小川喜道 *
寺田安司 *
大鍋省三 *
堀田守 *
増田新治 *
椎野順一 *
七沢第一更生ホーム(肢体不自由者更生施設、定員30人)及び七沢第二更生ホーム(重度身体障害者更生援護施設、定員100人)は、リハビリテーション訓練・生活指導を通して障害者を可能な限り本来の地域に生活の場を移すことを主眼に運営してきたが、退所者の家庭生活をみると、重度者の中には訓練・指導によって到達した自立水準を実生活の中で維持できていない状況がみられる。このことは、退所(院)者の追跡調査や施設と退所者の座談会の中でも指摘され、実生活に即した訓練・指導が要望されているところである。
これに応えるため、当ホームでは、できる限り個々の家庭環境に準ずるよう、あるいは個々の身体機能に適した家庭環境整備ができるように、一般住宅から身障用住宅に至るまでの様々な機能を有した環境のもとで実習ができることを前提に、内部構造に各種可変設備を持つ実習棟を使用した総合訓練の必要性が検討され、社会生活自立実習事業の構想としてまとめた。
今回、その事業を当センター職員宿舎を利用して試行したところ、一定の効果と今後の展望をみることができたので報告する。
施設から独立した場で、生活全般にわたる実習を行うことにより、従来のリハ訓練・生活指導の総仕上げをする一方、日常見い出せない問題点を発見し、問題解決に向けアプローチすることで社会復帰の促進を図る。さらに、これらの試みを通じ、実習プログラムの訓練・評価内容の検討を行い、本格実施へのスムーズな移行を図る。
(1)期間 昭和59年10月1日~62年3月31日
(2)場所 当センター職員宿舎2室
身障構造3DK/一般構造3DK
(3)対象 七沢更生ホーム入所者及び神奈川リハ病院入院患者
(4)指導プログラム 表1参照
プログラム名 | 評価・訓練内容 | 評価・訓練期間 | 対 象 | 指導体制 |
P-1 生活管理能力 評価訓練プログラム |
生活関連動作(家事動作)及び金銭管理、時間管理、健康管理等、一貫した生活管理能力評価 | 原則として6日間 月曜~土曜 (宿泊プログラム) |
・ADL自立 ・一応の生活管理能力が備わっていると認められる者 |
早出(7:30-16:00)、遅出(11:30-20:00)で指導にあたり、夜間は夜勤者が定時巡回 |
P-2 家庭復帰促進 指導プログラム |
家事及びホームプログラム、家族指導 | 原則として1泊2日(短期宿泊プログラム) | 家族単位で一応の生活管理能力が備わっていると認められる者 | 日勤(8:30-17:00)、遅出で指導にあたり、夜間は夜勤者が定時巡回 |
P-3 ADL能力評価 プログラム |
ADL能力評価 | 時間単位/1日実習(時間単位プログラム) | 評価・訓練が必要と認められる者 | ・日勤者が指導 ・1日実習の場合は、早出遅出で指導 |
P-4 住宅等改造、環境整備指導プログラム |
住宅設備、屋外環境等改善指導評価 | 同上 | 同上 | |
P-5 家庭内介護方法 技術指導プログラム |
家庭内介護技術指導 | 同上 | 介護指導が必要と認められる者 |
一般住宅の利用件数は41件(39.8%)、身障用住宅の利用件数は62件(60.2%)である。
試行期間中の実習数は53人103件(再実習ケース有り)で、その原疾患別内訳は脳血管障害24人(女2、男22、平均年齢48.3歳)、脊髄損傷12人(女4、男8、平均36.5歳)、脳性まひ11人(女6、男5、平均23.0歳)、その他6人(女3、男3、平均35.8歳)である。(図1参照)
〈図1〉試行期間中における実習者の原疾患別内訳
宿泊実習(P-1、2)41件の結果は、①単身家庭生活を送る上で意欲もあり問題なく自信づけに有効9件(21.9%)、②実習体験の積み重ねで自立生活が可能10件(24.4%)、③環境整備により自立域の拡大が可能4件(9.8%)であり、他方、問題点が明らかになったケースは、④単身での生活全般に能力が低く訓練を要す8件(19.5%)、⑤食生活・健康管理の指導を要す7件(17.1%)、⑥生活の乱れが目立ち施設内自立とのずれが判明(7.3%)となっている。(図2参照)
