもをやさしく守ってくれたことも想定外だった。カヌーを体験したいと来園した障害児全員が乗ることができるカヌー、これがユニバーサルカヌーの誇りである。

水深45センチの池でカヌーができる(第3の気づき)

体験会は、前述した養護学校校長の一言を起爆剤にして、平成19年に公園内の鑑賞用小池のサザン池を会場にしてスタートした。当初、目標としたジャンボプールの活性案が消えたのは、開場前のプールのメンテ期間問題によるが、代替場所として紹介された広さ1,000平方メートル、水深わずか45センチのサザン池が思いもよらない理想的環境となった。大人でも45センチの水深があればパドル操作が可能であるだけでなく、体験者に与える安心感と安全さ、池内を歩き回るボランティアにとっての身体的負荷の少なさは事前に予想できなかった。水深1メートル強のジャンボプールでも体験会を実験したが、安全面とボランティアの疲労面でいかに無理が大きいかが理解できた。水深45センチの環境でもカヌーができることに第3の気づきがあった。

サザン池にはいい風が吹いている

会場には2つのテントがある。一般の体験者向けテントと違い、芝生の上に設営した障害児のためのテントには受付に加えて、体験者の家族同士のコミュニケーション空間がしつらえてある。カヌーで遊ぶ子どもを見ながら「サザン池にはいい風が吹いている」と語った家族の言葉が今でも記憶に新しい。海浜公園の中で最も恵まれた環境であることに加えて、「こういう場所がほしかった」というアンケートの回答と重複してくる。

自分で漕げる子どもと漕げない子どもの割合は1:1だが、それぞれが水環境で遊べる楽しさを身体で表現してくれる。一般の体験者に比べて、圧倒的に障害児の方にリピーターが多いことや、東京や川崎、湯河原など遠方から参加するリピーターが多いのも特徴である。また、ほんの一部の事例であるが、障害児にとって一般児童と一緒に遊び、運動することでモチベーションが向上し、身体能力の向上につながったことが観察された(姿勢がよくなった、肩より上に腕が上がるようになった、指の第2関節まで曲がるようになった)。専門分野でないため判断は難しいが、興味深い事例である。

体験会を支えるボランティア

体験者に対するボランティアのサポートをサービス面から見ると、1日平均350人の一般児童およびその家族に対するサービスに効率性と均質性(すべての体験者に対し同じサービス)が要求されるのに対して、1日平均14人の障害児の場合は1人ひとりに異なるサービス(ホスピタリティ)が要求されるため、さまざまな配慮と応用力を必要とする。

体験会はボランティアの存在抜きで成立しないが、この体験会のボランティアは、自分も楽しめる要素が少なく、他人のために汗を流して喜ばれる利他的性格が強い。毎回、平均20人のボランティアの善意によって体験会が運営される綱渡り的な状況が続いているのが現実のため、その善意に報いる一助として、小学生以上15分200円(障害児は一日200円)の体験料制度をつくった。総額から保険や宣伝費等の必要経費を引いた残金を交通費と謝金(平成25年は一日1,200円)として還元するモデルづくりを行なってきた。退職者を中心としたこの活動基盤を安定させるための手立てが謝金額の増大だけではないが、ボランティアの心情を忖度しながら、あるべきかたちを探っている最中である。

おわりに

ユニバーサルカヌー体験会の8年間の活動を総括すれば、障害児のための遊び環境が無いならつくってしまおう、つくるなら一般児童と一緒に遊べる環境の方が子どもたちのためにいいし、イベントを成立させる運営面からもリアリティがある、ということになる。

日本の人口の約6%が何らかの障害を有しているという。ユニバーサルカヌー体験会の場合は約3%である。乱暴な表現になるが、97%が3%を支えるイベントの可能性を探る実験とも言える。

以上、本活動を概略ご紹介したが、今後の課題である安定したボランティア組織づくりについて、次なる気づきが訪れることを願っている。

最後になるが、この小さな活動が平成26年度のキッズデザイン賞奨励賞(キッズデザイン協議会会長賞)を受賞したことを申し添えておきたい。

(わだせいじ (公社)かながわデザイン機構理事長)