秋山哲男**
本論は、土木学会「活力ある高齢化社会とまちづくり」1989年第20回土木計画学講習会テキストの「高齢者のモビリティと公共交通―鉄道、バスを中心として―」のバスの部分を抜粋したものである。
バスに関する検討課題は、①既存の路線バスの改善、②新たな車いす対応のバスシステムを開発する、といった2つの方法がある。
①既存路線バス―車いす使用と非車いす使用で大きく分けられる。車いす使用者の課題としてリフト装着と車内スペースの確保等検討要素が少ないので本論では主として非車いす使用を中心に、視覚・聴覚障害を加えた既存のバス整備課題に関して触れる。
②新たなシステム――車いす対応を図った事例について紹介する。
a.スウェーデンのサービスルート・エレベーティドバスの工夫
b.米国のリフト付き路線バス
c.英国の車いす対応のモビリティバス・ケアリンクバス
d.日本の巡回バス(特定輸送)
これらの事例に関してはSTサービス(特定輸送)と路線バスの相互の歩みよった部分であり、STサービスの要素も多分に含んでいる。
(1)既存路線バス車両の検討要素(表1)
バス車輌の要素 | 要素の技術的検討等 | 評価 | 肢体 | 視覚 | 聴覚 | |||
乗降口 |
①ステップの高さ |
・20㎝以下で手摺付き高齢者の90%以上の利用が可 ・20㎝以上(スウェーデン)・日本33~38㎝程度 |
20㎝は妥当な基準 | ● | ||||
②出入り口の幅員 | ・60~85㎝なくてはならない ・70㎝以上(スウェーデン)・52㎝以上(ロンドンLR) |
70㎝以上が妥当 | ● | |||||
③手すり |
・20㎝のステップ(障害者) |
手すりが無いとき→45%が利用可 | 手すりの効果大きい | ● | ○ | |||
手すりが有るとき→86%が利用可 | ||||||||
④出入り口の明り | ・陰は乗客の足下を危険にする | 弱視者誘導に役立つ | ● | ○ | ||||
車内設備 | ⑤床と車内のステップの高さ | ・ステップは15~18㎝以下が望ましい ・10㎝以下の場合見落とす可能性大きく問題 |
ステップは小さすぎるとかえって問題 | ● | ○ | |||
⑥座席間通路幅 |
・ミニバス利用者 |
53㎝の通路幅→91%の人が運行可 | 通路は60㎝近くはほしい | ● | ||||
45㎝の通路幅→45%の人が通行可 | ||||||||
⑦車内の柱と手すり | 届く距離 | ・2本の柱 | 125㎝の間隔→50%の人が届く | 柱の間隔は100㎝程度 | ● | |||
101㎝の間隔→95%の人が届く | ||||||||
・1本の柱 | 45㎝の距離→90%の人が届く | |||||||
高さ | ・床から80~90㎝ | 80~90㎝ | ● | |||||
⑧優先席 | ● | |||||||
⑨押しボタン | ・指一本で押すものから改善方向にある(ベルコード等) | ● | ● | |||||
情報設備等 |
⑩音声情報 | 車内 | ・次の停車駅の告知 | ● | ||||
車外 | ・行先経路の告知 | |||||||
⑪視覚情報 | ・停車駅の告知(情報版) ・方向幕による行先告知(方向幕) |
● |
注)●要素に対して特に検討を要する障害 ○要素に対して多少検討を要する障害
既存路線バスの検討は、①車両、②バス停留所、③駅前広場・バスターミナルの3点である。とりわけ車両の改善が特に重要であり、発着地であるバス停留所や駅前広場に関しては道路側の条件が大部分なのでここでは割愛する。
a)乗降に関わる要素
非車いす使用者にとって①ステップの高低差が20cm以内であり、②幅員に関しても70cmの確保が重要な条件である。しかも、③手すりがあることは利用できない層を減らすのに効果がある。
視覚障害者にとっては、手すりや料金支払いをわかりやすくすることがあげられる。また④出入口の明りは、視覚障害・非車いす使用とも、安全性確保に欠かせない。