〈図2〉宿泊プログラム実施の結果
時間単位実習(P-3、4、5)62件については、家事動作(主に調理)、家屋改造、生活体験学習を目的とした使用が多いが、家庭の設備・器具の使用方法を知る上で有効である18件(29.0%)、健康を考えた献立・調理方法を知る31件(50.0%)、自分でできること・できないことを発見する8件(12.9%)、自分でできない部分を他者(家族・地域住民・ボランティア等)の協力により可能とすることができることを知る5件(8.1%)という結果である。
なお、退所後単身生活または家事に専念し自立生活を送っている13ケースについて郵送によるアンケート調査を行ったところ、結果は図3のとおりであった。
回答者10ケースについては全員が有意義であったとし、その理由として、①自信がついた、②それまでできなかったことの解決策がわかった、③環境を整備することができた、④障害前体験の乏しかった調理に関する知識・技術が持てた、⑤健康管理の大切さを理解できた、をあげており、指導員側の評価とほぼ一致した受け止め方をしている。(図3)
〈図3〉アンケート調査結果
(1)対象者をみると、脳血管障害者は中高年齢が多く、脳性まひ者は20代前半、脊損・他疾患は30代と、それぞれの置かれた家族関係等の社会的条件に相違があり、実習プログラムはこれらに対応できる機能が必要である。
(2)宿泊実習においては、50%が自立へ向けてのみきわめができ、44%が再訓練・指導のポイントを明らかにできた。すなわち、実習プログラムは総仕上げ訓練としての機能を果たす一方、自立のための問題点、課題の整理に有効である。
(3)宿泊実習の前段階とも言える時間単位実習場面では、家庭生活を送る上で欠くことのできない食生活の知識・技術、健康管理について指導を必要としたケースが50%と多く、施設内自立との差異が認められた。
(4)職員宿舎の身障用住宅は60%の利用であるが、障害者個々の身体機能に合った環境ではなく(例えば、体の小さな車椅子使用者にとっては水道の栓やガスの元栓に手が届かない、重度の車椅子使用者は入浴・排便動作が困難等)、評価・訓練が十分に行えない部分があった。
(5)宿泊実習を行い、退所後単身生活または家事を中心に行っているケースの多くは、実習体験を有意義であったと受け止めている。
社会生活自立実習事業は、昭和58年に事業推進委員会を発足させ、昭和61年度の当センター主要事業として設置が認められ、61年11月建設着工、昭和62年4月オープンの運びとなった。
この社会生活自立実習新棟は、地域リハビリテーションに寄与するための多くの機能と役割を持っているが、そこで期待される効果として次の諸点があげられる。
(1)身体機能、健康管理、社会適応等の能力を現実にそった環境の中で充分に発揮することにより、退所(院)後の自信づけを図る。
(2)家庭での実生活に不安を持つ障害者、家族に実習棟の設備を用いて自立の可能性を実証し、家庭復帰を実現させる上での助言ができる。
(3)住宅の新築・家屋改造が必要な場合、障害者個々の身体機能に合わせて可変設備を活用し、必要資料を提供することができる。
(4)障害者個々の自宅に近い物理的環境条件下で、家族に対して介護技術の指導ができる。
(5)自立実習評価の結果により、訓練課題の決定、将来方向策定の一助となる。
また、今後の課題としては、次の点を追求していく必要があろう。
(1)プログラムは当面前述の通りであるが、さらに有効活用を図るための内容の検討。
(2)実生活に即した訓練評価方法の検討と結果のフィードバックを図るためのフォローアップ体制の確立。
(3)多様化するニーズに応えるための柔軟な受け入れ体制の検討。
障害者が社会生活を送る上で必要な諸能力を発揮し、自分自身の意志で主体的な生活ができるよう、今後も訓練・指導の実践を通して検討を重ねていきたい。
*神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢更生ホーム
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1988年3月(第57号)2頁~5頁