特集/リハビリテーション工学 座位保持装置の動向

特集/リハビリテーション工学

座位保持装置の動向

繁成剛 *

はじめに

 座位保持装置は障害のある方に対し、良座位を提供するための道具であるだけでなく、使用する本人の生活環境と毎日接する人々の対応を明らかに変える存在といえる。近年、日本でもその重要性が認知されてきた。本稿では障害児・者を対象に開発された座位保持装置について最近の動向を報告する。

1.座位保持装置の背景

 私たち人間の日常生活での活動は、頭を直立して可能となる。特に、学習や手をつかった作業は座位が中心的な姿勢である。臥位での生活を余儀なくされている人々にとって、座位がとれるだけで世界が広がるわけである。

 赤ちゃんの運動発達を観れば、人類が途方もない時間をかけて獲得してきた進化の過程が解る。二足歩行に至るまでは地球の重力との戦いであり、両手の解放は絶え間ない探究心を満たすための手段であった。生まれながら障害のある子どもあるいは病気や事故で障害をもつことになった人は、この重力と探究心から生ずる自発性に対し、大きなハンディをもつことになる。このハンディを軽減し、社会的生活を営むための技術的な援助がテクニカルエイド(Technical Aid)である。座位保持装置はその中でもあらゆる社会生活の基盤となる。

2.座位保持装置の製作・適用過程

 座位保持装置の処方は通常、対象患者の担当医師が出す。しかし、その要望の多くは本人を含む家族、介護者、セラピスト、指導員および養護学校の教師などから出される。処方の現場には、これらの人々と製作技術者としてリハビリ工学技士や製作業者(工房)が加わり、処方者と使用者の要望を取り入れながら採寸を行い、仕様を決める。

 2~3週後に同じメンバーで仮合わせを行う。これは中間適合検査ともいわれ、製品を仕上げる前の段階で使用者に実際に座ってもらい、適合状況をチェックする。ここで、適合が悪ければその場で修正するか、業者が調整した後、再度仮合わせをする。処方者と使用者が納得できた時点で、仕上げに入り、2~4週後に完成し、納品される。

 納品後に施設や家庭で使用中に適合の悪い点が見つかれば、再度調整と修正を加えるアフターケアも重要である。なぜなら診察室と生活の場である家庭や施設では、使用時間も使用者の心身の状態も大きく違うからである。このように座位保持装置および装具を含むテクニカルエイドの製作および適合プロセスは、基本的にリハビリテーションにおけるチームアプローチと同様の共同作業によって成り立つ。

3.座位保持装置の種類と特徴

 座位保持装置は厚生省の補装具交付基準の中で4種類に分類されているので、これに沿って概説する。

1)普通型

 外観は一般的ないすに最も近い。角度の調節はないが、成長に応じて座面の高さや奥行きなどの寸法調節ができる。障害に対応して各種のアタッチメントを装着する。

2)リクライニング式普通型

 座面や背もたれがリクライニングする構造をもつ。脳性麻痺などで姿勢保持が困難な場合、座面、背もたれおよび足台をほぼ直角に固定した状態で傾斜させることが多い。各部の寸法調節やアタッチメントの装着は普通型と同様である。1)と2)は総称してモデュール型と呼ぶ場合もある。

3)モールド型

 使用者の座る面を採型して型を作り、これにプラスチックを当てて成形したもの。バケットシートと呼ぶこともある。交付基準の分類では熱可塑性と熱硬化性に分けているが、実際には修正しやすい前者の方が処方されることが多い。内側にクッションと布でカバーを付けて用いる。身体の変形が強いケースに適す。通気性が悪いこと、成長に対応できないなどの欠点がある。

4)可変調節型

 樹脂製のユニットをネジでマトリックス状に連結し、使用者の身体に密着する形に調節することができる。成長や障害の変化に対応できる反面、調節が繁雑で適合が難しい。

 これらの座位保持装置に共通する特徴として、

①子供の成長に対応して調節ができる

②用途に応じて角度が調節できる

③障害に対応したアタッチメントが装着できる

などが挙げられる。ただしモールド型は構造的に調節ができないので、成長期の子どもは短期間で作り替える必要がある。

4.最近の技術トピックス

 以上紹介した以外に、最近導入された新しい技術がいくつかある。

①コントロールUクッション(図1 コントロールUクッションの使用例 略)

 アメリカとカナダで普及している技術で、3年前から日本に導入され、1993年に補装具の給付対象として指定された。基本的にモールド型だが、プラスチックでなくウレタンフォームを成形するのが特徴である。採型には角度と寸法の調節できるモールドバッグを用い、採型した石膏モデルを業者に送ると、シートや背もたれのクッションが仕上げられて返送されるシステムになっている。フレームは用意されていないので、各種の金具を使って車いすやバギーに装着する。

