マレーシアはマレー半島とボルネオ島の北部から成り、国土面積は33万434平方kmで日本の87.5%、人口は1,527万9,000人で日本の12.7%である(1984年)。半島(部)マレーシアは国土面積の39.8%であるが、全人口の82.8%を占めている。
イギリスの植民地時代にスズ鉱・ゴム園開発のため多数の中国系・インド系移民が来住した結果、マレーシアは複合民族国家となっている。半島マレーシアの民族構成は、マレー系56.0%、中国系33.2%、インド系10.2%、その他0.6%となっている(1984年)。
マレーシアの政治形態は国王を元首とする立憲君主制である。ただし国王は終身制ではなく、9州のスルタン(イスラム教の首長・州王)から5年ごとに互選される。国会は上下両院によって構成される2院制である。1981年以来国民戦線のマハティール首相(医師)が政権を担当している。
マレーシアの地方制度は1連邦直轄地(首都クアラルンプール、人口93万7,875人―1980年)と13州に分かれている。各州は1院制の州議会を持っており、法律を制定する事ができる。
マレーシアは基本的には農業国である。しかし近年は都市化が急速に進行し、都市人口比率は1980年には34.2%、1985年には40%に達している。その結果、東南アジアのなかでは、都市国家シンガポールを除けば、最も都市化が進んだ国となっている。
マレーシアは「一次産品の開発を通じながら、なお高度の経済成長と所得水準を享受しえた代表的な開発途上国」である。1983年の一人当たりGNPは1,860米ドルであり、東南アジア諸国のなかではシンガポールに次ぐ「上位中所得国」となっている。ただし所得格差は大きく、特に農村部では全世帯の45%が貧困層である(1970年)。また1985年には深刻な不況に直面している。
マレーシアの1983年の出生率(人口千対)は30.3とかなり高いが、死亡率(同)は5.1と低く、人口増加率は2.6%である。半島マレーシアの平均寿命は男67.6歳、女72.3歳、乳児死亡率(出生千対)は29であり、いずれも東南アジア諸国のなかでは、シンガポールに次ぐ高水準である。
マレーシアでは1958年に障害者の抽出調査が行われ、主要4障害(盲、聾、肢体不自由、精神薄弱)の出現率は1%に当たると推計された。その後同種調査は実施されておらず、現在のマレーシァの障害者総数は、この1958年調査をもとにして約14万人とされている。
マレーシアでは上記4障害の任意的登録制度が福祉サービス省の所管で行われており、後述する各種公的サービスの受給を希望する障害者は所在する「地区(district)」の社会福祉事務所に申請し、州総合病院で診断・認定を受けた後に、その社会福祉事務所に登録されることになっている。
表1は障害の種類・年齢階層別の「登録障害者」数(1985年7月末現在)である。総数は2万6,718人で、出現率は0.17%である。ちなみに上述した推定障害者総数14万人に対する“登録率”は約20%に留まっている。
年齢階層 障害の種類 |
0~6歳 | 7~13歳 | 14~20歳 | 21~27歳 | 28~34歳 | 34歳以上 | 合 計 | (%) |
盲 |
39 | 197 | 159 | 143 | 140 | 7,654 | 8,332 | 31.2 |
肢 体 不 自 由 |
105 | 445 | 690 | 742 | 413 | 6,849 | 9,245 | 34.6 |
精 神 薄 弱 |
218 | 1,068 | 835 | 350 | 141 | 2,063 | 4,673 | 17.5 |
聾 |
154 | 753 | 346 | 166 | 101 | 2,948 | 4,468 | 16.7 |
合 計 |
516 | 2,463 | 2,030 | 1,401 | 795 | 19,514 |
26,718 |
100.0 |
% |
1.9 |
9.2 |
7.6 | 5.2 | 3.0 | 73.0 |
100.0 |
障害種類別にみると、肢体不自由がもっとも多く34.6%を占め、以下、盲31.2%、精神薄弱17.5%、聾16.7%の順となっている。年齢階層別にみると、20歳以下が18.7%、21―33歳が8.2%、34歳以上が73.0%となっている。障害の原因は登録されていないが、後述する表2に示すように、農村部では現在でもポリオが肢体不自由の最大原因になっている。
マレーシアには全国民を対象にした医療保障・社会保障制度はまだ存在しない。そもそも欧米流の社会保障制度を農村社会に単純に導入することは不可能で、先ずそこでの経済的困難の解決を先行すべきと言われてもいる。
被用者を対象にした社会保障制度としては、被用者倹約基金法(1951年)、労働災害補償法(1952年)、被用者社会保障法(1969年・1984年改正)がある。このうち被用者社会保障法では、5人以上の事業所の労働者に対して、労働災害・職業病・廃疾に対して現金・医療給付が行われている。また、Trengganu州とSabah州では州独自の社会保障制度が実施されている。マレーシアの医療供給制度は都市部と農村部で全く異なっている。
