特集/教育とリハビリテーション 精神薄弱者の職場適応と後期中等教育

特集/教育とリハビリテーション

精神薄弱者の職場適応と後期中等教育

三沢義一

はじめに

 最近、精神薄弱者の雇用対策の前進が、わが国の労働行政における1つの焦点となっている。そこに関連する問題は多岐に亘るが、ここでは今までの精神薄弱者の職場適応の実態から、遡及的に学校教育の在り方に対する問題提起を行いたい。

 精神薄弱者を雇用している企業等からの学校教育に対する批判はかなり多い。本来、在学中に、学校や家庭で十分身につけておくべき知識や技能及び態度などを、極めて不十分なままの状態で就職させ、企業側が学校や家庭の機能を肩代りして基本的な諸問題に対応せざるを得ない、という嘆きがしばしば聞かれる。反面、精神薄弱養護学校にせよ、特殊学級にせよ、生徒の将来の進路は十分に念頭に置くものの、直接、職場適応だけを核とした指導内容だけを盛り込んだ教育に徹することはでき難い。また学校と職場では、本人はもちろん親の意識にも当然差があろう。甘さという点において、前者はいわば訓練の場であり、後者は、いわば実戦の場である。教育の場と職業の場とでは、その目標や性格に大きな違いがあるにしろ、1人の人間がその境目を通過していくとき、できるだけ両者の間のギャップを少なくする配慮が大切である。学校教育では、そうしたギャップを埋め合わせる教育的機能として、進路指導が営まれるが、その際大切なことは、進路指導の中に1人ひとりの生徒の生きる場の将来展望が十分に盛り込まれなくてはならないということである。

 学校生活から社会生活への移行や職業生活への移行には、健常な一般青年の場合でも、かなりの困難が予想され、時にはいわゆる不適応に陥る危険性を伴う。まして、精神薄弱者の場合には、一般論として、そこにより一層ドラスチックな変換を強いられる。

 精神薄弱者の職業生活をより拡充していくためには、雇用対策の拡充と共に、学校教育の在り方の転換もぜひとも必要である。本稿では、こうした視点に立って、若干の実証的資料に基づいて論述することにする。

Ⅰ 精神薄弱者の職場適応

 1 精神薄弱者の雇用の実態

 身体障害者等雇用実態調査(労働省、昭58.11)によれば、精神薄弱者の雇用の実態は、概略次のような状況である。

 (1)雇用している事業所の割合

 全国の民間事業所(5人以上の常用労働者雇用)のうち、精神薄弱者を雇用している事業所の割合は、1.5%に過ぎず、身体障害者の14.6%に較べると、約10の1である。

 (2)精神薄弱の程度別

 大半が「中・軽度」(74.7%)で、重度は僅か7.7%に過ぎない。

 (3)産業別

 製造業に雇用されている割合が圧倒的に多く、74.5%を占め、ついでサービス業の10.8%、卸売業・小売業の9.8%となっている。このように精神薄弱者の場合には、製造業への偏りが著しく大である。

 (4) 事業所規模・程度別

 雇用している事業所を規模別にみると、従業員100人未満の比較的小規模な事業所に雇用されている者の割合が71.4%を占め、いわゆる小企業・零細企業が主に精神薄弱者雇用の役割を担っている。

 (5)勤続年数

 平均勤続年数は、6年9か月で、一般常用労働者の9年6か月と比較すると2年9か月短くなっている。またそれを精神薄弱の程度別にみると、重度が4年7か月であるのに対して、中・軽度が6年8か月となっている。

 (6)給与

 平均給与額は、94,600円(昭58年)で、一般常用労働者の平均給与額211,800円(昭57年)を大幅に下廻っており、約44%となっている。

 以上のように、精神薄弱者の雇用の実態は、必ずしも満足すべき状況になく、職業的ノーマライゼーションの観点からみても、今後の雇用の拡大と、雇用の質の改善・向上が不可欠の要請といえるであろう。

 2 職場適応と心理的要因

 精神薄弱者と職場適応の問題については、最近国内外の研究が徐々に進み、また企業等におけるその雇用経験が蓄積されるにつれて、従来の誤った見方や、独断的な考え方が徐々に修正されてきた。たしかに、いわゆる知恵遅れの状態像は根本的に解消できるものではないが、職場というセクターにおいて、適応能力や適応性を改善することは、相当程度期待してよいことを事実が証明している。

