海外レポート オランダのリハビリテーション医学と医療

海外レポート

オランダのリハビリテーション医学と医療

二木立

はじめに

 オランダのリハビリテーションが社会面や職業面で高水準にあることは、「重度障害者の街」ヘットドルプや充実した障害者の「社会雇用(保護雇用)」などを通じて、わが国でも比較的よく知られている。しかし、オランダのリハビリテーション医学・医療については、わが国ではほとんど知られていない。

 筆者は、昨年(1990年)6月に、スペイン・マドリッド市で開催された国際リハビリテーション医学会(IRMA)第6回世界大会に先だって、オランダ・アムステルダム市で開かれた「プレコングレス」に参加するとともに、いくつかのリハビリテーション専門病院とナーシングホームを見学した。それにより、オランダのリハビリテーション医学・医療の全体像を知るとともに、それがヨーロッパ諸国の中で最高水準にあることを確認できた。

 小論では、「プレコングレス」での報告等と、筆者が見学した病院・施設の関係者から得たホットな情報を紹介したい。なお、オランダの社会保障(社会福祉)全般については、文献を参照されたい。

全体的概況

 オランダは世界で最も人口密度の高い国である。3万4000mの狭い国土に1480万人が居住し、人口密度は1m当り435人にも達している。なお、総人口の4.05%(60万人)が外国人である。

 乳児死亡率は7.7(出生千対)、平均寿命は女80歳、男73歳であり、いずれも北欧諸国に比肩できる水準である。65歳以上人口比率は約12%であり、わが国の12.5%(1991年)と同水準である。

医療保険制度とリハビリテーション給付

1.2本建ての現行医療保険制度

 オランダの医療保障制度は伝統的に医療保険方式である。現行の公的医療保険制度は、「健康保険(ZFW)」と「特別医療費保障制度(AWBZ)」との2本建てであるが、後述するように、1992年には抜本改革が予定されている。

 先ず、健康保険は年間給与が一定水準以下の被用者が強制加入する制度である。1989年の加入者の年間給与上限は5万150ギルダー(1ギルダー=140円換算で、約700万円)である。健康保険には、これ以外にも、障害給付または失業給付の受給者や障害給付を受給していない16~27歳の障害者(児)等も加入している。しかし、これらを含めても、加入者総数は人口の約60%にとどまっている。この健康保険により、一般医、専門医、歯科医および1年以内の入院の諸サービスが給付される。

 それに対して、特別医療費保障制度には、全国民が強制加入している。この制度は、1968年の制度発足時には、以下のような慢性疾病医療の給付のみを行っていた:1年を超える病院での入院医療、入院(入所)第1日目からのナーシングホーム等医療関連収容施設と障害者施設でのケア。しかし、1970年代後半からオランダの医療政策がそれまでの施設中心ケアから在宅・地域ケアへ移行するに伴って、給付範囲が拡大し、1980年には訪問看護が、1982年には地域精神保健サービスが給付対象となった。

 更に1989年からは、義肢・装具、失禁対策の器具、コミュニケーション機器などのリハビリテーション関連サービスの給付が、健康保険や私的保険から特別医療費保障制度へ移管されている。更に、本年からは、これら以外のリハビリテーション医療給付の移管も計画されているとのことである(実施の有無は未確認)。

 なお、健康保険に加入していない国民の大半は、私的保険に加入している。それの保険料と給付範囲は、保険によって相当異なっている。

 国民医療費のGNPに対する割合は8.5%で、わが国の4.9%(1989年度)よりも相当高い。そして、国民医療費のうち95%までもが、(公私)保険料負担である。

2.1992年に医療保険大改革

 オランダでは、1992年から、公的医療保険制度と私的医療保険制度とを一本化した医療保険制度の抜本改革が行われることになっている。この改革で創設される「基礎保険制度」には、全国民が強制加入し、全国民に一律の基礎的医療サービスと社会サービスが給付されることになっている。この「基礎給付」の範囲は、金額ベースで、現行国民医療費の85%と予定されている。

 この制度で特徴的なことは、保険料は、加入者の所得に比例した特別税として一元的に徴収されるのに対して、公私いずれの医療保険へ加入するかは国民の選択の自由とされていることである。つまり、公私の各医療保険は、基礎的医療保険制度の「基礎給付」を上回る「任意給付」とそれに対応した追加的保険料を自由に設定でき、国民はそれらの中から自己の必要(と支払い能力)に見合った保険を選択するのである。更に、この改革では、公私医療保険は、開業医や病院と任意に契約を結ぶことも可能とされている。

