小野隆*
障害者雇用を進めていく方策には、いくつかのものがある。我が国においては、「障害者の雇用の促進等に関する法律」を基本法としているが、この中で中心におかれているのは、雇用率・納付金制度であるといえよう。この制度は、一般的には割当雇用、納付金制度と呼ばれよう。というのは、広義に考えれば、一定の職を障害者のために留保しておく制度なども入るため、割当雇用制度という方が適切かもしれないからである。
今年は、現行の「障害者の雇用の促進等に関する法律」の前身「身体障害者雇用促進法」が制定されてから30周年にあたる。現行の納付金制度を伴う割当雇用制度(雇用率制度)が「身体障害者雇用促進法」に取り入れられたのは、1976年(昭和51年)5月の法改正によってであった。1966年(昭和41年)7月に「身体障害者雇用促進法」が制定されたときは、割当雇用制度(雇用率制度)は採用されてはいたが、雇用率の達成は、事業主の努力義務とされていて、企業側のいわば道義的目標を示しているにとどまっていた。
納付金制度を導入して以来10余年を経て、割当雇用率(法律上は「法定雇用率」という)未達成の企業による納付金の納入率は99.9%(昭和63年度)と極めて高率となっており、納付金制度は浸透してきているといえるが、法定雇用率の達成には、いまだしの観がある。1989年(平成元年)6月1日の「身体障害者及び精神薄弱者の雇用状況」(労働省)によれば、民間企業の実雇用率は、1.32%であり、前年に比べると0.01ポイントの上昇がみられるものの、法定雇用率(民間企業は1.6%)にはまだ改善の余地があるといえよう。
割当雇用率制度が納付金制度に裏打ちされたとき、事業主(企業)には大きな強制力となって働くわけであるが、それにもかかわらず、我が国の割当雇用・納付金制度のもとでのこの10余年の進展は、経済的な諸状況の変化などを考慮に入れても、ゆるやかであるといえないだろうか。
この小論においては、我が国と同様な割当雇用・納付金制度を取り入れている西ドイツの状況などを紹介しながら、障害者雇用における割当雇用・納付金制度の障害者雇用に果している役割について考えるための材料を提供したい。
障害者を雇用するための方策として割当雇用制度が生まれたのは、第一次世界大戦(1914~1918)直後のことである。歴史上はじめての総力戦となったこの大戦は、ヨーロッパを中心に世界の多数の国々をまき込んだが、とくに戦場となったヨーロッパ各国では、多数の労働可能年齢の人達を戦傷による障害者にした。戦場から帰還したこれら障害者の一般労働市場への受け入れは、大戦後の経済不況と失業者の増大により困難を極めた。参戦した各国では傷痍軍人団体などからも戦傷者に対する雇用機会を提供するための圧力もかけられた。
1920年12月ブリュッセルで開催された連合国会議で、戦傷者に対する職種留保のための提案が討議され、官公庁及び民間企業に対して「傷痍軍人の雇用を義務づけるという原則を法制化すべきである」という勧告が出された。この勧告に関連して国際労働機関(ILO)の専門委員会が、1923年7月に開かれ、同委員会は「障害者の恒久的な就職を保証するためには、法的義務づけが必要である」との勧告を行った。この勧告が雇用法制の基礎となっている。
最初に障害者の雇用義務を定めた法律は、ドイツ(ワイマール共和国)であった。1920年4月に施行された法律において、連邦、州などの官公庁では、傷痍軍人のための職を2%留保することが、民間事業主には、20人から50人の従業員につき1人、50人増加するごとにさらに1人の戦傷障害者を雇用することが定められ、その後1923年1月の法改正でドイツ国民の障害者すべてに適用が拡大され、雇用率及び法律違反に対する罰金制度が定められた。
ドイツの法制にならって、オーストリア(1920年10月)、イタリア(1921年8月)、ポーランド(1921年11月)、フランス(1923年1月)、デンマーク(1925年10月)などで類似の法律が制定された。一方イギリスでは、強制雇用制度に批判的であり、法的義務として強制するのではなく、雇用制度を自発的に改善していくよう事業主等へ勧告する方策をとった。第二次大戦後、各国では大戦前に制定された法を改正し、法の対象となる障害者の範囲を傷痍軍人など戦争障害者(孤児や未亡人などを含む)から労働災害障害者をはじめとして、すべての障害者へと広げ、強制雇用政策を通して障害者雇用を進め、雇用率制度(特別の職の障害者への留保も含む)が導入されていった。我が国で「身体障害者雇用促進法」が1960年(昭和35年)に制定されたのはこのような歴史の流れのなかでである。
