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特集/聴覚障害者のリハビリテーション―第11回世界ろう者会議から―

日本の精神科医と聴覚障害者との関わりの状況と課題

片倉和彦

1.はじめに

 片倉は、言語獲得期以前に失聴した聴覚障害者に対して、手話による診療活動を行っている。そのなかに以下のような例があることを知った。

1.聴覚障害ゆえに充分な精神医療を受けていない例

2.充分な理由のないまま精神科に長期入院している例

 現在、日本における聴覚障害者に対する精神科診察の多くは筆談か手話通訳を介して行われているが、意味が通じていないことが多いようである。

 最近出版された手話専門誌では北海道の通訳者が以下のように話している。

 「精神科だったら、最近は医師がコミュニケーションを通して治療を試みていく方法がすごく多い。そうするとろうあ者患者の場合、手話通訳の役割はすごく大きいんだけれども、その通訳が介在していることの限界をすごく感じるんですよね。」「例えば札幌でもあるんだけれど、本当はそんなに重くない症状なのに、「聞こえない」ことを医師がわかっていないことから精神科の病院に長く入っている。」

 私のささやかな地域医療のなかでも上記のような例が思いあたる。

 それゆえに本稿では、日本における精神科医と聴力障害者との関わりの実態を各地の実践をもとにまとめてみることにする。

2.日本における取り組みの歴史―医学論文より

 日本のこれまでの論文では研究の興味が症状学にあるように思われる。

 1970年に河崎は2例をもとに「ろうあ分裂病の症例で目だつものは幻視である」と述べ、「ろうあ者の概念形成が視覚を通じて形成されるから」と論じている。しかし、この症例の診断が、例えば「筆談が支離滅裂だから分裂病」というようにろう者の筆談能力を鑑みない方法によってなされていることに課題が残る。

 1977年に都筑らは、ろうあ情緒障害児2例に対してコミュニケーションの手段として筆談を中心的に取り入れた治療看護を展開した経過と考察とを発表した。

 1984年に浅野は2例をもとに「聾の分裂病者の幻聴にはいくつかの分裂症状が未分化のまま含まれており、実態的意識性の現象と考えられた。」と述べた。

 1985年に野本らは1例の多彩な症状を示した分裂病のろう者の幻聴の成因について思考障害の重要性ならびに従来の報告では記載されていないわずかの残存聴力が重要であることを論じた。

3.日本における取り組みの歴史―各地の実践より

 1975年に“手の会”によって提出されたレポートは東京都ろうあ者更生寮の相談事例をもとに、当時精神病院にかかっていた聴覚障害者20例について考察している貴重な報告である。入院例17名の入院期間平均は約7年、そのすべてが強制入院である。入院のきっかけとしては暴力が最も多く9名、他に放火、放浪、はいかい、などがきっかけとなっている。ろうあ者本人の自己決定権が保証されていないことが問題点としてあげられている。そのうち9名が、退院後ろうあ者更生寮に入り就労訓練をしている。

 京都の聴覚障害者授産施設“いこいの村、栗の木寮”には地域、病院にいた聴覚障害者が、復権を求めて集まってきている。そのなかには、聴覚障害精神発達遅滞があるゆえに幼児期より青年期まで精神病院に入っていた例もある。彼らが農作業を通して言葉作りを始めている姿は印象的である。なお、毎年秋に行われている「いこいの村研究交流集会」は全国の重複聴覚障害者に関わっている人々が集まる貴重な場であり、“主人公権”という言葉が生まれてきた。

 1970年代より現在に至るまでろうあ者相談の草分けとして活躍してきたのが東京都心身障害者福祉センターの野沢克哉である。彼はその報告のなかで、23例の心因反応例の原因分析のまとめとして以下の三点を挙げている。

