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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2018年3月号

アジア太平洋障害者の十年
中間年の評価と後半5年間の取り組みについて

秋山愛子

はじめに

アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)は、域内の経済社会問題を討議し、政策提言する機関として1948年より機能してきた。とりわけ、日本政府と市民社会のリーダーシップによって1993年に始まったアジア太平洋障害者の十年の取り組みは、ユニークな活動として組織内外に評価されてきた。90年代当初、紛争処理や経済発展に集中する国が多いなか、ESCAPの取り組みは、障害者の課題を国の政策に取り入れなければならないという認識を高めた。2000年代には、域内の政府と市民社会の意思を集約した「バンコク草案」を国連の権利条約草案策定委員会に提出し、権利条約の策定に貢献した。

そして2018年。国連文書と障害メインストリーミングという視点から見ると、今はある種の蜜月時代にあるといえるかもしれない。障害者権利条約はもちろんのこと、国連の開発を司る持続可能な開発目標(SDGs)や仙台防災枠組、ニュー・アーバン・アジェンダなどの文書に障害やユニバーサルデザインの視点が明記されている。最近では、気候変動と障害など、今まで取り上げられることのなかったテーマについての仕事の相談が舞い込んでくるようにもなった。

そんななか、アジア太平洋では、2017年、第3次アジア太平洋障害者の十年中間年評価を終えた。本稿では、その評価の内容と結果を紹介するとともに、中間年評価の意義と残りの5年(2018年~2022年)の可能性を探ってみたい。

インチョン戦略―障害者の社会参画の成果と支援システムの有無を可視化

第3次アジア太平洋障害者の十年の行動計画であるインチョン戦略には、10の開発目標と27のターゲット、62の指標がある。表1にもあるように、その目標の内容はSDGsや障害者権利条約の条文と重複しており、特別めずらしいものではない。

表1 インチョン戦略中間年ベースラインデータ(抜粋)