割当雇用制度の現状
現在、割当雇用制度ないしは障害者への一定の職の留保制度を法律によって課している国々は、かなりの数にのぼる。30カ国(注)が何らかの形でこの制度を採用していると思われる。
また、割当雇用制度をとっている国々において、この割当雇用を達成するために大別すると二つの方策がとられている。ひとつは、割当雇用を充足しなかった場合、経済的負担(例えば日本の納付金など)を課することにより、法制を支えていく方策と、単に雇用の目標として事業主に与え、モラルに訴えていく方策とに分かれるだろう。
前述したように、1976年(昭和51年)の改正前までの我が国の法制は、努力義務としての雇用率を課しているにすぎなかった。現在は、日本や西ドイツ、フランス、オーストリアは経済的負担を伴う法制を採用している。イギリスやベルギーなど多くの国は割当雇用制をとるが、雇用率未達成の場合でも納付金等の経済負担は課されない。
割当雇用の実効を確保するために、納付金などの賦課金制度を採用している法制は、日本、西ドイツ、フランス、オーストリアなどで採用されている。我が国をはじめ西ドイツ、フランスにおいても、近年、障害者の雇用問題が、経済環境や産業構造の変化のなかで進展がはかばかしくない状況に立入り、各国とも法制度の改正を行い、障害者雇用の活性化を図ろうと試みている。たとえば我が国においては、身体障害者雇用促進法を大幅に改正し「障害者の雇用の促進等に関する法律」(1987年)が施行され、西ドイツにおいては重度障害者法の改正(1986年)、フランスにおいては、障害者オリエンテーション法の改正(1987年)が行われ、時代の要請にあった諸改正を行っている。以下、日本と西ドイツの割当雇用・納付金制度の概要について触れ、法制の内容などについて紹介したい。
日本
我が国の割当雇用・納付金制度は、1960年(昭和35年)に制定された身体障害者雇用促進法が、1976年(昭和51年)に改正された際に取り入れられた「身体障害者雇用率制度」と「身体障害者雇用納付金制度」の2本柱から成り立っている。前述したように、従前は努力義務にとどまっていた雇用率が、納付金制度を伴って法的義務となったのである。なお、現在は「障害者の雇用の促進等に関する法律」のもとでは、精神薄弱者等を含むすべての障害を対象とするようになったため、実雇用率の算定にあたり、精神薄弱者も身体障害者と同様にカウントされることとなっている。
割当雇用率制度
割当雇用率(法定雇用率)は、
民間企業 | 一般の民間企業 | 1.6% |
特殊法人 | 1.9% | |
国・地方公共団体 | 非現業的機関 | 2.0% |
現業的機関 | 1.9% |
とされている。
一般の民間事業主すなわち企業の場合は、63人の規模の企業は、障害者1人の雇用が義務づけられることとなる。この雇用率は、次の公式によって算出され、5年ごとに見直し、労働大臣の承認を得て改定することができる。
納付金制度
障害者を雇用する場合、たとえば作業施設の改善や職場環境の整備や特別の教育訓練が必要等、費用が健常者雇用に比べかかる。納付金制度は、これらによって生じた雇用率未達成事業主と雇用率達成事業主との経済的負担の平等を図るとともに、雇用率未達成事業主が納付した「雇用納付金」を財源として、障害者雇用を勧めるための支給金(身体障害者雇用調整金、報奨金、各種助成金)の支給などを行い、障害者雇用を勧めていくことを目的としている。
・納付金(身体障害者雇用納付金)
割当雇用率の対象となるのは、企業規模が63人以上の企業の事業主であるが、法定雇用率未達成の場合の納付金の納入義務は、常用労働者数301人以上の企業の事業主に課せられている。納付金の額は、不足する身体障害者1人当たり月額40,000円を納入することとなる(注2)。
・支給金(身体障害者雇用調整金・報奨金、各種助成金)
納付金を財源として各種の支給金が障害者の雇用水準を高めるために事業主に支給される。
身体障害者雇用調整金は、法定雇用率超過達成企業(301人以上規模)の事業主に対して、超過雇用身体障害者(精神薄弱者を含む)1人当たり月額20,000円が支給されるものであり、報奨金は、一定数(需用労働者の3%又は5人のいずれか多い数)を超して身体障害者(精神薄弱者を含む)を雇用している300人以下の規模の企業の事業主に対し、超過雇用身体障害者(精神薄弱者を含む)1人当たり、月額10,000円が支給されるもので、いずれも法定雇用率を超えて障害者を雇用するためにむしろ経済的負担の軽減のために使用されることを目的としている。
