特集/視・聴覚障害者と情報アクセス 図書館での聴覚障害者サービス

特集/視・聴覚障害者と情報アクセス

図書館での聴覚障害者サービス

小川夏恵

 私の勤務している市川市中央図書館には、入口を入るとまずインフォメーションカウンターがある。ここで図書館の利用の仕方、本のことなど何でも聞けるようになっている。そのカウンター上に、次のようなサインが出ている。「手話のできる職員がおりますのでお気軽にご相談下さい。補聴器をお使いの方へ―この場所ではフラットループをご利用できます(使い方省略)。」

 市川市中央図書館は、難聴者のためのフラットループが設置された。図書館のある「メディアパーク市川」には、他にこども館、教育センター、映像文化センターがあり、昨年11月1日にオープンした。各施設の中でも図書館はとりわけ混雑しており、オープン当日は職員もアルバイトさんたちも総出でカウンターの内外で対応したほどだった。

 このオープン第1日目に、インフォメーションカウンターのそばで手話を使って話をしていた親子がいて、お母さんの方が聴覚障害者らしく、何か聞きたいが迷っている様子だったそうだ。それを見てとった同僚が私を呼んだ。私が手話で、「何でしょうか」と聞くとそのお母さんの顔が驚くと同時にパッと明るくなり、今までの貸出し券が使えるか、などいろいろ聞いてきた。最後に何度も何度もおじぎをされ、カウンターを離れたところで娘さんに手話でこう話しているのを、しっかり見て(聞いて)しまった。「図書館に手話のわかる人がいる! びっくりした!」

学習を保障する場

 図書館での障害者サービスは、国際障害者年もあってかなり進んできてる。設備的な面では、新しい図書館を作るとき段差をなくす、車椅子で通れる書架間隔を考える、点字ブロックを設置するなどは、当たり前のことになってきた。とくに視覚障害者に対するサービスは、視覚障害者読書権保障協議会という組織が1970年代から取り組んできたことにより、対面朗読や録音図書の製作などさまざまなサービスが図書館で行われてきている。

 図書館は住民の学習権を保障する場なので、すべての住民の学ぶ権利を保障するため、とりわけ図書館の利用に障害のある人たちへの手助けは当然のこととされているからである。ただ、残念なことに聴覚障害者に対するサービスは今までほとんど考えられてきていなかった。というのは、聴覚障害者は見てわかる障害でないため職員が気づきにくいこと、本人も必要にせまられないと聞こえていないことは言わないこと、何より目が見えて本が読めるのだから特別なサービスなど不要と思われていたからである。また、図書館をよく知らない聴覚障害者は気軽に図書館を利用しようとはしないし、行ったとしても黙って本を借り、返すだけで、言葉のやりとりがなくても用がたせるため、聴覚障害者自身からのまとまった要望が今まで図書館に対してあまり出てこなかったためでもある。

フラットループ設置

 市川市中央図書館ではこういう点を踏まえて、次のような聴覚障害者サービスを行なっている。まずあげられるのは、最初に書いたようにフラットループの設置である。図書館では3ヶ所のカウンター、障害者サービス室、おはなし室に付けた。ただし、図書館としては他に類のない設備ということで初めに出してしまったが、実はこれを使える人はあまり多くはない。補聴器を使っている人の中も、TまたはMTの切り替えスイッチが付いている人、そして重度でない難聴者しか有効に利用できないからである。最大の問題点は、なかなかこちらからはすすめられないことだ。補聴器を付けていても使えないかもしれないし、期待させてすぐがっかりさせるのも悪い、と職員が悩んでしまうからである。

 けれども、市川市には筑波大学附属聾学校があり、ループを使っての教育を行っているので、もっとPRが必要だと思っている。つい先日小学部6年の女の子2人が来て、補聴器を付けていたので「使ってみる?」と職員が聞いてマイクを持ったら二人とも「とてもよく聞こえる」と喜んで、「また明日も来ます」と言って帰ったそうだ。そうしたら、本当にその次の日も来てくれた、という話を同僚から聞いた。私もとても嬉しく思った。何であれ、一人でも必要な人がいれば充分存在価値があるものだ。決して安くはない費用だったが、こういった話がボツボツ耳に入ってくると、開館準備の計画のときにフラットループを付けて欲しいと言っておいて本当によかったと思う。

 こども図書館の方では毎週えほんの会(よみきかせ)をやっているが、そのうち聴覚障害児を対象としたおはなし会を行うことも考えている。私たちにとって初めての試みということでいろいろ準備も必要で、もう少し先のことになりそうだが、おはなし室のフラットループを決して無駄にはしないつもりである。

映像資料

 聞こえないということは、言葉の発達に大きな影響を及ぼすため、聴覚障害者の中には読み書きの苦手な人もいる。そういう人には図書館は縁遠いように思えるが、市川市中央図書館にはビデオテープなどの視聴覚資料もたくさんある。手話や字幕の入った聴覚障害者向けビデオも収集している。現在手話チャンネルのシリーズ、手話落語など全部で20本ほど入っている。

 洋画など一般向けのビデオは一人1本まで、という貸出の制限があるが、聴覚障害者向けビデオは本と同じように考えており、一度に何本でも借りることができる。もっと本数を充実させたいが、購入できる手話・字幕入りビデオの情報が少なく困っている。

人的資源

 どのサービスにも言えることだが、最後には「人」だと思う。中央図書館の障害者サービスの担当者は4人である。週に一度自主的に手話の勉強会を持ち、仕事に関することや、身近な問題などを手話で話し合いながら覚えている。それが即実践につながるわけだが、まだぎこちない手話ながら、図書館に来る聴覚障害者は私たちに親しみを覚えてくれるようだ。

 最初に紹介した聴覚障害の女性は、私と話して初めて図書館は土曜日曜も開館しているということがわかったらしく驚いていたが、これには私の方こそ驚かされた。もう何年も図書館を利用しているらしいのだが、まったく知らずにいたようだ。このように、当然知っているだろうと思っているようなことでも、聴覚障害者は知らずにいることが実に多いのである。そのため私たち職員は一人一人に対し、ていねいにその人に今一番必要な資料(情報)を提供できるよう心がけている。これは障害の有無に関係なく、図書館職員としての基本的な姿勢であるが、聴覚障害者にはとりわけ意識してきちんと伝えなければ、と思っている。

 市川市中央図書館は障害者とくに聴覚障害者にやさしい図書館である。なぜなら、私自身が重度の「聴覚障害者」であるため、職員全員が私と接することで何が必要かを知り、必要な配慮をしてくれているからだ。それがすべての人たちに対してのサービスの充実につながっていると私は信じている。

市川市中央図書館司書


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1994年12月(第82号)14頁~15頁

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