1.両親が本人の主たるコミュニケーション手段である手話ができず、コミュニケーションに深みがなく、精神的な結びつきが弱く、本人の孤立をますます深めてしまった。

2.受けた教育の成果が上がらなかったこと、そのために、社会生活上の知識等が貧困である。

3.十分な人間関係をつくりあげるだけのコミュニケーション能力、社会的成熟さが育たなかった。

4.手話を用いる精神科医の現状

 現在、手話を用いて聴覚障害者の精神療法を行っている精神科医は、国内に4人わかっている。

 この章では、彼らの取り組みを紹介する。

 びわこ病院の藤田保は、院内で聴覚障害の患者を受け持つかたわら、京都市聴覚言語障害センターで聴覚障害者の精神衛生相談を担当している。彼自身の中途難聴者としての経験により「感覚[剥]奪」の心理的影響について洞察が加えられている。

 久留米大学付属病院の石橋賢治は手話を用いた治療により、2名の症例の改善をみた。彼はその成果を九州学会で手話記録、筆談記録をまじえて発表している。

 兵庫県立光風病院の柴田明は、外来1名入院1名の患者を受け持ち手話も用いた治療をするかたわら兵庫県の「聴覚障害者の医療を考える会」の代表世話人として、聴覚障害者をめぐる医療体制の改善を検討している。

 たぶん、国内には、この3人と片倉のほかにも聴覚障害者の精神医療に取り組んでいる医師がいると思われる。その人たちのネットワークづくりをめざしていきたい。

5.症例をもとに聴覚障害者の精神医療の状況を考える

 片倉は今まで11例の患者との面接にあたってきた。また今回地域4カ所の精神病院を取材して5例の状況を聞くことができたので、それをもとに考察してみる。16例のうち1年以上入院している者5名、時々2週間ほど入院することがある者2名、9名は通院患者である。

A.長期に入院している例(精神病圏の例)

 家族が受け入れようとしない、または退院しても帰るところがなくなっている。5例のうち2例が精神発達遅滞合併である。家族とのコミュニケーションが成り立っていないため、家族は、患者の過去の暴力を「わけがわからない、怖い」と回想し、拒否をするのである。

 症例1:31歳男、ろう学校高等部卒、23歳頃より「会社の女が集まって自分をばかにする」と言って会社に行かなくなり、不眠となる。霊とか悪魔とかが暗闇に浮かんで見える、と興奮、家族への暴力が激しくなったため入院する。

 この例との面接で気づいたのは、彼が不安定になるときにはそれなりのきっかけがあるということである。彼はその時頭からこぶしをひろげて{ピピピとなる}と表現する。そして「家に帰る、親と話す、そのときは大丈夫。でも父と母が話しているのを見るとピピピとなる」と外泊を回想する。家庭内でおいてきぼりにされてきた生活史が彼の症状に関わっていると思われる。外泊をくりかえし、家族と話すことが必要であろう。

 精神科に長期に在院している人の戻る場所は少ない。家族と話していくとともに、東京都ろうあ者更生寮のような中間施設や、京都いこいの村のような重複障害者施設が必要となってくる。

B.情報遮断から孤立におちいる例(境界例)

 担当した聴覚障害者の全例とも手話が下手である。聴覚障害者は、一般に、ろう学校卒業後もいろいろと交流することによって、情報を得て、心が安定し、言葉をみがいている。しかし、担当例では孤立がみられ、表現が下手になり、社会的成熟度が低い。そして人の談笑や仕草や表情を自分への悪口にとってしまう。

 症例2:30歳男 高等部の頃からまわりの視線が気になって学校に行けなくなる。卒業後会社をすぐやめて不眠、夜中に大声を出す。「ラッパの音が聞こえてくる、悪魔が夜みえる。」と落ち着かなくなり自殺をはかる。就職しても「悪口を言われた」と思い1カ月ほどでやめてしまう。家族に暴力をふるい、時折、家族が疲れたとき短期入院してくる。

 この症例では自分の近づきたい人に対して視線恐怖を持つことが特徴的である。相手が電車に乗っていた女性であったり、職場の女性であったり、ろうあ者であったり。家族は彼以外は健聴であるが、その健聴の家族同士もコミュニケーションを信頼していないようである。しかし、この彼も手話の講習会で初心者に手話を教える手伝いを一度やったときには熱心であった。「あてにされている」人間関係が必要である。