インチョン戦略ゴール名 指標名 データ提出国と総数 データからわかるトレンド
目標1 貧困を削減し、労働および雇用の見通しを改善すること 1.4 国の貧困線を下回る生活を送る障害者の割合 7か国
ジョージア、香港(中国)、インドネシア、マカオ(中国)、モンゴル、韓国、タイ
障害のある人とない人の貧困率の格差は、3.9(ジョージア)~20.6(韓国)%。
目標1 貧困を削減し、労働および雇用の見通しを改善すること 1.2 雇用総人口に対して、雇用されている障害者の割合 16か国
東チモール、トンガ、ミクロネシア、サモア、インドネシア、アルメニア、ジョージア、トルコ、韓国、ブータン、キルギスタン、モンゴル、香港(中国)、タイ、ロシア、パラオ
障害のある人の雇用率は、障害のない人の雇用率に比べて、2倍から3倍低い。
目標2 政治プロセスおよび政策決定への参加を促進すること 2.1 障害者が、国会またはそれに相当する国の立法機関に占める議席の割合 18か国
ミクロネシア、サモア、バヌアツ、マレーシア、韓国、シンガポール、アフガニスタン、ジョージア、タイ、中国、香港(中国)、マカオ(中国)、モンゴル、カンボジア、東チモール、ブータン、キルギスタン、ナウル
障害のある国会議員の率は0.4%、障害のある女性の国会議員の率は0.1%。
目標3 物理的環境、公共交通機関、知識、情報およびコミュニケーションへのアクセスを高めること 3.1 国の首都において、アクセシブルな政府機関の建築物の割合 15か国
アルメニア、香港(中国)、ニューカレドニア、ロシア、シンガポール、タイ、ナウル、インドネシア、韓国、インド、バヌアツ、モンゴル、ミクロネシア、トンガ、トルコ
公共建造物が100%アクセシブルという国から、0%だという国まで、さまざま。車椅子用トイレやそれ用のスロープがあるだけでアクセシブルと報告する国もある。
目標3 物理的環境、公共交通機関、知識、情報およびコミュニケーションへのアクセスを高めること 3.2 アクセシブルな国際空港、港湾および主要交通拠点の割合 20か国
ジョージア、キルギスタン、マカオ(中国)、マレーシア、ミクロネシア、モンゴル、ナウル、ニューカレドニア、フィリピン、シンガポール、タイ、バヌアツ、インド、カンボジア、ブータン、韓国、トルコ、ロシア、東チモール、トンガ
ほとんどの国が、国内の国際空港は65%以上、アクセシブルだと報告。ただ、「アクセシブル」と判断する基準には、情報アクセスが全く考慮されていないことが多い。
目標3 物理的環境、公共交通機関、知識、情報およびコミュニケーションへのアクセスを高めること 3.3 公のテレビニュース番組に毎日字幕および手話通訳が付与されている割合 13か国
中国、香港(中国)、インド、インドネシア、キルギスタン、マカオ(中国)、モンゴル、ナウル、ニューカレドニア、フィリピン、韓国、ロシア、タイ
TVの公共ニュースの41%が字幕か、手話通訳提供か、その両方を提供している。内訳をいうと、全体の82%が字幕の提供。8%が手話。両方提供しているのは10%。
目標3 物理的環境、公共交通機関、知識、情報およびコミュニケーションへのアクセスを高めること 3.4 国際的に認められたアクセシビリティ基準を満たす、アクセシブルかつ利用可能な公的文書およびウェブサイトの割合 9か国
ナウル、ロシア、香港(中国)、韓国、モンゴル、タイ、ニューカレドニア、中国、インドネシア
数値は0%から100%と極端に分かれる。インドネシアと中国とタイでは、Web Content Accessibility Guidelines 2.0に合致した、国内ウェブアクセス基準を使って、公的なウェブサイトのチェックを行なった。
目標4 社会的保護を強化すること 4.1 一般国民と比較して、政府が助成する保健ケアプログラムを利用する障害者の割合 5か国
シンガポール、東チモール、タイ、インドネシア、ナウル
数値は、4.3%から63.5%まで。
目標4 社会的保護を強化すること 4.2 障害給付の障害者受給率 9か国
ジョージア、東チモール、日本、マカオ(中国)、インドネシア、トルコ、ナウル、韓国、ロシア
数値が28.4から100。
目標5 障害のある子どもへの早期関与と早期教育を広めること 5.2と5.3 障害者の小学校就学率と中学校就学率 20か国
バヌアツ、東チモール、インド、ジョージア、サモア、カンボジア、タイ、ブータン、ミクロネシア、ナウル、モンゴル、日本、インドネシア、マレーシア、ニューカレドニア、シンガポール、ブルネイ、マカオ(中国)、韓国、トルコ
中学の就学率は小学校の就学率に比べると平均52.7%低い。
目標6 性(ジェンダー)の平等と女性のエンパワーメントを保障すること 6.3 障害のない女性および少女と比較して、性や生殖に関する政府および市民社会の保健サービスにアクセスする、障害のある少女および女性の割合 インドネシアと韓国が関連のデータを提出 韓国のデータをみると、障害女性が、生殖に関するサービス(妊娠、出産、産褥)にアクセスする率は障害のない女性に比べて、2~3倍低い。
目標7 障害インクルーシブな災害リスク軽減および災害対応を保障すること 7.1 障害インクルーシブな災害リスク削減計画の有無 8か国
ブータン、ジョージア、日本、パキスタン、韓国、ロシア、シンガポール、タイ
アジア太平洋全体で8か国しか、障害の視点を防災プランに入れているところがない。
目標9 「障害者の権利に関する条約」の批准および実施を推進し、各国の法制度を権利条約と整合させること 9.1 権利条約の批准国または加盟国となった政府の数   43か国が批准。
12か国が選択議定書を推進。
目標9 「障害者の権利に関する条約」の批准および実施を推進し、各国の法制度を権利条約と整合させること 9.2 障害者の権利を下支えし保護する、国の差別禁止法制度の有無 13か国
アルメニア、フィジー、ジョージア、香港(中国)、インドネシア、日本、モンゴル、パキスタン、パラオ、フィリピン、韓国、ロシア、シンガポール
13か国が障害者差別禁止法の存在を報告。そのうち、7か国が2013年以降に法整備をした。

インチョン戦略の特色は、加盟国に対して指標のデータ提出の努力義務を通して、障害者の経済・社会・政治参加の度合いを数値化、可視化させることにある。2017年の中間年評価でまずベースラインデータを作成し、5年後の2022年に再度アンケート調査を行い、最低でも2つのデータポイントを通じて、障害者の生きやすさがどれくらい進んだかを数値で表すことにしている。62の指標のうち、41が絶対報告義務がある主要な指標で、残りの21は各国内での活用が期待される補助指標である。41の主要指標のうち30が、政府自身がデータを集めなければわからない指標である。