我が国の場合ドアの幅の70cmは満たしているが、ステップに関しては問題が大きい。低床式バスの第一ステップまでの高さは33~38cmとかなり高く手すりがあっても利用可能な高齢者は6割弱、障害者は3割しか利用できないことが推測される。
b)車内設備
まず⑤車内の段差は見落とす可能性からも10cm以下は望ましくない。⑥通路幅はミニバスであっても60cm近くはほしい。⑦手すりについては非車いす使用・視覚障害とも有効なモビリティと安全施設である。⑧優先席はすべてが優先席という考え方にたてば必要ないが、議論の残るところである。
⑨押ボタンは手の巧緻性障害や視覚障害をもつ人にとっては、使いやすさの点からベルコード・使いやすい工夫をした押しボタン等があると良い。
我が国の場合、通路の問題は少ないが、押しボタンに関して押しにくく、巧緻性障害をあまり考慮してないと思われる。その他、座席の寸法等については割愛した。
c)情報
①音声情報―視覚障害者に対しては音声情報が極めて重要な情報源であり、特に車内の次の停車するバス停留所、車外では行先や経路を告知する車外放送等が必要である。
②視覚情報―特に聴覚障害者にとっては、視覚による情報提供が主要であり、とりわけ車内の情報版(次の停車バス停留所や運賃を示す装置)の設置でかなり改善できる。東急バスの一部に見られる。
スウェーデンの障害者・高齢者の交通対策を支える基本理念はインテグレーションとノーマライゼーションである。この理念はハンディキャップをもつ高齢者・障害者のモビリティを保証するために、交通事業者や車両製造の会社等が利用可能な交通施設として造り変えることである。
スウェーデン議会では障害者・高齢者が活動的な生活を営める基本的条件の一つとして、「アクセス・フォー・オール」の考え方に基づき、1979年に約10年を目途に、障害者が利用可能な公共交通機関の改造を行う事とし、その技術的・財政的な措置を取るべしとした。その担当部局はスウェーデン運輸省で改造の対象とする交通機関はバス・汽車・船・ディーゼル車・通勤鉄道・飛行機(50人乗り以上)などほとんどの交通機関をカバーする。バス整備もその一環で行われている。
(1)ボロース(Boras)のサービスルートの事例
ボロース市では高齢者のために新しい交通システムを開発した。それはサービスルートと呼ばれるもので、高齢者・障害者のモビリティ確保に答えたものである。サービスルートとは通常の路線バスとは異なり別建てのルートと時刻表を持ち、車両は車いす使用者もアクセスが可能なやや小さめの車両で、前と後ろに乗降口を持つ西ドイツで開発されたテレバスと類似した構造のニーリングバスである。
a)車両(表2、図1 略)
車 輌 長 さ |
210RIONⅡ |
250RIONⅡ |
|
車 輌 の 幅 | 6807㎜ | 8026㎜ | |
床高 | ニーリング前 | 305㎜ | |
ニーリング後 | 203㎜ | ||
座 席 数 | 18人+運転 | 25人+運転 | |
車いす | ランダムアクセス | 5人可 | 7人可 |
ノンランダムアクセス | 7人可 | 10人可 |
バスの床高30.5cm、ニーリング時の床高は、後ろの乗降口は直接路面から車いすで乗降できる9.1cmとし、前の乗降口では歩道からの乗り降りが可能な20.3cmとしたものである。座席数は18人、35人にドライバーを加えたものであり、車いす使用者のアクセスは5人以上可能である。車内の折りたたみいすは車いすの利用の増減が考慮されている。(図2 略)
b)ルート設定とバス停留所(図3 略、4 略)
ルート設定に関しては、路線バスが住宅地から中心市街地(繁華街)まで20分かかるところ、サービスルートは約1時間かかる。40分も余計にかかるのは高齢者等が自宅からバスの停留所まで出来るだけ歩かずに済むようにそのバス停間隔は一般路線バスより短い(100~120m)距離に数多く設定してあるからである。また、高齢者の孤独感を癒すことも考えられている。さらに一般バス路線との関係は、サービスルートだけの停留所は街灯等のポールに紅白のテープを巻いたものである。