助成金は、障害者雇用に伴い、事業主が職場環境を整備したり、適切な雇用管理を行うための費用を助成するものであり、各種のものが設けられている。
雇用率の推移と現状(一般民間事業所の場合)
法定雇用率は、一般民間企業をはじめ特殊法人、国、地方公共団体にそれぞれ課されているが、一般民間事業所についての推移と現状について触れることとする。
1961年(昭和36年)当時は、民間事業所の法定雇用率は、現場的事業所1.1%、事務的事業所1.3%とされており、実雇用率は0.78%であった。これが昭和39年には1.10%となり、ほぼ法定雇用率を達した。1968年(昭和43年)には法定雇用率の引き上げが行われ、1.3%が課されることとなったが、ちなみに、昭和43年が1.13%でこれが着実に伸び昭和48年には1.30%に達し、納付金制度の導入される前年昭和50年には1.36%となっている。しかし、全体として法定雇用率を上回っているものの、約3分の1の事業所が雇用率未達成であり、とくに500人規模以上の事業所は40.6%の未達成率であり、実雇用率も1.23%と法定雇用率を下回っていた。
1976年(昭和51年)の法律改正は、1973年(昭和48年)のオイルショックを契機に、安定経済路線へと転じた我が国の経済のもとでの障害者雇用の進展を図るために、納付金制度の導入を内容としたものであった。
民間企業の雇用状況の推移は表1のとおりであり、1981年(昭和56年)の国際障害者年を契機にかなりの進展を示してきたが、1987年(昭和62年)には、0.01ポイントのマイナスになるに至った。これは円高不況や産業構造の急激な転換による雇用環境の変化に原因するところが大きかったとみられる。
年次 | 企業数 | 常用労働者数 | 障害者数 | 実雇用率 | 雇用率未達成企業の割合 | 実雇用率対前年差 |
企業 |
人 | 人 | % | % | ポイント | |
昭和52年 | 35,580 |
11,771,880 |
128,429 |
1.09 |
47.2 | ─ |
53年 | 34,739 | 11,436,902 | 126,493 |
1.11 |
47.9 | 0.02 |
54年 | 35,293 | 11,494,705 | 128,493 |
1.12 |
48.0 |
0.01 |
55年 | 36,093 |
11,934,480 |
135,228 |
1.13 |
48.4 |
0.01 |
56年 | 36,847 |
12,238,319 |
144,713 | 1.18 | 46.6 |
0.05 |
57年 | 37,526 |
12,514,208 |
152,603 | 1.22 | 46.2 | 0.04 |
58年 | 37,861 |
12,628,093 |
155,515 | 1.23 | 46.5 | 0.01 |
59年 | 38,358 |
12,830,940 |
159,909 | 1.25 | 46.4 | 0.02 |
60年 | 39,281 |
13,390,030 |
168,276 | 1.26 | 46.5 | 0.01 |
61年 | 39,732 |
13,562,883 |
170,247 |
1.26 | 46.2 | 0.00 |
62年 | 40,391 |
13,785,807 |
171,880 |
1.25 |
47.0 |
△0.01 |
63年 | 44,564 |
14,270,621 |
187,115 |
1.31 | 48.5 | 0.06 |
平成元年 | 46,469 |
14,847,892 |
195,276 |
1.32 | 48.4 | 0.01 |
(資料出所) 労働省職業安定局
1989年(平成元年)の現状については、195,276人の障害者が46,469の企業(法定雇用率が課せられる63人以上の規模)に雇用されており、実雇用率は、1.32%となっている。未達成企業の割合は48.4%であるが、表2にみられるように1,000人以上規模の企業の未達成企業は80.4%にのぼっており、納付金の対象となる300人を超える規模の企業での達成率は低く、むしろ、63~99人規模の企業の方が障害者雇用に力を入れていることがうかがわれる。
事項 規模別 |
企業数 | 常用労働者数 | 障害者数 | 実雇用率 | 雇用率未達成 企業の割合 |
人 |
企業 | 人 | 人 | % | % |
63~99 | 13,071 | 1,037,538 | 20,598 | 1.99 | 39.8 |
100~299 | 23,917 | 3,624,684 | 54,247 | 1.50 | 45.2 |