 (1)知能面

 精神薄弱の程度を示す指標の1つとして、従前から、知能障害の程度がよく問題にされてきた。一般論として、たとえばIQ50以下の中度・重度の対象では、一般雇用は無理であるというような単純な割り切り方がしばしばなされてきた。しかし、実証的な資料からは、IQだけが職場適応の支配的な要因ではなく、他のさまざまな要因、たとえばパーソナリティ特性、与える職務、よき指導者の有無、職場雰囲気、私生活の指導援助などが極めて重要な影響をもつことが明らかとなっている。したがって、職場適応の可能性を、IQだけで予測することは適当でない。ただ一般論としては、軽度障害と重度障害とを比較すれば、平均的には前者の方が明らかに適応状態は良好であるので、この意味では知能とのある程度の相関はあるといえよう。

 さらに、あまり表面に立ってはいないが、本質的に大事な問題として、現行の知能検査が、どの程度正しく精神薄弱者の知能を測定できるかという疑問である。標準化の過程で、重度精神薄弱者を直接被検者に選定して資料を得た知能検査はあまりない。このことは精神薄弱者に対する知能検査の信頼性に、多くの疑問を投げかけることになる。こうした側面に留意すれば、IQと職場適応の予測性との関係は精神薄弱者において、一層不確実なものになってくる可能性があるといえよう。

 (2)パーソナリティ特性

 精神薄弱者のパーソナリティ特性(personality characteristics)と職場適応との関係もこれまでにいくつかの研究がなされてきた。たとえば、精神薄弱者がよく職場に適応するパーソナリティ特性としては、温和、勤勉、素直、快活、協調、情緒安定性などが挙げられてきた。イスラエルのSaliら(Sali, J. et al., 1971)は、精神薄弱者が職場で働く場合、そのパーソナリティ特性と作業量との相関は、知能(IQ)と作業量との相関より高いこと、パーソナリティ特性の中でも、特に忍耐力(perseverance)の良否が、良好な作業成績に結びつくことを報告した。このような指摘は経験的にもしばしば言われていることで、たとえば「すぐに倦きる」とか、「永続きがしない」というような特性は、職務の遂行上、最も歓迎されない特性であるといえよう。その他の特性として過度の情緒不安定、過度の内気、興奮性、多動性などは、職場適応に負の要因となることは明らかである。

 (3)適応行動

 職場適応も、適応の一環である限り、最低限の一般的な適応行動(adaptive behavior)が確立されてこそ達成される。たとえば、「時々激情的になる」、「放浪性がある」、「ものを盗る」、「異性への行動がコントロールできない」などの傾向が強いと、職場には迎え難い。Thiel, G.W.(1981)は、地域で就労している精神薄弱者の適応行動と就労状況との関係を調べたが、適応行動尺度(Adaptive Behavior Scale, A.B.S.)に表れた成績の上では、職業的適応の良好なグループは、特に「社会的不適応」のカテゴリーのスコアが低く、両者に関係があることが明らかにされた。就労以前の問題として、適応行動ができるだけ好ましい水準に到達するよう早くからの指導が大切であろう。

 職場は、特定の生産目的を追求する集団行動の場であるから、著しい個人的不適応の状態にあれば、精神薄弱者であるかないかに拘らず、そのニーズに合致しない。適応行動が極めて貧弱もしくは重大な問題を提起すると、現実に事業主の負担は著しく増大し、本人の職場定着も期待薄となる。

 3 職場適応評定尺度による調査研究

 職場適応評定尺度(MR用)は、身体障害者雇用促進協会の委託に基づいて、昭和58年及び昭和59年の両年度にわたり、三沢らが考案したものである。この評定尺度によって、精神薄弱者の職場適応の実態と、その改善・向上の手だてを得ることを目的とした。

 (1)尺度の構成

 次の10領域から成り立っており、No.1からNo.9までの9の種類の下位尺度に、合計60項目を割り振り、No.10のみは、総合評価として、尺度とは別な見地から記入できるようにした。その概要は次の通りである。