 このような大改革の目的は、医療制度に競争原理を導入することによって、医療の効率化を促進し、医療費(特に国庫負担分)を抑制することにある、とされている。そして、この改革は、1990年代の欧米諸国の医療保障制度改革の中では、もっともラジカルなものと評価され、その帰趨が注目を集めている。

 この「任意給付」の範囲はまだ(1990年時点)では決定されていないが、現在健康保険で給付されている開業理学療法士によるサービスも含まれる可能性がある(わが国と異なり、オランダでは理学療法士の開業権が認められている)。

医療供給制度とリハビリテーション医学・医療

1.医療供給制度全般

 オランダの臨床医は一般医と専門医とに分けられ、それぞれ6,450人、7,300人存在する。一般医はすべて開業医であるが、専門医の多くは病院勤務である。健康保険加入者は特別の場合を除いて、先ず一般医を受診し、その一般医が必要と判断した場合に限り、病院勤務または診療所開業の専門医を受診することができる。それに対して、私保険加入者にはこのような制限はない。

 オランダの病院は、一般病院と専門病院とに大別される。一般病院は139(うち大学病院8)存在し、病床総数は61,822床であり、平均病床数は444.8床と相当大規模である。専門病院は、非精神系が94病院存在し、病床総数は5,198床であり、平均病床数106.1床と相当小規模である。精神病院は80存在し、病床総数は2万4,167床、平均病床数は302.1床である。

2.リハビリテーション医療施設

 非精神系の専門病院49のうち約半数の25病院がリハビリテーション専門病院である。その病床総数は1,850床、平均病床数は74床であり、他の非精神系専門病院に比べても、相当小規模である。ただし、病床当りの職員数はわが国に比べてはるかに多い。例えば、筆者が見学した、アムステルダム郊外にあるDe Trappenberg病院を例にとると、病床数74(うち30床が小児用、44床が成人用)に対して232人の職員が配置されており、100床当りの職員数は313.5人にも達している。

 わが国と同じく、オランダのリハビリテーションも、歴史的には専門病院中心に発展してきた。そして、リハビリテーション専門病院の多くは、結核療養所から転換したものだと言われている。これらの病院は古くから「リハビリテーション専門病院協会」を組織し、すでに1975年には、リハビリテーション専門病院のあり方についての加盟病院の合意をまとめた75頁の報告書を発表している(リハビリテーション病院協会の連絡先:Vereniging van revalidatiecentra in Nederland (VRIN).4 Oudlaan P.O.Box 9696,3506 GR Utrecht,Netherlands)。

 近年では、オランダでも早期リハビリテーションの重要性が認識され、それにともなって、一般病院でのリハビリテーション科設置が進んでいる。その結果、現在では、一般病院139のうち、約40病院にはリハビリテーション専門医が常勤するリハビリテーション科が設置されており、70病院ではリハビリテーション専門医が非常勤のコンサルト業務を行っている。それ以外の30病院では、正規のリハビリテーション医療は行われていない。

 ただし、オランダでは、現在でも、リハビリテーション医療は、入院分はもちろん外来分も、専門病院主導である。例えば、年間の病院外来リハビリテーション「治療回数」総数約70万回のうち80%までもが、リハビリテーション専門病院で行われている。

 このようにリハビリテーション専門病院の比重が高い理由は、狭い国土に比較的多くの専門病院が配置されているため、患者のリハビリテーション専門病院への受診が容易なためである。と筆者は推定している。ちなみに、上述した報告書によると、リハビリテーション専門病院への外来患者の片道の通院時間が30~45分を超える場合には、一般病院リハビリテーション科での通院を考慮すべきとされている。

 現在のところ、政府は、リハビリテーション施設の全国規模での適正配置計画は有していない。しかし、最近、福祉・保健・文化省は、全国12の州政府に対して、今後10年間のリハビリテーション施設の配置計画を作成するように要請している。

 オランダには、「病院」以外の「入院医療施設」として、精神障害者施設とナーシングホームとが多数存在する。前者は119施設、定員3万871人、後者は324施設、定員5万976人である。

 精神障害者施設の実態は不明であるが、ナーシングホームは慢性疾患・障害者の単なる収容施設ではなく、もっと高機能施設である。筆者が見学したアムステルダム市郊外のナーシングホームの常勤医の説明によると、入院患者のうち約15%が回復期リハビリテーションの対象患者で、15%が末期患者、残りの70%が状態の安定した慢性疾患・障害患者である。そして病院ほどではないが、ナーシングホームにも、多数の職員が配置され、濃厚なキュアとケアが行われている。ちなみに、筆者が見学したナーシングホームでも、日中ベッドに「寝かせきり」にされている老人は、ほとんどみられなかった。「寝たきり老人」のいない国は、北欧の福祉先進国に限られないのである。

