特集/聴覚障害者のリハビリテーション―第11回世界ろう者会議から― ろう社会と文化のカリキュラム

特集/聴覚障害者のリハビリテーション―第11回世界ろう者会議から―

ろう社会と文化のカリキュラム

DEAF STUDIES CURRICULUM

Melvia Miller-Nomeland

1.最近のアメリカ事情

 ここ10年の間、アメリカでは文化に対する自覚と理解が重要なこととして考えられるようになってきた。さまざまな文化、例えば黒人文化、スペイン文化、日本文化、中国文化など異なった文化を持つ子供たちのニーズに対応するために、適切な教育、サービスや行事活動を行う方法を積極的に模索している学校がみられる。教職課程には、異文化に対することがらも組みこまれていたり、地域社会では、民族の祭典のような催しを開いて、さまざまな文化に触れる機会を設けている。

 私達は、ろう者は単に耳が聞こえない障害者なのだと長い間思いこんでいた。しかし、1970年代に、キャロル・エーティング教授とジェームズ・ウッドワード教授の二人が、ろう者には独自の言語、共通した価値観や行動パターンがあり、昔から似たようなことに関心を持っていることから、ろう文化(Deaf Culture)の存在を提言した。

 その後しばらくして、1988年のギャローデット大学の学生による「今こそ、ろう学長を」と主張した抗議デモや1989年のデフ・ウェイ(文化祭)がギャローデット大学で行われ、かなり大きな影響をもたらした。すでにその時には、「ろう文化」という概念が社会に浸透していて、そのまま受け入れられた。さらに、私達ろう者の母語であるASL(アメリカ手話)が、ろう文化と同じレベルで教育関係者によって研究・議論が行われるようになった。

 最近では、アメリカ中の教育関係者や専門家が小学校から高校までのろうや難聴の児童、生徒に教えられるようにするために、ろう文化とASLに関する資料の収集に全力をあげているという状況になっている。

2.ろう教育界の中で

 最近、ろう学校120校を対象にして行った調査によると、ろうや難聴の生徒に対して総合的なろう社会と文化を教えているろう学校やろう学級は皆無であるという結果が出た。これはろうや難聴の生徒がろう者の文化とASLについてきちんとした指導を受けないまま学校を終了してしまうことになるわけである。

 学校でろう社会と文化を教えていないのは、適切な教材がないか、あるいは教えられるだけの内容がないためである。

 さらに、同調査では、ろう社会と文化を教えているのは高校レベルに限られており、しかも授業内容が統一されたものではないことが明らかになった。幼稚園から中学校までの児童、生徒にとっては、ろう社会と文化を学ぶ機会が与えられていない。

3.ろう社会と文化カリキュラム

 ケンダール小学校ではろう社会と文化のカリキュラムガイドの作成に取り組んでいる。同僚のシャロン・ケイ・ウッドと私は就学前の子供から中学部までのカリキュラム内容の開発にマーガレット・ハーロー博士(大学以前の教育における総合的カリキュラムの責任者)の助言を得て、たずさわっている。

 昨年は、カリキュラムに必要な資料を収集し、現在、次のように整理している。

 現在、作成中であるろう社会と文化のカリキュラムに含まれているテーマ(アイデンティティ、言語(ASL)、ろう文化、歴史と法律問題)とその関連要因は、次のとおりである。関連要因については今後も修正を続け、さらに範囲を広げることを考えている。

表1.カリキュラム

ろう社会と文化のカリキュラム

テーマと内容(案)

A.アイデンティティ

 ・聞こえにおける自分と他人との相違点

 ・類似性・相違性(コミュニケーション、外見、好き嫌い)

 ・自分がろうであるという観点

 ・自分にとってのニーズとは

 ・十分に適応しているろう者について

B.ろう文化

 ・行動におけるルール

 ・情報の入手と伝達に必要な視覚

 ・伝統(ジョーク、ASLによる詩吟、劇)

 ・価値(デコーター、TDD、視覚利用シグナル)

 ・コミュニケーション(正統のASLとくだけたASL)

C.言語

 ・手に関する一般認識(世話、手の形が表す差別、注意を引くやり方)

 ・手を使った遊戯(物語を手の形で表現、手話にみられる地域差)

 ・ASL研究(ASLの構造、英語との翻訳)

