松井亮輔*
わが国の公的機関および民間団体(NGO)によるアジアの途上国に対するリハビリテーション(以下、リハという。)分野での国際協力が、本格的に展開されるようになったのは、1980年前後からである。特に、1981年の国際障害者年以降、リハ分野で何らかの国際協力事業にたずさわるNGOの数は、年々増えている。こうした動きは、カンボジア難民救援をきっかけに、1980年代以降わが国で国際協力にかかわるNGOが急増したのと軌を一にしている。
これらのNGOの中には、国際的にも高く評価されているものも少なくないが、1950年代から1960年代にかけて設立された、欧米諸国の多くのNGOと比べ、わが国の大部分のNGOは、発足後日も浅く、その活動は極めて限られており、いまだ「発展途上」にあると言えよう。
以下では、わが国のNGO全体の状況を踏まえながら、リハ分野での国際協力活動を中心に行っているNGO(以下、リハ協力NGOという。)の現状と課題を、欧米諸国のそれとの比較を通して考察することとする。
(1)わが国のNGO活動の全般的状況
1987年に国際協力活動を行うわが国NGO間の相互協力を促進し、これらの団体の活動の質的向上を図り、その活動の社会的意義のより一層の確立を図ることを目的として、「NGO活動推進センター」(JANIC)が設立されたが、同センターが1992年に発行した「NGOダイレクトリー'92」によれば、現在わが国で国際協力事業にたずさわっているNGOは、小さな組織も含め、約200にのぼる。
このうち、実際に具体的な協力活動を行う、いわゆる開発協力NGOは約140団体で、その協力分野別内訳をみると、最も多いのは、教育と保健医療、次いで農村開発(農業開発を含む)、環境保全、難民救援、の順となっている。これらのNGOの約8割は、アジア地域の国々を対象としているが、実際に各国で現場を持ち、活発に活動しているのは、ごく一部の団体である。
この約140団体の年間事業費(1990年度)を見ると、25%は500万円以下で、全体の約半数が1,000万円以下となっている。年間事業費が1億円以上のものは、18団体にすぎない。因みに、ギリシャの戦争被災民への食料援助等を目的として1942年に設立された英国の代表的NGOであるOXFAMの年間事業予算は、約100億円にも達すると言われる。
また、わが国開発協力NGOの人的体制については、数名から数十名のボランティア(原則として無給)で組織運営を行っているものが多く、常勤あるいは非常勤の有給職員をおく団体は、約半数。職員数5名以下という団体が、その約8割を占める。
主要先進国のNGO関連統計については、経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)により公表されているが、それを基に各国のNGOを比較したのが表1~3である。
団体数 | 有給職員 | ボランティア | |
日本 | 123 | 6,200 | 25,500 |
米国 | 156 | 26,700 | 92,500 |
英国 | 116 | 19,800 | 586,600 |
フランス | 231 | 25,500 | 958,300 |
ドイツ | 127 | 37,100 | 499,500 |
スウェーデン | 85 | 53,500 | 661,600 |
カナダ | 171 | 22,200 | 2,576,300 |
(1988年)
国民1人あたりの 民間寄付(ドル) |
政府資金(対 ODA比)(%) |
|
日本 | 0.9 | 0.7 |
米国 | 9.2 | 10.7 |
英国 | 4.2 | 0.4 |
フランス | 1.9 | 0.3 |
ドイツ | 11.3 | 7.3 |
スウェーデン | 14.2 | 5.4 |
カナダ | 8.4 | 7.6 |
(1988年)
ODA | NGO自己資金 | 対ODA比(%) | |
日本 |
9,134 |
107 | 1.2 |
米国 | 10,141 | 2,255 | 22.2 |
英国 | 2,645 | 239 | 9.0 |
フランス | 6,865 | 106 | 1.5 |
ドイツ | 4,731 | 695 | 14.7 |