3.リハビリテーション専門医制度

 オランダはヨーロッパ諸国の中でも、特に専門医制度とその研修システムが発達している国である。リハビリテーション医学は、30の専門科の一つとして認定されている。リハビリテーション医学の専門研修は、早くも1940年代後半からリハビリテーション専門病院で開始され、1955年に専門科としての認定を受けている。その後リハビリテーションの専門研修の場は、一般病院のリハビリテーション科にも拡大してきている。

 リハビリテーション専門医となるための研修期間は4年であり、成人対象のリハビリテーション専門病院、小児対象のリハビリテーション専門病院、一般病院リハビリテーション科での研修が、1年ずつ義務づけられている。

 現役のリハビリテーション専門医数は180人、専門医1人当りの住民数は8万5000人である。リハビリテーション専門研修中の医師は52人である。

 ただし、オランダにおいても、医科大学におけるリハビリテーション医学講座の設置は必ずしも進んでいないようである。最初のリハビリテーション医学担当の主任教授はロッテルダム大学で約20年前に誕生し、グローニング大学とライデンがそれに続いたとのことであるから、この面ではわが国と大差ない。また、オランダを代表するアムステル大学には、リハビリテーション医学講座は設置されていない。

 ただし、今回の「プレコングレス」が開催された同大学医療センターには、延べ面積2500m、職員41人(常勤換算)を擁する大規模なリハビリテーション部が設置されている。それの職員構成は以下の通りである:リハビリテーション専門医2人、同研修医2人、理学療法士25人、作業療法士4人、義肢装具士2人、義肢・補正靴製作者1人、ソーシャルワーカー1人、管理・秘書業務担当者4人。

4.オランダにおけるリハビリテーション医学の4段階の発展

 ヴァン・ゲステル医師は、オランダにおけるリハビリテーション医学の発展を以下の4段階にまとめている。これは、アメリカのリハビリテーション医学の重鎮クルーゼン氏による、アメリカのリハビリテーション医学の4段階発展説を踏襲したものである。ちなみに、クルーゼン氏はオランダ系のアメリカ人とのことである。

 第一段階は19世紀末にまで遡る。1890年に世界最古の「全国理学療法士協会」が結成された。それに続いて、治療的運動の専門医療施設が開設され、そこに勤務する医師は「理学療法医」と自称した。

 第二段階は、「物理医学」専門医会が結成された1933年に始まる。

 第三段階は、第二次大戦後である。クルーゼン氏はこの時期を、リハビリテーション医学の経験主義から科学主義への移行期と呼んでいる。この時期に、専門科の正式呼称は「物理医学・リハビリテーション科」に変更された。

 第四段階は、リハビリテーション医学の教育と研究が本格的に行われるとともに、全体論的アプローチが重視されるようになった時期(70年代以降?)である。この時期にオランダは、「物理医学・リハビリテーション科」から「リハビリテーション科」への専門科名変更を、ヨーロッパで最初に行っている(変更年は不明)。

 この時期で特記すべきことは、障害の総合的評価法がオランダのリハビリテーション医の間で統一されたことである。この点の先駆者はロッテルダム大学リハビリテーション医学講座教授のバンマ(Bangma)医師であり、彼は、1975年に、機能障害と能力障害を次の5分野に分けて、リハビリテーション診断・予後予測を行う方法論を提唱した:①身体障害、②ADL、③社会的・職業的環境、④精神、⑤コミュニケーション。この問題叙述・問題解決の方法は、1978年には、オランダリハビリテーション・物理医学学会で正式に受け入れられ、現在では、すべてのリハビリテーション医が日常診療で用いるようになっている。

 オランダのリハビリテーション医学でもう一つ特記すべきことは、早くから他のヨーロッパ諸国のリハビリテーション医・学会との共同作業を進めるとともに、その中で積極的なイニシャティブを発揮してきたことである、とされている。例えば、古くは、第一次世界大戦直前の1913年にドイツ・ベルリン市で開催されたリハビリテーション関連の第一回国際会議は、オランダとドイツ、ベルギーの医師で組織された。

 周知のように1992年にはEC加盟の西ヨーロッパ諸国の市場統合が実現する。それに向けて、各国の医療・リハビリテーション制度の調整作業が進められており、1989年には、ヨーロッパ大学リハビリテーション医会、ヨーロッパ物理医学・リハビリテーション医学会連合、ヨーロッパ専門医連合物理医学・リハビリテーション部会の3団体が共同で「物理医学・リハビリテーション医学白書」を刊行した。そして、この白書は、オランダリハビリテーション医学会が中心となって作成した、とヴァン・ゲステル医師は主張している。

文献 略

日本福祉大学社会福祉学部、医師


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1991年11月(第69号)26頁~30頁

menu