インチョン指標ベースラインづくりのプロセスと結果

ESCAPは2016年後半に、加盟国に対して中間年評価のアンケート調査を行い30の指標と、障害者法の整備、政策調整機構についての情報を求めた。その結果、加盟国の60%にあたる35か国から回答が得られた。

中間年評価によって得られたベースラインの内容は、2017年11月27日から12月1日に、中国政府の支援によって開催されたアジア太平洋障害者の十年中間年評価ハイレベル政府間会合の全体会で発表された。参加者には、ベースラインの内容をまとめた冊子(Building Disability-inclusive Societies in Asia and the Pacific : Assessing Progress of the Incheon Strategy)が配布された。また、アンケートの集計結果やSDGsとインチョン戦略の指標レベルでのつながりを精査した小論文も配布された。さらに、ESCAPのウェブサイトには、指標のデータベースもアップロードされた。中間年ハイレベル会合では、中間年評価で数値化された障害者参画の実態を受け止め、課題解決に必要なことは何かを話し合った。

ベースラインデータは、基本的に、私たち障害者に関わる者の経験と観察を追認するものだといえる。データからわかるのは、障害者はいまだに不平等と格差、排除、間違った意識のバリアにさらされていて、それは、国の経済的な地位とは関係ないということである。

たとえば韓国では、障害のある人の貧困率は、障害のない人の貧困率に比べて3倍近く高い。雇用率は、全般的に障害者の方が2~3倍低い。また、全体的に障害者は、公共セクター以外で働いている率が、非障害者に比べて2倍の割合で高い。職種に関しては、回答を提出してきた国の障害者の過半数が農業セクターで働いているのに比べて、非障害者の割合は約半分だった。障害者の国会議員の率は0.4%で、女性障害者になると0.1%に下がる。また、障害者の中学の就学率は、小学校の就学率に比べると、平均して52.7%落ち込むことがわかった。

障害者の参画をサポートするシステムはどうだったのだろうか。ユニバーサルデザインの重要性を20年以上訴えてきたが、多くの国では、アクセシビリティを測る基準は、車椅子用スロープとトイレが中心になっていることがわかった。さまざまな社会福祉サービスにどれだけアクセスしているのかという点についても、全体の受給率に比べて低く、女性障害者の場合、生殖に関するサービスを受けている人は、非障害女性の2~3倍低い。

さらに、障害者の人口比率を見ても、1.1%(ブルネイ)から24%(ニュージーランド)とその割合の差が大きく、平均すると5%で、国連が公表している15%より10%も低い。国連が公表している15%を全人口にあてはめると、障害者は6.9億人いることになるが、公式なデータによると、その3分の1である。ただ2012年提出時のデータと比べると、平均値は0.4%上がっている。

インチョン指標ベースラインから見えてくるもの

今回、アンケート調査を実施して明らかになったことの一つに、データ集計の難しさがある。30の中核的指標のうち、20以上提出したのは、ジョージア、香港(中国)、モンゴル、ナウル、韓国とタイであった(ちなみに日本は13の指標にデータを提出した)。では、それ以外の国にデータがないのかというと、そうでない場合も多くあるに違いない。データ非提出の理由としては、インチョン戦略に対する意識の違いやデータ算出の方法論や技術的な知識の有無、データ算出にかかる時間などの理由があげられる。就学率や社会保障受給率をとっても比率を算出するための母数が明確に出てこない場合もあった。

インチョン目標5「障害のある子どもの早期関与と早期教育を広めること」、目標4「社会的保護を強化すること」に関する回答率が一番高かったが、これは、教育や社会保障行政のデータの中にもともとあったことに起因するだろう。ただ、指標の要求どおりのデータが提出されたかどうか、データの質を5段階評価でみると、目標4と5は、評価2くらいであるのに比べて、目標2の「政治プロセスおよび政策決定への参加を促進すること」は、4に近い評価だった。障害者の貧困率を提出したのは7か国で、思ったより少ないという印象を受けた。