都市部ではイギリスの植民地時代から病院制度が存在し、現在でも連邦立の州総合病院・地区病院が中心的役割を果たしている(マレーシアでは公立病院はすべて連邦立)。又、都市部には私立の病院・診療所も少なくない。
それに対して、農村部には独立前には医療施設はほとんど存在しなかった。しかし1957年の独立後、農村部での独自の医療網づくりがすすめられてきた結果、半島マレーシアでは農村部でも人口の92.3%が近代的医療サービスを受けられるようになっている(プライマリ・ヘルス・ケア調査、1979―78年)。
図1はマレーシアの農村部医療サービス組織図である。
図1 農村部の医療サービス組織
旧来の3段階システム
新しい2段階システム
当初は3段階の医療サービス組織が、人口5万人を1単位として形成された。
……メイン・ヘルス・センター:人口5万人に1ヵ所
ヘルス・サブ・センター :人口1万人に1ヵ所
助産婦クリニック :人口2千人に1ヵ所
これらのうち、メイン・ヘルス・センターには医師・歯科医師を含めて16人以上の常勤スタッフが配置されており、病床はないが、地区病院と同レベルの技術水準である。これらの組織により、医療・歯科医療だけでなく母子保健・栄養指導・学校保健・感染症対策・環境衛生・健康教育・検査サービスなどの「基本的サービス」が住民に無料で提供されている。
更に1975年頃からは住民要求の高度化に対応して、ヘルス・サブ・センターを医師の配置されているヘルス・センターに昇格させる(メイン・ヘルス・センターもヘルス・センターに名称変更)とともに、助産婦クリニックを2人の地域看護婦の配置されている「地域クリニック(Klinic Desa)に昇格させる2段階の組織への転換が進められている。
表2は上述したマレーシアの各種医療施設数 (1983年)を示したものである。
施設数 | 病床数 | 平均病床数 | |
連邦立施設 | |||
病院 | |||
州総合病院 | 22 |
15,300 |
695.5 |
地区病院 |
67 |
10,687 |
159.5 |
合計 |
89 |
25,987 |
292.0 |
特殊医療施設 |
|
|
|
精神 |
4 |
5,779 |
1,444.8 |
ライ |
2 |
3,489 |
1,744.5 |
結核 |
1 |
300 |
300 |
合計 |
7 |
9,568 |
1,366.9 |
私立病院・その他 |
114 |
3,127 |
27.4 |
農村部医療施設 |
|
|
|
メイン・ヘルス・センター |
128 |
||
サブ・ヘルス・センター |
223 |
||
助産婦クリニック |
842 |
||
地区クリニック (Klinik Desa) |
768 |
連邦立病院のうち州総合病院は極めて大規模であり、平均病床数は695.5床に達している。それに対して、私立施設(病院・ナーシングホーム・産科ホーム)は施設数は多いが小規模であり、しかも大都市に集中している。
なお、近年は財政危機を背景とした公的サービスの「私営化」所策の一環として、私立病院(営利・非営利)の育成が図られている。例えば、民間福祉団体であるマレーシア盲人協会が昨年末に建設したTun Hussein Onn国民眼科病院は、“民間活力活用”の第1号とされている。
マレーシアの卒前・卒後の医学教育はイギリス方式である。
医学校は3校あり、1983年の入学人員は448人である。同年の医師総数は4,234人(人口10万人当たり28.4人)であり、このうち48.0%が公務員である。残りは開業医・私立施設勤務医であり、ほとんど都市部に集中している。
卒後研修は主として大学病院・州総合病院で行われる。一部の専門科ではイギリス、オーストラリアの専門医委員会の認定を受けた研修コースがある。リハビリテーション医学のこのような国内での研修コースはなく、リハビリテーション専門医となるにはイギリスで研修認定を受ける必要がある。このようなリハビリテーション専門医は3人である。
理学療法士と作業療法士の養成校は1校ずつ存在する。また理学療法士・作業療法士ともそれぞれ協会を結成している。1980年の理学療法士数は74人である。
なお、マレーシア国内では車椅子の製造は行われておらず、主としてイギリスからの輸入に依存している。それに対して義肢・装具は最近国内での製作一部がおこなわれ始めている。
1)福祉サービス省とマレーシア・リハビリテーション会議
マレーシアでは医学的リハビリテーション以外のリハビリテーションは主として福祉サービス省予防・リハビリテーション・サービス部が所管している。この部は(1)家族・小児ケアサービス、(2)犯罪者の矯正サービス、(3)障害者のリハビリテーション・サービス、(4)薬物中毒者のリハビリテーションを所管している。実際の行政は各省の社会福祉部と各地区の社会福祉事務所が実施している。なお、マレーシアには障害者またはリハビリテーション関係の独自立法はない。