また一般バス路線の停留所の例は交通標識の上部にバスの路線番号が示されたボードである。多くの場合、サービスルートの停留所の例は一般バス路線の停留所と一体化した場合が多い。(図5)
図5 住宅地内のルートとバス停留所間隔
ボロースのサービスルート運行により以下の効果が調査結果より明らかとなった。
①高齢者が多く利用するようになった。
・高齢者の42%が週1回以上利用
・48%の高齢者の利用が増加した。
②高齢者の生活がよりアクティブになった。
③1日の総外出頻度が増加した。
・12%の人の外出頻度が増加した。
・増加した人の77%が繁華街へのトリップである
④既存のバスでは高齢者の半数が利用困難
・サービスルート運行により公共交通の問題点が約8割解決した。
(2)エレベーティドバス
ハルムスタッズ(Halmstads)のバスは一般路線バスを車両と停留所(プラットホーム)の双方を改善して、車いす使用者・乳母車等の利用を可能とし、しかも通常のバスとほとんど変わらない乗降の速度を維持するシステムとして開発されたものである。
これは1978年に紹介された当初は8台の車両と25のバス停留所で実施したものである。車両は全長11.56~11.97m、幅2.56~3.5mである。床高は58cm、第一ステップは53cmのプラットホームにすり合わせが可能な高さを前提とし55.7cmとした。この第一ステップにより車いす、乳母車が数秒で乗降が可能となる(図6、7 略)。第二ステップはプラットホームがないときに歩道の高さ(12cm)に比較的容易にアクセスできる高さとしたものである。これは歩道からの高低差を20cm程度(23cm)に押えたものである(図6、8 略)。
図6 バスの床高とステップのレベル差
もしホームや歩道がない場合には、非車いす使用者の場合、第二ステップが利用できる。車いす使用者の場合には仮設スロープを用いる(図9 略)。
プラットホームに関しては風雨をよけるシェルターやアクセスのためのスロープなどがある(図10 略)。
リフト付路線バスはシアトルのメトロ、サンフランシスコのACトランジット等でみられる。これらは、米国運輸省のDOT504条の細目により連邦政府の補助を受けているものについては、ピーク時の50%のバスにリフト装着の義務を規定したものである。しかし1986年にはリフト付き路線バスかSTサービスかは選択の自由となった。
ACトランジットはこの規定にしたがって、1982年1月迄にこの条件を満たすべく、1980年1月に2台のリフトを装着し、その後新車の購入と中古車の改造(リフトの設置)等により、「50%規定」を守る努力が払われた。以下に具体的な内容を紹介する。
①時刻表によるリフト付バスの扱い(図11 略)
バスの時刻表には、車いす使用者の利用を考慮して各ルート毎にリフト付の場合は、国際シンボルマークの表示を示している。
②車両のリフトと国際シンボルマーク表示(図12 略)
リフト付バスには車両の正面と側面に白とブルーの国際シンボルマークにより、車いす使用者も使えますという意味を表示し、利用者に外から見えるように配慮した。
③車内の車いす使用者スペース
車いす使用者のスペースは使用する時だけ座席をたたんで、車いすのスペースとして活用する。
問題点としては車いすの乗降の時間がかかりすぎなど通常の路線バスのスケジュールが乱れることが指摘されている。
英国では米国やスウェーデンとは異なり、既存の交通機関の対応は困難とし、STサービスの対応を中心に行ってきた。しかし、1986年中頃から既存のバスの整備改善に関する研究が精力的に進められてきた。特に既存のバスの改善は、非車いす使用者の肢体不自由者(歩行に困難を伴う人)を対象としたもので、これらの改善は新しいバスを製造する際にはわずか1~2%余計にかかるだけで、かなりの肢体不自由者の利用をカバーできるとしたものである。既存バスの改善の課題は1章で示したので割愛する。