300~499 | 4,373 | 1,492,743 | 18,519 | 1.24 |
61.0 |
500~999 | 2,889 | 1,767,584 | 20,733 | 1.17 | 70.3 |
1,000人以上 | 2,219 | 6,925,343 | 81,179 | 1.17 | 80.4 |
計 | 46,469 | 14,847,892 | 195,276 | 1.32 | 48.4 |
(資料出所)労働省職業安定局集計
1977年(昭和52年)以降の未達成企業の割合の推移をみると、1,000人以上の企業の場合、1977年(昭和52年)には78.9%であったものが1989年(平成元年)には80.4%と増加しているが、雇用数は44,370人から81,179人と大きく伸びている。企業の規模の拡大による常用労働者の増加と障害者の雇い入れ数の伸びとが一致していかないことを現わしているといえよう。一方、63~69人規模の企業については、同じく42.3%の未成率が1989年(平成元年)には39.8%となっており、雇用している障害者数は、12,711人から20,598人となっており、大企業における雇用の場の創出がいかに障害者雇用の促進に大きな影響を与えるかを示しているといえよう。
雇用納付金制度の推移と現状
1977年(昭和52年)からの納付金申告企業数の推移をみると、1977年(昭和52年)には7,217企業が1982年(昭和57年)には8,006企業と8,000台へ。その後増加を続け1988年(昭和63年)には8,816企業となっている。また、法定雇用率未達成のための納付金納付対象となった企業は、1977年(昭和52年)は4,629企業、1981年(昭和56年)に5,000台を超え、1988年(昭和63年)には5,750企業となり、納付金が零の企業は3,066。納付金の徴収決定額は約180億円である。
法定雇用率を達成した企業が支給を受ける身体障害者雇用調整金は、1977年(昭和52年)は1,637企業、1979年(昭和54年)に2,000企業を超え、その後2,000台を推移し、1987年(昭和62年)は2,514企業、1988年(昭和63年)は、実雇用率の停滞を反映して2,474企業となっており、約28億円が支給されている。報奨金は、1977年(昭和52年)は899企業、1988年(昭和63年)にはこれが2,130企業となり、約15億円が支給されているが、ここにも300人以下の比較的中小の規模の企業での障害者雇用が進んでいることがうかがえる。
助成金は多様なものが用意されているが、1978年(昭和53年)助成金制度が創設された年の約25億円にはじまり、最も利用された1981年(昭和56年)を経て、1988年(昭和63年)には約90億円が利用されている。
西ドイツ
1953年に制定された障害者法が1961年の改正を経て、1974年に重度障害者法となった。現行法は重度障害者の範囲の拡大、代償金(ausgleichsabgabe:我が国の納付金にあたる)の増額(100マルクから150マルクへ)などを改正したもので1986年8月から施行されている。
割当雇用率制度
重度障害者法は、16人以上を雇用するすべての民間企業の事業主、官公庁に6%以上の障害者の雇用を義務づけている。ただし、政府は、4%から10%の間で雇用率を変更することが法的に認められている。フルタイムの障害者は1人としてカウントされるが、週20時間以上勤務するパートタイマーも1人としてカウントできるし、週19時間以下の場合でも、障害の種類、程度により、労働時間の短縮が必要なときは1人としてカウントができる。また、雇用事務所が認定した特別重度障害者は2人としてダブルカウントができる(我が国の重度障害者がダブルカウントできるのと同じ)。さらに、同一の委託者のために労働をする場合は、家内労働であっても、委託者の雇用数にカウントすることもできる。
雇用率の推移と現状
西ドイツの雇用率の推移をみると、1976年の重度障害者法の制定以降順調に上昇をみせ、1982年には5.9%と法定雇用率の達成に手の届くところまで進んだが、その後やや下降気味の傾向をみせている(表3)。
1976 | 1978 | 1980 | 1982 | 1984 | 1985 | 1986 | 1987 | |
事業主数 | 117,780 | 121,402 | 128,863 | 125,836 | 125,252 | 125,052 | 122,693 | 122,799 |