 孤立している人をろうあ者の輪に入れていくことが大切と思われる。

C.精神発達遅滞と聴覚障害との重複者の心因反応

 周囲の環境との不適応によって心因反応を起こす例がある。その人の能力にとって高すぎる要求をされた場合、あるいは逆に本人ができるはずのことをやらせてもらえない場合に反応を起こすことが多い。このような例の場合「役割づくり」と「居場所づくり」とが重要となってくる。精神病院に入院した場合、職員にかわいがられて、そしてなにもなされず、入院が長引く傾向が2例にあてはまった。作業所や施設の活用が大切であり、そのためにも、家族との話し合いをくりかえす必要がある。

 症例3:31歳男 ろう学校高等部卒、成績は悪かった。診療時Kohs立方体テストIQ55。小児期よりけいれん発作あり。

 23歳のときに精神薄弱者施設入所。健聴者のなかでおとなしく過ごしていた。7年たって担当の指導員が替ったところ不適応を起こし、不眠。異物をのみこむようになって開腹手術をうける。退所して自宅で過ごすが、自傷行為あり。重複障害者の作業所に通うようになって、落ち着いてくる。作業所のなかで司会を受け持つようになり役割がでてきたが、母親の希望もあり、現在訓練施設入所中。

 作業所に通うようになって、それまでおとなしかった彼が、いろいろと自己主張するようになった。周囲はそれをいいことと思っていたが、母親は我慢できなかったようである。

6.手話による精神科面接の重要性

 東京にある重複聴覚障害者作業所「かたつむり」に時折顔を出す青年がいる。彼は普段まわりの健聴者に話せなかったことを3時間ほど一気に話し、すっきりして帰っていくという。手話で話すことによって安心感を生み出していると思われる。

 従来の精神医療では、面接は、手話通訳を介するかまたは筆談によって行われていた。しかしこれらの方法には欠点がある。手話通訳を介する場合、医者は通訳をみて話をしがちである。そのため、その話をしているときのろうあ者の表情が見落されてしまう。また、相づちをうちあう関係が成り立っているという安心感を患者がもてないでいる。筆談の最も大きな欠点は、誤診の可能性である。ろう者の言語能力は一般にそれほど高くない。質問の意味が通じないことが多く、また、答えの文章をみて支離滅裂と診断される可能性もある。さらに、筆談は即時性に欠けるためそのときの心理を反映しないときもある。

 これに対して手話面接の場合、時としてうわすべりして世間話に終ってしまうことがあるが、以下のような特徴がある。

1.患者と相づちをうちあう関係が作れること。そのため話が通じているかどうか確認ができる。

2.顔を見ながら話ができる。そのため、例えば診察中に起きた「ひとり手話」の対象の有無を判断するヒントをもてる。

3.即時性があること。面接中に不安定になったときにそのきっかけをつかめる。

4.患者によっては、過去の場面を言葉で再現することの難しい人がいるが、その際情景を手の動きで表現できるときがある。ただし、そのときに起きた混乱が、過去のことなのか現在のことなのか治療者にわからなくなるときがある。

5.ただし、患者によっては、「手話を使うと自分に強くせまられる感じがする。」と筆談を好む場合もある。非言語的接触の方が有効な場合がある。

7.課題と対策

 以上の状況を踏まえて今後の課題と対策とを提言する

A.聴覚障害者の心理相談や精神医療にたずさわっている関係者のネットワークづくりを

B.国内の聴覚障害者精神医療の実態把握を

C.聴覚障害者の精神疾患、心因反応の研究の推進を

D.行くところのない重複聴覚障害者の居場所づくりを

E.手話のできる専門スタッフのいる相談、診察、短期入院施設の必要性について検討する。

 略

(本稿は、第11回世界ろう者会議での発表論文を加筆修正したものである。)

長野県厚生連安曇病院


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1991年11月(第69号)7頁~10頁