ロンドン地域交通局(London Regional Transport)の障害者のユニットでは、ロンドン地域の交通対策を総合的に行っている。郊外地域では①モビリティバス、空港や都心部地域では②ケアリンクバス(都心部のバス、空港のエアーバス、観光バスなど)である。
(1)モビリティバスサービス(図13 略)
モビリティバスとは、既存のバスの中央の乗降口にリフトを装着し、5台の車いすの座席と21の一般座席からなる車両により、ロンドン郊外のニューハムとウォルサムフォーレスト等4ヵ所に通常路線バスと同様の運行をしているものである。モビリティバスは特別なサインが外側の前の上部と側面の上部・下部に大きく書かれており、遠くからも確認ができるよう配慮されている(図14 略)。利用においてはいくつかの特色がある。
①車いす使用者の利用が可能
②乗降の介助つき――乗降および料金の支払いはアテンダントが手伝ってくれる。
③乗降の場所をある程度自由に選べる――通常のバス停と同一の停留所に止るが、もし希望があればバスルートとは異なる道路でも近いところなら乗降が可能である。
④料金支払い――料金は標準的な料金であるが、ロンドンの地方自治体が発行している高齢者・障害者の許可証やバスパス、旅行券やキャピタルカードなども有効である。
⑤所要時間――中心ショッピングセンターまでは少なくとも1時間15分以内である。
(2)ケアリンクバスサービス
モビリティバスが路線バスの形態に近いが、ケアリンクバスやエアバスは地下鉄や既存のバスを利用できない人を対象とし、特定区間の輸送を中心としたバスサービスである。その意味でSTサービスに近い性質をもつ。しかも重要な交通の要所の間をスケジュール運行するものである。
a)ケアリンクバス
このバスは、ロンドン中心部の国内外の都市間主要鉄道駅6ヵ所を毎時間巡回する、車いす使用者の利用が可能なバスである(図15,16)。
b)エアバス
エアバスは、ケアリンクバスの6つのうち2つの主要駅までと、ロンドンの中心地区の1ヵ所、合計3ヵ所にサービスするものである。
c)観光バス
車いす使用者が利用可能な観光バスも、主要鉄道駅1ヵ所と4ヵ所の観光ポイントを運行する。
図16は、以上のロンドン地域交通局の総合的なダイヤグラムを示したものである。
図15 ケアリンクサービスの停車主要6駅
図16 ロンドン地域交通局の車いすネットワーク
我が国STサービスではこのケアリンクバスと現象面だけを見るとほぼ同様の運行を実施している中野区・新宿区の障害者専用の循環バスがある。これらはSTサービスの一種であるが福祉の移送サービスの選択の中では積極的な選択であり評価できるものがある。このSTはサービスはケアリンクバスと次の点が異なる。
①ケアリンクバスがきちっとした停留所を持つのに対して我が国のは公的に決められたものではなく知る人ぞ知るバス停である。
②ケアリンクバスが運賃を徴収しているが、我が国のは無料である。
③ケアリンクバスが交通事業の一環で考えられているが、我が国のは福祉の施設送迎サービスの拡大解釈として位置づけられていること。
④我が国では交通計画に基づく調査研究がほとんど行われずにスタートしている事業である。
⑤ケアリンクバスがロンドン広域の重要地点のバスサービスを行っているのに、我が国の場合、極めて限定された地区のサービスである。この背景には、ダイヤル・ア・ライドのようなSTサービスがかなり実施されていることによる。
参考文献 略
*「活力ある高齢化社会とまちづくり」第20回土木計画学講習会テキスト(平成元年9月)より転載
**東京都立大学工学部土木工学科
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1990年2月(第62号)2頁~7頁