 プラスチックモールドと違ってウレタンフォームを直接成形しているので、身体との接触が柔らかく、より快適な座が提供できる。欠点は、仮合わせができないこと、成長に対応した調節ができないことである。しかし、採型の技術を学べば全国どこへでも、子どもから高齢者までそれぞれの障害に適したシートを短時間で提供できるシステムとして普及が期待される。

②ウレタンカット法(図2 ウレタンカット法によるいす 略)

 モールドバッグの採型器は高価なため、まだ十分に普及していない。また採型には熟練した技術が必要とされる。そこで当センターや各地の工房で実際に用いて成功している技術として、ウレタンカット法がある。これは使用者の臀部や体幹の形に合わせてウレタンフォームを削り出していく方法である。使用者に何度か座ってもらい、接触面を確認しながら少しずつ修正することで、快適なシートを提供することができる。また成長や状態の変化にも対応できる。欠点は厳密なトータルコンタクト(全面接触)が困難なこと、複雑な3次曲面の場合、カバーが難しいことなどである。

③フレックスチェア(図3 フレックスチェアの背もたれ 略)

 脳性麻痺で緊張の強いタイプに座位保持装置を適合させるには、多くの困難を伴う。まず姿勢が崩れやすいこと、緊張がでるとベルトやパッドに身体の一部を圧迫するため緊張がますます強まる、その結果いすに座ることを拒むこともある。当センターでは、これを解消するため緊張が生じて反り返ったときに、身体を柔らかく受け止めるいすを適用している。使用児の姿勢変化に合わせて背もたれ、ヘッドレスト、足台などがフレキシブルにたわむ構造になっているので、緊張したときに圧力を分散することができる。その結果、緊張のため座れなかった子どもでもリラックスでき、長時間の座位保持が可能となる。ただし、すべての子どもに適しているわけではなく、担当の医師やセラピストと適用を十分に検討する必要がある。

④運動発達に基づく座位保持装置

 重度障害児・者に対する従来までのいすは、座面や背もたれを深く後傾した重力に全く逆らわない姿勢を強いてきた。これは休息用の姿勢であり、食事や作業をするには適さず、使用者の自発的な活動を抑えていたともいえる。

 一般に乳幼児の運動発達を観ると、腹臥位から次第に抗重力姿勢や運動を獲得していることが判る(図4)。そこで当センターでは、腹臥位をベースに体幹を前傾した姿勢を障害児にとらせることによって、自発的な抗重力運動を引き出す試みを続けている。その結果、既成の概念になかった座位保持装置や移動具を開発することができた。

図4 正常運動発達と躯幹前傾姿勢(T.F.I.P.)アプローチ

図4 正常運動発達と躯幹前傾姿勢(T.F.I.P.)アプローチ

a.ポチロール(図5 ポチロールの使用状況 略)

 これまでの座位保持装置にない形態である。座面も背もたれもないが、重度障害児・者の座位を最小限のサポートで確保することができる。外観は犬の形をしているが、使用者は床上で正座または胡座でロール状の犬の胴に胸と腋窩をあずける。上肢が後ろに引けてくれば、ポチロールの頭と臀部が抑制する。体幹の前傾角度はロールの高さ調節で行う。前方におもちゃやコンピュータのスイッチを置いて操作すると、机上よりも上肢の巧緻性が向上する子どももある。親しみのある形の座位保持装置なので、違和感なくどこにでも溶け込む雰囲気を持つ。

b.本馬(図6 木馬(SRCウォーカー) 略)

 運動発達に基づく座位保持装置をさらに発展させ、重度の障害をもつ子どもであっても移動することを可能にしたのがこの木馬(SRCウォーカー)である。寝たきりの状態であっても、体幹を前傾させてサドルで体重を支えることによって、わずかな下肢の動きがあれば前進することができる。従来までは下肢の支持や交互運動ができる子供に対してウォーカーを適用してきたが、この木馬は自発的な移動手段を全く持たない重度障害児を対象としている。

 木馬によって自らの力で移動できることを知った子どもたちは、学習や生活全体にわたって意欲的に行動するようになった。中には、足でスイッチ操作をしてコンピュータで文章を作り、生まれて初めて自分の気持ちを表した子どももいる。木馬は確実に子どもたちの世界を広げている。

5.交付基準と問題点

 座位保持装置は平成2年に厚生省が「補装具の種目、受託報酬の額等に関する基準」に追加制定され、平成元年4月にさかのぼって適用された。それまでは座位保持いすに2万円弱の価格しか規程されていなかったので、ここで紹介したようないすを製作するときは他の項目を流用するか、親に負担してもらうしかなかった。従って、この基準が制定されてから日本の座位保持装置の発展が急速に進んだといえよう。