基礎労働者数 | 16,705,288 | 16,925,659 | 17,448,843 | 17,052,543 | 16,901,619 |
17,098,887 |
16,237,806 | 16,441,157 |
雇用障害者数 | 684,804 | 812,370 | 968,516 | 990,438 | 893,687 | 853,803 | 840,651 | 821,106 |
実雇用率 | 4.2% | 4.8% | 5.5% | 5.9% | 5.3% | 5.0% | 5.2% | 5.0% |
1987年10月の報告によれば、821,106人の障害者が179,080の16人以上規模の企業に雇用されており、民間企業に561,037人、官公庁に260,069人が雇用されており、民間企業の実雇用率は4.7%、官公庁は5.9%である。したがって、法定雇用率を達成するためには、民間企業で241,987人、官公庁では45,166人の雇用の場をつくることが必要である。また、企業規模別の障害者の雇用状況は、大規模企業の方が実雇用率が高く、我が国と対照的な面をみせている(表4)。
企 業 規 模 |
事業主数 |
常用労働者数 |
雇用障害者数 |
実雇用率 |
16以上~30未満 |
45,273 |
968,766 | 31,617 | 3.3 |
30~100 | 44,731 | 2,308,384 | 89,561 | 3.9 |
100~300 | 13,851 | 2,294,167 | 105,971 | 4.6 |
300~500 | 2,862 | 1,096,032 | 54,897 | 5.0 |
500~1,000 | 2,049 | 1,421,592 | 73,718 | 5.2 |
1,000~10,000 | 1,507 | 3,576,218 | 203,234 | 5.7 |
10,000~50,000 | 104 | 2,148,072 | 115,110 | 5.4 |
50,000~100,000 | 14 | 952,027 | 51,435 |
5.4 |
100,000以上 | 8 | 1,675,899 | 95,563 | 5.7 |
合 計 |
122,799 |
16,441,157 | 821,106 | 5.0 |
(注) (表3)(表4)とも「Bundesanstalt fur arbeit Unterabteilung Statistik IIb 3-4505 1988」から作成
納付金制度の現状
雇用率未達成の事業主は、民間、官公庁を問わず、未達成1人につき月額150マルクの納付金(代償金)を「代償金基金」へ納入する。この「基金」は、連邦労働社会大臣が管理し、障害者の雇用及び職業の促進ならびに職場生活や職業生活における援助のために使用されることになっている。すなわち、障害者に対しては、技術的援助のための給付、就職援助のための給付、経済的自立のための給付、住宅確保等のため給付、職業訓練のための給付などがあり、事業主に対しては、障害者雇用に適合した設備改善のための給付、作業補助者のための給付等があり、我が国の各種助成金制度と類似のものがある。
納付金(代償金)の納入総額は、資料がなくて不明であるが、1987年の雇用すべき障害者数が287,154人であるから、これをもとに単純に計算すると約50億マルク(450億円)位になるのかもしれない。なお、西ドイツの法制では、納付金(代償金)の減額の規定があり、障害者作業所(一般労働市場で就職できない者に雇用の場を提供するもの)や盲人作業所と仕事上の委託契約を結ぶと、障害者を雇用している事業主は、委託額の30%をもって納付金に代えうる制度がある。ただしこれは承認が必要とされ、連邦雇用事業団が関係機関と協議して決定することとなっている。
割当雇用制度(職の留保を含む)を採用している国はかなりの多数にのぼっていることは前述したが、割当雇用制度は経済社会においていかに位置づけられるべきものなのだろうか。障害者の雇用促進にあたり、割当雇用制度をとらない国々も多くある。たとえば、アメリカ合衆国やスウェーデンなどはその代表的な国であろうし、割当雇用制があってもそれが官公庁のみに適用されている場合などは比較的ゆるい意味でのものと解される。ここで考えねばならないのは、雇用の場を数多く提供している民間企業においての割当雇用制の意義についてであろう。