 No.1 仕事の成績

  1 仕事が早く、十分な量をこなす、他9項目

 No.2 作業態度

  1 自発的、意欲的に取り組む、他9項目

 No.3 スーパービジョン

  1 よく指示に従い、手がかからない、他4項目

 No.4 チームワーク

  1 他の人々とら仲よく協力し合う、他4項目

 No.5 コミュニケーション

  1 あいさつ、応答などが普通にできる、他4項目

 No.6 職場環境

  1 職場の士気を高めるのにプラスする、他4項目

 No.7 身選処理

  1 髪の手入れ、ひげそりなどが行き届いている、他4項目

 NO.8 一般的勤務状態

  1 理由のはっきりしない遅刻や欠勤がない、他4項目

 No.9 行動特性

  1 いつも明朗で快活である、他9項目

 No.10 総合評価(A~Eの項目の中の1つに○)

  A 「一人前の職業人として立派にやっており、将来も極めて明るい」

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  E 「職場適応に極めて問題が多く、全く将来の見通しが立たない」

 評定は「良い」、「少し良い」、「普通」、「少し悪い」、「悪い」の5段階評定とした。

 (2)結果の全体的傾向

 製造業から畜産、サービス業に至るまで、70か所の事業所に働いている精神薄弱者310名について、事業所側に評定を依頼して、結果をまとめた。各下位尺度と総合評価の平均値とを、チャートにしたものが図1である。概略の傾向を拾うと、調査の対象となった精神薄弱者は、「一般的勤務状態」と「身辺処理」とが普通以上に評定され、その他の下位尺度においては普通をやや下廻っている。また総合評価は、普通をやや上廻っているが、厳密には評価基準の構成が異なるので単純に言い切ることはできない。なお事業所側の評価で「普通」とはどの水準を根拠にするのか必ずしも確信があったわけではないと思われるが、この辺についての明確な指針は予め与えてはいない。ただ「良い」と「悪い」についてはヒントを与えておいた。良い方に評定されている従業員の中には、明らかに健常者の水準を凌駕した優れた仕事振りを示すケースも多数含まれている。「身辺処理」と「一般的勤務状態」が相対的によく評定されていた事実は、この2領域が精神薄弱者の職場適応に最低の必須要件であることを物語っていると思われる。

図1.各下位尺度、総合評価の平均値

図1.各下位尺度、総合評価の平均値

 (3)職場適応と諸要因との関連

 評定結果の解釈を平均値だけに頼らずに、いくつかの要因間の関連を分析する目的で、数量化I類による統計的処理を行った。この結果はそれぞれの下位尺度別に、ポジティブな影響を示すものと、ネガティブな影響を及ぼすものに分けて検討されるが、全体的な傾向としては、

 障害程度、重複障害の有無、健康状態、言葉による意思の伝達、道具名の記憶、親の協力

などが最も影響の大きい要因として抽出された。また作業成績にポジティブな影響を及ぼすものとして年齢は30歳代が最もよいことが指摘されたが、これは職場定着の安定性を示したものと解釈された。

 (4) 基本的スキルとの関連

 ここで言う基本的スキルとは、名前が書ける、簡単な数が数えられる、簡単な文字が理解できる、道具の名前が覚えられる、言葉で意思を伝達できる、時間を告げることができる、電話がかけられる、金銭の取り扱いができる、通勤がひとりでできる、の9つである。

 このような基本的スキルを、完全に獲得している精神薄弱者の方が、そうでない者よりも、全般に職場適応の状態がよいことは、評価結果からも明らかであるが、反面その良否がそのまま職場適応に結びつくともいえない。たとえば文字や数が殆んど理解できない者でも、健常者以上に職場で受け入れられているケースもある。

 職場で要求される最大のものは、こうした一般的な基本的スキルもさることながら、仕事の要請に応える作業スキルである。したがって、精神薄弱者(特に重度)を迎える職場では、特定の条件下で最も有効に機能する作業スキルを、改めて確認する必要があろう。これが精神薄弱者の能力開発の基本的な視点でもある。同時に、作業スキルの劣性を、どう補償するかの手段の発見が大切であろう。

 4 職場適応を支える企業側の配慮

 精神薄弱の状態下にある従業員も、もちろんひとりの労働者として職場の期待に応えられる能力を備えていることが望ましい。しかし現実には、そこに到達するまでに、企業側の教育訓練、能力開発に関する配慮が健常従業員以上に必要なことも事実である。