 しかし、この交付基準には早急に解決したいいくつかの問題点が指摘されている。まず、新しく技術開発された座位保持装置の適用が困難なこと。前項で紹介したコントロールUクッションは業者の働きかけにより、今年度から交付基準に適用されることになったが、製作工程に関して厚生省と製造業者との見解が異なっている。また、ウレタンカット法やフレックスチェアなどの新技術に関しては適用項目がない。今後も新技術が開発されることが予想されるが、それをこの交付基準の枠で製作することは困難である。

 これは座位保持装置だけでなく、起立保持具や歩行器についても同様である。新しい製品や製作法が開発され、それが障害児・者に有効であるならば、この制度の中に組み込まれるような柔軟性が望まれる。

 また、障害が重度化するほど重装備かつ複雑になり、適合も困難になる傾向にある。製作サイドに立てば、複雑な装備や調節構造、仮合わせの回数などによって、価格が加算される体系が望ましい。座位保持装置だけでなくテクニカルエイド全体の技術レベルの向上と、それを必要とする人に短期間で支給できるシステムの構築が今後の大きな課題である。

6.今後の課題

 座位保持装置の今後の課題として、4つの側面から私見を述べてみたい。

1)技術開発

 これまでの座位保持装置は重装備で複雑な構造と形態を有しているものが多い。軽量化、小型化そして家具としての魅力をもつデザインにすることが望まれている。高齢者を対象とした座位保持装置も今後は広くニードが拡大するだろう。高齢者と座位についての基礎研究も必要と思われる。

 製作技術では、処方者や製作者の意図する形が即座に成形でき、修正も容易な素材と製作法が開発されれば、納期を短縮できるようになるだろう。現在、座位保持装置を最も製作している全国の工房では処方を受けてから納品されるまで2~6ヵ月かかっている。対象が小児の場合、成長や発達を考慮すれば、納期は早いほどよい。

 フレームや調節部品の規格化(モデュール化)を徹底的に進めて、身体に直接接する部分のみ個別に製作すれば生産の合理化に寄与することは間違いない。しかし、これまで試みられたモデュール化は重度の障害にはほとんど対応できなかったことを考えて、よほどの新機軸か合理的な製作法と適合技術を打ち出す必要があるだろう。

2)供給体制

 全国で座位保持装置を製作している業者は47の工房と2、3の義肢装具製作所および専門メーカーが2社しかないのが現状である。座位保持装置の交付基準が施行されてからは、供給が需要に追いついていない。従って、納期も遅れがちになる。これを打開するには座位保持装置を製作する業者を増やす必要があるが、そのためには業者にとってメリットのある価格体系と生産方法を確立することが前提となるだろう。

3)地域格差の是正

 さらに、座位保持装置の供給は地域格差があることが問題となっている。1993年7月現在、北海道から沖縄までの36都道府県で、工房によって座位保持装置が供給されているが、特に東北、四国地域には工房が少なく、障害児・者に座位保持装置が十分にいき渡っていない。少なくとも各県単位に1ヵ所か、できれば各市に1ヵ所の座位保持装置を供給する業者があることが望まれる。また、それを処方する施設、病院および養護学校などの療育スタッフが座位保持装置の必要性について十分に認識していることが普及の前提となる。

4)教育・啓蒙活動

 座位保持装置の必要性を認知させるためには、地道な教育・啓蒙活動が必要である。その実践例として、日本リハビリテーション工学協会にSIG姿勢保持という専門研究グループがあり、毎年各地で姿勢保持に関する講習会とミーティングを開催している。初心者を対象としたコースから経験者を対象としたアドバンスコースまで、臨床で経験を積んだ方々が講師となり、講義や実技によって姿勢(特に座位)保持に関するノウハウを受講者に習得してもらう活動を続けている。

 しかし、まだ十分ではなく、特に座位保持装置の普及が遅れている地域を中心に教育・啓蒙活動を展開することが今後の課題といえる。

おわりに

 座位保持装置はまだ発展途上にあり、素材や制御装置の開発によって画期的な製作・適合技術が生み出される可能性がある。セラピストや母親が障害児・者を抱くように、優しく柔らかく、しかも座る人の動きや要求に応じて姿勢を変えてくれる理想の座位保持装置が登場するかもしれない。

 その間、これまで獲得してきた座位保持に関する技術を日本各地に伝達し、必要としている方に短時間で供給できるシステムを作ることが急務である。さらに、その技術移転をアジアやアフリカなどの発展途上国にまで視点を広げることもこれからの重要な課題だと考える。

参考文献 略

*北九州市立総合療育センター


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1993年9月(第77号)18頁~23頁

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