マレーシアでは政府自身が直接リハビリテーション・サービスを提供するだけでなく、民間団体も活発に活動している。このような民間のリハビリテーション関連団体の全国的連絡・調整組織としてマレーシア・リハビリテーション会議がある。この組織は1973年に福祉サービス省の「召集」で設立され、現在では表3に示した12団体で構成されている。それらの多くは障害者福祉団体または専門職団体であるが、5番めの「マレーシア整形外科的障害者会(Society of the Orthopedically Handicapped Malaysia)」のみは障害者自身(その多くは後述する身体障害者リハビリテーション・センターの“卒業生”)で構成されている。なお、障害者自身により構成されている団体はこの会と「西マレーシア盲人会」の2つだけである。マレーシア・リハビリテーション会議の理事会は各団体1名ずつの代表とリハビリテーション関連4省(保健省・教育省・福祉サービス省・労働人材省)の代表各1名によって構成されている。そして、この会議の1980年代の重点目標としては、(a)職業訓練、(b)雇用機会の拡大、(c)移送手段の確保、(d)社会参加(accessibility)の4点が挙げられている。
ただし、障害者に対する直接的リハビリテーション・サービスは障害別に組織された個々の障害者福祉団体が実施している。しかもシンガポールの場合と同様に、主要な組織は職業的・社会的リハビリテーションだけでなく、教育的リハビリテーションや医学的リハビリテーションも同時に実施している。
又、シンガポールと比べるとこれら民間団体への政府からの財政援助は多く、教育・職業訓練スタッフの給与の90%は福祉サービス省が負担している。つまり、マレーシアのリハビリテーションは実施主体・財政の両面で“公私混合型”であり、シンガポールの“民間主導型”と対照的である。
他面、マレーシアでは団体法によって全ての団体の国家登録が義務づけられているだけでなく、政府から財政援助を受けている民間団体の管理委員会には必ず政府代表が参加することになっている。又、上記のマレーシア・リハビリテーション会議だけでなく、政府の召集・イニシアティブによって設立された“民間団体”が少なくない。そのために同じく民間団体と言っても、日本の民間団体とはかなり性格が異なっているようである。
1.Selangor障害者リハビリテーション協会 | (1974) |
2.Malacca障害者リハビリテーション協会 | (1973) |
3.マレーシア作業療法士協会 | (1969) |
4.マレーシア理学療法士協会 | (1965) |
5.マレーシア整形外科的障害者会 | (1975) |
6.Johore脳性麻痺児協会 | (1967) |
7.マレーシア結核予防協会 | (1947) |
8.マレーシア・ハンセン氏病救済協会 | (1959) |
9.マレーシア盲人協会 | (1951) |
10.身体障害者リハビリテーション・センター評議員会 | (1970) |
11.マレーシア医師会 | (1959) |
12.マレーシア整形外科医会 | (1968) |
※( )内は各団体の設立年
地名は英語で表示
2)教育的リハビリテーション
マレーシアは義務教育制は採っていないが、初等教育(6年)と中等教育の前半(3年)は無償であり、半島マレーシアでは6歳児童の入学率は96.8%(1983年)に達している。また、同じく半島マレーシアでは識字率は72%である(1980年)。
障害児のうち盲・聾児に対する特殊教育は教育省が所管しており、しかもそのカリキュラムは普通学校のそれと基本的に同じである。初等教育の盲学校は国立が2校、民間団体立が2校ある。聾学校は民間団体立が1校である。また、いくつかの州では普通学校に盲・聾児のための「統合学級」が併設されている。
それに対して精神薄弱児にたいする特殊教育は制度化されておらず、民間団体のみが実施しており、それに対して福祉サービス省が財政援助を行っている。このような特殊学校はマレーシア全土に22校あり、生徒総数は963名である。これらのうち7校はSelangor・連邦領地精薄児協会が経営している。マレーシアには精神薄弱児が約6,000名いると推計されており、特殊学校の絶対的不足のために入学待機児童は500名にのぼっており、入学申し込みから実際の入学までの期間は約2―3年となっている。なお、これらの特殊学校で教育を受けているのは軽度―中等度の児童のみである。重度精神薄弱児の収容施設としては福祉サービス省立の「精神薄弱児リハビリテーション・ホーム」が5ヶ所あり、その収容定員は700名である。