 さきの評定尺度法による調査研究に合わせて、個々のケースに対する企業側の配慮状況を調査したので、その概要を紹介しよう。

 調査は、図2の通り20項目について行われ、さらに配慮の程度又は状況について、1.非常に配慮した、2.ある程度配慮した、3.配慮していない、の3段階に分け、該当するものに回答を求めた。また1及び2については、具体的な配慮の内容を記述するように求めた。その結果、精神薄弱者を雇用する企業では、かなり多面的な配慮がなされている実態が浮き掘りにされたが、図の通り、作業指導に関する諸問題に、大きな配慮が加えられている。具体的には、

 ○技能を向上させるために、繰返し根気よく教える

 ○職場の安全について配慮する

 ○作業に当たって、上司、同僚がカバーする

 ○作業能率を高めるために、マンツーマンで徹底的に指導する

 ○激励、賞賛、叱責などアクセントをつけた指導方法を採用する

 ○作業ミスや失敗などの防止に努めるため徹底的に指導する

などの項目に配慮の力点がかけられている。このように、反復指導、安全確保、周囲のカバー、マンツーマンの指導、指導のアクセント、作業ミスの防止など6つの側面に対する配慮が作業指導の中心課題になっている。

図2.配慮状況の一覧

図2.配慮状況の一覧

 さらに、精神薄弱者を迎えるに当たっての一般従業員の在り方、能力評価、生活面の指導と生活管理、家族との連携などにもかなり留意されており、企業の中には、特別に文字や数の教育を行っているところすら存在する。

 精神薄弱の程度から配慮状況を整理してみると、軽、中、重度の順に配慮が濃厚になっているが、特に重度者では、作業指導、安全、金銭管理への配慮が一段と高くなっていた。このような結果から、一般に障害程度が相対的に重くなるに従って、企業等に特別な配慮を要請する必要度は大きくなるが、そのための企業側の負担感を、どのように軽減するかが、雇用対策の中心課題になるであろう。

 5 職業能力開発の基本的観点

 Huddle, D.(1967)は、48人の精神薄弱者(IQ平均41.94、27歳)に、TVの部品作業を行わせた結果、次のような結論づけを行っている。

(1)最初の作業パーフォーマンスは低いが、やがて健常者の水準に追いつき、それを超えることすらある。

(2)精神薄弱者は、動因(incentives)や労働条件に正常に反応する。

(3)小人数のグループの方が作業がよくできる。

(4)もし適切に動機づけられれば、最少限のスーパービジョン(指導監督)でやれる。

(5)社会的承認(social approval)が重要である。

(6)賞のない競争は、適切でない。

(7)単純作業の訓練手続きは、標準化が可能である。

 上述の結論を要約すれば、精神薄弱者の職業能力開発は、一般に較べて基本的には差がないものの、より教育訓練の原点に迫るものであり、この限りでは、特異性をもつといえる。したがって、精神薄弱者に適合するような職業訓練、作業指導の在り方の確立が要請されるであろう。健常者一般に比較して精神薄弱者の職業能力開発には、たしかに今まで気付かれなかった問題が多いが、この分野での先駆的な企業等では豊富な経験の蓄積がある。そうした経験の一般化が今後の課題である。

Ⅱ 後期中等教育の役割

 ここでは、学校教育の中でも特に問題の多い後期中等教育について考察しよう。

 1 職業的自立基盤の育成

 精神薄弱児の後期中等教育(養護学校高等部)は、学校教育から社会生活、職業生活への移行を円滑にし、それぞれの特性に応じた進路計画を確立する上で重要な意義をもっている。高等部の教育は、小・中学部の教育の補完ではない。より積極的に、生徒の人生設計、職業生活への基盤の育成が図られなくてはならない。

 高等部の教育には、特に次のような側面に重点がおかれるべきであろう。

(1)日常生活スキル

 身辺自立、道具・器具の使用、交通機関利用、経済生活への参加、余暇利用など

(2)個人的・社会的スキル

 自己理解の深化、自立心の育成、適切な人間関係の発達、健全な人生観・勤労観の確立など

(3)職業的スキル

 基本的な職業的スキルの拡大、労働習慣の育成、特技・余技の開発など

 盲学校、聾学校及び養護学校高等部学習指導要領には、「勤労にかかわる体験的な学習の指導を適切に行うようにし、働くことや創造することの喜びを体得させるとともに望ましい勤労観や職業観の育成に資する」ことが教育課程の編成の一般方針等の1つになっている(第1章総則、第2節、第1款の5)。高等部の教育には、作業学習あるいは職業教育の見地から指導内容として“作業”が取り入れられているが、その教育的意味づけや認識の程度または指導方法・指導形態等には、大きな学校差がある。好ましくない例としては、作業を遊びの延長ととらえたり、養護・訓練の1つの活動だけに限定した極めて狭いとらえ方をするところがある。こうした行い方だけでは、職業的自立基盤の育成には程遠く、生徒の卒後に大きな断層ができることは避けられない。