障害をどう捉えているのか、また、どんな目的で障害者のデータを集めるのかという意識の違いも明らかである。サービス受給者としての可能性をもつ障害者集団の把握というのが主流の考え方だが、障害者人口比率の高い国は、サービス受給者というだけでなく、本来的にはさまざまなポテンシャルをもっている被差別集団、困難を抱える人の集団として捉えていることもある。また、障害者の年齢の幅も15歳から64歳しか捉えていないところもあれば、日本のように1歳から99歳まで捉えているところもある。

障害者差別の撤廃もこの20数年間訴え続けられてきたテーマである。中間評価によれば、13か国に障害者差別禁止法制があるという。43か国が権利条約を批准しているという観点からすると、この数は少ないように思われる。また、一口に「障害者差別禁止法制」といっても、理念法に近いものも差別禁止法として報告されている場合もある。また、差別の定義も必ずしも権利条約と一致していない。合理的配慮を提供しないことが差別である、という概念はまだまだ定着していない印象である。また、権利条約は守られるべき最低限の基準であるべきなのに、目標のように捉えられているところもあると思う。

2018年から2022年後半5年:北京行動計画とともに

中間年ハイレベル会合は、成果文書として、北京宣言およびインチョン戦略の実施を加速するための行動計画を採択した。この計画は、後半の5年、加盟国により効果的なインチョン戦略実践を促すことを目的としており、インチョン戦略の10の目標それぞれに、70近くの具体的な政策提言をしている。

たとえば目標3に関しては、政府公共品やサービス調達の基準にアクセシビリティを導入、目標8の障害統計に関しては、障害に関する国内データ集積システムの有無や目的、有効性などの現状把握と、障害統計実施計画作成を提言している。また、SDGs実施計画に障害の視点を明確に導入することや、障害当事者団体など市民団体の政策策定参画計画作成も含まれている。

この計画実施のモニタリングや加盟国への情報提供、支援は、2013年にインチョン戦略採択とともにつくられた、アジア太平洋障害者の十年作業部会が担う。作業部会のメンバーについては、中間年ハイレベル会合を機に、後半5年の新たなメンバーの募集(15加盟国、15の市民団体)を呼びかけており、2018年のESCAP総会(5月頃に開催予定)で最終決定される。

2018年後半、新たなメンバーによる作業部会が開かれるが、今後実質4年、ESCAPとして、何をしかけていったらいいのかも議論できたらと思う。具体的な法整備や当事者の政策策定プロセスへの参画のシステム、障害統計の充実、企業や市民社会の取り組みの紹介もしなければならないだろう。また、2023年以降、第4次アジア太平洋障害者の十年の実施を目指すべきなのか、あるいは、SDGsがゴールとしている2030年を意識した動きを作った方がいいのかという大枠の議論も期待される。作業部会メンバー以外の活発な参画も目指したい。

日本という視点ではどうなのか。日本の法整備や障害当事者団体の真剣な政策参画のあり方、地方自治体の取り組み、まちづくり、防災・減災の取り組み、ユニバーサルデザインなどは、アジア太平洋域内で評価が高い。これら日本の取り組みを国外に発信する手助けをESCAPとしてぜひ行なっていきたい。2020年のオリンピック・パラリンピック開催に向けて国をあげての大規模な準備が、地域社会のバリアフリー化や障害者の地域生活支援拡充にどのように役立っていくのかも、アジア太平洋地域の障害当事者の興味が高い分野であろう。

インチョン戦略データに話題を戻せば、日本政府は13の指標にデータを提出した。私は、市民社会と政府が共同で、他の指標のデータが算出できないか検討してほしいと願う。また、今あるデータを障害者権利条約のパラレルリポート作成やSDGsの市民版レポートのようなものに利用してほしい。

おわりに

SDGsは、「誰も置き去りにしない」社会の構築を目指す。しかしこれは「社会的弱者」を社会サービスの対象者として、忘れないようにするということだけではない。むしろ、社会経済の開発や発展の青写真づくりの段階から、社会のさまざまな属性をもった集団―障害者もその一つである―の社会参画や経済貢献のあり方を導入するということである。ESCAPとしても、この視点から、真に誰も置き去りにしない社会を構築するために、今後5年、加盟国政府、市民社会とともに歩んでいきたい。

(あきやまあいこ 国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)障害担当官)