また、脳性麻痺児に対しては、3つの民間団体(Selangor、Penang、Johore各州の脳性麻痺児協会)が小規模な特殊教育を実施している。
3)職業的リハビリテーション
福祉サービス省は後述するリハビリテーション・センターと保護職場(sheltered workshop)で 「登録障害者」に対して職業訓練を実施するとともに、就職斡旋サービスや障害者の就労促進・職業的自立のための財政援助を実施している。
まず、障害あるいは受けた職業訓練の性格のために在宅就労・自営業を選択した障害者には「開業助成金」として、一人に付き最高500マレーシア・ドル(約5万円)が支給される。この助成金の受給者は毎年約500人である。
また、就労していても毎月の障害者世帯の総所得が標準的生計費(現在300マレーシア・ドル)に満たない障害者に対しては「報償手当」として毎月50マレーシア・ドル(定額)が支給されている。この手当の受給者は、約2,460名である。なお、マレーシアの職種別平均所得は、ブルーカラーで300~400マレーシア・ドル、事務職で400~1,000マレーシア・ドル、専門職で1,000マレーシア・ドル以上である。マレーシアには現在障害者 (主として整形外科的障害者=肢体不自由者)のための保護職場が連邦立・州立・民間団体立合わせて6ケ所ある。それらはいずれも新しいもので、最も古い福祉サービス省立のDengkel DayaKelangでも創立は1979年である。この保護職場の定員は50人で、肢体不自由者だけでなく、精神薄弱者や聾者も受け入れている。訓練種目は、縫製、大工職、義肢装具製作の3種類であり、平均訓練・入所期間は約4~5年である。
保護職場以外にも主要な障害福祉団体は、政府の財政援助を受けながら各種の職業訓練施設を経営している。
全国的(職業)リハビリテーション・センターとしては「身体障害者リハビリテーション・センター」がある。このセンターは1965年に福祉サービス省が設立したものであり、常勤職員73名を擁する大規模なものであり、職業訓練を中心に、医学的リハビリテーション、教育(職業訓練に必要な範囲での)、ケースワーク・カウンセリング等総合的リハビリテーションを実施している。
表4は同センターの入所者150名の障害原因である。このセンターの受け入れる障害者は6歳―25歳の若年者であるが、それでもいまだにポリオが28.6%ともっとも多い。これはこのセンターの入所者の90%が農村部からきており、しかもその90%が低所得世帯の出身だからである。
ポリオ | 28.6% |
先天性の四肢変形 | 20.0 |
小児片麻痺 | 12.1 |
脳性麻痺(痙直型のみ) | 9.3 |
聾 | 5.0 |
脊損 | 4.3 |
疾患による対麻痺 | 2.1 |
事故による切断 | 2.1 |
先天性四肢欠損 | 1.4 |
その他 | 11.5 |
このセンターでの訓練種目は、縫製、ラジオ・テレビ修理、大工職、自動車修理・溶接、車椅子修理の5種類であり、平均訓練・入所期間は約3年である。
マレーシアのリハビリテーションの最近の新しい動きとして、「地域基盤のリハビリテーション(community based rehabilitation)」が注目される。
これは障害者のリハビリテーションに家族と地域社会を動員しようとするものであり、福祉サービス省と民間団体であるマレーシア盲人協会がそれぞれパイロット・スタディを実施している。
これらのうち福祉サービス省によるものはマレーシア半島西海岸部のTerengganu州の1地区 (人口17,140人、うち障害者275人)で1983年から実施されている。このパイロット・スタディでは、先ず、WHOから派遣されたコンサルタントによりその地区の社会福祉事務官8人(1人のみ正規の職員で他は助手)、地区保健婦1人、看護婦1人、助産婦2人に対して5週間の訓練が行われた。次いで、これらのスタッフがその地域から募った20人のボランティアに対して同じ訓練を実施した。そして現在では、これら20人のボランティアが55人の若年障害者とその家族に対して、訓練を実施している。
これとは別にマレーシア盲人協会は2つの国際組織の援助を受けて、1984年から、Pehang州で、協会の地域センターを拠点として利用して、8人のボランティアによる40人の盲人に対する在宅訓練を実施している。
このような地域基盤のリハビリテーションにより、障害者のリハビリテーションと地域社会への統合を安価な費用で達成する事が期待されている。ただし、このような試みは各地域に十分な関連サービスが存在するときにのみ効果をあげうるとも指摘されている。
※ 本文中に引用文献を明示していない情報・データは、マレーシア・リハビリテーション会議、福祉サービス省、保健省、その他の団体の担当者から直接聴取したものである。
文献 略
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1986年5月(第52号)17頁~23頁