 ・表現言語(ASLによる詩朗読、視覚利用の音楽、視覚と身振りによるコミュニケーション)

 ・公的な言語表現(講演、演説、質疑応答などの仕方)

D.歴史

 ・自分の生活・人生

 ・教育、スポーツ、医学、その他文化分野におけるろう者と健聴者

 ・ろう者のニーズ(TDD、リレーサービス、社会福祉)

 ・ろう者による利用を工夫した技術補助機器(TDD、デコーター)

E.法律問題

 ・教育を受ける機会

 ・精神・宗教および医療におけるニーズを満たす権利

 ・職業の選択

 ・問題の解決

 ・市民としての平等と権利

4.ろう社会と文化の指導計画について

 ろう社会と文化の構成、展開の仕方がどのようなものであるかについて関心があると思う。それ故、「ろう文化」というテーマの中の「視覚」についての指導例を説明したい。「視覚」はろう文化を形成する最も重要な要素である。私達は視覚中心型の文化を持っている。

 ケンダール小学校ですすめているろう社会と文化のカリキュラムガイドの作成は、1992年中に完成する予定である。カリキュラムの内容は、次のとおりである。

 1.テーマに関する指導についての説明

 2.1つのテーマに5~10の目的と活動項目

 3.ワークシートの実例

 4.生徒図書一覧

 5.指導図書一覧

表2.指導例

ろう文化:視覚

目標:ろう者の眼が果たす価値を知ること

   生活を学習においてろう者がいかに視覚を利用しているかを調べること

学習内容は、三つの段階に分けられる。

A)乳幼児~第2学年

B)第3学年~第5学年

C)第5学年~第8学年

1.自分たちの眼について説明ができるようにする。

(A)自分の眼を絵に描いて色を塗る。黒、茶、青と眼の色をしたクラスの生徒の数を調べる

(B)「あなたの眼はどんな色をしていますか。その眼の色が好きですか」と質問を用意して、調査してみる。

(C)自分の眼について作文を書く。友達の眼を詳述する。

   眼の模型を見せて、各部分の名前や機能について話しあう。

2.人に見える部分と見えにくい部分について説明する。

(A)手話か指文字でゲームをする。(眼があがったりさがったり、ぐるっとまわったり、まばたいたりして眼を動かせる)
   身近にある、非言語で視覚を利用するものを5つあげてみる。電話、ドアベルや警報につくフラッシュベルと交通信号

(B)「私の眼に関するすべて」について見出し文か短文を書かせる。(生徒の年齢と文章力による)
   保健室で視力検査を行う。眼鏡を使っている時と使っていない時の視力がどれ位かを調べる。

(C)生徒に1人ずつ、何が見えて、何が見えないかを発表してもらう。他の生徒よりもよく見えるのはなぜかを話しあってみる。

3.眼と眼鏡についてどんな注意をしたらよいかを調べる。

(A)眼を大切にするにはどんな注意が必要かを列記する。

(B)眼鏡の手入れ方法を調べて列記する。手入れのために時間をつくっておく。

(C)「私たちの視覚」と見出しをつけた掲示板を用意する。クラスで眼鏡使用者、未使用者の数など統計をとる。眼の大切さについての生徒の作文を掲示する。

4.視覚と学習において妨げになることや、改善方法を列記する。

(A)妨げになることについて学習する。

(B)視覚と学習に関する環境の長所短所をあげてまとめてみる。以下のリストのようにまとめてもよい。

環 境 良 点 欠 点
望遠鏡、眼鏡、顕微鏡など 焦点がはっきりしている 焦点がはずれている
照明 話し手に光があたっている 光が話し手の背中にある
服装 無地で暗い色 模様の多い色
文字 大きな活字 細かい活字
手話の位置 ウェストから上 ウェストから下
言語 ASL使用 英語とASLの両方使用

(C)読む速さを練習する。フラッシュカードやOHPを使って、2つの単語からなる文、または3つの単語を並べた文などを見せる。文の内容は、色、大きさ、級友、動物、食べ物や学校をあつかったものとする。もっとも長い文は、「大きな赤い正方形をみつけなさい」としてもよい。視覚による識字能力を話し合う。

(本稿は、第11回世界ろう者会議での発表論文を加筆修正したものである。)

ギャローデット大学ケンダール小学校教諭
**土谷道子 訳


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1991年11月(第69号)16頁~19頁

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