障害者雇用の理念からすれば、障害を持っていても働く意志と能力があれば、企業は雇用の場を提供すべきである、また、たとえ能力に減退があっても、なんらかの補助手段を講じることにより、職業上の十全な能力を発揮できるなら、これに対して一般の人と同等に雇用の機会を与えることが要請される。企業は、経済社会の一構成員として存在するものであるから、経済社会で活動するために様々な責務を負うべきものである。そのひとつに一般労働者の雇用問題に対する様々な責務があるが、障害者の雇用問題は、第一次大戦後に社会化してきた比較的新しい責務といえるだろう。
本来企業は、割当雇用制がなくても障害者に雇用の場を提供する責務を持つ。何故なら障害者も一般の人と同様職業的自立を果すこと、すなわち職業を持ち社会の一構成員として生きる権利をもつからである。しかし平等の機会を与えられていないから法制により雇用を義務づける。しかしこの義務が履行されないから実効あらしめる切り札的手段として納付金制度が採用される。このように納付金制度は、活力のなくなりかけている割当雇用制度に弾力的な力を与えてきている。
障害者雇用が個別的な一企業の問題ではなく、全体としての企業の問題となる。企業の社会連帯の責務が問われるようになり、障害者雇用企業と非雇用企業との経済的負担の不均衡の是正のために納付金制度が導入され、この共同拠出金をもとにして、障害者雇用の促進を企業間で図ることとなる。
日本や西ドイツの割当雇用、納付金制度はどう評価されるべきなのか。両国とも先進資本主義国としては、第二次大戦後の歴史の中でいくつかの迂余曲折を経ながらも、経済発展を続けてきた。このことが割当雇用、給付金制度を根づかせ、一定の成果を納めてきた理由とはいえないだろうか。「EC諸国は、西ドイツのように納付金を伴う割当雇用に踏みきる動きはない。一般労働者さえ雇用が困難な経済状況の下で割当雇用制を強化するのは疑問である」これは第16回リハビリテーション世界会議でのオランダ社会雇用省M.W.メンケン氏の発言である。
しかし一方、フランスにおいては、障害者オリエンテーション法の改正が1987年7月に行われ、従来の10%であった割当雇用率を6%に下げ、(1988年3%からはじまり毎年1%ずつ上げ1991年に6%にする)、新たに「障害者職業促進基金」をつくり、障害者雇用未達成分を「任意拠出金」として納入させ、これを財源として障害者雇用の促進や職業ハビリテーション諸経費にあてることとなった。これは従来の割当雇用率が10%と高く、まったく現実とかけはなれていたことの反省と、全体としての企業に障害者雇用への責務を強く求めてきている現れといえよう。「96の県のうち法律を守っているのは24県にすぎず、実雇用率は2%前後である」とフランス障害者雇用促進協会(GIRPEH)のアレック・マレ氏は述べている。フランスは、日本や西ドイツに近い法制を取り入れ、障害者雇用への取り組みを行っているが、納付金制度を伴う割当雇用制を活用していくのは、特定の国に限られるのであろうか。
参考文献 略
(注)
(1)割当雇用制度をとっている国
アルゼンチン(4%)、オーストリア(4%)、ベルギー(4%~6%)、ブルガリア(10%)、キプロス(2%)、エジプト(5%)、フランス(6%)、西ドイツ(6%)、イギリス(3%)、ガーナ(0.5%)、インド(3%~10%)、イタリア(15%)、日本(1.6%~2%)、ルクセンブルグ(2%)、オランダ(3%~7%)、パナマ(1%)、スペイン(2%)、トルコ(2%)、ギリシャ(官公庁のみ3%)、アイルランド(官公庁のみ3%)
(2)一定の職の留保を課している国
カナダ、トーゴ
(3)一定の職の留保を民間のみに課している国
ブラジル
(4)一定の職の留保を官公庁のみに課している国
ハンガリー、リビア、ペルー、ポーランド、ソ連、ユーゴスラビア、チェコスロバキア
なお、この数字は、Vocational rehabilitetion services for disablded persons(ILO、1983)とQuota System and Employment of the handlcapped(M.R.Kulkarni 1982)によった。
(注1)除外率相当労働者数とは、身障害者が就業することが困難であると認められる職種の労働者が相当の割合を占める業種に一定の除外率を設け、それによって算定された労働者数。
一般民間事業所の割当雇用率(法定雇用率)1.6%は、この公式から導き出されたものである。
(注2)精神薄弱者を雇用している場合は身体障害者と同様に雇用数にカウントできる。
*日本障害者雇用促進協会広報課長
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1990年3月(第63号)2頁~9頁