スウェーデン | 1,529 | 120 | 7.8 |
カナダ | 2,342 | 218 | 9.3 |
(1988年)
表1から明らかなように、NGOの数では、わが国は欧米諸国と比べ、それほど見劣りはしないが、有給職員数およびボランティア数では、最も少ない国と比べても、その約3分の1から4分の1の水準となっている。
また、NGOに対する国民一人あたりの年間寄付額は、主要国の中では最も少ない。その結果、政府開発援助(ODA)総額(1988年)では米国に次ぐ、世界第2位を占めているにもかかわらず、NGO自身による援助業績では、米国の対ODA比22.2%と比べ、わずか1.2%(つまり、米国のそれの実に約20分の1の水準)にとどまっている。(表2および3)
一方、わが国NGOへの政府資金援助(対ODA総額比)も0.7%と、フランス(0.3%)、英国(0.4%)に次いで低い水準である。(表2)
このように、欧米諸国と比べ、NGOの活動を支援するためのボランティア、民間の寄付ならびに政府資金援助の少なさ等が、わが国のNGOの発展を制約する大きな要因と思われる。
(2)リハ国際協力の現状
わが国でアジア地域の途上国を対象としてリハ分野で何らかの国際協力事業を行っているNGOが、全体でどれ位の数になるのか明らかではないが、前述の「NGOダイレクトリー'92」に記載されている約200のNGOについて見ると、それを活動の一部としているものも含め、関係NGOは約30団体にのぼる。そのうち、リハ協力を主な活動としているのは、11団体で、これに1992年12月上旬東京で開かれた「国連・障害者の十年」最終年記念国民会議・テーマ別集会「国際協力・交流」との関連で把握しえたものを加えると、リハ協力NGOは17団体になる。
そのうち、有給職員や事業費規模が明らかな13団体について見ると、その大部分は非常勤も含め、事業運営に直接たずさわる職員は1~2名で、年間事業費(1990年)は1,000万円以下が全体の6割強を占める。年間事業費の最高額は、3,500万円である。したがってリハ協力NGOは、わが国のNGO全体と比べ、職員および財政規模とも小さく、一層弱体と言えよう。
アジア地域の途上国への協力形態としては、一般的には資金助成、機材供与、人材派遣および研修員の受け入れ等に分類されるが、前述の17団体のうち、資金助成および機材供与を通常ベースで行っているのは、ごく一部のものに限られる。大部分の団体にとっての中心的な協力活動は、途上国の関係者を日本に招いての研修で、受け入れ研修員は、年間数名程度、研修期間もせいぜい数週間程度のものが大半である。
これらの団体の多くは、必要に応じて関係職員等の途上国への派遣も行っているが、ほとんどは年間数名程度の職員の短期派遣に止まっている。
したがって、現在わが国関係団体が行っている研修プログラムや人材派遣プログラムは、途上国関係者に対して、必ずしも十分な技術移転ができるようなものにはなっていない。
それに対し、アジア地域で活躍している欧米諸国の代表的なリハ協力NGOであるハンディキャップ・インターナショナル(略称:HI、本部:フランスおよびベルギー)、スウェーデン障害者国際援助財団(略称:SHIA)およびクリストフェル盲人協会(略称:CBM、本部:ドイツ)等は、地域(region)に拠点(HIの場合はタイに、またCBMの場合はタイ、マレーシアおよびインドにそれぞれ地域事務所)を設け、そこに地元の職員も含め、数名の職員を常駐させている。そして地域を担当する職員は、周辺の各国を定期的に訪ね、現地で各国政府およびNGO関係者と協議のうえ、協力プロジェクトを特定し、支援するといったシステムをとっている。
たとえば、カンボジアの障害難民を援助することを目的に1980年に創設されたHIは、途上国で入手可能な、安価で丈夫な材料を用いる義肢・装具の製作技法を開発し、主に援助対象国の身体障害者を義肢装具士等として養成するプロジェクトを推進することにより、各国の義肢装具自給体制の確立を支援することに重点をおいた活動をインドシナ諸国等で行っている。