 学校という限られた環境の中で、職業的基盤の育成に要求される心理的、身体的、職業的スキルのすべてを培うことは、たしかに困難なことに違いない。しかし現状はこうした情状を酌量するにしても、なおかつ学校教育と職業生活とのギャップが大きすぎると言わざるを得ない。学校は、まだ生徒の進路や職業的未来に関する認識と学習意欲が不十分である。一般的な学校教育のパターンを、下限延長して障害児教育にあてはめようとする傾向がある。生徒の実態に即して、1人ひとりの生き方を確かめるための教育的アプローチを追求していくことが現下の大きな課題であろう。精神薄弱教育においても、けっしてそれは例外ではない。

 2 進路指導の見直し

 進路指導は、生徒の職業的発達を促がし、生き方を学習させるとともに、人生設計を援助するための大切な教育活動である。たとえ精神発達に高度の遅滞があっても、その生徒にとって最高の生き方ができるようにするための指導援助に他ならない。その基本的性格は、個々の生徒に個別化されること、未来志向的でなければならないこと、学校という枠組みを超越した多次元の要因に支えられること、などであろう。

 進路指導の本来の責務は、単なる進路先の振り分けとそのための援助だけにとどまるものではない。就職、施設入所、進学、在宅というような障害児のための大まかな進路区分は、その内容が年々変りつゝある。雇用就労対策がより前進し、しかも地域リハビリテーションという観点が強調されていくと、一般雇用や就労の対象でないと判断されていた重度者にも、より希望のある未来が拓けることになるであろう。学校は、そうした障害児の未来の進路に敏感に反応し、進路指導の中にそれを先取りしていかなくてはならない。

 進路指導は、生徒自身の自己理解や職業的発達を伸ばす役割をもつと同時に、学校と社会との接点を滑らかにする潤滑油の機能をもっている。精神薄弱養護学校や特殊学級における進路指導の在り方は、他の特殊教育諸学校におけるその在り方と、多少性格は異なる面があるにしろ、基本的には、全く同一の基盤に立脚するといえる。子供の動きと社会の動きとを適切に対応させていかなくてはならない。

 3 職業的自立を志向する教育

 精神薄弱教育においても、時代の変遷につれて、その理論的・実践的方法論をめぐっての論議に幾多の変遷があった。作業学習そのものの意味づけにも、時代によって自ら軽重があった。しかし精神薄弱者により一般的な職業機会が拡大されようとしつつある現在、その教育の在り方を問い直してみる必要性は、決して小さくはない。

 その第一は、学校生活を通じて、より強固な体力、持久力を育成することである。教科的な学習の可能度を見極める必要性はもちろん否定できないが、高等部段階で往年批判されたような“水増し教育”(低次元の内容を薄めて教える)に没頭するような姿勢は、十分に再吟味する必要がある。逞ましい生徒を願うならば、まず教室的雰囲気からの離脱が望ましい。

 その第二は、学校在学中にできるだけその生徒の個性に基づいたいわゆるセールスポイントを育成することである。1970年代以降、アメリカで唱えられてきたキャリア教育(career education)は、教育の現状に根ざした批判とも言える教育思潮であるが、“実学”により大きな比重をかける点が注目される。実利的な価値だけを追うことが教育の使命でないことはもちろんであるが、いわゆるアカデミックなアプローチだけを目指すことが教育の価値ではない。精神薄弱教育においては、尚更こうした点に着目する必要がある。

 第三には、新たな視点に立った、生徒のライフキャリアを見通した教育の確立を追求すべきであろう。一般就労で奇跡的とも思える就労ぶりを発揮している精神薄弱者が現に存在している。能力発揮の機会を与え、適切なサポートシステムを充実すれば、多くの精神薄弱者は職業的自立の上でも可能性を秘めた存在である。将来の見通しにより弾力性を求め、本人のライフキャリアを十分に見つめた教育の在り方の追求が、当面の大きな教育的課題であろう。

参考文献 略

筑波大学心身障害学系教授


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1986年3月(第51号)2頁~8頁

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