すでにふれたように、リハ分野でのわが国NGOによるアジア地域途上国に対する協力活動は、近年活発化してきているが、関係団体の多くが、協力事業をさらに積極的に進めるうえでの課題として共通にあげているのは、それに必要な人材および資金の確保、関係団体間の協力・連携の強化、ならびに協力のための技術開発―適性技術の開発と移転等である。
たとえば前述の17団体のほとんどが行っている研修事業について言えば、主として日本に招いての現行のプログラムは途上国関係者が求めている研修ニーズに必ずしもマッチしたものになっていない。その原因としては、関係団体の人的、財政的事情等により、(1)研修員のニーズを事前に把握し、それに応じたプログラムをつくるといった研修体制がとれていないこと、(2)集団研修が主となっているため、研修期間やプログラムに弾力性が乏しく、個別ニーズにきめ細かく対応できていないこと、(3)研修参加者を帰国後フォローアップし、その結果を将来の研修プログラムにフィードバックできるようなシステムが整備されていないこと等、が挙げられる。
わが国でもようやく、1989年度より「NGOの対途上国の開発協力を一層拡充し、わが国のNGOの財政基盤強化」支援を目的に、ODAを活用したNGO事業補助金制度が設けられ、障害者のリハ対策もその補助対象事業とされている。補助金総額は、1989年度の約1億1,000万円から1992年度の約3億4,000万円へと4年間で約3倍に増えたが、1件あたりの補助金は、原則として50万円以上1,200万円程度と、きわめて小規模なものに止まっている。
また、1991年1月から国民の郵便貯金の利子の20パーセントを寄付金としてスタートした郵政省の「国際ボランティア貯金」が、NGOが実施する国際協力事業等に配分されることになり、1991年度にはNGO185団体に総額23億2,600万円が配分された。その中には、リハ協力事業にかかわるNGOも10数団体含まれる。
このようにNGOへの公的補助制度等が導入されたのは、わが国政府自体も「NGOによる開発協力活動は、(1)途上国国民の自立を促し、草の根レベルでの開発協力事業を直接実施できる、(2)小規模の事業にきめの細かい援助が可能、(3)新しい開発アプローチに参加し、試験的な援助に対応が可能である等、の利点を有しており、また国民参加による開発協力を推進する見地からも重要な役割を果たしている」とその活動を評価するようになったことの現われでもあろう。しかし、NGOの人材と経験を最大限に活用することにより、効果的な協力事業を展開するためには、将来的にはスウェーデンやドイツなみにODAの5~7%がNGOを通しての協力事業に充当されてしかるべきと思われる。
一方、NGOサイドの関連の動きとしては、アジア地域の途上国に対して、各国の障害者の現実的ニーズに合致した草の根レベルの協力事業を展開しうるよう、関係団体がお互いのもつ経験および情報を分かちあうとともに、相互の協力・連携を強化することを目的に、1993年9月末、「障害分野NGO連絡会」(Japan NGO Network on Disabilities:略称JANNET)が結成されることとなった。これはきわめてゆるやかな組織ではあるが、(1)途上国のリハ・ニーズの的確な把握、(2)ニーズにそった協力を無駄なく、効果的、効率的に実施するため、関連地域・分野で協力活動を行っている国内外の関係団体間での情報交換や連携を強化するためのネットワークづくりの推進、さらには、(3)途上国が自力で維持・拡充することが可能なリハ技法の確立等、息の長い協力ができる仕組みや人づくり等を長期的には意図したものである。
国連ESCAPの決議に基づき、1993年からスタートした「アジア太平洋障害者の10年」は、障害者対策への取り組みが遅れているアジア太平洋地域における途上国を支援するための域内協力の強化等を意図したものである。
わが国でリハ協力にかかわるNGOの歴史は、まさに始まったばかりであるが、新たに設立されるJANNET等により、NGOサイドの努力が結束され、リハ分野での途上国の自助努力を真に支援する協力活動がこの地域を中心に展開しうるようになることを期待したい。
参考文献 略
*障害者職業総合センター 職業センター長
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1993年12月(第78号)2頁~5頁